第二話 勇者は死に忌子に転生する。
遺跡への旅は本当に過酷だった。
護衛に雇った冒険者はその道中で全員死んだ。
助けることも出来なかった。
勇者と言えども老いには勝てなかった。
鞄も壊れ、三日三晩何も食べていない。
病に掛かったのかだるく、身体に力が入らない。
「神代の遺跡……」
超古代文明と呼ばれる時代の遺跡に一縷の望みをかけ、遺跡中部に潜入した。
確かに遺跡の壁には多くの壁画が残されていた。
創生神話や権力者を讃えるものが多く、さぞや絢爛に彩色されていたと思われるそれらの褪色が、長すぎた年月と荒廃を物語っているようだった。
神罰を恐れてか、中央祭壇に取り残された白亜の女神像ぐらいしか運び出せるものもない。
つまり帰還に繋がるものはない。
考古学的な価値意外何もないのだ……。
「ここも……だめだった。」
日本へ帰りたい。
ただそれだけの願いのために、交友関係を深めることや愛を育むといった心の重しになる柵を遠ざけ今まで生きて来たのに。
帰れないと判っていたのなら、友人のように心休まる家庭を作りたかった。家族を置いていくなんて無責任な真似をしないために避けて来たモノが何故だか急に恋しくなった。
「帰えろう……」
しかし足がもつれバタリと、石造りの祭壇に倒れてしまう。
立ち上がろうとするも、足に力が入らない。
餓死……不意にそんな言葉が脳裏を過った。
まだ死ねない、と言う思いよりもこれで自由になれると言う安堵の方が強かった。
「すまん加藤……約束守れそうにない。神様、仏様もし願いを叶えて下さるのならもう一度人生をやり直させて下さい」
力の入っていない掠れた声で信じてない神に乞い願う。
人間最後に頼るのは超常の存在と言うことだろうか? 渇いた笑いが漏れる。
さっきまで冷たいとすら感じていた石に触れている体の感覚が無くって来た。
気っともうすぐ意識を失って死ぬのだろう。
誰も訪れる事の無い果ての遺跡で……俺の死体を見つけてくれるのは何百年後だろうか?
薄れゆく意識の中で過去の想いでが蘇る。
その時俺はこの世界で所帯を持たなかった理由に気が付いた。
怖かったのだ。
他人の人生に責任が持てなくて、だから日本に帰るなんて無茶な方便を選んだ。
きっと皆判っていた。
でも口にしなかったその理由に死に際で気が付いた。
でももう遅い……
流れる涙はもうない。
掠れた小さな声で叫んだ。
「無駄にした人生をやり直したい。暖かな家庭を築いて幸せに生きたい……」
刹那。
白亜の女神象が金色に煌めいた。
『魔王を倒し、勇者と呼ばれし異界からの客人よ。
女神の名において汝の願いを叶えよう』
こうして勇者と呼ばれた男は、誰も知らない遺跡で息絶えた。
◇
全身を包み込む熱い何かが絶え間なく俺を締め上げる。
しかし不思議と嫌な感じはない、むしろ心地よいぐらいだ。
そして――室内にいる人々の心を震わせる声が響いた。
「う、産れました!」
聞き慣れない若い女の声が聞こえる。
産まれた? 一体何が?
そんな疑問は直ぐに吹き飛んだ。
「あ、赤ちゃんは……?」
「どうして泣かないんだ!?」
「わ、わかりません!」
女性達の心配する声が聞こえる。
どうやら赤ちゃんが産まれたらしい。
女神は約束を叶えてくれたと言うことだろうか?
息が出来ない。
呼吸ができずにもがき苦しんでいると、お尻の辺りに衝撃が走る。
――バシン!
なぜ尻を叩くんだ!
そんな疑問に答えることなくすもう一度ケツが叩かれる。
――バシン!
叩くとかそう言うのじゃなくて、体を揺さぶる……そんな衝撃が何度も走る。
痛みと衝撃に耐えられなくなり口から声が漏れる。
息が出来た……
「えっえっ……ふぎゅあ、ほぎゃぁああぁぁぁぁぁ――――!!」
喜びと同時に赤子も泣き始める。
……泣いているのは赤ちゃんではなく俺だ。
目も耳も遠い。
死に際女神を名乗る者の声を聞いた。
どうやら幻聴ではなく、本当に願いを叶えてくれたようだ。
二度目の人生を願ったもののいざ叶えられるとどうしていいのか判らない。
「奥様、もう大丈夫ですよ!」
「誰か御当主様をお呼びして!」
「奥様、お身体起こしますね」
奥様様? 御当主? ……もしかしてキラキラネームってやつか?
――そんな訳はないと即座に思考を否定する。
どうやら俺は、王侯貴族の子供に転生したようだ。
「早くぬるま湯を……」
「生まれてきてくれてありがとうナオス」
「……奥様、ナオス様をこちらに……」
暖かくて大きな手が頭を撫でる。
体温と愛、その二つをひしひしと感じる。
それはまるで母の温もりそのようだ。
頭を包み込む温かさは冷め、女性の胸に抱かれている。
乱暴な足音を立てて誰かが入ってくる。
すると横柄な口調でこう言った。
「無事に産まれたそうだな。男か?」
開口一番が性別確認って時代錯誤な……まあ旧家ともなれば跡取りは男と言う考えが根強いのだろう。
はあ仕来りとかめんどくさそうだ。
「―――っ!! 御当主様この度は御子息の御誕生お慶び申し上げます」
「うむよくやったは無事に女の役目を果たした。ナオスは可能性は低いが家を継ぐこともあるやもしれん」
「例のモノを……」
父が命じると如何にも魔術師と言う見た目の老人が大きな水晶を持って現れた。
産まれた直後に魔力測定をするんだな……仕方がないこととは言えこの世界の魔術至上主義にも困ったモノだ。
「失礼いたします……」
老魔術師は一言断ると俺の身体に水晶を押し当てる。
しかし何も変化することはない。
あれ? おかしいな? 前世なら直ぐにでもピカって光ったのに……
「……」
老魔術師の声に成らない声が聞こえた。
「……殿下の現在の魔力はゼロです」
老魔術師の言葉を訊いて国王が声を荒げる。
「なんだと! 俺の息子に魔力が無いと申すのか!?」
「『魔力は成長と共に増える』とされています。そう悲観することはないかと……」
凄く嫌な予感がする。
「……俺の血を引きながらも魔力がないとは……やはり母親が平民ではな……」
そう言うと男はその場を後にする。
「|ど、どうしてこうなったぁ《えっ……ふぎゅあほぎゃぁああぁぁ》……」
あれ……なんか急に眠気が……
瞼が重たくなっている。
普通の赤子と違って問題なく目も耳も聞こえているのは幸いだったな……
しかし、これからどーしよう……
俺は睡魔に負け眠りについた。