紅茶とスコーン
皆さんこんにちは。
兎夜です。
私は今、病院内部の能力研究棟に居ます。
「はい!次は柴猫くんね」
手当をしているのは有珠析さん。
色の長い髪を伸びきった前髪と一緒に緩く横に縛っていて、声は低め。高い鼻。スラッとした体型で未だに性別が分からない人です。
「柴猫くんの代償は一定時間を過ぎるとそのまま獣になってしまうんだったね…気分はどう?」
「時間過ぎる前に無効化してもらったんで今んとこは特には…」
「そっかぁ…傷はあんま深く無いから問題はなそうだね」
有珠析さんはカルテを見ながら包帯を巻く。
こうして見ていると普段の雪白に対する態度が全て嘘みたいだ。
「そんなお通夜みたいな雰囲気出してないでさ…あ、ほ、ほら!みんなの手当も診察も終わったことだし…」
珍しくオロオロとしているが私も内心気まずくて仕方ない。
パスタくんが連れ去られた後、しろさんは能力の代償で動けなくなり、柴猫さんの怪我もある。
更に初めて見るペストマスクの情報が何一つ分からないまま追う方が危険だと判断して病院に来た。
「雪白たんはお眠でちゅかー?兎夜くんに俺の心を丸裸にされちゃう前にちゃんとおめめ開けといてくだちゃいね」
「是非、機密情報でも考えてて欲しいよ」
「やだもう!この子ったら!」
気を張って居たであろう雪白は私の肩に寄りかかりながら少し眠そうな顔をしつつも、有珠析さんの赤ちゃん扱いに今にでもキレそうだ。
「入ってもいいかな?」
聞き覚えのある眠たくなる落ち着いた声がドアを叩く。
「どうぞ」
有珠析さんがドアを開けると床に着きそうな水色に近い白色の長い髪をした低身長の女の子が入ってきた。
「危険なとこに巻き込んでごめんなさい」
綺麗な瞳をしている女の子はペコッと頭を下げる。
「危険を承知で着いて行ったのはボクらだし…頭上げてよ」
雪白はその女の子の頭をポンポンと撫でる。
「兎夜は生身の乙歌ちゃんに会うの初めましてだよね?」
「あ、うん」
察した様に雪白はこの女の子を携帯の中に居た少女だと説明をする。
画面の中にいた活発なイメージとは裏腹に落ち着いた印象だ。
「お腹空いた…」
気まずい空気を打ち破ったのは先程からベンチで溶けているしろさんだった。
「アタイもお腹すいたなぁ…」
便乗するように乙歌さんも小声を出す。
「俺は甘いのがいいなぁ」
有珠析さんはニヤニヤとしながら眠そうな雪白に言う。
「給湯室の勝手に使うよ」
「やった!ブラックと柑奈を呼んでくる」
雪白は行くよと私とヒナさんに声を掛ける。
「給湯室…あまりにも生活感があり過ぎますね…」
ヒナさんは虫が出そうと言いながら雪白を盾にする。
暗く長い廊下を歩き着いた給湯室は散らかっておりお世辞にも綺麗とは言えない。
カップ麺の山に食パン。
賞味期限の切れた調味料類がテーブルに散乱しているし、ゴミも床に散らばっていて虫が出そうと言えばその通りだ。
「…とりあえず冷蔵庫何かある?」
雪白と冷蔵庫を開けると賞味期限が明日までの未開封のヨーグルト。
パンに付けるであろうジャム類。卵。バター。蜂蜜。
ほぼ何も無いと言っても過言では無い中身。
給湯室には冷蔵庫の上にオーブン機能の付いた電子レンジがあり、流し台には水の入った電気ケトル。
ガス台には小さめのフライパンがあるだけ。
「柑奈さん。この現状にした有珠析シバいてきて」
雪白がドアの向こう側に声を掛けると薄い緑色の髪を緩くまとめた少年…いや少女?が現れた。
「所長や副所長は大食いですからね…すぐ散らかすのです」
声は高くもなく低くもない…。
「私も雪白さんのお料理楽しみで覗きに来ちゃいました」
照れたような反応を見ていると女の子っぽい。
「でも丁度良かったよ…粉物と混ぜるものとボウル的なものある?」
「えっと…ホットケーキミックスあります!あとは混ぜるもの…しゃもじあります!ボウルは無いのでバケツとかなら…」
雪白のリクエストに答える様に柑奈さんは給湯室の引き出しを開ける。
手には分厚い手袋を両手に付けており目を引く。
「乙歌ちゃん、しろさん、バカとブラックン…」
うーんと頭を抱える雪白は柑奈さんを見る。
「柑奈さんも結構食べるよね?」
「所長ほどでは無いですけどね」
材料足りるかなと言いながら雪白はホットケーキミックスと角切りにしたバターをそぼろ状になるまで混ぜる。
有珠析さんは食べ放題に行ってご飯釜やスープの寸胴を空にして出禁になった事があるとかないとか…
ブラックさんはうちのパンを全制覇した事があり、しろさんはこの前見た通りで…乙歌さんや柑奈さんが食べるのは意外だ。
みんなあんな細くて痩せてるのにどこに入るんだと半信半疑だ。
「兎夜!ヒナ!柑奈さん!!スコーンを作ります!中に入れる材料探して!!」
雪白は混ぜていた所にヨーグルトと蜂蜜、卵を入れて混ぜながら言う。
「チョコのスコーン食べたいなぁ」
ヒナさんは宝探しをする子供のような顔をしてカップ麺の山の中を探し出す。
「紅茶のパックなら副所長がよく飲んでいるので棚上にでもあるかと…ココアとかあれば…」
ついでにお茶を淹れますと柑奈さんは流し台の上の棚を漁っている。
「…酒のツマミみたいなクリームチーズ付きのクラッカー」
私はテーブル近くに置いてあるコンビニの袋を漁る。
気分は強盗のようで少し罪悪感と共に楽しくなる。
「紅茶のパックありました!紙コップもあるのでお茶淹れますね!…ココアは無かったです」
「紅茶のパックいいねぇ。生地に入れて紅茶スコーンにしよ」
雪白は3等分にした生地の1つに柑奈さんから受け取った紅茶のパックを開けて入れた。
「チョコ発見です!!」
ヒナさんはお徳用と書かれた1口サイズのチョコがたくさん入ったものを見つける。
「じゃあチョコはそのまま入れるのと、少し刻んだものを入れて…」
生地を置いてあった瓶でゴロゴロと伸ばして、3つ折りにしてまた伸ばし、折り込み、また伸ばすを繰り返す。
5回ほど繰り返したら生地を何等分かに切り分ける。
「オーブン機能付いてて良かった」
170度に余熱したオーブンの中に天板に並べて数十分焼く。
甘い良い香りが給湯室を包む。
「うん。焼きたての幸せな香りがするね」
型を使わずに焼いた不揃いなスコーンは外はザクザクで中はふわふわしっとりとしていて焼きたての証拠の湯気を帯びる。
「紅茶の香りがすごい…これ美味しいです!」
「じゃあ更に美味しくしよっか」
つまみ食いをする柑奈さんに雪白は冷蔵庫にあったジャムとクリームチーズ付きのクラッカーのクリームチーズを柑奈さんのスコーンに載せる。
「ご主人様!私もそれ食べます!」
「蜂蜜掛けても美味しいよ」
「蜂蜜!!」
ヒナさんは焼きたてのスコーンに蜂蜜をつけてハフハフと頬張る。
「チョコ入りも焼きたてだから外のチョコがザクザクしてるのに中はトロトロで…細かくしたのと大きいチョコがあるから食べ飽きない」
次々に焼き上がるスコーンを私も頬張り口いっぱいの幸せを噛み締める。
「それ食べたらみんなのとこ持って行こうね…」
スコーンだけだと飽きちゃうからとコンソメを溶かしたスープにクルトン代わりにクラッカーを乗せながら雪白はやれやれと嬉しそうな顔をする。
「お待たせ致しました。3種のスコーンとスープです」
山盛りのスコーンを頬張る。
「紅茶のスコーンの香りめっちゃいい…」
「プレーンにジャム乗せるのも美味しい」
乙歌さんとしろさんはそう言いながらゆっくりと味わっている。
「美味いっす…温かいご飯…美味いっす」
「ひ、人が作った飯だ…!!」
ブラックさんと有珠析さんは泣きながらガツガツと食べている。
「これ今度買いに行きます」
「ゆっくり食べないと喉詰まらせますからね」
柴猫さんは1口でスコーンを食べながら話てヒナさんに注意されている。
「総重量3キロくらいなんだけど…足りなさそうなの怖いなぁ」
雪白はプレーンのスコーンにたっぷりとクリームチーズと蜂蜜をつけて私に渡してくる。
確かに山のように作ったスコーンが既に半分以上無くなっている。
「スープもうまうまです」
柑奈さんはスープにクラッカーを浸してふにゃふにゃになったのを食べている。
「こうやって顔合わせると雪白、有珠析先生、柑奈さんって性別わかんないよな」
柴猫さんは口の周りに付いたジャムを舐めながら言う。
私は雪白とずっと居るから性別を知ってはいるが、言われて見れば性別が分からない方だとは思う。
だが、有珠析さんと柑奈さんはもっと分からない。
「有珠は一緒にお風呂入ったことあるよ」
飲んでいた紅茶を吹き出す。
え?一緒に?…男と?!
「兎夜くん…動揺しすぎ…」
プルプルと笑いを堪える有珠析さんにみんなも驚きが隠せていないようだ。
「け、経緯は?!ご主人様とお風呂だなんて…!!」
ヒナさんは立ち上がり有珠析さんの肩を掴む。
「雪白は脱いだらすごいぞー」
有珠析さんは楽しそうに言い、この人楽しんでるなと思う。
「脱いだら…すごい…つまり、ちんこですか?」
「うるさい。オープンドスケベ」
顎に手を当ててそれだ!と言わんばかりの顔をする柴猫さんに乙歌さんが思わず叩く。
「ボクはかわちい女の子っ」
可愛い声を出し両手を顔に当てウインクをする雪白。
「あ、えっと…すいませんでした」
柴猫さんは乙歌さんに肘で合図を出され謝る。
山盛りのスコーンが無くなりスープも空になったところで雪白は電池が切れたかのように私に寄りかかって寝てしまった。
雪白の能力無効化が消えてみんなの感情が見える。
「雪白も寝てしまったしアフターヌーンティーはお開きにしようか」
実験や研究をまとめたいと考えている有珠析さんは私の隣に座ってくる。
「一緒にお風呂に入ったと言ったな」
「え。な、なんですか?!」
感情を見るより先に有珠析さんは私に耳打ちをする。
「…この見た目でですか?」
「君、中々失礼だね」
「見えないって」
「素直なとこ嫌いじゃないよ」
それじゃあねと肩を叩いて診察室へと帰って行く。
「ご主人様は私が。兎夜さんは荷物をお願いします」
ヒナさんに言われ私たちも帰ることにした。