夏 風鈴 近所のお兄さん
ぬいぐるみを取り上げられた子どもが泣くのは別に愛ゆえではないのと同じく、けれど別れを告げられた男が使ったお金を返せと喚くよりは幾分か尊い事象として──私は小学校3年生の夏、お小遣いで買った100円の風鈴を道端に落として泣いた。それはもうこの世の終わりみたいに煩く喧しく、蝉の声すら掻き消しそうなくらい泣き喚いた。でも、今となって振り返ってみれば、風鈴を登下校のときに持ち歩いていた異常な自分が悪いんだし、当時は確かに感じたはずの絶望の重みだって、露ほども思い出せなくて。
「何があんなに悲しかったんだろうね、あのとき」
そのとき私を懸命に慰めてくれた近所のお兄さんに問うてみるも、相手も軽く目を細めるだけだった。お互い随分と冷めた大人になったものだ、これで地球温暖化に対抗できたりしないのかな、なんて思って重ねた唇の温度は全然あたたかくて環境に悪かった。