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水妖令嬢、【冥府】に下る。

初めまして。

初、連載物になります。出来るだけ隔日で続けます。

温かく見てもらえると有難いです。


――――中央国家サンベルテ国境付近


「お嬢様にはこれより奥様のご実家がある【冥府】へと向かっていただきます」


主人と一緒に厄介払いされてしまった哀れな執事の言葉に、中央国家サンベルテの由緒正しき侯爵家令嬢であった……現在は追い出されてしまったただのリヴァイアは、そのマリンブルーに光る勝気な目をこれでもかと見開いた。母が外国の公爵家の出とは聞いていたが、まさか冥府が故郷とは思いもしなかったからである。


生まれた時から住んでいた屋敷はたった今追放されてしまった。血の通っているはずの父からも恨み辛みの籠った顔で手切れ金を渡され国からも見捨てられた今、リヴェイユが身を寄せられそうなのは自分の母方の実家のみ。

婚約破棄となった婚約者や義母、義姉などは論外中の論外。あんな話の通じない人種に助けを求めたところで時間の無駄。


だから母の輿入れと共に付いてきたという執事のロックスに、母の実家について説明を求めていたところであった。一度も会ったことすらなかった母方の親戚方に図々しくも助けを求めることに羞恥がないわけではないが、それ以外の伝手が無い今は母の血に縋るしかない。


幸いロックスからは相手側がリヴァイアを受け入れるにあたって不安要素や懸念点などはない、大手を振ってお嬢様を引き取る予定でしょう、と太鼓判を押されているが、果たしてどうなることやら…。


「……続きは馬車の中でしましょう」


勘当追放婚約破棄のトリプルコンボで人を疑い深くなっているリヴァイアはふう、とため息を付いた。ロックスが手配した馬車によたよたと乗り込む。腰を落ち着けたところでリヴァイアはその瞳をカッと開き、疑心でギラつかせた。


一度も会ったことのない母方の親戚が、何の翳りもなく私を受け入れてくれるですって?

そんな都合の良い話、ある訳ないじゃない。


リヴァイアはすっかり人間不信になっていた。

無意識の内に爪を噛みながら考えに耽る。焦って物事を考える時のリヴァイアの悪い癖であった。

今は努めて理性的に考えなくては。


確かに見返りとして渡せるものが無い今、無条件で受け入れてくれるというのは万々歳だ。それが言葉通りであるならば…の話だが。貴族は謀略で財産や地位を得て生活している。良くも悪くも。


きっと自分にも安心させて手駒に加えたところで年老いて脂ぎった老人と政略結婚しろだとか言われるに違いない。


そんなの真っ平ごめんである。リヴァイアは結婚というものに夢を見ていなかったが、少なくとも見た目は自分と釣り合いの取れるくらいに美人であってほしいと思っていた。リヴァイアは自分が美人であるという自覚があった。

最悪な体験はもうお腹いっぱい経験したのだから、これからは出来るだけ平穏な生活を送りたい。

そんな未来を模索するためにも、まずはこの執事からの謎ばかりな説明を足掛かりに、自分なりに解釈して理解するところからだ。


まだ母が公爵の出だというのは納得が出来る。しかしそれでも、冥府と言うのは聞き間違いではないだろうか。


自分の母の肖像画を見て育ったリヴァイアのイメージでは、母は魔という言葉が似つかわしくないほど普通に溢れていた。

この普通という言葉は決して貶している意図はなく、貴族の基本を兼ね備えた人間としては、という意味である。つまり美しい姿も溢れる才気も確かに備わっていただろう自分の母は肖像画の通り清廉な空気を纏っており、ただの人間にしか見えない。

…魔族出身だとは到底思えなかったのだ。


リヴァイアはその細腕を組んで少々行儀悪く足を崩した。ここでははしたないと作法を咎められることもない。


「…もう少しわたくしにも理解できるように説明して頂戴。私は冥府という言葉を噂好きのご婦人方からしか聞いたことがないの。何せそういう外交についての話は殿方の十八番。家ではわたくしを邪険にするお父様しかいないのだから、そのようなお話は出来なかったのよ」

ぷりぷりと怒りながら言うリヴァイアに、専属執事のロックスは静かに「失礼しました」と頭を下げる。しかし顔を上げると、珍しく薄い笑みを浮かべながらきっぱりと言い放つ。


「…お嬢様は冥府の大公爵であるノクタラッソ一族の中で唯一本流の血を引く女性でいらっしゃいます。その身の半分は高位魔族の血が流れている訳ですから、当然魔力も私には計り知れないほど膨大なものと想定されますし、何より威力・火力などは他の貴族とは雲泥の差でしょう。不肖ながら貴女様の専属執事を務めさせていただき十数年、ロックスはこの時を待ち侘びておりました。奥様の輿入れに付き従い、このまま中央国家に骨を埋める覚悟もございましたが、私の美しいお嬢様であるリヴァイア様はこんな国に収まってしまうような方ではないと常々思っておりました」

嘘を付け。

この白々しさは絶対骨を埋める覚悟なんて微塵も用意していなかったに違いない。

「ノクタラッソ……。それで?貴方のような底の知れない男がなぜこんな小娘をそこまで買ってくれるのかしら?」

「私はお嬢様の忠実なる僕…。お嬢様を飾り敬愛する言葉を紡ぐのに他の理由などございませんとも」

「…何一つ心からの言葉だと思えないわね…」

大体この執事の見た目はリヴァイアの小さい頃から全くと言っていい程変化が無い。ロックスは母の輿入れと一緒にやってきたと言ったから冥府出身なのだろう。ということは人間の領域外の力…不老に近しい何かが関係しているのかも…。

増々胡散臭さに磨きが掛かってしまった。


ロックスはリヴァイアが子猫の威嚇のように警戒していても何食わぬ顔でパチンと指を鳴らす。その途端風のような音が一瞬強くなると、窓の景色が先ほどとは異なり土地は黒く空は薄紫に光る大地へと変移した。


「これは…転移魔法!?ロックス…貴方、魔法が使えたのね。魔法が使えるのは貴族以上の血を持つものか、たまに市井からもその才を持つものが現れるとは聞いたことがあるけど…」

先程から驚いてばかりのリヴァイアが思わず身を乗り出すのを片手で窘めると、ロックスが何もない空間からティーポットとカップ、デザート皿に乗せられたクッキーのセットを取り出す。

食器たちはまるで意志を持っているかのようにふわふわと浮いて待機していた。


「はい、私も魔族の端くれですし、冥府では一応伯爵位をいただいております。この程度の魔法を行使することなどは本来容易いものなのです。…しかしそれも輿入れの際に契約によって使用不可となっておりました。魔法や魔力を帯びた物の使用など、魔と付くものは旦那様が怖がってしまうから…と奥様により制限の契約が成されていたのです。契約解除にはその所在が侯爵家がノクタラッソの血をその所在を無くすことが条件になっていましたので、お嬢様が勘当された今、私は晴れて再び冥府に基づく力を振るうことが可能なのでございます」

「それは…貴方が自由になれてよかったと言うべきかしら。勘当された手前複雑だわ」

ジト目で執事を見ていたリヴァイアだったが、ふと違和感を覚えて「え!?」と自分の足元に視線を移す。


次の瞬間、乗っていたはずの馬車は色が剝がれていくようにゆっくりと漆黒へ変質していく。

リヴァイアとロックスが乗車したままその馬車は黒く染まり切り、馬は暗い青を纏う二匹の大きなサメへとその姿を変える。頭部からは捻じれた角が生えており、その姿は魔物と言って遜色なかった。


「わァ!なに、今度は一体なんなの!?」

リヴァイアの叫びも空しく、魔法がかかるように姿を変えた馬車改め鮫(?)車は地面から浮いてゆっくりと空を漂う。そのまま先頭の二匹のサメが縄を引っ張り車体を誘導してそのスピードを上げていく。

地面を走らないため、整地されていない道のせいで乗り心地の悪かった車内も随分と快適になり、筋肉痛になりそうだったリヴァイアの臀部は守られた。

驚きで思わずぽっかりと開いてしまった口を慌てて閉じて、再び全てを知っているであろうロックスに説明するよう視線を寄越すと、ロックスは心得たように一つ頷く。


「リヴァイアお嬢様。前方に見えますあの二匹の魔物は、公爵嫡子でありお嬢様の従弟であるガレオス様の眷属でございます。種族名はブラッドイータ、個体名は向かって左がゲラ、右がギラ。ガレオス様の魔力を与えられて成長した、サメの魔物なのです」


有能な執事であるロックスは、その切れ長の目を細めてリヴァイアの無言の疑問に全て答えていく。

質問すらしていないのにリヴァイアの思考が分かる彼は、車体のフォームチェンジが終わったことを確認すると、浮いていたティーカップを一つリヴァイアに渡した。

リヴァイアはそれを恐る恐る受け取ると、湯気の出る紅茶を一口飲み込んで強張っていた態勢を緩める。


「魔物…!あれが魔物なのね!王都では魔物なんて見たことすらなかったからびっくりしたけど…思ったよりも愛嬌がある生き物ね。…水辺ではないのに空中を泳いで見えるのは?」

「魔物はただの生き物とは違い、人間体でなくとも魔力を生成できます。魔力によって水辺でなくとも空間を自在に泳ぎ、移動することが可能です」

「ふぅん…そうなの。……ふふ、魔物だと聞いても不思議と忌避感が無いわ。知らないのにどこか懐かしく感じる。………ねぇ、公爵様やガレオス様はわたくしのこと受け入れてくれるかしら」


車窓にはリヴァイアの横顔が悲し気に映る。

父や継母、義姉と上手くいかなかった記憶が走馬灯のように過ぎ去ったせいだ。リヴァイアは眉をひそめると、パッと振り切るように窓の外へ無理やり意識を変えた。

対面に座っていた彼女の専属執事であるロックスだけが、その姿を静かに見て呟いた。


「きっと受け入れてくださいますとも。奥様の血を正しく引くお嬢様ならば」

「……そう」



◇◇◇


リヴァイアは中央国家サンベルテの侯爵令嬢であった。

侯爵の父を持ち、外国から嫁いできたという母の胎から生まれ出でた、生粋の貴族であった。誰しもが羨むような恵まれた生活が可笑しくなってしまったのはいつからだっただろう。


…そうだ、母が亡くなってしまってからであった。

輿入れと共に従者として付いてきたロックス曰く、元々病気がちであった母は嫁入りしてから余計に体調を崩してしまっていたらしい。それでも女主人となることを選んだ母は嫁としての責務を全うするためリヴァイアを産み落とした。


幸いリヴァイアは健康体ですくすくと成長したが、母はますます病気がちになり、最後はロックスの介抱も空しく儚くなってしまった。

政略の意図が大きかったとはいえ、美しく聡明であったらしい母を殊の外大事にしていた父は自分の妻が早逝してしまったことに気を病んで暮らしていた。


小さなリヴァイアがどんなに慰めて父にとって誇らしい娘であろうと努力しても、項垂れる父の顔を上げることはできなかった。母の見た目をそっくりそのまま受け継いだリヴァイアを、父は真正面から見ることが出来なかったのだ。


ブロンドの髪、マリンブルーの瞳のゆったりと垂れた目尻、正反対にキリリと釣り上がった眉、真っ赤な薔薇色のぽってりとした唇。

まさに生き写しのような自分の娘の視線は、妻を救えなかった自分を非難しているようで恐ろしかった。

そしてその恐怖は段々と歪んで大きくなり、まだまだ幼い自分の娘を遠ざけるようになってしまったのだ。


リヴァイアが六歳になった頃。父と娘、他は使用人だけになってしまった伽藍洞の屋敷に、ある母娘がやってきた。リヴァイアの母が亡くなってから気を病んでいた父が珍しく明るい様子で二人をエントランスに連れてくると、リヴァイアは無邪気に覚えたてのカーテシーで挨拶をした。

それがきっと、崩壊の始まりであったのだ。



◇◇◇


先導する二匹が静かに動きを止めると、それに気付いたロックスが「お嬢様」と声をかける。

リヴァイアが顔を上げると、そこにはいつの間にか大瀑布と呼称できるであろうほどの巨大な滝の奔流があった。


「……ここが、ロックスの言っていたお母様のご実家なの?」

怪訝そうな顔で自分の執事を見るリヴァイアに、どこまでも冷静な執事は至極真面目そうな顔で肯定する。


「はい。間違いなくあちらに見えますのは、奥様のご実家であらせられる冥府でも王族に連ねるほどの名家、ノクタラッソ家でございます」

「…わたくしを馬鹿にしてるの?」


見渡しても人工物などどこにもない。

リヴァイアはこの期に及んでロックスが揶揄っているのかと考えたが、この真面目な執事がそういう悪い冗談をするような人物ではないことは誰よりも分かっている。


「リヴェイユお嬢様、ノクタラッソ家は水妖の一族でございます。あちらに見える大瀑布も屋敷を囲う大きな守護となっているのです。もう少々お待ちいただければ大旦那様が……おや」

「え?」

話の途中で空を見たロックスが視線だけで下を見ると、同時にリヴェイユから間抜けにも声が漏れ出る。だがそれも仕方のないことだろう。本当に、何の異変もなく、大地がぱっくりと割れてしまったのだから。


急に先のない虚空に取り残された二人は重力に従ってその裂け目へと落ちていく。

「キャアア!ちょちょ、ちょっと!ロックス!どうにかしなさいな!貴方魔法が使えるんでしょ!?私は魔法が使えないのよォ!」

ジタバタと藻掻くリヴァイアのすました顔はとっくのとうに剝がれてしまった。ボサボサの髪のまま急降下していく我が身をどうしていいか分からず、自分の執事を振り返る。


「はい、お嬢様。しかしそれはお嬢様の勘違いでございます。お嬢様は今まで旦那様…いえ、もう旦那様ではないですね。お嬢様のお父君はお嬢様を疎外するあまり魔法の手解きなどを一度も受けさせなかったために使えないのであって、その素養は十二分にあります。なぜならお嬢様は奥様の血、ひいてはノクタラッソ家の血を色濃く受け継がれているのですから。ええ、なのでご安心下さ…」

「御託はいいのよ!怖いから早く何とかしてぇ!!」


ロックスが横抱きでリヴァイアを抱えたまましばらく垂直に落ちていくと、重力無効化の応用魔法を行使して次第に落下速度を落としていく。

ロックスが自分を害することはないと知りながらも怖いのは怖いので、リヴァイアは叫びながらロックスの腕にしがみ付いていた。ロックスはそれすらも役得そうな顔で涼やかに地の底へ足を付けた。


すると二人を待っていたかのように裂け目は大瀑布へと通じる道になり、そこから溢れ出る水が急流となって近づいてくる。その水は次第に何か動物のような造形を形作り、それはリヴァイアが本の中で見たシャチという水生生物の形になり、その背に人の姿を見た。


「あれは……シャチ?誰か背に乗っているわよね?」

「あれはシャチではなく、先導していたブラッドイータと似た種族でございますね。大旦那様の魔力を与えられて成長したシャチの魔物であるブラッド・ボーンであり、個体名はギュントー。……そしてその背に乗るあの方こそがこの地を統べる冥府の大公爵様である、オルキデウス・ニュクス・ノクタラッソ様でございます。リヴェイユお嬢様の、叔父君です」


リヴェイユは瞳を瞬かせてその姿を見ていた。

プラチナブロンドの髪、マリンブルーよりも少し暗い深海の瞳、その顔立ちはリヴァイアそっくりで、親族であることに間違いはなさそうだった。

正しくは彼らの血をリヴァイアが色濃く受け継いだのだろう。

加えて父よりも上背のある体格は公爵という威厳を背に背負っているようであった。

シャチのような生き物に跨ったまま、文字通り波に乗ってやってきた叔父は爽やかに腕を上げて言った。


「やァ、僕の可愛い真珠ちゃん」




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