契約と創造と。
GPSを追って辿り着いた町外れの港。
緊張感のある心情とは真逆な晴天で水面が宝石のようにキラキラと光っている。
「くしゅん」
「くしゃみかわよ」
茶化してくる柴猫をどついたが、少し冷たい春先の風にもう一度クシャミが出る。
「ヒナ大丈夫?」
隣を歩く雪白が着ていたカーディガンをそっと掛けてくれた。
「これがモテる男かぁ」
「見習え柴猫」
「ヒナちゃん!!俺のジャケット着ます?!仕事着ですが!」
「血が付いてるやつを乙女に貸すんじゃない!」
暴走する柴猫さんをお姉様が止めに入る。
その横ではしろさんとパスタくんが緊張感の無いIQゼロの会話をしている。
「ねーねーしろさん!大体の食べ物とチーズ合うのに蕎麦とチーズって無いよね」
「やってみたら?」
「帰ったら蕎麦食べようね!ぼくはパスタがいいな!!」
「そだねー」
どんな会話だよと聞いていた兎夜さんが声を漏らす。
こうして見ると今から戦うだとかそんな風には見えない。
ただ仲良しなメンバーが集まって遊びに来たみたいだ。
波打ち際の砂浜で防波堤を眺める。
「契約召喚…」
和やかな空気の中、聞き慣れない声がして後ろを振り返ると深い水色のパーカーのフードを被った男がいた。
「契約内容は…好きなやつらを食べていい」
ブツブツと何かを言っている。
「契約…成立」
みんなが身構える中、無数の魔法陣が空中に現れ、空中でぺちぺちとヒレの音を立てて魚の群れが目の前に現れる。
「3時方向…感情は余裕だってさ」
「はいよー」
目を瞑って居た雪白が兎夜さんの指示で目を開く。
「あっれぇ…??」
雪白の能力無効化で目の前に居た魚たちが魔法陣の中へと消えていく。
「久しぶり!ぺぺくんだっけ?」
「なんで名前知って…いや、どこかで…」
雪白がにこにことぺぺに近付く。
「あ、あの天文台の少年か!!」
後退りをする彼に雪白の合図と共に透明になった姿で後ろから全力で殴り掛かる。
「ご主人様は女性ですよ」
倒れ込むぺぺに獣化の能力で変形した象の足で柴猫が乗りかかる。
「いや…よっわ」
「呆気なかったですね」
雪白の呆れた声の横に立つ。
「よーし!尋問を始めようか」
お姉様は楽しそうにしろさんの携帯の中でクルクルと踊っている。
雪白の能力で私の透明化を解いて、柴猫の能力を消す訳にはいかないのでまた目を閉じた。
「こんなに鰯を召喚してさぁ…漁師さん困っちゃうでしょ」
「…うっす」
「で?ペストマスクの情報を吐いてもらっていいかな?」
しろさんの携帯の中からぺぺに尋問するお姉様の姿はまるで反抗期の息子に説教をする親のようで少し面白い。
「大人しくお縄に着こうか」
しろさんが手錠を付けようとした瞬間に砂浜からシャチが現れる。
上に乗っていた柴猫は軽々と飛ばされ宙を舞う。
「セメント…砂…砂利を混ぜた…コンクリート…壁…創造!」
パスタくんが素早くガードとなる壁を能力で創造し襲撃に備えつつ、飛ばされた柴猫の為にまた何かを創造している。
その間にしろさんは重力操作で砂浜の砂を空中に飛ばす。
「形勢逆転って感じ?!さっすが俺〜」
憎たらしいぺぺの声が砂の向こうから聞こえる。
「あっさり捕まるわけないじゃん!ピンチになった時の為の契約も交わしてるんだよー!!」
煽る様に手の内を見せる姿はまるで小学生だ。
「くっそ…シャチは俺がなんとかする!」
パスタの作ったトランポリンの上を飛び跳ねながら柴犬は言うと、能力でハイエナへと姿を変える。
「あれ楽しそうでいいな」
「遊んでくる?」
「成人男性がトランポリンで遊びだしたらやばいでしょ」
悠長な会話を兎夜と雪白がしているが、その間に柴猫はシャチとの激闘を行っている。
「兎夜がトランポリンで遊ぶの恥ずかしいみたいだから、しろさんも行ってきていいよ」
「わかったぁ。後で行くね〜」
雪白が地面に手を付けて能力を使っているしろさんに話を振り、巻き込むなと兎夜に軽くどつかれている。
シャチを操る様にケラケラと笑うぺぺのフードが揺れる。
「あ、乙歌ちゃん!まだあいつのGPSは付いてるよね?」
「反応してるから付いてるよ!いつでも!」
今、無効化の能力を使ったら柴猫の姿や重力操作が無くなってしまう。無闇に危険にならすならばと雪白はお姉様となにやら相談をしだした。
「あいつ、だいぶ腹黒いよ」
兎夜さんがあちらの動きを見ながら話す。
「この契約する為に子どものシャチ攫って、助けたフリして契約持ち掛けた…だってさ」
「本当に最低なヤツですね」
兎夜さんとそんな話をしていると地面が大きく揺れ、
先ほどまで空を泳いでいたシャチが地面から飛び跳ね、水族館のショーでは絶対に見れない光景に唖然とする。
「土の中からシャチとか…B級ホラーかなー?」
「関心してないで逃げろよ!!」
雪白が煽るように大声で言うとぺぺはあっさりツッコんだ。
「デジタル干渉…感電」
お姉様の能力でGPSの機会を動かすとペペは苦しみ倒れた。
お姉様の能力はただデジタルに姿を置くだけでは無く、こうして機材も自由に操ることができる。
次の指示を聞こうと携帯を覗くと中のお姉様には翼が生えていて天使の様で綺麗だ。
「…爆破」
倒れたペペのお腹が爆発し、その後すぐに雪白は目を開く。
「能力無効化」
しろさんが浮かせていた砂が地面へと戻り、シャチも魔法陣の中へと消えていく。
ハイエナの姿になった柴猫は唸り声をあげて警戒するように倒れたペペの周りを彷徨く。
「痛ってぇ!」
ペペは多少の出血はあるが生きている様なのでしろさんが軽く手当をする。
「絶対許さねぇ」
「はいはい。動くと痛いよ」
「もう痛えんだよ!ざけんな!!」
しろさんが手当をしながらペペに言うがあちらは不服そうだ。
「能力無効にされたら一般人と変わんねぇじゃねぇか」
ペペは雪白を睨みながらへっと笑う。
「パスタくん。ガチガチの拘束出してー」
「はーい」
睨まれた雪白は態度を察してかパスタくんの肩を触る。
しばらくしてパスタくんが創造する為に唱えていたのを止めた。
「みんな…!!」
パスタくんの声と共に銃声が聞こえる。
舞う赤色の液体。
肩を押さえながらまた何かを唱えだすパスタくん。
すぐさま後ろを振り返る。
砂浜を歩き、風で靡く赤いフード。
白いペストマスク。
手には銃火器。
「ありっ?7対1でぼろ負けしちゃってるじゃん」
次々に銃声を鳴らすそれはアリを踏み潰す子どものように無邪気に銃火器を扱う。
「みんな!早く逃げっ」
パスタくんの能力で壁を作り、避難を持ち掛けると同時にパスタくんの片腕が宙へ舞う。
「重力操作!!」
しろさんが再び砂で私たちを囲む様に宙へと浮かべ、身を隠す。
「来てくれたんだな!」
「私だけね」
「他は?!」
「関わりたくないってさ」
「そんな…!!」
和気あいあいと言うには程遠い会話だが、ペペとペストマスクが仲間なのだとすぐに察した。
「みんな怪我は?」
「ちょっとカスった程度。それよりパスタを!」
お姉様は状況を確認するが、柴猫が少し銃弾に当たり血が出ていた。
私は壁の後ろでパスタくんの傷を手当しながら様子を伺う。
「あの人、何考えてるか全く分からない」
兎夜さんがそう言ってハイエナになった柴猫の頭を撫でながら器用に手当をしている。
「みんな近距離戦に特化してるから、懐に入れさえすれば…あちらは電子機器持ってなさそうだし…」
「ヒナは透明になって!兎夜は…」
お姉様と雪白は不測の事態に焦りながらも作戦を立てる。
「あのさー、砂ぼこりで目痒いんだけど…」
悠長に考えさせる気も無くあっさりと砂の壁を難なく通過したペストマスクが現れ、マスクで目覆っているくせに何言ってんだと兎夜が呟く。
「すごいね…エイスの渡した能力がこんなにいっぱいいる」
先ほどまで目の前に居たはずペストマスクは、壁の後ろで片腕を押えるパスタくんの首を掴んで軽々と持ち上げた。
嗚咽を吐くパスタくんを守るように雪白はペストマスクへゆっくり近付く。
「聞きたいことがたくさんあるんだけど…まずはその手離してもらえない?」
白杖を持たない左手を背中に隠し、私たちにだけ見える様に人差し指で合図する。
「うーん…男の友情ってやつ?」
「そんなとこかな」
「君はちょっとエイスに似た匂いするし…君でもいいよ」
パスタくんを投げる様に手を離し地面へと叩き付ける。
「誰も渡しませんよ」
透明になった姿で忍ばせていた短剣でペストマスクへと切り掛る。
「危ないなぁ」
確かに切った手応えはあったはずなのに、肩から胸にかけて切り付けた傷はペストマスクの先端が少し削れただけだった。
「檻…創造」
怯んでいる瞬間に人1人立って入るのがやっとくらいの鳥かごに似た檻をパスタくんが創造し、ペストマスクがその中に入った。
「契約『命令』召喚…」
砂の向こう側でペペが能力を使う。
「片腕を失ったやつ…命令だ。死ね」
ペペは先程のペストマスクが飛ばしたパスタくんの片腕を持ってそう言った。
「みんな…逃げて」
目を塞ぎたくなる光景に雪白が私の前に立つ。
手当したはずの片腕からは蛇口を捻ったかのように血が溢れ出て、口や目、鼻からも血が溢れ出ている。
「パスタくん…!!」
しろさんが声を掛けた時には血の水溜まりができていた。
「持ち帰りやすいからこのまま使お〜」
ペストマスクは笑いながらそう言い、確かに檻の中に居たはずが代わりにパスタくんが檻の中に入っている。
「それじゃ…またね」
唖然とする私たちを置いて檻ごと消える。
「サードが来た理由それかよ…じゃ!俺もトンズラさせてもらうわ!」
フードを深く被り直してペペも後を追うようにそそくさと消えた。