透明人間のメイド
「生きたい…」
交通事故で死にかけていた俺の前にペストマスクを被った奴が現れて、望みを叶えてくれた。
体の一部が刃物に変わる能力。
俺はこの能力で人を助けたかった。
最初は学生の女の子。
猫背で生きるのが楽しく無さそうだった。
下を向いて、周りにいじめられ、帰る場所でも暴力の繰り返し。
彼女の自ら命を絶つ縄を切るはずだった。
手を刃物に変えた途端に…とある感情が込み上げた。
能力を使えば使うほどに人を殺したい衝動が湧き上がってくる。
気が付けば連続殺人事件と新聞やネットで取り上げられていた。
そんなことはどうでもいい。
次の人を探した。
普通じゃない人。
白い杖をついた女の子。
目が見えていない。
みんなと違うはずなのに…楽しそうに歩いている。
次の人はあの子に決めた。
パン屋に入ってからしばらくして外に出てきた。
紙袋と抱えて片手で白杖をついてノコノコと歩いている姿は俺の好奇心を駆り立てる。
警察がいくら調べようと凶器は見当たらない。
言ってしまえば完全犯罪だ。
鉛の塊となった腕で腹部を切り裂いて…。
妄想に浸っていると獲物が人気の少ない路地裏に入っていく。
チャンスだ。
姿を見失わない様にゆっくりと後ろを追う。
「もういいよ。ヒナ」
少女がゆっくりと振り返るとそう口にした。
❀❀❀
「早速だけど…ヒナ。ちょっと消えてもらおうかな」
そう言って雪白ちゃんは私を見て微笑んだ。
「犯人はボクを狙っているのでしょう?」
「うん。今も外で出てくるのを待ってる」
兎夜さんに雪白ちゃんは確認をするや否や質問を続ける。
「能力は?」
「自分の体の一部を刃物に変える」
淡々と話す会話はまるで夫婦のようで内容以外は微笑ましい。
「ボクが路地裏に入って引き付けるから、後ろからサクッとやっちゃってよ!」
簡単そうに雪白ちゃんは私に言う。
「でも…また見えなくなったら…」
「どこでも見つけるよ」
言いたい事はそれだけじゃない。
怪我をしない保証も100%されている訳では無いし、犯人だと警察が探している人物で…と不安な気持ちになる私に見えないはずの目を開いて言う。
「善は急げ!」
レジのカウンターから紙袋を出して小脇に抱えた。
お店の中で暴れられても困るし、私たちの能力を一般人に見つかる訳にはいかないと言って雪白ちゃんは作戦通りによろしく!と外に出て行ってしまった。
雪白ちゃんを尾行する犯人を尾行して、路地裏まで連れてこれた。
「もういいよ。ヒナ」
合図と共に首元にしばらく動けなくなるくらいの威力のスタンガンを当てる。
断末魔の声と共に倒れ込む犯人の腕が刃物に変わりかけたが、雪白ちゃんの能力で普通の腕に戻った。
「お見事〜!透明っていいね」
「そんな悠長なっ…!」
雪白ちゃんは倒れた犯人を持ち出した紙袋から拘束具等を取り出して器用に拘束していく。
「ワンパンでいけると思ってなかったからあっさり終わっちゃったね」
「そ、そんな…」
「あ、もしもーし。芝猫くん?」
慣れた手付きで犯人を捕まえて、笑いながら誰かに電話をかける。
「能力無効化ってすごいですね…」
電話を終えた雪白ちゃんの隣に立って肩に寄りかかる。
「代わりにこんな可愛いヒナの顔見れないのは残念だよ〜」
「じゃあ可愛い雪白の顔見れてる私は得してますね」
消えたい。そう思ったら姿が消えた。
誰にも私は見えないし…声も届かない。
なのに…雪白ちゃんだけは私の事を見付けてくれる。
少し昔の事を思い出しながら再度肩に寄り掛かり安堵する。
「すまん。待たせた」
大きな車から降りてきたのは兎夜さんとグリーンブルーのマッシュヘアの芝猫さん。
能力を持つ犯罪者を裁く特殊捜査官であり、自身も能力者。
獣化する能力で、体の一部を獣化させることができて、耳が良かったり足が早かったり…空も飛べる…らしい。
「ひ、ヒナちゃぁぁぁぁあん!!!」
そして変態である。
私の事を抱きしめ頬を擦り付けてきた。
…嫌いではない。
人前でベタベタとしてくる姿は猫というより大型犬だと思う。
「…これがツンデレか」
「兎夜。これを覗くのは趣味が悪いぞ」
「見たくて見てるんじゃない」
多分私の感情を見たであろう兎夜さんは目を合わせない。
「ほいじゃ。犯人くんはこちらで引き取ります」
車に犯人を乗せた芝猫さんは雪白ちゃんが持ってきた紙袋を見る。
「それは俺への報酬?」
「仕事してから言って」
がめつい柴猫さんをぺしぺしと痛くない程度に軽く叩くと、
少し嬉しそうな顔をしている。
「残念ですけど食べ物じゃないっすよ」
兎夜さんは紙袋を芝猫さんに渡すと、
お店開けないとだから早く送れと催促する。
「雪白くんのパンは絶品なのに〜…」
「褒めても出ないっすからね」
車に乗り込んだ兎夜さんと芝猫さんは言葉でじゃれ合っていると芝猫さんの携帯に電話がなる。
「おっと…ちょっと失礼、しますね、」
少し嫌そうな顔をしては電話をスピーカーにして車内に聞こえるようにした。
「ハロー!雪白ちゃんにヒナちゃ!」
「乙歌ちゃん!」
「お姉様!」
乙歌ちゃんことお姉様は特殊捜査官の上官。
芝猫さんの上司。
インターネットに入りウイルス等と戦ったり、電波から場所等を特定する能力を持っている。
「いつも申し訳無いよ…アタイから謝罪するね」
しっかり者のお姉様は私が信頼できる1人。
「…雪白ちゃん!うち戻る気ない?」
「嬉しいけれど、ボクはただのパン屋さんだからね」
「いつでも!!!待ってるからね!!!」
そして…結構な圧力の持ち主。
こんな上司にやれ。と一言言われたら従うしかない。
「電話ではなく今度は直接会いたいね」
お姉様はインターネットの中に干渉することができて、いつもは電脳の姿で人の携帯の中を行き来していて、わざわざ電話をしなくとも携帯の中で過ごせるはずだけども…。
「無効化のせいで君がいたらアタイは実体に戻るしか無くなるし〜…ねっ!」
「それ言ったら今はみんな能力使えないっすよ」
「兎夜くんは見えるからいいじゃん!ヒナちゃやアタイは別よ!」
くっそう。と悔しそうな声で言いながら笑うお姉様。
「今から芝猫くんが乙歌ちゃんたちに差し入れ持ってくから食べな。どうせ『また』ろくな物食べてないんでしょ。君ら。」
お店の前に着いた雪白ちゃんはそう言ってカバンから新しい紙袋を芝猫さんに渡して携帯の電話を切る。
「中身はラビットアップルパイ。甘さは控えめ」
言い終わると、じゃあねと手を振り車から降りた。
それに続くように兎夜さんも車から降る。
「ヒナちゃんはどうする?」
「私もここでいいよ」
特に用事も無いが雪白ちゃんに着いていくように車を降りた。
「朝っぱらからバタバタしたからお店閉めよー」
「まだオープンすらしてないし、お昼だからお客さんくるけど?」
うへぇと嫌そうな顔をして言いながらも雪白ちゃんは発酵させておいたであろうパンをオーブンに入れ始め、兎夜さんはトングとトレイをセットしていく。
無気力そうなのにやる時はやる。
そんな2人を横目に見て、希死念慮が襲い掛かる。
「ヒナ!」
透明になろうとした私に雪白ちゃんは声を掛ける。
私の能力は1度透明になったら自分の意思で生きたいと思わなければ、それまで透明なまま。
声も透明になって…誰にも見付けれない。
「バイト代は弾むし…うーん。あっ、賄いあるよ」
どこか見透かしたような口振りで続ける。
「一緒に居よう」
見えていないはずの目がまっすぐを私を見つめては微笑む。
私を見付けてくれるその目が嬉しかった。
「ま、雪白ちゃんが言うなら…仕方ないですね」
「嬉しいならそう言った方がいいっすよ」
「人の心読まないでください」
図星を付かれたが内心は嬉しい。
でも…私は家族の様な2人の間に入るのは正直気が引ける。
「うち部屋空いてるからさ〜…あ、メイドになってよ!」
意地悪そうな顔で笑う雪白ちゃんはどこからかメイド服を出してきた。
「なんでメイドなの?」
兎夜さんが困惑しながら聞く。
「透明人間のメイドってなんか最強そうじゃない?」
「つまり…なにも考えてないんだな」
「よくない?」
確かにメイドなら2人の間に居ても困らない。
あとこのニヤニヤと意地悪な笑顔を困らせたい。
「喜んで!ご主人様♡」
「うぇ…?!あ、えっとー…?」
「ご主人様を御守りするメイドになりますので!!不束者ですがよろしくお願い致します♡」
「不束者って…結婚挨拶だよ…」
「あら?どうなさいました?ご主人様♡」
雪白ちゃんはこんな返事予想してないと言いたげな困った顔をしている。
「ほら早くしないとお客様来ちゃいますよ!ご主人様!」
「ご、ご主人様はやめてぇ…!!!」
一通りからかい終わりメイド服に着替えて雪白のお手伝いをする。
焼いたパンを並べ、お菓子を陳列して、
ケーキのショーケースにライトをつけた。
夜兎さんが看板をオープンにすると共にお客様が流れ込む。
「いらっしゃいませ!」