黒色カルボナーラ
「やっとみんなを殺せる日が近付いてきたね!」
パスタはそう言いながら私たちの真似をしたペストマスクを着ける。
「今みんなが研究棟にいるみたいだから挨拶しに行こうよ!いきなり殺したら恨まれちゃう!」
よく居るとわかったな。
いや…『また』なにか能力の創造で作ったりしたのだろうと声に出す前にわかる。
「みんなの能力の弱点知りたいし…ひと暴れしたら未練も無くなるかなって!」
お前に未練なんてあるのか?と聞いてもいいのか迷う。
「…殺すとか言っておきながら未練なんてらしくないな」
言葉を濁しながらも聞く。
「そりゃ今はサードちゃんといる方が幸せだし、サードちゃんが世界から救ってくれたからそれ以上何もいらないよ!でもそうだよね。サードちゃんとのケジメとしての挨拶をしに行くだけだからね!」
「キッショ」
小声で本音が漏れるが、パスタは私の手を取りなにかうわ言を言っている。
「挨拶…行かなくていいのか?」
手を振り解きながらも話をする。
「してきたよ!…って言っても置き手紙だけどね!」
そう言って電子レンジから冷凍のカルボナーラを取り出した。
***
「ヒナ!兎夜!!来るな!!!!」
ご主人様がこんなに声を荒げることがあっただろうかと思う。
給湯室の廊下で私に寄りかかっていたはずのご主人様が前に出て私の視界を塞ぐ。
「柑奈さんは床に転がってる有珠析を叩き起してきてくれるかな…」
「い、行ってきます」
ご主人様はみんなの顔色を伺いながらお姉様としろさんだけを部屋の中に入れた。
「なにがあったんすか?」
ブラックさんは警戒しながら、しろさんから柴猫を受け取る。
「…パスタから置き手紙」
雪白はそう言ってメモ帳サイズの手紙を床に叩き付ける。
「ご主人様?!」
「雪白?!なにやって…」
兎夜さんと声が重なるがご主人様はしーっと人差し指を唇に当てる。
『さすがだね〜!ママ!』
床に叩きつけた手紙からパスタくんの姿が現れた。
「誰がママだ」
苛立ちなのかよく分からない声を出すご主人様は私に寄り掛かり目を瞑る。
『みんな久しぶり!元気だった?』
こちらの声が聞こえているのかはわからないが、
前より少し髪が伸びていて大人びた印象なのに前と同じ少し幼い話し方をする。
『あ、まずは置き土産!見てくれかな?頑張ったんだよ〜!』
部屋に入らせないのはそれが置いてあるからか…と察する。
見せない様にしているということはそれくらいなものなのだろう。
『それのおかげでぼくは今ね!代償なしに能力使い放題!あっ!無効化しても無駄だよ〜?だってそれレプリカだもん!雪白ちゃんや乙歌さんは頭いいからすぐに助けたくて能力使っちゃうもんね!』
全てお見通しと言いたげな口振りで話を続ける。
『レプリカだからさ!こちらから操縦できるんだよ!』
そう言ってコントローラーを手に持つパスタくんは子どもの様に見て見て!と言いながら笑う。
「やめろ…!!」
止める為にご主人様が飛び出すが、
それより先に飛び出してきたのは手足の無い管に繋がれたペペの姿だった。
本当にレプリカなのかと疑うほどの雑な縫合の腐敗臭と何日もお風呂に入っていないベタついた髪。
これは人の見ていいものでは無いと胃液が込み上げてくる。
『_で__がね!今は__が…』
何を言っているのか脳が処理しきれない。
本当にあのパスタくんなのかと疑いながらも恐怖で膝から崩れ落ち床に座り込む。
嗚咽する私にご主人様は雑に耳を塞いでくれた。
『また会いに行くからね!』
目眩で世界の軸が変わったかのように回り出す頃に笑い声と共にパスタくんの声が聞こえなくなった。
「…場所の特定はできたけど、能力の代償がないって考えたら罠だね」
「明らかに挑発でしょ」
お姉様としろさんはこんな状況でも冷静に使命を果たしていてすごいなと思いながら周りを見渡す。
近くにいた兎夜さんはアレを見た途端に走ってトイレへ行ったから耐えきれなかったんだろうな…。
有珠さんを起こして支えながら来た柑奈さんもすぐにアレに魅入ってあーだこーだ言っている。
「ヒナ…大丈夫?」
「ご主人様…」
ずっと隣で背中を摩っていてくれたり、来るなって声を掛けた時もこうなるのを見越した上で言っていたのだろうから誰よりも周りを見えている人だと改めて思う。
「人ってあんなに変わっちゃうものなんですか?」
前みたいにちょっと抜けてて、でもちゃんとしていたパスタくんを思い浮かべて涙が出る。
ご主人様は何も言わずに頭を撫でてくれた。
「アタイたちは一旦帰って改めてパスタの行方を探してみるけど…ヒナちゃと兎夜さん送ってくよ」
「うちのヒナと兎夜をよろしくお願いします」
ご主人様は気になる事があるからと言って私と兎夜さんが先に帰ることになった。
「安全運転するよ!しろさんが!!」
「任せてー」
いつも通りを装ってか空気が柔らかくなる。
「2人も気に病まないでくださいね」
車に乗り込んだ時に兎夜さんが口を開く。
兎夜さんはステータス表示の能力で感情も見えるからかと柔くなった空気の中ぼんやりと考える。
「ところで…前々から気になってたんだけどさ!兎夜くんの能力はステータス表示でしょ?どこまで見れるの?」
ひょこっと後部座席からお姉様が現れる。
「乙歌さん?!あなたって人は…びっくりした!!」
胸に手を当てて小さく深呼吸をする兎夜さんは先程の問いに後部座席から現れたお姉様を見ながら話す。
「名前は乙歌…さん。女性。感情は好奇心と捜査の為に知りたいって思ってる。能力はデジタル化。能力の弱点はインターネット?身体能力高い…このくらいかな」
顎に手を当てながら話す兎夜さんを見て隠し事出来なそうとお姉様は目を細める。
「能力の弱点も見れるのは強いね」
運転をしているしろさんがいいなぁと口を挟む。
「実は私も最近見れるようになったので…能力もレベルアップしてるのかも?」
「そう言えば…ヒナちゃも周りにいた人を透明にしてたから…レベルアップはあるかも!!」
間髪入れずにお姉様は納得と言って私と兎夜さんの頭を撫でる。
「ちなみに〜雪白ちゃんの弱点は〜?」
イタズラをする子どもの様な顔でお姉様はいう。
「雪白の弱点は背後。能力無効化は目が届く範囲の物だけ。背後とか物陰に隠れてしまえば無効化に対処ができるよ」
兎夜さんは少し思い詰めた顔をした。
「つまり…お風呂場なら無防備!!」
先程まで気を失っていた柴猫さんがいきなり起き上がり言うがすぐさまお姉様に鉄拳を食らう。
それを見てみんなで笑う。
いつもの空気に戻り気が抜けた。