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メイリン④~エピローグまで

ここで完結です。

2万文字近くありますのでご注意ください。


「そ、そんなこと言ってもね。思いついたものは仕方ないじゃない」


「仕方ない……じゃない。後な、そもそもそんなことを思いつく時点で。最初から真面目にする気ないだろ、パンドラ」


「ぴんぽーん。当たり。流石によくわかってるわね、アレク。このわたしの辞書に真面目の三文字なんてないのよ」


自分に感心し、いつものドヤ顔で頷くパンドラ。


「ふふふ。悪いことならいくらでも思いつくわ。これってある意味、才能?」


悪びれる様子。

それを全く示さず、パンドラは誇らしげに頷く。


そんなパンドラに向け、よくわからず拍手を送るソシア。


「すごいっ、パンドラ。えらいっ、かしこい」


「そう。わたしは偉くてかしこいの。よくわかってるわね、貴女。見込みあるわよ」


メイリンから立ち上がり、いつもの調子でソシアを仰ぎ見るパンドラ。


しかし、そんなパンドラをクレアは叱る。


「パンドラさん。悪いことは誰でも思いつくことです。でも、それは才能なんかじゃありません。パンドラさんにはもっとすごい才能があるはずです」


そのクレアの言葉。

それにアレクは同意。


「そうだぞ、パンドラ。クレアさんの言う通りだ。お前にはもっとすごい才能があるはずだ」


「すごい……才能?」


「あぁ。胸に手を当てて考えてみろ」


パンドラを離し、微笑むアレク。


そのアレクと、同じく微笑むクレアを見つめ--


「そ、そうね。そう言われてみれば」


パンドラは、調子に乗り声を発する。


「みんなに愛される才能。それがわたしの才能。あっ、後。世界で一番かわいいってのも才能ね。後ついでに、最強と美人もプラス」


ドヤ顔すまし顔のパンドラ。


しかし、そこに。


「お姉ちゃん。パンドラさんの才能って--」


「うん。面白いところと図々しいところかな? 後、ナルシストと自尊心の塊も捨て難いところだね」


楽しそうなエリスとアリスと声。

それが割り込み、事態はいつもの流れへ移行。


「違うっ。パンドラの才能はおいしいところ!! だって食べ物だもん!!」


「それに加えて甘いところ」


「後、うーん。と。身が柔らかいところ」


人狼少女と、ルリとマリ。


その三人も声を響かせ、パンドラの才能を並び立てていく。


「あッ、あんたたちは黙ってなさい!! 人様の才能を勝手に食べ物に置き換えるんじゃないわよ!!」



その賑やかな光景。

それにメイリンは、表情を和らげ胸中でつぶやく。


"「このギルドにはわたくしたち天命執行にはない。温かなナニカが備わっているようですね。ふふふ。やはり、クリス様が完膚なきまでに敗れただけのことはあります」"


こうして。

メイリンという名のその天命執行の一員は、クレアのギルドに対する評価をーー


Aランク


と、したのであった。


~~~


「お前ら。次のレースも絶対に勝て。さもないと奴隷商人に売り払ってやる。走ることしか能のない畜生共。てめぇらの生殺与奪は俺が握ってることを忘れんなよ」


鎖に繋がれた獣人少女。

その怯える少女たちの前。

そこに佇み、狩人の男はいやらしく笑う。


男の名はハルク。


凄腕のハンターにして、幾多の獣人を狩ってきたS級冒険家。

銀色の髪の毛に、俊敏に特化した服装。

そして極めた狩りの術はあらゆる獣を手玉にとる程に洗練されている。


だが、今となっては--


「……っ」


怯え、震える獣人少女。

その眼前で拳を振り上げ。


「なんだその目は? 闘争本能の欠片もねぇな」


そう吐き捨て、容赦なく顔面に拳を叩き込むハルク。


そして。


「そんなんじゃ次のレース負けちまうだろ? 舐めてんのか? あぁ?」


そんな声と共に、仰向けに倒れた少女の腹に力一杯足を振り下ろす。


瞬間。


「ぃ……っ」


声に鳴らぬ嗚咽。

それをあげ、少女は涙をこぼす。


「泣いてんのか? なっさけねぇな」


呆れ。


「立てよ、おい」


そう声を発し、少女を起き上がらせるハルク。


だが、次の瞬間。


べきっ


鈍い音。


それと共に、少女の身体が枯葉のように宙を舞う。


その様。


それを他の少女たちも怯え、見つめる。


その姿。


それを仰ぎ見、ハルクは一言。


「おい。怯える暇があるならさっさと調教場に向かえ。次のレースまで時間が残されてねぇからな」


笑い。


涙目の面々を見渡す、ハルク。

その表情。

それは私欲にまみれた人間そのものだった。


~~~


「おーい。追いかけっこしようよ。わたしが追いかける側でパンドラが追いかけられる方」


早朝のギルドハウス。

その外で、ご機嫌に尻尾を振る人狼少女。

そしてその人狼少女の前。

そこで、パンドラは気だるそうにあくびをしていた。


「ふぁぁ。いつも元気ね、あんた。狼は夜行性なのにあんたは朝昼晩関係ないの?」


「関係ない。わたしは人狼だからね」


胸を張る、人狼少女。


「でも他の娘たちはどうだかわからない。夜行性の娘も朝型の娘も、昼型の娘も居るかも知れない」


独り頷き、人狼少女は仲間たちの姿を思い出す。


~~~


"「群れから離れる? ど、どうして?」"


"「最強になる為に。そして、わたしたち獣人族の地位をあげる為だよ。目覚めたこの力。それを宝の持ち腐れにしたくないからね」"


"「で、でも。一度群れから抜けたら--」"


"「二度と群れには戻れない」"


二人の会話。

そこに割って入ったのは、群れのリーダーの声。


"「それでも行くと言うのなら私は止めない。それが、おまえの覚悟だと受け止める」"


銀狼の獣人。

その凛々しくも芯の通った雰囲気の人狼。


それに、力に目覚めた少女は言った。


"「覚悟はできている。でも、いつかきっと。獣人のみんなが幸せに暮らせる世界になったら。また、仲間として迎えてくれる?」"


"「……」"


リーダーは応えなかった。

しかし、その踵を返した背。


そこには確かに--


待っているぞ。


という、思いが滲んでいた。


~~~


「おーい。なに遠い目をして感傷に浸ってんの? なにか思い出したの?」


瞬きを繰り返し、獣耳をぴくぴくする人狼少女。


その眼前で腕組みをし--


「にしても眠い。あくびが止まらないわね。二度寝してこようかしら。ふぁぁぁ」


相変わらずのだらけっぷりのパンドラ。


そんなパンドラたちの背後。

そこに、現れる。


ガチャッ


「あれ、パンドラさん。早起きですね。それに人狼さんも。二人揃ってどうしたんですか?」


ギルドハウスの扉。

それが開かれ、寝間着姿の笑顔のクレアが立っていた。


「あっ、もしかして。朝の運動をするんですか? だったら一緒に--」


だが。


「朝の運動ならあんたたちだけでやってちょうだい。わたしは部屋に戻るから」


あからさまに気だるそうにし、「じゃあね、朝型諸君」などと小生意気な言葉を残し、その場を後にしようとするパンドラ。


しかし。


「パンドラっ。逃げるな!!」


ぎゅっ


勢いよく。

パンドラにダイブし、そのまま押し倒す人狼少女。


そして。


「一緒に運動しないとわたしの朝ご飯にするぞっ。それでもいいの!?」


「いッ、いいわけないでしょ!! そッ、そもそも朝ご飯ってなんなの!? たとえが色々とおかしいのよ!!」


「ぐるるる。甘いミルク味の癖に生意気言うな!!」


「生意気言ってんのはあんたでしょッ、朝っぱらから宝箱をドンドンッドンドンッ!! わたしのぐっすりおねんねタイムを妨害した挙句ッ、無理矢理引っ張り出されたわたしの気持ちはどうなるのよ!?」


「お昼寝すればいい!!」


「た、確かにそうね。って--そッ、そういう問題じゃないのよ!!」


叫ぶ、パンドラ。


そして。


「はぁはぁ……あ、朝っぱらから大声張り上げたせいで頭が痛くなってきたじゃない。ど、どうしてくれんのよ」


そう声をこぼし、パンドラは泣きそうになる。


そんなパンドラの切実な表情。


それに、人狼少女は同情するかと思いきやーー


「パンドラのその顔。そそられる」


などと舌なめずりをし、恍惚とする始末。


そのなぜかうっとりする人狼少女。

それにパンドラは焦り、戸惑う。


「ちょ、ちょっと。そそそ。そそられるってどういう意味? い、色んな意味で怖いんだけど」


「ぐるるる。食べちゃうぞ」


がしっ。


パンドラの怯え顔。

それを両手で掴み、顔を近づけていく人狼少女。


そして、なぜか。


「どッ、どうして頬を赤らめて目を閉じて唇をとんがらせてんのよッ、あんた!! わわわ、わたしとファーストキスでもするつもりなの!?」


「パンドラの唇っ、いただきます」


「いやぁっ。けだものっ。朝っぱらから獣の本性を剥き出しにしないでぇ!!」


必死に抵抗する、パンドラ。

そしてそれを制そうとする、人狼少女。


加えて。


「ふ、2人とも落ち着いてください。ご近所迷惑ですよ」


そう声を発し、あたふたオロオロとし、自らも頬を赤らめるクレア。


そして、ついに。


人狼少女の唇。

それがパンドラの唇につこうとした、瞬間。


ガチャ


「なにやってんだ、お前ら。朝っぱらから元気いっぱいだな」


そんな声と共に。


「あ、クレアさん。おはようございます」


「お、おはようございます、アレクさん」


寝坊眼のアレク。

その寝癖がたった、レベル9999が姿を現す。


そんなアレクの登場。

それにより、場の空気は一変。


「……っ」


下を向き、頬を赤らめるクレアと。


「あっ、おはよーアレク」


パンドラから離れ、アレクの元に駆け寄る人狼少女。


そして。


「今日もまた一段と強そうだね」


そう声を発し、人狼少女はアレクに身体を擦り付ける。

その姿。

それはまるで、上下関係を弁えた狼そのもの。


そんな人狼少女を撫でつつーー


「ん? どうした、パンドラ。そんなとこで寝転んだら風邪ひくぞ」


仰向けに倒れ涙目になっているパンドラに声をかける、アレク。


「立てるか? 具合が悪いなら物置までおんぶしてやるぞ」


そのアレクの優しい言葉。

それにパンドラは、「だ、大丈夫よ」と返し、何事もなかったかのように立ち上がる。


その表情。

そこに、アレクに心配をかけたくないという思いを宿しながら。


しかし、そこはアレク。


「遠慮なんてするな。ほら」


パンドラの眼前。

そこに背を向けてしゃがみ、アレクは笑顔でパンドラを仰ぎ見る。


「俺の朝の運動に付き合うってことで。パンドラを物置まで運んだら、いい運動になる」


「い、いいの?」


「あぁ」


「そ、それじゃ遠慮なく」


アレクの柔らかな表情と声。

それにパンドラは甘え、アレクの背に跨る。


「いいな。羨ましい」


アレクにおんぶされギルドハウスの中へと入っていくパンドラ。

その姿を見送りながら、その場にお座りをする人狼少女。


そしてその人狼少女の側。


そこでクレアはーー


「え、えーっと。わたしでよければおんぶしてあげますよ」


そう声を発し、人狼少女へと微笑む。


「こう見えてもわたし。おんぶは得意なんで」


おんぶは得意。

その母性あふれるクレアの言葉。


それに人狼少女は瞳を輝かせ、応えた。


「流石、クレア。みんなのお母さん」


獣耳をぴくつかせーー


「おんぶ。おんぶ」


そう可愛く声を響かせ、クレアに甘える人狼少女。


そのまさしく子どものような仕草。

それに三度微笑み、クレアは人狼少女を撫でる。


そして。


「クレアの背中。あったかい」


「うふふふ。だから言ったじゃないですか。おんぶは得意だって」


そんな母と子のような会話を交わしながら、クレアと人狼少女もまたギルドハウスの中へと入って行ったのであった。


~~~


ところ変わって、城内の一室。


「狼走賭博の調査?」


「あぁ、そうだ。昨今、巷で流行っている獣人を使った違法賭博。それの調査が次の任務らしい」


つまらなそうに。

手に持った一枚の紙。

それをひらひらとし、クリスは溜息を漏らす。


その表情。

それは、やりたくもない仕事を押し付けられた者のソレ。


そんなクリスの対面。

テーブルを挟んだ反対側に座するサーシャは、クリスへと手を伸ばす。


「少し。拝見させていただけませんか?」


その声と仕草。

それにクリスは手に持つ紙を、サーシャへと渡す。


あくびをし。


「賭博の調査など……わたしたちではなくもっと適任の奴らがいるだろうに。全く。上の考えることは相変わらず理解できないな」


そう悪態をつき、ソファーの背もたれに背中を預けるクリス。


そのクリスにサーシャは応える。


一通り紙に目を通しーー


「あれです、クリス様。俗に言えば信用が低下した。もっと俗に言えば」


微笑み。


「"昨今のギルド調査に失敗しただろ? その落とし前がてら、今までとは違う少しランクの下がった任務でもこなしておけ。おまえらということです」


なぜか楽しそうに声を発する、サーシャ。

その表情。

それは、クリスとは正反対で明るい。


そんなサーシャの姿。


それにクリスはしかし、笑う。


「つまりは弁えろってことか。はははっ。そうかっ。まっ、そうなるだろうな」


姿勢を正し。


「なら仕方ない。お上の信用を取り戻すために、全身全霊を込めて任務に邁進してやろう」


そう声を響かせ、己を奮い立たせるクリス。


そして。


「にしても、だ。調査と言っても、わたとサーシャが出向いたところでできることはーー」


限られているのではないか?


そうクリスが思いを発しようとした、瞬間。


「なら、わたくしが出向きましょう」


そんな自信に満ちたメイリンの声。

それが室内に響く。


その声の響いた方向。

そこに、クリスは視線を向ける。


そして、楽しそうに一言。


「成程。その姿なら……賭博に参加しても不自然ではない。ふむ。獣人メイリンの主として、賭博に潜入するのも悪くない手か」


獣人。

それに化けた、メイリン。

その姿。

それはまさしく、人狼そのもの。


尻尾を揺らし。


「ありがたきお言葉です、クリス様」


憧れの先輩に褒められた後輩のような笑顔。

それをたたえながら、メイリンはクリスへと熱っぽい眼差しを送る。


そんなメイリンの側。


そこに歩み寄りーー


「いいぞ、実にいい化けっぷりだ。どうだ、メイリン。その姿でわたしのペットになる気はないか?」


メイリンの頬。

そこに手を当て、クリスは微笑む。


「悪いようにはしないぞ。ただし。一緒のベッドで寝てもらうことにはなるがな」


そのクリスの言葉と、危ない雰囲気を醸す表情。


それにメイリンはしかし。


「く、クリス様」


うっとりとし、恋する乙女のような眼差しでクリスを見上げる。


そんなクリスとメイリンの姿。


そのいい雰囲気。

それを、サーシャは崩す。


「クリス様。メイリンなんかとベッドに入るより、わたしと寝た方がいいです。きっと抱き心地がいいと思いますよ」


2人の間。

そこに割って入り、サーシャは更に続ける。


「お美しいクリス様の抱き枕。それにふさわしいのはこのわたし。ただ一人。だから、クリス様」


ぎゅっ。


クリスの身体。

それを前から抱きしめーー


「抱いてください、クリス様」


そう声を発し、上目遣いをするサーシャ。


その姿。


それにしかし、クリスは大人の対応をとる。


「はははっ。いいだろう、サーシャ。この任務を無事こなすことができたなら……二人揃って、抱いてやろう。変な意味ではなく褒美として、な」


サーシャとメイリン。

その二人を抱き寄せ、頬を綻ばせるクリス。


そんなクリスの姿。


それに、メイリンとクリスは同時に力強く頷くのであった。


~~~


「狼走……賭博」


「うーん、と。昔にちょっとかじった経験。あったりするかな」


「あった、あった。でも、獣人さんたちが可哀想ですぐに手を引いちゃった」


「狼走ってことは。人狼だな」


「う、うん。わたしの仲間かもしれない」


ギルドハウス。

その壁に張り出された、狼走賭博に関する依頼書。


その前。

そこで、リリ・シルビア・クロエ。

そして、人狼少女とアレクが佇み、会話を交わしていた。


「よし、次はこの依頼だ」


人狼少女の不安そうな表情。

それになにかを悟り、アレクは即答。


そして、人狼少女の肩。

そこに手を載せ、続けた。


「依頼内容は"囚われた獣人たちの解放。そして、違法賭博の実態解明"。報酬は……獣人たちの笑顔。そして、賭博主の泣きっ面といこうか」


報酬内容。

それを勝手に変え、アレクは力強く頷く。


そのアレクの声と、人狼少女に寄り添うような仕草と表情。


それに、涙を堪え応える人狼少女。


「……っ」


その胸中。

そこに、自分を見送った仲間たちの姿を思い浮かべながら。


そしてその二人に続くーー


「わたしも一緒に行ってもいい?」


「賭博のことなら。少しは、あなたたちより詳しいからさ」


「うんうん。それに、あの賭博主とも面識あるからスムーズに事が運ぶと思うんだ」


リリ、クロエ、シルビアの声。


その三人に、アレクは応える。


ちいさく頷き。


「一緒に行こう。そして、さっさと。こんな簡単な依頼をこなして、みんなでパーっとしよう。自由になった獣人さんたちのみんなも加えて、な」


アレクはそう意思のこもった声を発するのであった。


~~~


調教場。

そこは、獣人たちとっての拷問場所。

四方を汚れた灰色の壁に囲まれ、砂利が敷き詰められたそこは調教という名の狼走が強いられた空間。


「おいッ、なにチンタラ走ってんだ!! んなみっともねぇ走りをしてっと鎖で縛りあげて奴隷として売り払ってやるぞ!!」


「……っ」


「次のレースまで時間はねぇッ、わかってんのか!?」


外界。

そこから遮られた室内。


そこに、ハルクの怒鳴り声が響く。


そして。


「残り、30周。少しでも速度を緩めたらもう10周追加だ。死にたけゃ死ねよ。てめぇらの代わりなんて、俺にかかればすぐに補充がきくんだからな」


正気の消えた表情。

虚ろな瞳と、苦しそうな息遣い。


その人狼たちの姿。

それを楽しげに見つめ、腕を組むハルク。


その表情。

それは嗜虐に満ち、人狼たちに対する情など一欠片も宿ってはいない。


そんな、ハルクの眼前。


そこでーー


限界を迎えた、一人の幼い人狼少女。

その小さな体躯が、前のめりに倒れ伏せる。


糸の切れた操り人形のように。


「はぁ……はぁっ」


と、幼く苦しそうな嗚咽を漏らしながら。


そんな、小さな人狼少女。

その元に駆け寄る、一人の人狼。


その姿。


それはーー


「大丈夫か? 立てるか? ダメなら、わたしが。おぶって走ってやる」


やつれ、整った顔に痣が滲む、群れのリーダーである銀狼の女。

その人だった。


しかし、幼い人狼少女はそれを拒む。


「だ、大丈夫……です。まだ、走れるので」


潤んだ瞳。

それをもって銀狼を見つめ、必死に立ちあがろうとする少女。


その痛々しい姿。

それに、唇を噛み締める銀狼の女。


「だから。リーダーも」


ふらつき。


「走らないと。またみんな……ぶたれ……ます」


儚い笑顔。

それをたたえ、少女は走りだそうとする。


だが、その少女の身体。

それを、銀狼の女は受け止めるようにして抱きしめた。


前に立ち塞がり。


「もういい。もう、やめてくれ」


そう呟き。

己の不甲斐なさと、リーダーとして仲間を守れない悔しさ。

それを己の唇と共に噛み締めて。


その、震える抱擁。

その中で幼い人狼少女もまた泣きじゃくる。


「ごめん……ごめんなさい。りーだ。りー…だ」


「……っ」


「かえりたい。森にかえりたい……です」


互いに抱き合い。

涙という名の思いを吐露する、二人。


そんな二人の姿。

それに周囲の人狼たちもまた、足を止め瞳を潤ませる。


皆、その顔に痛々しい痣を晒しーー


堪えていた思いをその表情に表しながら。


しかし。


そんな光景をハルクが許すはずもない。


「おい。なにやってんだ、ゴミ。ぶち殺すぞ」


瞳孔。

それを開き、ハルクは殺気を漂わせる。


「また血反吐を吐かされてぇのか? それとも骨折か? 畜生同士で気持ちわりぃ慰め合いなんてすんじゃねぇ。吐き気がする」


吐き捨て、拳を鳴らすハルク。


そして。


「また一匹。殺してやらねぇとダメみたいだな」


そう声を発し、ハルクは幼い人狼少女に照準を合わせる。


その声の余韻。

それを聞き届け、銀狼の女は覚悟を決める。


ゆっくりと。


抱擁を解きーー


「逃げろ。逃げてくれ。もう、誰も。失いたくはない」


そう呟き、銀狼はハルクのほうへと歩み出た。


覚悟。

それを決めた表情を浮かべながら。


そんな銀狼の姿。

それに、しかしハルクは動じない。


「なんだてめぇ。畜生の癖にこの俺に逆らうのか?はっ、弁えろよ。この雑魚。てめぇが獣人である限り、ハンターであるこの俺には傷一つつけられねぇってことわかってんだろ?」


嗤い。


「まぁ、いいか。てめぇを殺ればこいつらの気が更に引き締まる。近頃、泣き言が多かったからな。丁度いい」


そう声を響かせ、銀狼を睨みつけるハルク。


そして。


「……ッ」


意を決し、銀狼はハルクに向け駆け出す。


勝てないことは目に見えている。

だが、ここで退くわけにはいかない。


そんな銀狼の覚悟。


それをしかしーー


「クソ獣人ッ、てめぇらずっと俺の玩具なんだよ!!」


ハルクの歪んだ笑みと、声。

それにより、いとも簡単に砕け散った。



べきっ


銀狼の腹。

そこに叩き込まれる、カウンターの拳。


同時に蹲りーー


「い……っぐ」


震え、抗いようのない力の前に涙を流す銀狼。


そして。


「はい、終了。所詮、獣人なんてこんなモノだ」


そんな楽しそうな声と共に。


「さて。お前は俺に牙を剥いた罰としてすぐには殺さねぇ。じっくり痛ぶって犯って殺ってやるから、覚悟しろ」


懐。

そこから、短刀を抜くハルク。


その瞳。

そこに歪んだ欲望を発露させながら。


それを見上げ、銀狼は絶望する。

そしてそれを見つめる人狼たちも、皆、立ち尽くしとめどめなく涙を流すのみ。


きらめく、短刀の刃。


そしてその刃先。


それが、銀狼の背に振り下ろされようとしたーー瞬間。



バキッ



調教場の分厚く頑丈な扉。


それを凍結させ蹴破りーー



「失礼するよ。少し、お話をさせていただけないかな?」


「ぐるるる」


「……」


軍服ではなく。

見窄らしい出立ちに身を包んだ、クリスと獣人メイリン

その三人の姿。

それに、ハルクの表情が瞬時に引き締まる。


そして。


「こ、これはこれは。どちら様でしょうか? 賭博への参加をご希望でしょうか?」


己の額。

そこに汗を滲ませ、営業スマイルを宿すハルク。


そのハルクの姿。

それを見据え、クリスは頷く。


満面の冷笑。


それを自身の顔に浮かべーー


「わたしは、ジェセフ。しがない浮浪者だよ。そしてこの獣人はリンメイ。加えてこのお嬢さんはシャーサ。みんな、わたしの浮浪仲間。今日は、賭博への参加許可。それを受ける為に……ここを訪れたのさ」


名と素性。そして、目的。

それを偽り、クリスはハルクへと歩み寄る。


隠し切れぬ、強者のオーラ。

蒼に染まった絶対零度の冷気。

それに己の髪を揺らしながら。


そしてそのクリスの後。

そこに、サーシャとメイリンも続く。


周囲に佇む、痣と涙に晒された獣人たち。

その姿。

それに唇を噛み締めながら。


~~~


「……っ」


ハルクの足元。

そこで蹲りながら、銀狼は見た。


自分の潤む視界。

その中に、確かに見た。


こちらに視線を向けーー


優しく温かなウインクを送る、蒼に彩られた絶対零度の姿。

それをはっきりと。


そして、はじまるハルクとクリスと会話。


「随分と痛めつけてるみたいだな。こんなに虐めていては次の賭博。そこで最高の力を発揮できないのではないか?」


周囲の獣人。

その怯え震える者たち。

それに視線を巡らせ、クリスは更に続ける。


「ふんっ。この調子なら、次の賭博はわたしのリンメイの圧勝だな」


煽り。

ハルクへ笑いかける、クリス。

だが、そのクリスの目。

そこには確かにハルクに対する敵意が宿っていた。


そんな、クリスの言葉。


それにハルクは食いつく。


「は、ははは。随分な自信をお持ちですね。なら、試してみますか?」


クリスの浮浪者らしかぬ威圧。

それに気圧されつつ、ハルクもまた笑う。


「次の狼走賭博。そこで、俺の獣人と貴女の獣人。どっちが速いか勝負といきましょう」


声を響かせ。

同時に、足元に蹲る銀狼の後頭部。

そこへと足を振り下ろすハルク。


べきっ


「……ッ」


鈍い音。

それを鳴らし、銀狼は地に顔を押し付けられる。


その光景。

それに舌打ちを鳴らす、メイリン。

そしてサーシャもまた拳を固め、ハルクに向け鋭い眼光を飛ばす。


だがそれを後ろ手で制し。

冷笑を崩さず、クリスはハルクを見据える。


「この銀狼。俺のめちゃくちゃ自信作なんですよ。貴女のそのリンメイ? とかいう、ひ弱そうな人狼より数段上だと思います」


「……」


「はははっ。どうしました? 怖気づきーー」


ましたか?


刹那。


ハルクは感じる。


目の前の女。

その顔に浮かぶ、冷気の宿った微笑み。

そこから、身体の芯さえも凍らせるような殺気のこもった眼差し。


それを、全身に。


自然とさがる、ハルクの足。


その姿。

それに、クリスは吐き捨てるように言い放つ。


「いいだろう、やってやる」


「……っ」


「はははっ。今ここでやってやってもいいぐらいだよ、わたしは。だが、それでは意味がない。次の狼走賭博。そこにはもっと強い獣人と桁が外れた強者も、参加することだしな」


下がる、ハルク。

それと距離を詰め、肩を掴むクリス。


そして。


「次の狼走賭博。それまでにここの獣人たちの傷。それがひとつでも増えないことを祈るよ」


そう声をかけ、クリスたちは踵を返す。


最後に。


「全員の傷の数。それは全てカウント済みですので。もし増えてたら。賭博関係なしにお前をぶち殺します」


そんなシャーサという名のサーシャの声。


それを室内に響かせながら。


~~~


そして、翌日。

日が落ち、街が寝静まった頃。


「ここが、賭博会場か」


「だね」


「それにしても随分とわかりにくいところにあるな」


「うん。だって、違法だもん」


アレクと人狼少女。

そして、リリ・シルビア・クロエの三人組。

その五人は狼走賭博の会場である、朽ちた建物の前に佇んでいた。


夜の闇。

そこに同化した違法の根城。


それを見上げーー


「この中に。み、みんな……居るのかな?」


仲間たちの面影。

それを思い出し、人狼少女は震え声をこぼす。


そんな不安で押し潰されそうになっている人狼少女。

その肩。

それを抱き寄せ、アレクは声を発する。


人狼少女に向けーー


「大丈夫だ。すぐに、終わる」


響く、アレクの声。

そこには確かに、宿っていた。

囚われの獣人たち。

それに寄り添う思い。

それが、揺るぎなく。


そのアレクの姿。

それに人狼少女は震えを堪え、自らも意を決する。


「みんな。わたしが助けてあげるからね」


響く、人狼少女の声。

それを聞き、リリ・シルビア・クロエもまた頷く。


かつて自らも参加したことのある違法賭博。

それに終止符を打つという思いを発露させながら。


そして。


開かれる、扉。


そして。


中に足を踏み入れた、五人。


その姿。

それを遠目で見据える、三人の姿。


曰く。


「さて。ここからが本番だ」


そう呟き、楽しそうに蒼のオーラをたぎらせる#絶対零度__クリス__#。


「作戦名。一網打尽」


クリスに続き、その瞳に鑑定の力を宿すサーシャ。


「わおーん(天命執行の力。とくと見せて差し上げましょう)」


遠吠え。

それを響かせ、自信に満ちた笑みをたたえるメイリン。


そして。

三人もまた足を踏み出し、会場へとその歩みを進める。


ハルク。

その非道極まるハンターの姿。


その卑劣な者の最期。


それを思い浮かべーー


冷酷な笑み。


それを、その顔にたたえながら。


~~~


「一番ッ、一番に賭ける!!」


「俺は三番だ!!」


「ここは大穴狙いの六番って選択肢もーー」


違法賭博場。

そこに響く、明らかに普通ではない人々の興奮した声。


皆、その手には汚れた札が握られーー


その目にはもはや、カネの二文字しか宿っていない。


そんな人々の姿。


それを壇上から見下ろす、一人の男。

その男の名。


それはーー


「今宵も集まってくれてありがとう。今日もまた欲望渦巻く狼走の宴を盛大に取り行おうじゃないか!!」


賭博場の主であり、ハンターであるハルクその人だった。


そのハルクの声。

それにますます興奮する、人々。


「さっさと走らせろッ、ここ居る畜生共にはそれしか能がねぇからな!!」


「そうだそうだッ、走らせろ!! 前置きなんていらねぇんだよ!!」


そんな歪んだ人々の反応。

ハルクはその人々の反応を、楽しむ。


「はははっ、そんなに慌てなくてもすぐにーー」


瞬間。


ハルクの視線の先。

そこに、五人の人物が現れる。


そして、同時に。


「俺たちも参加させてくれないか? その欲望の渦巻く狼走の宴とやらにな」


敵意の込められたアレクの声。

それが、賭博場の中に響く。


そして更に続く。


「おひさ、ハルク。わたしたちのこと覚えてる?」


「きゃはははっ。あの時はすぐに手を引いちゃって悪かったわ。だから、今回はーー」


「最後まで。参加させてもらう」


シルビア、クロエ、そしてリリの声。


加えて。


「みんなを解放しろッ、わたしの大切な仲間だ!!」


泣きそうな人狼少女の声。

それが、賭博場に響き渡った。


しかし、そんな叫びなど歯牙にもかけない人々。


皆、その表情にいやらしい笑みをたたえーー


「なんだ? お前も走るのか?」


「わたしの仲間? はっ。んなもんどうでもいいんだよ」


「走ることしか能のない奴らに仲間もクソもあるかよ。なにお花畑みたいなことほざいてんだ」


アレクたち。

その正義感丸出しの目障りな連中。

それを欲望のままに煽る、歪んだ人々。


そして、ハルクもまた。


「なんだい、君たちは。入ってくるなり訳の分からないことをほざいて」


壇上。

そこを下り人々の間を抜け、ハルクはアレクたちを見据える。


「文句があるならーー」


瞬間。


めきっ


アレクの足元。

そこに走る、亀裂。


そして、響く。


「生憎、俺の中には実力行使しか選択肢にない。本来の依頼は賭博の実態解明なんだが……あんたたちを見てたら。んなことどうでもよくなっちまった」


アレクの怒りに満ちた声。


「さっさと賭博を辞めろ。そして、獣人たちを解放しろ。獣人さんはな、お前らみたいな下衆な連中の玩具じゃねぇんだよ」


「……っ」


側で震える人狼少女。

その小さな体躯を力強く抱き寄せ、アレクは眼光に殺気を宿らせた。


そしてそれに続くーー


「そういうことだからさ、ハルク。もう辞めにしない?」


姿勢を低くし、獲物を狩る態勢をとるシルビア。


「ウーズ、召喚」


ジュウウゥ……


瞳。

そこに光を灯し、生まれてはじめて何かの為に力を行使するリリ。


加えて。


「ハルク。昔はよく悪いことで連んだよね、わたしたち。でも、もう。辞めにしよ?」


クロエ。

その覚悟を決めた、魔術師の敵意。


そんなこちらに敵意を露わにする者たちの姿。


それにしかし。


「なんだよ、おい。ご登場早々、この俺に敵意をガンガン向けやがって」


ハルクは笑い、両手を広げる。


そして。


「てめぇらがいくら吠えたところで俺の意思は変わらねぇ。世の中、結局。金だよカネ。その金の為に利用できるモノは全部利用する。それのなにがいけねぇんだ? 甘ったるい戯言ばっか抜かしやがって」


歪んだ欲望。

それを曝け、更に大きく嗤うハルク。


「いい子ちゃんぶってても金は稼げねぇ。真面目にハンター稼業をしたところではした金でこき使われるだけなんだよ、この世界はな」


自身の思い。

それを吐き出し、ハルクはアレクたちに歩み寄っていく。


拳。


それを強く握りしめーー


「まっ、恵まれたお前らにはわからねぇだろうよ。楽しい楽しいお仲間さんに囲まれ。日々、食うもんにも困ったことがねぇようなお花畑共にはな」


自身の力。


獣狩り。


を発動する、ハルク。


刹那。


「!?」


アレクに抱き寄せられていた、人狼少女。

その身体が、ギジリと軋む。


そして。


「いッ、いたい!! 痛いッ、イタいよっ」


悲痛な叫び。

それをあげて頭を抑え、人狼少女はその場に蹲る。


「いたいっ。あれ……く。いたいよ」


あまりの激痛。

それに人狼少女は顔さえあげれず、アレクの名を呼び続けた。


「アレク。あ、れく」


その人狼少女の震える背。

それを優しく撫でる、アレク。


そしてゆっくりと立ち上がり、アレクは無機質な目でハルクを仰ぎ見た。


その様。

それを、ハルクは狂笑と共に見据える。


「ハハハッ。やっぱり畜生は畜生だ!! 弱すぎて嗤えてくるナ!!」



しかし、その嗤いはーー


光さえも置き去りにした、レベル9999の怒りのこもった本気の一撃。


それによって。


「ーーッ!?」


途方もない光の閃光とともに、完膚なきまでに打ち砕かれた。


「ひぃっ」


すぐ側を掠めた閃光の奔流。

そして、跡形もなく消滅しそうになったハルクという名の存在。


その場にへたり込み、かちかちと歯を鳴らしーー


己の視線の先。

そこに佇む桁の外れたアレクの姿。

それを見つめる、ハルク。


そしてそれは、周囲にたむろする人々も同じだった。


皆腰を抜かし或いは茫然自失となり、息をすることさえ忘れアレクを見つめるのみ。

怖れという名の本能。

それに全身を染め上げて。


桁の外れた強者ともっと強い獣人。


ハルクの脳裏。

そこによみがえる、言葉。

それは先日、調教場を訪れたジョセフという名の女にかけられたモノだった。


「お、お前らが」


尻餅。

それをついたまま、ハルクはアレクたちから距離をとろうとする。


その顔。

そこに冷や汗を滲ませ、生気を失せさせて。


そんな、ハルクたちの姿。


それに、人狼少女は三度吠える。


涙を流し、震えながら立ち上がりーー


「かえしてッ、かえしてよ!!」


涙で濡れた頬。


「みんなをかえして!! みんなは!! お金のための玩具なんかじゃない!! 毎日一生懸命に……あなたたちとおんなじように生きてるんだ!!」


人狼少女。

その記憶に刻まれた、群れでの楽しかった日々。


それに胸を抑えーー


刹那。


「はははっ。涙は似合わないぞ、獣のお嬢さん」


室内に吹き抜ける冷気。


そして。


「遅れてすまないな。少し、準備に時間がかかってしまった」


クリス。

その絶対零度が、サーシャとメイリンを引き連れ現れる。


その姿。

それに、藁にもすがる思いで助けを乞うハルク。


「おッ、おい!! あんたも賭博をやりにきたんだろ!? さささ。サービスしてやるからそこの男をぶっ潰してくれ。こ、このままじゃ全てが終わっちまうぞ」


未だクリスの正体を知らず、涙目で助けを求めるハルク。


「あ、あんた強いんだろ? そそそ。そうなんだろ? な、ならーーッ」


だが、それを遮る。


「なら……なんだ? 少し、お口を閉じておけ」


クリスの容赦のない力の行使。


己の瞳。

そこに蒼をたぎらせーー


「ぎ……ぃ」


ハルクの口内。

そこにある水分を瞬時に凍結させた、クリス。


そしてそれに続く、サーシャとメイリンの声。


「ここにいる全員。天命執行の名の元に連行します。もし抵抗するようなら、お美しいクリス様の絶対零度。それにより、手足を凍結させますのであしからず」


「逃げようとしても無駄ですよ。既にこの建物の周囲。そこにはお美しいクリス様の素晴らしいお力による氷の壁。それが完璧に立ち並んでいるのですから」


響く、二つの凛とした声。

その声の余韻。


それに、皆、抵抗する気力さえも失ってしまう。


その光景。


それを見届けーー


「わ、わおーん」


ぎゅっ。


「!?」


「大丈夫!? 痛いことされなかった?」


獣人のままのメイリン。

それを仲間だと勘違いし、人狼少女は勢いよく抱きついてしまう。


そして。


「ごめんねっごめんねっ。痛かったよね。怖かったよね」


とめどなく涙を流し、メイリンを強く強く抱きしめる人狼少女。


その、温かな抱擁。

それにメイリンもまた抱擁をもって応えた。


敢えて元の姿に戻らずーー


人狼少女の気持ち。

それに寄り添うような微笑み。

それをその顔にたたえながら。


「クリス様」


「あぁ。わかっている」


メイリンと人狼少女の抱擁。

それにサーシャとクリスもまた胸の奥を温かくし、互いに頷き合う。


そして、優雅に。


サーシャを引き連れ、アレクたちの元へと歩み寄るクリス。

その表情。

そこにアレクたちに対する好意を宿しながら。


そんなクリスとサーシャの姿。

それにアレクたちもまた好意をもって迎える。


「ご無沙汰しています、クリスさん」


ひんやりとした冷気。

それを頬に感じつつ、クリスに微笑みかけたアレク。


「相変わらず強そうですね」


「はははっ。君には及ばないよ」


「それに、えーっと」


「サーシャです」


ぺこり。


アレクに頭をさげつつ、ぴたっとクリスに寄り添うサーシャ。

その様。

それはまるで、母猫に縋る子猫のよう。


そんな二人の姿。

それにしかし、アレクとは対照的な反応を示す三人。


「……っ」


「て、天命執行って。お国の組織だよね? あ、あははは」


「むむむ。むかし、よく。追いかけっこしたっけ? も、勿論。悪い意味で」


恐る恐る。


クリスとサーシャから距離をとろうとする、リリ・シルビア・クロエ。


かつて、色々とご迷惑をかけたお国の組織。


パーティー潰し。

その他諸々の、お国の法に背く行為。

それで生計をたてていた、三人。


そんな三人にとってみればーー


「リリ。シルビア。クロエ」


「「「!?」」」


後退る、三人。

その姿を凝視し、サーシャは職業癖で鑑定を開始。


己の瞳。

そこに金色の光を灯し。


「召喚士。盗賊。黒魔術師」


三人の職。

それをぴたりと言い当てた、サーシャ。


それに冷や汗を滲ませ、焦る三人。


「や、やめて」


「あ、あのぉ。わたしたちは」


「う、うん。すっかり心を入れ替えたっていうか」


三人の引きつった笑み。


だが、サーシャは止まらない。


「ふむふむ。随分といけないことをしてきたようですね、貴女たち」


「「「……っ」」」


「これは少し、お話をしたいものですね。お国に仕える身として」


幼い顔。

それを可愛く引き締める、サーシャ。


「か、勘弁して」


「ダメです」


「あ、飴玉あげるからさ」


「……っ…だ、ダメです」


「く、クレアさんに頼んで。ホットココアをご馳走してあげるよ」


「……っ…し、執行猶予です」


頬を赤らめ、鑑定を解除するサーシャ。

そんなサーシャに、三人はほっと胸を撫で下ろす。


助かった。


そんな思い。

それをその表情に浮かべて。


その、ほんわかとした光景。

それを見届け心を温かくしつつ、アレクとクリスは本題へと戻る。


「さて、と」


「獣人さんの解放といこう」


声を響かせーー


尻餅をついたままの、ハルク。

その元に歩み寄る、アレクとクリス。


そして。


その眼前で片膝をつき、アレクは一言。


「みんなはどこにいる?」


更に続く。


「三秒以内に答えろ。さもなくば、口だけでは済まないぞ」


ハルクを見下ろすクリス。

その冷酷な眼差しと、声。


それに死に物狂いで懐から鍵を取り出し、ハルクは叫んだ。


「あッ、あそこの鉄扉!! そそそッ、その向こうに全員いる!!」


そのハルクの声。

それに、二人は応えた。


「よし。それでいい」


鍵。

それを無機質な笑顔で奪い、立ち上がるアレク。

そして、クリスもまたそれに続く。


「大変よくできました。よし、ご褒美に足を凍らせてやろうか?」


こちらも無機質な笑顔のクリス。

そんな二人の息を合わせたかのような、言葉と表情。


それにハルクは生きた心地がしない。


「ひっ……ひぃっ」


情けない悲鳴。

それをあげ、頭を抱え身を震わせるハルク。


その様。

それを鼻で笑い、クリスはアレクに代わりその場にしゃがむ。


そして。


ハルクの髪。

それを掴んで顔を持ち上げーー


「お前の命。それは今、わたしの手の内にある。どうだ? わたしに生殺与奪を握られた気分は?」


今までハルクが獣人たちにしてきた脅し。

それをクリスは忠実に再現。


己の瞳孔、それを開き。

一切の感情。

それさえもその顔に宿さずに。


「ハンター風情が。貴様の薄っぺらい欲の為に何人の獣人が涙を流したと思っている? 何人がその心に消えることのない傷をつけられたと思っている?」


「……っ」


「答えろ、粉々にするぞ」


目を見開き。

ハルクの顔に滲む汗。

それを凍らせていく、クリス。


「お前如き。張り手ひとつで充分だ。知ってるか? 血。それを凍らせ弾くと……赤宝石のように綺麗に飛び散ってくれるのだよ」


嗤い。

クリスは、冷気を帯びた逆手を振り上げた。


瞬間。


「ーーッ!?」


ハルクは、白目を剥き失神。


そして口から泡を拭きーー


クリスに手を離され、前のめりに卒倒。


そのハルクの痙攣する後頭部。


それを立ち上がって見下ろし、クリスは満足げに笑う。


「はははっ。つい、本気で脅してしまったよ」


「……っ」


「なんだ、その顔は。わたしの顔になにかついているのか?」


クリスの迫真の脅し。

それに引き攣った笑みをたたえる、アレク。


そのアレクに微笑み、クリスは腰に手を当て続けた。


「これで少しは気が晴れた。むしゃくしゃしてたからな、この男には」


すっきりとした表情。

それを浮かべ、クリスは飄々と鉄扉のほうへと向かい進んでいく。


その後を追い、アレクもまた鉄扉へと向かっていく。


ハルクからの鍵。

それを強く握りしめながら。


~~~


そして、鉄扉の前。

そこにたどり着いた、二人。


ギィィィ…


開けられる扉。


瞬間、アレクの視界に飛び込んできた光景。


それはーー


「……っ」


怯え。


「り、りーだー……には指一本触れさせません」


「も、もう。やめ。やめ…て。ください」


「こ、これいじょうは。ほんとに」


明滅する蛍光灯。

その薄暗い部屋の奥。


そこでなにかを庇うように寄り添い、涙をこぼす獣人たちの姿だった。


「……」


嫌な予感。

それを覚え、アレクは唇を噛み締める。


だが、クリスは動じない。


視線。

それを獣人たちに固定したままーー


「サーシャッ、メイリン!!」


二人の名を呼ぶ、クリス。


そのクリスの声。

それに呼応し、光の如き速さでクリスの元に駆け寄る二人。


そして。


「はい、クリス様」


「お呼びございますか?」


クリスの両脇。

そこに佇み、二人は命を待つ。

そんな二人に、クリスは命を下す。


はっきりと。


「獣人の保護。そして手当てだ。ふむ。重傷者はわたしが直々に手を施す」


「「かしこまりました」」


頷き、獣人たちの元へと近づいていくサーシャとメイリン。

だが、獣人たちは警戒を緩めない。


「こ、こないで」


「が、がるるる」


「いっ、いたいことはもうたくさんだ!!」


もはや流れ尽くした涙。

荒みきった心。


「しッ、しんじない!! おまえらにんげんなんてだいきらいだ!!」


「そっ、それ以上近づいたらーー」


刹那。


獣人たちの表情。

それが、変わる。


その理由。


それはーー


「みっ、みんな」


アレクの側。

そこに現れた、瞳を潤ませ佇む人狼少女の姿。

それを目の当たりにしたからだった。


たじろぎ、信じられないという風な表情を浮かべる獣人たち。


皆、震え。


視線の先に佇む、かつて仲間だった者。

その姿。

それを潤む瞳で見つめる。


「ど、どうして。こんなところにいるの?」


「……っ」


枯れたはずの涙。

それを壊れた蛇口のように滴らせ、感情を露わにする獣人たち。


会いたかった。


そんな思いとーー


荒んだ心の隙間。

そこに芽生えた、ほんのわずかな温かさ。


それを、獣人たちに堪えること等できようはずもなかった。

次々とその場に崩れ落ち声をあげて泣く、様々な鎖から解き放たれた獣人たち。


そんな同じ種族の。

同じ釜の飯を食べた仲間たちの見たくなかった姿。


「みんなっ、みんな」


幼い身。

そこに目覚めた、天狼覇瞳という名の力。

その力があれば、仲間たちを救えたかもしれない。


こんなにも、悲しくて痛くて辛い思い。

それにみんなを晒すことなんてなかったかもしれない。


"「覚悟はできている。でも、いつかきっと。獣人のみんなが幸せに暮らせる世界になったら。また、仲間として迎えてくれる?」"


自分の発した言葉。

それを思い出し噛み締め、人狼少女は駆け出す。


汚され。

傷だらけになった、仲間たち。

その元に向け、懸命に。


その様。


それを見つめーー


「事。人というものは愚かよな。まっ、人であるわたしが言う台詞ではないが」


クリスの口。

そこから漏れる、思いのこもった言葉。


「他を踏み台にし、生存本能以外の欲。それを叶える存在など人しか居らぬのではないか? 無論、わたしたちもその人という名の種族の一部ではあるが」


「でも、こうして救えるのも。人以外にしか居ない」


クリスの声。

それに応え、アレクもまた言葉を発する。


その表情。

そこに獣人たちに対する懺悔を宿しながら。


「利用する者が居て、される者が居る。それはこの世界がここに在る限りなくならない」


クリスの側に佇み、思いを紡ぐアレク。


その姿。


それを見つめーー


「ふむ。君も中々聡明だな。はははっ。強くて賢いなど反則だぞ」


クリスは笑い。

そして続けた。


「この世界に生きる限り、救ってやるさ。勿論、この目の届く範囲での話だが」


「俺もです。俺も、この目の届く範囲のーー」


「君の目が届く範囲。なら、この世界の困っている存在全てになってしまうぞ」


微笑む、クリス。


レベル9999。

その目の届く範囲。

それは文字通り、世界全て。

勿論、アレクが意識した場合の想定だが。


「そうなっちゃいますね」


「そうなっちゃうな」


互いに笑顔で頷き合う、アレクとクリス。


その二人の姿。

それを仰ぎ見、サーシャとメイリンもまた頷き合う。


「ねぇ、サーシャ」


「うん。クリス様、あの男の人のこと気に入ってるみたい」


「ですわよね」


「全く。私というものがありながら」


「ほんとにその通りですわ。私というものがあるにも関わらず」


ひそひそ。


互いに身を寄せ、耳打ちをし合う二人。

その二人の姿。

それは恋話に興じる幼い姉妹そのものだった。


~~~


「これで、よし」


「おい。これでよし、じゃないだろ。もっとちゃんとしろって」


「もう。リーダーったら」


「少しは成長したところを見せてくれよ。久しぶりに再会できたってのに」


絆創膏。

それを乱雑に貼られ、包帯を適当に巻かれた銀狼の獣人。


その擦り切った笑顔で胡座をかく、銀狼の側。

そこでお座りし、人狼少女は嬉しそうに尻尾を振る。


その頬。

そこに乾いた涙の跡を残しながら。


「リーダー。リーダー」


ぎゅっ


抱きつき、甘える人狼少女。


その頭。

それを撫でつつ、銀狼は涙を堪え頭を下げる。


アレクとクリス。

そして、リリとシルビアとクロエ。

加えて、サーシャとメイリンに向けて。


そんな銀狼の謝意。

それを受け止め、アレクたちは「気にする必要はない」という風な表情で微笑む。


そのアレクたちの姿。

それに、銀狼は言葉を発し応えた。


「ありがとな、ほんとに助かった」


「……っ」


自分の胸元。

そこに顔を埋める、人狼少女。


その頭を撫でながらーー


今まで見せたこともない儚い笑顔。

それを浮かべる、銀狼の女性。


それを潤む瞳で見上げ、人狼少女は震え声を発する。


「わたしもっ。ごめんなさい。み、みんなを。こんなっ、こんなひどい目に合わせ……て」


「……っ」


「わたしがっ。群れに残ったら、こんなこんな」


その人狼少女の謝罪。


「最初からわたしが群れに残っていたらーー」


だが、それを。


「最初から群れに残っていたら。俺やみんなに会えなかった。それでもよかったのか?」


アレクの優しい声。

それが遮る。


「俺は寂しい。いや、俺だけじゃなくクレアさんやパンドラ。それ以外の面々も、きっと寂しくなっ

てたと思うな。明るくて、単純で。いつもパンドラと戯れている姿。俺は、大好きだぞ」


大好きだぞ。


その単語。

それに、人狼少女はピクリと身体を震わせる。


そして。


「わ、わたしも大好きだよ。アレクもクレアも。パンドラも、マリア……も。ルリとっ、マリも。でもっ。でも。群れのみんなもーー」


少女の頬。

そこを伝う、幼い涙。


それを指で拭い、銀狼は少女を優しく抱きしめる。


そして、続けた。


「もう泣くな。情けないぞ、フェンリル」


フェンリル。


その単語。

それを聞き、少女は三度顔をあげる。


「フェン……リル」


呟き。


その意味を思い出す、少女。


"「かつてこの世界を駆け、悪しき神と争った一匹の狼が居た。その名はフェンリル」"


"「ふぇん。りる?」"


"「あぁ、そうだ。そしてそれは。この群れの中で一番勇敢な者に授けられる称号なんだ」"


"「いいな。わたしっ、ふぇんりるになりたい」"


誰かの温かな膝の上。

そこで交わした、言葉。


朧げな笑顔でーー


"「なれるさ。いつか、絶対に」"


そう言って笑った、誰かの姿。


その面影。

それを、人狼少女は目の前の銀狼に重ねる。


「リーダーっ、リーダー」


「はははっ。フェンリルにしたらちっちゃすぎるな。もっと、大きくなってからのほうがいいか」


「なるっ。わたしフェンリルになる」


そんな二人の微笑ましい光景。

それを見つめ、アレクたちもまた言葉を交わす。


ひそひそと。


「ねー、アレク」


「ん?」


「わたし思うんだけど」


アレクの耳元。

そこに口元を近づけーー


「あの人狼少女さん。天狼覇瞳っていう力に目覚めた時点でフェンリルだと思うんだけど。どう思う?」


そう声を発し、小悪魔っぽく笑うクロエ。


そしてそれに続く。


「わたしもそう思う」


「だよね、だよね。わたしもそう思ってました」


右に倣え。

そう言わんばかりのリリとシルビア。


だが、それを。


「黙らないと連行するよ? 元外道三人組。貴女たちは空気すら読めないの?」


いつ間にか側に歩み寄った、サーシャ。

その幼くも冷徹な声が遮った。


「それともなに? 貴女たちはわたしに連行されたくてわざと空気をぶち壊すようなことを仰っているの? だとすれば、容赦なくーー」


「ひ、ひぃ」


「ごごご。ごめんなさい」


「……っ」


表情。

それを青ざめさせ、アレクの後ろに隠れる三人。


その様。

それは、蛇に睨まれ母ネズミの後ろに隠れる子ネズミそのもの。


そんな、如何な状況でも職務を放棄しない天命執行のサーシャとそれに脅される元外道三人組の図。


その図式に、アレクは一言。


「あの、サーシャさん」


「はい」


「この三人は……その。俺が言うのもなんですが、しっかり更生していく意思はあると思います。で、ですので。大目に見てやってくれませんか?」


自分の後ろ。

そこで生まれたての子馬のように身を震わせる、リリとシルビア。そしてクロエ。


それを一瞥しーー


「ほ、ほら。こんなに怯えていることですし」


しかし。


「ダメです。もう、許しません。大人しくお縄につけ、お前たち」


口調。

それを変え、アレクではなく三人組に可愛くも鋭い眼光を飛ばすサーシャ。


「次はクレアさんのココアではつられませんよ。わたしはそんなヤワな鑑定士じゃないので」


「そ、そんなぁ。そんな可愛い顔してるのに」


「お、大目にみてくれてもいいでしょ? 大人気ないよぉ」


「お、鬼。悪魔。鑑定士」


怒るサーシャと、怯えながらサーシャに文句を飛ばす三人組。


だが、それを。


「サーシャ。クリス様がお側に居られてご張り切りになる気持ちはわかります。ですが、空回りしていますよ?」


サーシャの真後ろ。

そこに歩み寄った、元の姿のメイリン。

その上品に微笑む千変万化が遮った。


そして。


「少し、マッサージをして差し上げます。頭に血がのぼっていらっしゃるようですので」


そんな言葉を発し、メイリンはサーシャを後ろから抱きしめる。


瞬間。


「ひゃいんっ」


可愛い悲鳴。

それをあげ、サーシャは瞳を潤ませる。


「中々いい反応ですわね。余程、わたくしの抱擁がお気に召したのですか?」


「そ、そんなんじゃない。びびび。びっくりしただけよ」


慌て、耳元にあるメイリンの顔を見つめるサーシャ。

己の頬。

そこを桃色に染め上げて。


「そ、それに。わわわ。わたしは別にクリス様がお側に居るから張り切っているわけじゃーー」


そう言いつつ、サーシャはクリスをチラ見する。

その様。

それはまさしく、恋する乙女そのもの。


そんなサーシャにかけられる--


「サーシャ」


「は、はい」


「命令だ。今日はわたしの抱き枕として一夜を過ごせ。勿論、褒美としてだ」


クリスの優しくも、サーシャの思いに寄り添った声。

それに、サーシャはぎゅっと胸を抑え、応える。


「は、は、はい」


「メイリン、お前もだ。二人ともよく頑張ったな。天命執行の長として誇りに思うよ」


「「……っ」」


二人揃って恍惚とし、クリスと視線すら合わせられないサーシャとメイリン。


その光景。


それを見つめ--


「いいなぁ。ああいうの憧れる」


「まさしく純愛。わたしたちがかなぐり捨てた若き日のピュアな愛」


「……お金に青春をかけてきた、リリ。なんだか虚しい」


クロエ。

シルビア。

リリ。


その若き日を日々の生活の為に犠牲にした三人は溜め息。


そんな三人に、アレクは応じる。

いつもの純粋な笑顔。


それをたたえながら--


「仕方ない、ここは俺が一肌脱ぐか。よし、三人共。今日の夜。俺の抱き枕として一緒に寝よう」


下心皆無の。

子どもをあやすかのような、アレク。


「大切なギルド仲間の困りごと。それを見過ごすわけにはいかないからな」


ドヤ顔のアレク。

しかし、それを。


「んーっと。ま、まだ恥ずかしいかな」


「そ、そうそう。その。抱き枕ってことは色々あたっちゃうし……ね?」


「……っ」


純粋な男。

それに不慣れな三人はこれでもかと赤面してしまう。


そんな三人に微笑む、アレク。


「まっ、そうだろうな。ごめんな。いきなり変なこと言って」


そこに。


「だめっ。アレクとパンドラはわたしの抱き枕っ」


元気を取り戻した人狼少女。

その乾いた涙の跡を残す、笑顔いっぱいの少女にアレクは抱きつかれる。


そしてそれをしかと抱き止め--


「ははは。やっぱりそうじゃなくちゃな」


笑い。


人狼少女を撫でる、アレク。


「これからもよろしくな--」


人狼さん。

そうアレクが言おうとした、時。


「フェンリルって呼んでっ、アレク。フェンリルっ、フェンリル!!」


人狼少女はそう嬉しそうに声を響かせる。


その様。


それを銀狼は見つめ--


「世界を駆けてくれ、フェンリル。その天狼覇瞳に目覚めたモノとしての使命。それを果たす為に」


そう声を発し。

人狼少女の行く末。

それを滲む思いと共に、見送ったのであった--。


~~~


「クレアさん」


「はい、アレクさん」


「このギルド、とても賑やかになりましたね」


「はい。アレクさんと出会って、色々なことがあって...たくさんの出会いがあって」


カウンター越し。

そこから、笑い合い無邪気に戯れる少女たち或るいは女性たちを見つめクレアは微笑む。


その微笑み。

それをアレクもまた笑顔で見つめーー


「これからもよろしくお願いしますね、クレアさん」


そう声を発し、その頬にちゅっと口づけをするアレク。


それにクレアは頬を赤らめ、「も、もうアレクさんったら。またわたしをからかって」そう呟く。

だがアレクはそのクレアに対し、「俺は本気ですよ」と返し、クレアの肩を抱く。


「ほ、本気。なんですか?」


「はい。俺、クレアさんのこと大好きです。だから、その」


「,,,,,.っ」


「一生、俺の側にいてください」


赤面し、こくりと頷くクレア。

それにアレクは微笑み、更に強くクレアの肩を抱く。


その二人の行く末と少女たちのこれから。

それはまさしく、レベル9999そのものだった。



反省点は主人公をいかしきれなかったこと。

次の糧にします!!

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― 新着の感想 ―
[良い点] 最初から一気に読みました! とても楽しく読めましたよ!
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