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2月、そわそわする日

作者: ホチ

 時は平成○○年二月十四日。本日、男と女の真剣勝負。


 妹にすら貰えなくなったチョコレート超氷河期時代。教室の男たちは来るべき放課後の戦いに備え静まりかえっていた。もちろん、女子たちは引いていた。

 

 昼休み、わずかに動きはあったものの、それはまだ敵の本丸ではなかった。それでも男子たちをそわそわさせるには十分な一撃だったことは言うまでもない。

 出席番号十一番の如月も、友人たちと机を並べるだけで、弁当を食べる間の口数は少なかった。


 放課後、一部の男子生徒が空き教室に集まり色めき立っていた。そこには去年ついに妹からも見放された如月の姿もあった。

 なんてバカで惨めな集まりなんだ……。如月は心の中で泣いた。

 それでもたとえ惨めでも、チョコを一個も貰えなくとも、イベント事には参加しておきたい。お祭り好きの如月にとってこんな重大な日にすぐ下校という選択肢はなかった。……というのは建前で、如月には本当はほんの僅かではあるが今年は光明が見えていた。しかし放課後になってから彼女の姿が見えない。如月がここに参加した真の目的は、彼女の動向を探ることにあった。普通に下校したのならば残念だが仕方がない。しかしもし他の男子にチョコを渡していたとしたら。後々知ってしまうよりも当日のほうがはるかにマシだ。せめて傷口は早めの治療が肝心だ。

 

 「三組の○○がチョコ貰ったってよ!」

 携帯電話を握りしめた男子が声をあげた。 

 「オォ……」一同がどよめく。「いよいよ始まったな」

 「今度は△△。机の中に入ってたんだと」

 「□□が××さんに校舎裏で告白された」

 他の男子の携帯電話にも次々と報告のメールが届いてくる。

 なぜこれほど情報が集まるのか。それはここに集まる男子が各クラスに一人は存在する事情通その人たちであったからだ。

 世間一般に、こういうことは女子の専売特許と思われているが侮るなかれ。男子ネットワークも確かに存在する。

 ここに集まる一組から八組それぞれ各教室の男子たちは事前に各々のクラスメイトと約束を交わし今日という日を迎えていた。お調子者や人気者は少しおだてれば自分からペラペラ話したがるものだ。もちろん渋る男子もいたが、そこはごにょごにょな説得で了承を得た。

 それでも実際の信憑性はかなり怪しいものであることには違いない。自分にとってもチョコをくれる女子にとっても大切な出来事なので、そう易々と教えてくれるとは思えないし嘘ももちろんあるだろう。しかしそこは面白半分、ここに集まった男子たちも重々承知している。それでも、刺激と盛り上がりは異様だった。

 

 如月の携帯電話にも報告がいくつか挙がってきていた。正直この集会でこれほど興奮するとは思ってもみなかった。読み上げながらバレンタインもいいものだなと如月は思い始めていた。

 そんな本来の目的を忘れかけていたときにその報告のメールは来た。

 『弥生さんから告白された』

 如月は自分の携帯電話に映る文章が信じられなかった。

 「おい、報告しろよ」

 他の面子が急かす。

 「悪い、報告じゃなかった。妹から戦果を聞かれただけだった」

 「それは、キツイな……」

 集まった男たちは如月を哀れむような目(自分自身にも当てはまるのに)を向けて「ドンマイ」と肩を叩いた。

 笑って切り抜けたはいいものの、如月の内心はそれどころではなかった。

 ――おいおいおい、マジかよ。ちょっとばかし期待してた俺がバカみたいじゃねーか。……結局浮かれたピエロだったってことか。

 それからも報告はいくつも挙がり集まった空き教室のボルテージは最高潮に達したが、如月だけは乾いた笑いを浮かべるだけで、一人教室の隅からぼんやり集団を見ている気分だった。

 

 その日の集会での最大の収穫は、男女それぞれの人気ナンバーワン同士によるビッグカップル成立の情報であり、しかもその情報はよりによって事情通の女子からのメールだった。自分たちのネットワーク外からの情報だった。

 今更ながら本当にバカバカしいことに参加していたと如月は心底公開した。

 自分ではない男と女が幸せになる報告を聞き、あまつさえ自身の好きな相手が違う男にチョコを渡し告白したことを知った。これほどのバカはいない。彼女――弥生の動向を知りたかったのは本当だ。だけどそれは他の男にチョコを渡すのを知りたかったわけじゃなかった。

 「怖くて直接訊けなくて、裏でこそこそしてたのがそもそもの間違いだったよな……」

 如月が肩を下ろしながら鞄を取りにノロノロ教室に戻ると、中には生徒が一人残っていた。

 「遅いよ如月」

 「弥生……」

 「遅い」 

 「ごめん。って何で俺が謝るんだよ。俺は何にも聞いてないぞ」

 何で教室に残ってるんだよ。告白したんじゃないのか?一人でいるってことは、まさか振られたのか?訊きたいことが次々と生まれたが、如月は口に出すことができなかった。自分の口から弥生が告白したことについて訊くのは自傷行為の極みだった。

 「うそ。本当はあんまり待ってない。あたしもさっきまで用事があったから」

 「へぇ、どんな用事さ?今日の用事なんて一つしかないよな」

 訊かないで違う話題に変えればよかったのに。俺のバカ!

 「如月と同じだよ」

 「俺と?俺が何してたか知ってるのか?」

 「わかるわよ。空き教室に籠もってバカなことしてたんでしょ?筒抜けなんだから。所詮男子なんてそんなもんよ。女子の情報網甘く見ないでよね」

 「驚いたけど、でもつまり弥生たちも同じことしてたんだろ?バカなこと」

 「そこは否定しないけど」

 「そっか、確かに弥生はみんなのこといろいろ知ってるからそんなことしててもおかしくないよな。……バカなことだけど」

 「バカバカうるさいっ。まぁだからこのクラスの男子の事情通が如月だとしたら女子はあたしね。」

 「そっか」

 如月としては自分からは触れずに弥生から喋って欲しかったのだが、どうやらこの流れからしても彼女からは言う気がないようだ。こうなれば仕方がない。どうせ失恋だ。毒を食らわば皿までだ。

 「告白したんだってな」

 「は?誰が?誰に?」

 「俺はもうわかってるんだから言えよ。弥生告ったろ」

 「あたしが?」

 「そうだよ」

 「してない。ていうか無理でしょ。言ったばっかでしょ、あたしもみんなと籠もってバカなことしてたって。だからそんな時間はなかったし、第一他の子に知られるなんて絶対ヤダからするにしてもバレないようにする」

 他人のことは知りたがるくせに自分のことは知られたくない。如月も弥生もそんな人種だった。

 「だけどさ、メールが来たんだよ。弥生さんから告白されたって」

 「何、如月はそのメールをマジで信じちゃったの?あんなの遊び半分なんだから嘘かもって思わなかったわけ?」

 弥生がバカにしたように笑う。

 如月ももちろんお遊び感覚で参加していた。わかってしていたつもりなのに、弥生に関してだけは完璧に信じ込んでしまっていた。我を失うとはこのことかもしれない。如月は急に恥ずかしくなってきた。事情通のつもりが情報で踊らされるなんて。

 「やっぱな、やっぱりそうだったのか。そうだよな、ありえないよな、弥生が告白するなんて」

 「はいはい。如月ちゃんは焦ったんでちゅよね~。ごめんね?心配させちゃった?」

 必死の強がりも弥生にはバレバレで空しいだけだった。降参だ。如月はせめてもの抵抗とばかりに黙りこんだ。

 「で?如月の戦果は結局どうだったの?」

 「聞くなバカ。お前ももいろいろ嗅ぎ回ってたんなら知ってんだろ」

 「まーねー」

 そう言って弥生は如月から顔を逸らし、教室の窓に顔をやり、言った。

 「ていうか如月、あんたチョコ貰いたい相手いるわけ?」

 「それも聞くなバカ。わざとだろ。絶対知ってるだろ」

 さすがに恥ずかしく、如月も弥生を直視することができずに窓に顔を向けた。窓には教室にいる二人がうっすらと映っている。

 「貰いたい相手なんて、一人しかいないっての」

 窓に答える如月の言葉を聞いて、窓に映る弥生が鞄に手をやった。――そこから覗くのは小さな箱。

 「ほらっ」

 弥生からその箱が如月めがけ飛んできた。

 「あっぶねぇな!もう少し優しく投げろよ。ってか投げるな」

 慌てて掴んだのでどこかへこんでいたりしていないだろうか……とりあえず外は心配ないようだ。如月はホッと息をつく。

 「ごめんごめん。だけど嬉しいでしょ?ハッピーバレンタイン。……一応、あたしの手作りだから」

 「ありがとう。大事に食べる」

 如月の返事に弥生は「三日は費やして」と笑った。


 「いつから気づいてた?」

 別れ際、如月は弥生に尋ねた。気づかれたと感じたのは自分としては十一月のはずだ。そのころから何となく弥生の態度が変化していた。

 「六月でしょ?」

 驚いたとしか言いようがない。

 それならば彼女は十一月まで自分のことを観察していたのだろうか。考えるとぞっとした。やはり女という生き物は怖い。

 「最初は『あれっ?』って感じだったけど、一度気づいたらもうバレバレ。授業中もあたしのことチラチラ見てたよね?他の子も薄々わかってたんじゃないかな。ほら、あたしに告白されたってメールしたってのも、如月をからかったドッキリなんじゃない?」

 ドッキリ?マジかよ・・・・・・。愕然とする如月を面白がってか、弥生は続ける。

 「だけど如月が動く気配がないから、あたしから隙を見せてあげたわけ。十一月くらいだったかな、ちょっと態度変えちゃたりしてさ。それでも動きゼロ。あんたちょっとおかしいわよ。クリスマスすらスルーするなんてあんまりじゃない?」

 「クリスマスはいろいろと努力したんだよっ。マジで!だけど、……ヘタレだったんだよ」

 「そう、ヘタレ。これ以上どうしようもないから今日こうしてあたしから動いてあげたの。勘弁してよね」

 その後も弥生は如月のこれまでに対して文句を並べ立てていき、如月はただただ縮こまるしかなかった。

 如月にも一応反論はある。弥生に好意を抱いた時期は本当のところは六月ではなく五月――しかしそんなことはもうどうでもよくなった。

 怒った弥生もまた可愛い。さっそくのろけだした如月だった。

最後まで読んでいただき、ありがとうございました!

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