フルーツアイス
「うちの柴猫がすいませんでした」
「うちの所長がすいませんでしたっす」
今日は朝から文字通りのインターネットサーフィンをしていたら、うっかり研究棟のブラックさんのパソコンに入ってしまったので先日の事を謝罪している。
サーバーの回線の波に乗って遊んでいたら転倒して、その着地先がまさかブラックさんとは…ついているのかついてないのか…。
「乙歌さんの能力って便利でいいっすよね」
ブラックさんはそう言ってパソコン越しにアタイを羨ましがる。
「そいえば、ブラックさんの能力って?」
「俺は完全無欠の夢世界っす。パラレルワールドって言った方がいいっすかねぇ」
なにやら小難しい話が始まる予感がした。
「代償は?」
「ん〜代償らしい代償がないっすかねぇ」
顎に手を置いて悩むブラックさんに対していいなと思ってしまった。
「あ!強いて言うなら別世界に送った人間が元のこの世界に戻れない事ぐらいっすかね?」
「強いて言って、このくらいがだいぶデカい気がしますけど?!!」
サラッと怖い事を言うブラックさんは笑っている。
「乙歌さんの代償って身体の弱体化っすよね?」
その通り。
アタイは元々身体が弱い。
インターネットの中だけが居場所だった。
外には行けないし、1人で起き上がるのも困難で介助無しでは生きられない。
そんな中でデジタル干渉と言う能力を持って元の体は気絶に近い状態になるが、アタイ自体がインターネットの中に入れる様になった。
「所長に呼ばれたので行ってくるっす!次は皆でお茶会でもして楽しむっすよ!」
そう言って電源が切られてしまった。
アタイからしたら電源を付けるなんて容易すぎるけど…今回は事故だし。そろそろ別のところに行こう。
そう思って時間を見ると9時ちょっと前。
あと数分で始業時間だ。
「危ない!!間に合ったー!!!」
急いで警察署特殊捜査課の自分のパソコンに電源を入れる。
「しろさん?柴猫ー?」
パソコン越しに部屋を覗くと2人の姿が無い。
「しーろーさぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁん!!!!」
しろさんの携帯に入り、ジリリリと音を立てるアラームを起動して叩き起す。
「んへぇ…おとかさぁん?」
寝起きで頭がぽやぽやとしてるしろさんはお腹空いたと言ってまた寝てしまった。
「起きろぉぉぉぉ!!!!」
…ダメだ。
起きる気配どころかむにゃむにゃと寝言まで言い始めた。
しろさんは諦めよう。
「柴猫ぉぉぉぉ!!!起きろぉおぉぉ!!!!!」
しろさんの時と同じくアラームを大音量にして声を掛ける。
「お、おと、おとかしゃん?!!」
飛び起きて舌を噛む柴猫。
「出勤の時間!!起きて!!ダッシュ!!」
「…乙歌さん」
「早く!!」
「乙歌さん…!!」
なんだこいつ早く準備しろよと思っていると柴猫さんは口を開いた。
「今日…休みです」
頭の回転が止まりフリーズするアタイにカレンダーを開きタップし、振動が体を揺さぶる。
「ほら。今日ここ。休み」
「…ごめん」
「あー!ラーメン食べたいなぁ!!」
「わかった!奢る!奢るから!!」
柴猫さんは早起きしたぁと大きく伸びをする。
アタイったら身体は睡眠してるから、インターネットの世界に居るとついつい時間や日付を忘れちゃうんだよね!
「今日お休みならヒナちゃとデートしてきたら?」
そう言えば先日そんな事を言ってたしなぁと、柴猫のチャットを勝手に開いてヒナちゃに連絡を入れる。
「突然ごめんね。この前のお詫びでお出掛けをしませんか?…っと!」
「乙歌さぁん?!!!」
柴猫はアワアワとしながら言い訳のチャットを打ち始めたが、ヒナちゃからすぐに返信が来てしまった。
「いいですよ。だって!良かったね!頑張れ!!」
「え、ちょっ?!?!」
顔が赤い柴猫を放ってまたインターネットサーフィンの続きをする。
「お腹空いたなぁ…」
このデジタル干渉中でもお腹は空くし、トイレにも行きたくなる。
生身との連動をしているから、仮に生身で刺されたりしたら痛くなる。
「何か食べよ〜…」
生身に戻ってきたが下半身が動かないため車椅子に乗る。
「冷蔵庫空っぽ…」
そう言えばいつもしろさんの送り迎えで生身の出勤や外食等をしていたなぁとキッチンに最後に立ったのいつだ?
「はぁ…」
ため息をつき、何か出前でも頼もうとネットを携帯を開く…。
ピザ。牛丼。ハンバーガー。
そんなに油っこくなくていい。
サラダ。アサイボール。
軽過ぎる。
手頃な何かが見つからない。
そう思っていると家のチャイムが鳴る。
「誰だろ」
玄関の覗き穴は見れずチェーンを付けたまま鍵を開けるとドアが開いた。
「おはよ!」
先程ブラックさんが呼ばれたって言ってたから仕事中じゃ?と思うのは紫の髪を一つにまとめ縛った有珠析さん。
「あ、有珠さん?!」
驚きながらも1度閉めてドアのチェーンを外して、ドアを開ける。
「最近能力使い過ぎてるから生身は大丈夫かと見に来たんだよ」
「有珠さんにそんな気配りができたとは…」
「俺の事なんだと思ってる?!」
笑いながらも家に入れると、4つ分の大きなレジ袋をキッチンに置く。
「これは…?」
困惑しているとお腹空いたろ?と見透かした顔をしてきたのでなんだかイラッとする。
普段からそうならかっこいいのになぁと思いながらも車椅子の移動をさせられる。
「俺が飯作ってやるよ!」
あれ?そう言えば有珠さんって料理できたっけ?と思いながらも一応仮にも女の子だし大丈夫か!とキッチンに立つ有珠さんの姿を見る。
「まずは米を炊く!何合食べる?」
「余ったら冷凍するし…5合炊きだから5合分炊いていいよ!」
有珠さんも食べるでしょ!と言いながらも少し甘える。
「5合かぁ…足りるかなぁ」
不安な一言が聞こえた気がするけど気にしない。
「1…2…3…4…5合!!これを洗うっと…」
丁寧にすり切りお米を計る。
「水を入れて、洗剤を〜」
洗剤?!
「ちょ、ちょっと待って?!!」
「どした」
「お米の研ぎ方言ってみて」
「米計って、水と洗剤入れて洗う」
どや顔で言ってくるのに不安しかない。
「お米は水分吸収するから…洗剤入れたら食べれないよ」
「え…」
気を取り直して、お米は正しく研いで炊飯器にセット。
「オカズを作る!まずは卵を…電子レンジに入れてゆで卵を〜」
卵をそのまま電子レンジに入れようとする有珠さんの足を掴み止める。
「…有珠さん。本当に料理できる?」
「で、でき…できるよ?…多分」
「有珠さん?」
「…まあまあ!!」
何がまあまあだ!と声を上げるが、袋の中からカップ焼きそばを取り出してお湯を沸かす。
「俺の得意料理…見せてやるよ」
「いや。さっきお米炊いたじゃん。カップ麺は料理に入らないよ?」
「米5合は足りないからさ」
「え?」
「え?」
そんなやり取りをしている間にお湯が沸き、カップ麺の蓋を開けてソースと火薬を入れてお湯を注ぐ。
「あ、有珠さん」
「これで3分待つ!!」
「あー…うん」
もうツッコミをするのも疲れた。
3分が経ち湯切りをする。
「なんかお湯茶色…ソース後だった…!!!」
「あ、やっと気付いた」
「言ってよ?!」
「わざとかと…」
家にソースあったかなぁと冷蔵庫を開けるが残り少ないケチャップとマヨネーズしかなかった。
「…アタイが作った方が早い」
「すいません」
有珠さんに代って買ってきてくれた食材を見て料理をする。
「すごい…料理ができあがっていく…」
「有珠さんはキッチン出禁!!!」
「2回目の出禁だ…」
「2回目?!」
「1回目は雪白の家でもうキッチンに立つな。キッチン出禁って言われたから…」
「あー…目に浮かぶ」
この人、顔かっこいいし頭もいいのに残念だなぁと思いながらも次々に料理を作っていく。
そこそこ大きいテーブルを埋め尽くす大皿の料理が出来上がった頃にお米も炊き上がった。
「「いただきます…!」」
手を合わせて料理を口に運ぶ。
甘めの卵焼き、野菜炒め、生姜焼き、簡単スープ、酢豚、レタスのサラダ、有珠さんが失敗した焼きそばにケチャップを混ぜてスクランブルエッグを乗せたもの。
少し作り過ぎたと思ったが…有珠さんを見ると足りなさそうだ。
「んまっ…!!」
有珠さんは山盛りに盛ったお茶碗が3口で無くなり炊飯器に行ったり来たりしている。
「有珠さん。炊飯器とスープ鍋こっちに持ってこよう」
「うん!」
大食いで食べるのも早いのは中々凄いなぁ。
「これもこれも美味い…!!」
次々に作ったものがなくなっていく。
「「ご馳走様でした!」」
あっという間に料理も炊飯器もスープ鍋も空になってしまった。
「乙歌さん。デザート」
そう言ってフルーツアイスを持ってきた。
生の果実100%のフルーツアイスは食後にピッタリ。
「色々ありがと」
素直に感謝を伝えると有珠さんは照れながら頷いてアイスを齧る。
「片付けするから、片付けしたらお茶会しようぜ!ケーキとか、あ、しょっぱいのも買ってきたからさ!」
そう言って食器わ片付けた机にレジ袋が置かれる。
「お惣菜の唐揚げ、春巻き、たこ焼き…?」
なんでこれをさっき出さなかったんだ?と困惑していると食器洗いを終えた有珠さんが戻ってきた。
「スナック菓子と雪白んとこのケーキとパンももらってきた!」
「ん?お茶会だよね?」
「お茶会だよ?あ、ラーメンいる?」
「お茶会にラーメンも唐揚げもないんだよ??」
声を掛けたが、レジ袋から次々と餃子やポテトサラダが出てきたので言うのを止めた。
この人の能力実は胃袋ブラックホールなのでは?と疑う程に机に並んだお茶請け?たちがなくなった。
「フルーツアイスまだあるけど食べる?」
「もう…なにも…入らない…」
「甘い物は別腹って言うけどあれ本当でさ、食べる前と食べた後にレントゲン撮ったら胃がポコっと新しい空間できたんだってよ」
「それ聞いても食べないからね?!」
それからたわいない話をして過ごした。
たまには早起きも悪くない。