ラビットパフェ
「ヒナさん遅いねぇ」
病院も歩いて20分くらいの距離だからそろそろ帰って来てもいい時間だと1時間進んだ時計を見て居眠りをしそうな顔の雪白の頭に肘を乗せて言う。
「んーじゃあ…兎夜。ボクと久しぶりに…する?」
目を瞑ったままの雪白は眠そうな声で立ち上がり私の顔を手で撫でるように触る。
「ま、ましろ…」
目の前に白く短いまつげが近付き心拍数が一気に上がり息が上がる。
「眠気なくなっちゃった…」
片手で口を隠し小さな欠伸ながら片手で頬を撫でる。
「新メニュー開発!」
「ですよね…!!」
下心が無いと言ったら嘘になるが、少しはラブコメの展開になるのを期待していたのが恥ずかしくなる。
「しろさんイメージのペンギンドーナツ…乙歌ちゃんイメージのホイップ入りシマエナガドーナツに…」
雪白は友人思いで、さっきヒナさんに渡したのも柑奈さんイメージのキツネのアイシングクッキーだ。
そんな姿を見てすこし羨ましくも思う。
「兎夜イメージの歌兎パフェ!」
ラフに電子パットに描いた絵を見せる。
ヘッドフォンを連想させる桃があり、真ん中にウサギのアイス。
下はムースやゼリーと美味しくないわけがない材料があり、可愛いなぁと声を漏らす。
「またライブしたら屋台で使ってよ」
「前回の歌兎シュークリーム評判よかったよ」
私は雪白に連れらるまでは引きこもりだった。
肩書きは自宅警備員。
だがただの自宅警備員ではない!
「配信アプリ?…まぁ、1人でゲームやるのも飽きたし誰かと話してやってみるのもたまにはいっか」
ネットに齧り付いてるうちに目に止まった広告アプリに手を出した。
「やっはろー!とやまるだよ。コメントありがとう!え?声がいいから歌って欲しい?私そんなに上手くないよ?」
コメントに乗せられて軽く歌ってみた。
「わ。めっちゃコメントくれるじゃん!歌ってみたとか出しちゃおうかな??」
なんとなく歌って投稿していたら、いつの間にかライブが開けるようになっていた。
そう私は…。
別名「歌兎:とやまる」で活動をしているのだ!
「お土産とかにするなら焼き菓子が無難だよね」
雪白は物販ブースの企画担当をしてくれている。
ただのベーカリー&カフェだけでは営業資金が大変だと言う理由もあるが、お互いにボチボチと人気が湧いてきて活動者としてもパン屋としても活動しやすくなっているところ。
「新曲とかの進捗はどう?」
量産しやすい焼き菓子をラフに描きながら雪白は言う。
「まぁ…ぼちぼちかな」
正直、能力:ステータス表示のおかげで歌う時に感情を込めやすくなった。
コメントやライブで一緒に盛り上がるのも楽しい。
ライブや配信で陽キャを演じでいるが、本質は引きこもりのネトゲ厨でめちゃくちゃ陰キャである。
雪白やヒナさんの友人関係で交友が広がりつつあるが…
皆さんコミュ力高すぎませんかね?
「あ、しろさんから電話だ…なんだろ」
そういえば、連絡先交換したことを思い出し私宛に掛けてくることない人が珍しい。
「もしもし兎夜です」
ナニをしているとも言い難い荒い呼吸のまましばらく無言が続く。
「し、しろさん?」
「どしたの?」
「荒い息遣いだけで喋ってない」
「(自主規制)で(自主規制)なんじゃない?」
「こら雪白!」
アニメならばピー音で埋められるであろう事を平然とした顔で言う雪白に笑いを堪える。
「あ、あの…し、しば…が…」
走っているのだろう乱れた呼吸のまま辿々しく声を出すしろさん。
「柴猫が、そちらに…行って…ませんか?」
「わかったから落ち着いてから話そうねー!って事でアタイから話させていただきます!」
通話画面からひょっこり現れた電脳少女…乙歌さんは手を振る。
「実はさ、パン買いに行って帰って来たんだけど…すぐいなくなっちゃって!帰って来ないんだよね〜!」
苦しそうな呼吸をしているしろさんとは真逆に笑いながら明るく話す乙歌さんにこれが陽キャかと思う。
「柴猫の事だから能力の代償で獣のまま戻れなくなって…保健所行きになってそうだから…」
少し整ってきた息遣いのまましろさんが話し出す。
「5回保健所行きになってたもんね」
「毛色で動物病院行きになったこともあったよ」
「なにそれ知らない詳しく」
「あれはある秋のこと…」
雪白と乙歌さんが話しているのを聞きながら、
トラックの檻から手を出し、いやぁぁぁ!って言ってる猫のままの柴猫さんを想像し笑う。
「雪白さん!!兎夜さん!!」
乙歌さんが柴猫失態集を話していると柑奈さんが慌てた様子でドタにタックルしてドアを開けて店に来た。
「兎夜…」
「はいよ」
雪白は私の袖をぐいっと引っ張り合図する。
ゆっくり深呼吸をして柑奈さんを見る。
内密に研究していた被検体が脱走。
所長(有珠析さん)の命令で柑奈さん自身の能力は使えない。
雪白さんの能力が必要。
原因は柴猫さんと有珠析さん。
「だって」
「柴猫いたね」
見た感情を雪白に伝えると画面越しの乙歌さんに病院集合と伝えて通話を切り、レジ横にある白杖を持って私に背を向けて柑奈さんに近付く。
「これで触っても大丈夫」
「雪白さん…」
なんで普通にドアを開けなかったのかが今わかった。
柑奈さんの能力は手で触れたものは分解してしまうからだ。
今は手袋をしていない片手を押さえている。
「被検体ってやつが能力『赤い傷』自分に付けた傷を相手に同じ傷を付けることができる…厄介だね」
「ってことは…」
雪白は笑いながら怒りの籠った声を出す。
「これはボクがやりたいなぁ…」
「雪白?」
「ボクの左目のお礼しなきゃねぇ」
そう言って雪白は前髪をかきあげて傷跡のついた瞼に光の入っていない目が現れる。
「それ…」
柑奈さんが目を丸くして雪白を見るが、私も初めて髪の下を見て驚きを隠せない。
「因縁を晴らす時が来たね」
そう言いながら柑奈さんの手当を素早く終える。
「よし。行きますか」
手当を済ませた雪白は店の看板をCLOSEに変えて病院の実験棟へ急ぐ。