チョコクロワッサン
「アップルパイうっま〜!!」
口いっぱいに広がるリンゴの香りと負けず劣らずの甘さ控えめカスタード。
サックサクなパイにとろっとカスタード、主役のシャクシャクリンゴ。
口の中が面白い。
「…乙歌ちゃんの生身を車の中に置いていくの気が引けるからやっぱり一緒行こうよ」
運転をしながらしろさんはバックミラー越しに話しかける。
アップルパイを食べ終わったアタイはビターチョコがゴロゴロとふんだんに入ったチョコクロワッサンを頬張りながら答える。
「アタイの能力が能力なんだから仕方ないっしょ。ちゃんと運転して」
実際に能力を発揮するのに意識をデジタルに持って行くから生身である必要性は無い。
けれども…もし仮にしろさんが怪我をしたり、柴猫が代償で動けなかった時の最悪想定用の生身だ。
「どちらにしても…翔海くんがね…」
アタイはそう言いながらアップルパイをまた頬張る。
「雪白が特殊操作課を抜けた元凶の能力者だよ…あの人ら(研究棟の人)何やってるんだろうね」
しろさんはため息混じりに信号を曲がる。
アタイは元々、特殊捜査官にも警察にもなる予定はなく。
例の鰯…。ぺぺが起こした無差別テロに巻き込まれた時、魚に襲われ死にかけていたアタイにペストマスクが現れた。
言われるままタロットカード引いて能力者になった。
能力者になったからってすること無く、暇だったから能力使ってデジタル散歩してたら特殊捜査課のパソコンの中に入っちゃった!警備雑魚!てへぺろ!みたいな感じで居たら…まぁ。捕まるよね。
そんなこんなでサーバーテロの能力者に逆にサーバーテロしたりして犯人捕まえていって今に至る。
ざっくりこんな感じ!
詳しくはまたじっくりね…。
まぁ。
それはいいとして、赤い傷の能力は幾分めんどくさい。
自分に付けた傷を相手にも同じ傷をつける事ができる。
「乙歌さん…本当に行くの?」
まるで子犬の様な顔をするしろさんに対し、冷静に行くよ早く行ってと告げる。
「本当に危なかったら_」
「早く行けって言ったでしょ!!」
とぼとぼと浮かない足取りのしろさんの後ろ姿を見つつ、携帯を開く。
「デジタル干渉」
1種の幽体離脱の様なもの。
長い髪が短くなり、ふわふわと青と白の可愛いお洋服に変わり、デジタル化したアタイへと変わり、インターネット回線に乗る。
「さすがに病院の個人情報流出とかになりそうだから…」
独り言を言いつつ、1度しろさんの携帯に入る。
「研究棟って…なんでこんな…遠い…疲れた」
走ったのであろう姿は息を荒くしている。
警察官だろ!しっかりしろよ!と言いたいが…今回の騒動はうちの猫(警察官)が関わっているので何も言わない。
「監視カメラから場所とか特定したいけど…研究棟の監視カメラはさすがにロック掛かってるよね…パスワード…」
しろさんの携帯から近くの使われていないパソコンへ移動をしてからデータを漁り、監視カメラのパスワードを入力するところまできた。
「まぁ…アタイの能力はただ身体をデジタル化するだけじゃないのよ」
デジタル干渉は今までの操作情報も全てデータベースとなって可視化できるようになる。
「えーパスワードは…1522…カレンダーで15(いちご)が乗ってるから毎月22はショートケーキの日だってか。パスワードをそんなのにしないの!食いしん坊か?!」
1人ツッコミをしても虚しい。
この能力自体で言うならいわゆるハッカーってやつ?
おかげで特殊捜査課のパソコンにも入れたんだけどね。
この能力は他にも、インターネットが繋がっているならGPSの内部を弄って爆発だってできちゃう。
つまり、アタイが最強ってこと。
「お!しろさんと雪白ちゃんたちが合流!」
監視カメラを操作して姿を追う。
「ヒナ…そこにいるね」
「え?いや…誰もいな_」
兎夜さんが狼狽えている中、雪白ちゃんが目を開けると同時にヒナちゃの姿が現れる。
「ご主人様…柴猫が!!」
透明化の能力が無効化されると同時に声が聞こえ、ぬいぐるみを抱くかのように持っていた大きめの猫も人間の姿へと戻り、透明になっていた有珠さんを抱えたブラックさんも2人とも無事の様だ。
「ヒナはこれを持って着いてきてね」
「これは?」
「秘密兵器」
小さく耳打ちをする雪白はニヤニヤと笑みを浮かべる。
「このバカ猫…」
ヒナちゃんが支えきれなくなった巨体をしろさんは持って、舌打ち混じりに怒っている姿は中々珍しく面白いので録画した。
「柑奈さん。この有珠析の方は任せたよ。あとは…何かあったらサポートよろしくねぇ…乙歌ちゃん」
監視カメラに向かって雪白ちゃんは奇妙な笑みを浮かべる。
バレてる…。
そりゃしろさんもならアタイもセットだもんね。
…とは言え、いつも携帯にいるのに迷わず監視カメラ見たのはなんで?!
「兎夜ぁ…なにか見える?」
「1人とは思えないくらい感情ぐちゃぐちゃしてる…」
アタイの感情を無視して雪白ちゃんの指示通りに兎夜さんは先にいる存在の感情を見る。
それを聞いた雪白はまるで遊園地に行くかのような足取りで廊下を進んだ。
「かーけるくん!あーそーぼー!」
「ちょ…雪白!?」
雪白ちゃんは部屋の向こう側に声を掛けて、すかさず兎夜さんの腕を引いて後ろへ移動させる。
「ま…しろ…?」
「久しぶりだねぇ…」
明らかにふたりの態度が違う。
それに息を吸うのも重たいような空気への変わるのが分かる。
「繝懊け縺悟勧縺代↑縺阪c…」
「能力無効化」
先程までとは違う翔海に目を開けて雪白はゆっくりと近付く。
「蛯キ莉倥¢縺ェ縺阪c」
「かけたん…」
ふらふらと翔海は歩き、お互いの手が触れる程度まで近付く。
「大丈夫…次はボクが助ける番」
雪白は翔海の手を握り、後ろにいるヒナに合図を送る。
「了解です!」
目を開いたままの雪白の前を横切りヒナの手に持っていた小さなスタンガンを翔海の首元へと押し付ける。
「ごめん」
そう言って雪白は倒れる翔海を抱き締める。
いざとなったら監視カメラ爆発してやろうと考えたアタイはため息をついてしろさんの携帯に戻る。
「ひとまず一件落着かな?」
しろさんの携帯から息が詰まりそうな空気を消すように声を掛ける。
「あとはこちらでやるっす…」
ブラックさんはそう言って雪白から翔海を奪うように持ち上げて廊下にいるみんなに声を掛けた。
「ご迷惑おかけしました」
柑奈さんはみんなに頭を下げながらブラックさんの傍に駆け寄る。
「ヒナさんたち怪我は無い?」
兎夜さんは言いたい事がたくさんある顔をしながらも現状確認に声を掛けている。
彼のこういう気遣いができるからこそ雪白ちゃんやヒナちゃと過ごせているのだろうと思った。
「私は大丈夫だけど…柑奈さんの怪我と…あとは2人が…」
しろさんが抱いている柴猫と、電池が切れた様に床に転がっている有珠さんを見る。
「所長はちゃんと叱っておきます」
柑奈さんは手を擦りながらニコニコと腹黒い笑顔を見せた。
「ウチのバカ猫がご迷惑を掛けして…」
しろさんとアタイも一応謝る。
「ヒナぁ…ボクは気を張って疲れちゃったぁ。膝枕してー」
謝罪の最中にわざとらしく子どもの様に雪白ちゃんが雰囲気を壊す。
「もうご主人様ったら…!」
あ、嬉しそう。
今回の事は全面的な被害者はヒナちゃだから許すも許さないもヒナちゃに委ねるという事かと察しはした。
「うちのバカ猫が出来ることがあるならなんなりと」
しろさんは柴猫の頭をバフバフと叩きながら言う。
「あ、えっと…じゃあ…今度買い物に…荷物持ちをお願いします。なので、もう能力は制御できる範囲で使わなきゃですよって怒っておいてください」
ヒナちゃの心優しい言葉を聞いて泣きそうになる。
「手当もしますし、お茶でも淹れるんで給湯室に行くのどうっすか?」
苦笑いのブラックさんは多分このまま皆帰ったら有珠さんを半殺しくらいにしそうだと言いたげな顔をして言う。
「ご主人様も少し休んでからがいいですよね!ねっ!」
「今日は早く帰りた_」
「ねっ!!」
「お茶飲みたいです」
ヒナちゃ…あなたって子はいつからそんなにゴリ押しが出来る子にっ…!!
「それじゃあ行きますか!」
床に落ちている有珠さんを置いてブラックさんは給湯室へと移動する。