フルーツタルトとラビットソーダ
暖かい朝日がカーテンの隙間から覗き、一足先に起きた目覚まし時計が元気に朝を告げる。
私はヒナ。
rabbit bakeryの店員とご主人様の身の回りのお世話をする専属メイドです。
メイドの朝は早い。
まずはご主人様の為に栄養たっぷりの朝ごはんをお作ります!と意気込みキッチンへ向かうと下の階から物音が聞こえた。
rabbit bakeryは1階がパン屋とカフェになっていて、2階は住居スペースになっている。
『350g』
「強力粉はおっけ」
『150g』
「薄力粉もおっけ」
聞き慣れない機械の声と指差し確認をするように1つ1つの材料をガラスのボウルへと入れていく後ろ姿を隠れ見る。
『発酵90分のタイマーをセットしました』
生地を捏ねている姿を眺めていたら発酵を待つだけの状態になったらしく声をかけられる。
「おはようヒナ!」
「お、おはようございます…」
気付いてたよと言わんばかりの顔をしているこの人が私のご主人様の雪白。
rabbit bakeryの店主様でパンはもちろんのこと、ケーキや焼き菓子なんかも世界一美味しく作れてしまう。
私がメイドになってからご飯や余りのパンが美味し過ぎて…数kg体重が増えたのは秘密。
「発酵待ちの間、先に焼いたのあるから朝ごはんで食べよっか」
「いただきます…」
本当は私が作りたかったのに…と思いながら2階のキッチンへ向かう。
キッチンのタイマーや測り器は全て音声付きで弱視のご主人様の為に数字を読み上げてくれる仕様になっている。
「そうだ!兎夜の事起こしてくるからスープ温めておいて」
朝が弱く3人の中で1番朝が弱いのは兎夜さん。
ステータス表示と言う能力を持っていてご主人様の「目」だとか言い張っていて気に食わない。
トマトの良い香りがするスープがコトコトと音を立てるようになったくらいに廊下から足音が聞こえる。
「サラダのドレッシングどうしよっかぁ…シンプルにオリーブオイルと塩で…いや、バルサミコ酢でも…」
うーむと言いながら壁に手を付いて歩く雪白と、眠たそうに目を擦る兎夜は実にアンバランスでとても「目」には見えない。
「もぱよぉ…ひなしゃん」
大きな欠伸をしながら話す姿は品がない。
「おはようございます!良い朝ですね」
「本当だねぇ。早起きみたいで羨ましいよ」
ニコニコと笑顔を作るがあちらは能力で私の感情を見たらしく売られた喧嘩は高く買うぞと言わんばかりの様子だ。
「あー…ヒナ?兎夜?」
ほら。『私の』ご主人様が迷惑がっているのにこの人と来たら…と煽るように横目で兎夜さんを見ると、釣れた魚の様に誰のものでもないだろ!な!雪白!とご主人様を巻き込む。
「…今日さ、朝市で仕入れたフルーツをふんだんに使ったタルトを作ったんだけど」
一瞬困った顔をした雪白の一言で私も兎夜さんも顔を合わせる。
「あとは2人の好きなチョコレートをたっぷり入れたクロワッサンも…」
甘党でとにかく甘いものには目がない私たちはサクサクなクロワッサン生地に溢れんばかりの甘いチョコレートが入っているチョコクロワッサンが大好物だ。
「ご飯食べたら焼き菓子の包装しようかな」
「じゃあ私は店内の掃除を致しますね」
一時休戦。
とは言え私たちはいつもこんな感じで過ごしている。
口喧嘩と言うよりじゃれ合いのような関係。
「ヒナー!ケーキ並べてー!」
ご飯を食べ終わり、店内の掃除をしていると雪白が厨房から声をかける。
厨房のサッカー台にはバットが並んでいる。
ツヤが綺麗なザッハトルテに、クリームのツノが綺麗に立ち大きなイチゴの乗ったショートケーキ、看板ケーキのうさぎのカップケーキ。
rabbit bakeryは名前の通りうさぎをモチーフにした商品がたくさんある。
うさぎの形のクリームパン。雪うさぎのような白いマドレーヌ。
見た目はもちろん可愛いが、味も美味しく特に人気なのはうさぎの形のカスタードがたっぷり入ったアップルパイ。
「あ、フルーツタルト!」
ショーケースにケーキたちを並べているとブドウ類や梨、キウイと言ったキラキラと輝く宝石の様にフルーツが乗ったタルト。
イチゴにクランベリー、ブラックベリー、ラズベリーとベリー系でまとめられた赤色のフルーツタルトの2種類がある。
「フルーツタルトも2種類にするとか…さすが雪白」
「ブドウの方もベリーの方も美味しそうだし…やる気出るね」
兎夜さんとショーケースを覗きながら営業終了時間を楽しみに待つ。
「あ、今日はケーキたち並んでいる分だけだから」
余ったらねと一言言ってカフェで出す用のコーヒー豆を砕く。
「「えっ?」」
珍しく兎夜さんと声が合わさる。
「つ、つまり…?」
信じたくないあまりか兎夜さんが動揺を隠し切れない。
「余らなかったら特になにもないよ」
「じゃあ何で言ったの?!」
「ボクは『作った』ってしか言ってないよ?」
そんな…と撃沈する兎夜さんを横目にニヤニヤと笑いながら雪白は言う。
「今日も一日頑張るぞー!」
このお店は対して繁盛している訳ではないので、余るでしょ。と言っていた数時間後。
何やら知った顔ぶりが何人か現れた。
「アタイとしろさんと柴猫の分でフルーツタルト3つ!」
「お姉様?!!」
携帯越しにいきなり現れたお姉様にびっくりしながら注文を貰ったケーキを包む。
「アップルパイもいいなぁ…」
「今なら焼きたてだよ〜」
「買います!!」
「お買い上げありがとうございます!」
話を聞いていた雪白が割り込み、甘いバニラが香る温かいアップルパイの御包をレジへと置く。
「柴猫が巡回のついでに寄るから渡してねん!」
そう言って携帯の画面からいなくなるお姉様。
しばらくして窓の外から声が聞こえる。
「ニャー」
水色の不思議なチェシャ模様の猫がドアをカリカリと引っ掻いている。
「猫?」
ドアを開けると足元に擦り付いてきた。
「食品衛生上で猫は立ち入り禁止です」
「ファンタジーだから良くない?」
「世の中何かあったら叩かれるんだから」
「それ言ったらこの物語も周りから何か言われ…」
「メタいこと言うな」
雪白と兎夜さんがメタい会話をしているのでスルーする。
「取りに来ましたー柴猫でーす」
「猫が喋った…?!」
ふわっと良いにおいがする猫が大きな人間へと変化する。
「しば…ねこ…」
「ヒナちゃんは見るの初めてだったか!これが俺の能力!」
驚きながら見ていると下手くそなウインクをしてきた。
店に来た柴猫は店内を見渡してパンを何点かとチョコクロワッサンをこれ大好きなんだよねと数個買った。
店を出るや否やまた猫の姿になり帰って行った。
「お疲れー」
「いつもお世話になってます」
入れ替わりで現れたのは明らかに寝不足であろうクマが出来ている有珠さんと、丁寧にお辞儀をする柑奈さんが現れた。
「ソーセージパンとあれとこれとそれと…」
有珠さんはトレイ山盛り3つ分のパンを選び。
「所長…フルーツタルト食べたい」
柑奈さんは有珠の裾を掴みショーケースのケーキを指差す。
「ケーキ…」
「パンの総カロリーが1万…」
「おい…」
有珠さんは眉間にシワを寄せて、柑奈さんの言葉を無視してまた話し出す。
「ここのケーキ1個ずつ。あとフルーツタルトは4つお願いします」
「総カロリー3万4千…」
「柑奈ぁぁぁぁぁああああああ!!」
カロリー気にしてるくせに買うし、全然食べるんだよなこの人…と思いながらもじゃれつく2人を横目に兎夜さんとパンを包む。
「何かおまけしますよ」
カフェのメニューを仕込み終わった雪白がドリンクのメニュー表を持ってきた。
「じゃあお言葉に甘えて…ブラックコーヒー」
「私は…ラビットソーダフロートのリンゴソーダ!」
意外と可愛いの頼むなぁと思いながらテイクアウト用のカップを準備する。
手際よくコーヒーミルで豆を砕き、フィルターに移し、じれったくお湯を注ぐ。
ソーダは透明なカップに荒く刻まれたリンゴとシロップを注ぎ、氷を入れて…炭酸水を注ぐ。
アイスクリームを氷の上に乗せて、アーモンドスライスで耳を作り、顔をかいて予め用意されているウサギのリンゴを縁に。
「おまたせ」
隣でケーキを箱に詰めている間に作ってしまうのはさすが店主なのだろう。
「可愛い…美味しい!」
「あー…カフェインが染み渡る…」
大量のパンとケーキを担いで店を出る2人を見送ると雪白は粉にしたコーヒーをパックとして閉じている。
「お留守番してるブラックンの用のコーヒーと一緒に買い出しにきた柑奈さんへのご褒美渡しそびれちゃったなぁ。あ、ついでだしあの荷物2人ではしんどそうだから一緒に持ってあげてよ。ヒナたんよろしく♡」
オシャレに梱包された紙袋と共に外に出された。
雪白なりの優しさなんだろうなぁとぼんやり考えながら2人の後を追う。