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第十一話 ムノーの逆襲

 

 弟のムノーにとって魔力ゼロと蔑んで来た俺に負けたと言う事実は面白くない。

 俺を痛めつけた実兄と母に比べられれば荒みもする。


「おい、ナオス!! こんなところで何やってるんだよ兄上に負けたからサボっているのか?」


 離れに来る用もないのに、離れに来ては俺の畑の世話を邪魔する。


「……もしかして見て判らないのか? あ、いいお前にそんな知識はないよな。血を別けた兄として説明してやる俺は今畑の手入れをしている。お前らと違って満足なメシを貰っていないからな」


「――くっ!」


 ムノーにとって魔術が全てだった。

 名門コッロス家でも珍しく、父と同じ雷魔術に適正を持つ自分は、選ばれた存在だと思っていた。

 だからこそ、弟とは言え妾腹のナオスが自分より下であると盲信していた。


 事実はそうではない。魔術、武芸、知識その全てにおいて今のナオスに勝るもを数える方が早い。

 それに屋敷に立ち入ることを許された兵士や平民達にとって、妾腹と言うだけで冷遇されているナオスの方が期待されていた。


 何となくではあるが不安感に襲われたムノーは現状を覆すために喧嘩を吹っ掛けようとしているのだ。

 ムノーは俺よりも上だと認識しているが、無意識下で自分の方が下であると理解しているから、矛盾に耐えかねそのストレスの発露として喧嘩を吹っ掛けている。


「コッロス公爵家の血を引くものが恐れているのか?」


 コッロス公爵と言う地位に魅力を感じているムノーならいざ知らず、今の俺にとっては屋根と最低限度の食事が無償で提供される程度の場所でしかない。


 いつ家を出て行っても、後悔も執念もない。


「苗字を剥奪したのは俺の――いや、お前の父親のハズだが? 忘れたのか? その年で痴呆なんて可哀そうに……」


「話を逸らすな!」


「……」


(これは正論だ。戦うことが、実力がバレることが面倒だから戦わない方向に誘導したかっただけに過ぎない。少しは頭が回るようだ。)


「苗字を剥奪したものの、完全に見捨ててはいない。見捨てていれば配下に養子出すか孤児院でも放逐しているハズだ」


(これも正しい。しかしあのクソ野郎はそこまで頭の回る人間とは思えない。恐らくは配下の手腕によるものだろう)


「……だからどうした。プライドや心は育った環境による影響が大きい。この年まで離れに幽閉された俺に貴族らしい尊い心生きがあるとでも?」


「お話は訊かせて貰いました」


 声のする方を振り向くと派手なドレスで着飾った貴婦人が傍仕えを連れ立っている。


「忌々しいことにコッロス公爵家の血を引くあなたの無礼を、夫人として見過ごす訳にはいきません! ナオスあなたムノーと決闘なさい」


「俺には戦う理由はないんですけど……」


「理由はあります。夫人として命令します戦いなさい」


「……傲慢では? たかが公爵夫人のあなたになんの権限がある? 俺には戦うメリットがない」


「黙りなさい、離れで飼ってあげていることを感謝しなさい」


「俺に怒るのは筋違いだろ、怒るなら節操のない旦那の下半身に文句言えよ! まあ文句言えないよなぁ相対的に自分に魅力がないと、認めているようなものだしな オ・バ・サ・ン」


 ピキっと幻聴が聞こえる。


「あ、あなたねぇ――」


「化けの皮が剥がれてますよ。ついでに厚化粧が割れている。

まぁあんたの言う通り戦ってやってもいい。正し公式な結果としないことを約束してくれるのであればだが……」


「大口をたたく割に臆病なのね。ムノーに負けて完全に放逐されるのが怖いのかしら?」


「いえ、万が一にもこんな家を継ぎたくないからですよ。それともう一つ食事なんですが、公爵家の家族が食べるものと同等のものをコレからは用意してください」


「――判ったわこれからは衣食住には不自由させないと約束しましょう」


「結構、結構でムノーと闘うのはいつにする?」


「今からよ」


 木剣を手に二人は剣を構える。

 魔術が一番得意だが、ムノーは剣術も得意だった。

 剣と魔術を織り交ぜ合わせた。勇者のような人物になりたいと考えていたからだ。


 互いに合図は要らなかった。

 私は剣術における基本の構え――中段に構え、ナオスは右足を前に突き出し足を大きく開いた姿勢で腰を落した。

 突きやダッシュからの攻撃でよく見られる先手の構えだ。


 だがナオスは攻撃をしない。

 それどころか木剣を上から下へVの字に動かし続けている。

 撃ち込むタイミングを間違えばナオスが不利なハズなのに、ムノーは不思議と打ち込むことがなかった。


 ピンと張りつめたような緊張感が周囲に漂う。

 体重の移動、視線の移動、息遣い。

 そんな些細なフェイントの応酬に耐えかね。先に動いたのはムノーだった。


「はぁぁあああッ!」


 妾腹で自信の寄り所だった雷魔術を斬りって捨てた。敵に対する恐怖心は頂点に達していた。

 中段から木剣を頭上に振り上げ、上段の構えに変化させムノーは真っ向斬りを放つ。


 通常、魔術戦士は燃費の良い【身体強化】だけを使い戦闘をする。

 例えば以前ムノーが使った【スパーク】は放出系に分類され、【身体強化】は循環系に分類される。


 放出系に比べ循環系は難易度が高いものの消費魔力が少なく燃費がいい。

 しかし今回は一味違いムノーは、雷魔術で身体を強化すると言う二重強化を行っている。

 

器用な奴だ。

 

 ナオスは微かに遅れて、ムノーと同じく真っ向斬りを放った。

 

剣に優れると言ってもその程度……やはり俺の方が上だ! 獲った。


 とムノーが確信した瞬間。

 予想外の出来事が起きた。

 直すは臆し回避するでもなく、《《さらに一歩前に踏み出した》》。


 通常狂人か達人でもない限り、自分の目に異物が接近すれば反射的に目を閉じたり、身を捩ったりと身体に染みついた反射的な防御反応が出る。


 しかしナオスは逆に肉薄するように踏み込むことで、慢心し油断したムノーの虚を突いた。

 ムノーは驚き俺から反射的に身を引こうとした分、剣先が逸れ俺に当たることが無い。


不味い!!


 ムノーがそう理解した時、既にムノーは詰んでいた。

 ナオスの真っ向斬りは、ムノーの木剣の軌道上に割り込むと、木剣の膨らんだ部分――しのぎに当たってムノーの剣を逸らす。


 剣を打ち払われたようにムノーの切っ先は地面を向いている。

 そしてナオスの剣はムノーの鎖骨に当てっている。

実戦であれば胸を斬り裂かれ死んでいただろう。 


「ま、負けた……」


 ガックリと膝から崩れ落ち、涙で滲む視界を上げナオスの顔を見上げるが、ナオスの表情に変化はない。

 まるで何でもない。お前なんかには興味がないと言うように。


(まさか、ナオスはこの曲芸染みた芸当を狙って出せると言うのか?)


 そんな疑問が口を付きそうになるが、僅かに残ったプライドが剣士としての感嘆の言葉の邪魔をする。


 柔と剛を併せ持った上で、オマケに技巧まで有するなんって……

 鈍い痛みを覚え鎖骨へ手を伸ばすと熱を持っている。

 骨折したのだろう。


 武芸を鍛練する者にとって鎖骨の骨折などありふれている。

 回復魔術をかければ一週間も関わらずに治る。

 戦えと命令を下した夫人の方に向き直って、確認の言葉を投げかける。


「これでよろしいでしょうか?」


「――結構よ! 本当に公式な記録には残さないから」


「ええ、その方お互いのためになるでしょう?」


 そう言うと夫人は鼻息を荒くして踵を返すとこの場を後にする。


「それでは……」


 俺はムノーに背を向ける。


刹那。


 背後から横薙ぎに剣が振るわれる。

 が、まるで背中にでも目が付いている見たいに柄の部分で木剣を受け止めて見せる。

 曲芸染みたその技が、まるで当たり前のように……


「何のつもりだ?」


「無常観をぶつけただけだ」


「そうか、そんな無駄なことをするぐらいなら剣を振れ、剣が振れなくなったら魔術を使え。これは情けだ」


 周囲に騎士やメイドが居なくなったことを確認すると、ナオスは回復魔術を発動させた。

 淡い光につつまれると、ムノーのは痛みが無いことに気が付いた。


 魔力ゼロと馬鹿にしていた兄に魔力があったことを悟り、自分が酷く惨めで滑稽だったと知った。


 ムノーは今日まで大切なことを忘れていた。

本来剣とは人や魔物を殺す術だ。

だけど少なくともムノーにとっても、最初は楽しいモノだったことを思い出した。


 それがいつからか、血を別けた兄を叩きのめし、自分を優秀だと認めさせる術になっていた。


「ごめんなさい。本当にごめんなさい」


 謝罪の言葉を口にしてダンゴムシのようにうずくまるムノーを一瞥することなく俺は離れに消えて行った。

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