第十七話 勇者流
だから打ち合いで身を持ってウデを確認することよりも、地味な素振りや型稽古を見せて貰った方が客観的に判断出来る分助かった。
さて、ナオスさまはどうだろうか?
息が整えられ、木剣がゆっくりと振り上げられ中段から上段に構える。
柄を握る両の手はまるで包み込むように柔らかで、その段階で既に高いレベルにいることを痛感させられる。
余計な力を抜ぬいてまるで自然体で一歩前に踏み込むと、雷光の如き速さで木剣が真っ向に振り下ろされた。
ヒュン!
木剣は空を斬り、風斬り音を立て剣圧が土煙を巻き上げる。
だがその威力に反して切っ先が、一切ブレる事無くピタリと静止する。
力任せに叩き斬るのではなく、技術を持って斬るための術、これこそまさに剣術、剣技だ。
通常この年の子供がこれほど強い効果を生む場合、循環系と放出系その両方の魔術を用いていることが考えられる。
しかし魔術を使っている形跡は存在しない。
それほどまでに循環系魔術の扱いが巧なのか、私が至っていない領域では、これほどの絶技が当たり前なのかどうか、推し量ることも出来ないほどに隔絶している。
脚運び、重心移動、柄の握りや力加減、呼吸そう言った人生をかけて習得していく所作を、弱い幾ばくも無い少年は既に体得しているように見えた。
しかしどうしてあんなにピタリと切っ先が止まるんだ?
思い返してみれば腕は伸びきっておらず、手首、腕、腰、膝……全身で衝撃を吸収し、鍔側の指で衝撃を抑えたのだろう……
思わずゴクリと喉が鳴る。
剣を振り下ろす姿はとても少年とは思えない程に完成――否、老成していた。
その姿は兄や父のような平和な時代の剣ではなく、魔王が支配する乱世の時代を生きた祖父を想起させた。
―――神童、天才、麒麟児。
唐突にそんな言葉が脳裏を過った。
―――否、偉才や奇才、鬼才と言うべきだろう。
まるで何十年も修行し、死線を潜り抜け技を磨いた歴戦の剣士のような熟練された技を年端も行かない少年から感じる。
まさに規格外だ。
この時私は悟った。
私が教えるのではない私が教わるのだと。
「……お見事です。私が教えられるドンペリ流の剣を精一杯お教えしましょうナオス様には不要だと思いますが……」
◇
グレテル・ドンペリと言う少女が教えてくれたのは、ドンペリ流と言う剣術で、ドンペリ家が代々伝承してきた船上剣術を勇者流の教えに混ぜたものだ。
勇者流の原型はクラスメイトの一人が家で伝えて来た古流剣術を元に、この世界の剣術を分かり易く噛みくだいたものだった。
幸い選択授業が剣道だったので男子は皆、基礎ぐらいは出来ていたことも手伝って俺達勇者は、ブロードソードやロングソードから次第に乗り換え刀を使っていた。
そのため現在勇者流と言えば刀の剣術なのだ。
ドンペリ流派は足場が不安定な船上を想定した剣術のためか、余り大きく振り回すことを良しとせず。
突きや手首、脛を狙う攻撃が多い対人用の剣術だ。
幸か不幸か、居合や有志で復元もといでっち上げた流派の技は伝承されていないようだ。
グレテルは住み込みで勉強やテーブルマナーなども教えてくれた。
「ナオスさまどこで覚えたんですか?」
「本を読んだから!」
――と前世でホテルキャンセルの方法で炎上したライフハック系動画投稿者の真似をして乗り切ることにした。
「ナオスさまって天才ですよね」
「人より努力してるだけだ」
「努力ってしてるところあんまり見たことないんですけど」
「白鳥が水面で脚をバタバタと動かしているところを見せないように、俺も人に見せていないだけだ」
「そんなもんですか……教師が手配できなかったそうなので、私が魔術も教えますね」