季節のミルクティー
「ただいまぁ」
兎夜さんは家に入るとすぐにソファに転がった。
「さすがに疲れた…」
そう言いながらクッションを抱き締める。
長い1日だった。
まさかあんな事になるとは思いもしなかった。
送ってもらった車の中で結果はどうであれ、パスタくんが無事で良かったとお姉様もしろさんも安堵した。
実は夜遅くまでお姉様はデジタル化の能力でずっと探し続けていたらしい。
「そう言えば…私の弱点ってなんですか?」
ソファで雑に寝返りを打つ兎夜さんに問う。
兎夜さんの能力であるステータス表示で弱点が見えるようになったらしく聞いてみたくなった。
決してカチコチと時計の針だけが鳴る家は静かで居心地が悪いとかではない。
「ヒナさんは光。透明化しても影までは隠せないでしょー」
気だるげにこちらを見てそう言う。
「柴猫さんは?しろさんも知りたい!」
光とは意外と思いながら会話を続けるのに思い付いた人の名前を挙げる。
「柴猫さんは匂いと音だったかな?獣って大体鼻がいいから臭いのとか、耳の良い生き物とかは風の音で獲物狩れないって言うし…」
またまたソファで雑に寝返りを打って兎夜さんは話を続ける。
「しろさんは能力に条件があるからそこを突いたら能力使えないよ」
「あの人、代償も代償だから動けなくなっちゃいそう…」
「見えるのと何か動かせるとかなら、私の能力と交換して欲しいくらいだよ」
やっと起き上がりソファにもたれ掛かる兎夜さんはジト目でそう言う。
「そう言えば…研究棟の人達の能力あんまり知らないですね」
そこそこ長い付き合いだと思っているが、有珠析さんが治療系?ブラックさんについては何一つわからない。柑奈さんは分解だっけ?翔海さんは赤い傷…あの人は初めましてだから知らなくて当たり前か。
「有珠析さんは鏡合と紫紺の夢。能力名しか見えないからどんなのかは知らないけど…治療なり研究に使えるのもなんだろうね…弱点は…」
兎夜は話の途中で息を飲む。
目の前に現れたのは真っ赤な薔薇のようなフード付きのマントに白いペストマスク。
間から覗く桜色の髪は不思議とシンパシーを感じる。
「ペストマスク…!!!」
兎夜さんは警戒して私の前に両手を広げて立つ。
「そんなに警戒をするな…と言っても無理か」
「何の用ですか?」
恐怖で震える声を振り絞る。
「少し話がしたい。ただそれだけだ」
両手を上に挙げて手のひらをヒラヒラと動かす。
「もし仮に君たちを殺そうとするなら声なんて掛けない。手土産に近くのカフェでミルクティーを買ってきた。もちろん中に何かを入れたりもしていない」
机を指差すので見てみるとロゴの入った紙袋が置いてある。
「ごめんヒナさん。能力で見てもこの人は何も分からない」
悔しそうにこちらを見る兎夜さん。
「わかりました…お話しをしましょう」
マスクの下から少しほっとしたと言いたげな息遣いを感じた。
どこから私たちの居場所を…いや。そもそも手土産まで買ってきて何がしたいのだろう。
沈黙の中で警戒しながらも考える。
「まずは…」
ペストマスクが声を出し、私たちは息を飲む。
「この度は申し訳なかった」
テーブルに手を着いて頭を下げた。
「「え?」」
兎夜さんと顔を見合せて動揺する。
「改めて私の名前はサード。君たちが呼ぶペストマスクの1人」
丁寧に挨拶をするサードさん。
「君たちに能力を与えたのはエイス。私たちはエイスの実験に付き合ってこの世界に来た…」
元々は別の世界線に居たのだが、エイスの能力がタロットカードを引いた人間に力を与えるというもので人間に能力を与えたらという実験に来たらしい。
「それで本題は?」
兎夜さんは実はわかってないと言いたげな顔で言う。
「パスタを…殺す協力をして欲しい」
「できるわけがないでしょ…!!」
思わず声を荒らげるがサードさんは話を最後まで聞くように声を掛けた。
「今のパスタは能力に支配されている」
淡々と話をするサードさんに苛立ちすら覚える。
「能力の代償は敢えて使い過ぎない様にあるもので、パスタは能力を使って代償を無くしたの。エイスとしてはそれを異様な結果だと笑っていたけど…能力に飲まれたら自分の欲望に支配される」
私たちを指差してサードさんは言う。
「能力はそれぞれの欲望の形。消えたい。人の考えていることを知りたい。ネットの世界だけが居場所。海や宇宙の神秘に触れたい。何かを創りたい。仲間の能力に身に覚えはない?」
ふと前までの私を考える。
最初は両親の喧嘩だった。
幼いながらに私が消えてしまえば…と家族で行く予定だった音泉タワーのチケットを持って1人で家を出たんだ。
「能力とはそういう物…パスタを能力から解放するにはその欲望を消さなくてはいけないの」
「じゃあ私たちが自分の欲望を消したら能力も無くなるってことですか?」
疑問をぶつける。
「代償を払いきって能力に飲まれたら場合のみ。今の君たちの能力を完全に消すには死ぬか…エイスの力が必要になる」
固唾を飲んで少し考える。
「能力の代償を払いきると能力の暴走を起こす。君は見た事があるでしょ…雪白くん」
ペストマスクの言葉に反応して後ろを振り向くとご主人様が立っていた。
「見た事あるもくそも…ボクの大切な人がそうなったんだ」
「その髪の下の目がそれを物語っているって言いたげね」
それはきっと翔海さんの事なのだろうと察する。
「その支配されたのを消したら…そいつは能力が消えて普通の人になるってことでいいのかな?」
ご主人様は途中からしか聞いてないからねと言いながら話を整理する。
「正直…今は分からない。理論的にはそうなるはず」
曖昧な答えに対して今まで居なかったんだねとご主人様は言ってため息を着いた。
「そんな能力を与える人がボクらに話を持ちかけたって事はパスタが君の仲間でも殺しちゃったとか?」
サードさんはなぜ分かった?と言い頷く。
「今のパスタくんに能力無効化は効かないの?」
気まずい空気の中で兎夜さんはご主人様を見る。
「能力の暴走をした翔海を止めた時に使ってこのザマ…一時的には無効化できても、またすぐに能力が復活するから効かなかった…それにパスタは頭が回るから対処くらいわかってるはず」
首を振って悲しそうな顔をする。
「私はエイスに説得をするから…君たちにはパスタの暴走を止めて欲しい」
「…わかった」
ご主人様がそう言うと、もう戻らなくては…と言い捨てサードさんは風のように居なくなった。
「ご主人様…!!」
椅子から立ち上がりギュッと抱き締める。
「ヒナ…苦しっ…」
少し力を緩めながらもギュッと抱き着くと、ご主人様は私の頭を優しく撫でる。
「ヒナも兎夜もありがとね。お疲れ様」
椅子の上で放心状態の兎夜さんは本当に疲れた…と机に突っ伏す。
「そうだ!ヒナ!冷蔵庫開けて見て」
イタズラをする子どもの様な顔でご主人様は冷蔵庫を指差す。
私が冷蔵庫の扉を開くと同時に兎夜さんは顔を上げる。
「わぁ…!!!」
まるで宝石のようなフルーツタルトが冷蔵庫の主役だと言わんばかりに輝く。
「彼女のお土産はミルクティーか…ちょうどいいね」
ご主人様は食器棚の引き出しからフォークを取り出しフルーツタルトとミルクティーも机にセットする。
「ずっとこれを楽しみにしてたんだからな!!」
すっかり元気になった兎夜さんは目を輝かせる。
「大変お待たせしました。召し上がれ」
落ち着いた声でご主人様は笑う。
「「いただきます!!」」