メイリン③
そのパンドラの落胆ぶり。
それに少し同情する、メイリン。
「あ、あのパンドラさん。おやつならわたしが作ってあげますよ」
クレアの口調。
それを真似て。
「ぐすん。優しいのね、偽者さん」
「女性と子どもには優しく。それがわたくしのモットーですから」
「そ、そうなのね。それじゃあ本物に変わっておやつ作ってもらおうかな。できれば生クリームたっぷりのショートケーキをお願いするわ」
ぎゅっ。
三度メイリンに抱きつき、欲望丸出しの上目遣いをするパンドラ。
そんなパンドラの言葉と態度。
それに呆れ声を発する、アレク。
「パンドラ。相変わらずブレないな」
「わたしに優しくしてくれる人。それに悪い人は居ない。たとえそれが偽者さんでもね」
悪い人は居ない。
そのパンドラの言葉。
それに、メイリンはちいさく笑う。
そして。
「改めて自己紹介を。わたくしは、メイリン。おっしゃる通り天命執行の一員にして、千変万化の力の持ち主」
そう透き通った声を発し、元の姿に戻るメイリン。
艶やかな黒髪。
それを自らのオーラで揺らしながら、メイリンは抱きつくパンドラの頭を撫でる。
その手つき。
それに、パンドラは更に甘える。
「クレアの撫で撫でも気持ちいいけど。貴女も中々のものね。どう? 第二のお母さんとしてこのギルドに入らない?」
楽しそうにメイリンを勧誘するパンドラ。
だが、それをアレクが遮った。
「第二のお母さんってお前な。それじゃ第一のお母さんって誰なんだ?」
メイリンとパンドラ。
その二人の少女の元へと歩み寄り、アレクは問いかける。
そしてそのアレクの問い。
それに応えたのは--
「誰って……そりゃあ、クレアさんに決まってるじゃないですか」
「それ以外に誰が居るの?」
「そうだよ、アレク。クレアはわたしたちのお母さんだよ。なにを今更」
エリスとアリス、人狼少女。
加えて。
「少々ドジなところがありますけど。クレアさんがふさわしいですわ」
「うん」
「クレアお母さん」
マリア。ルリ、マリだった。
そんな皆の言葉。
それに、クレアは頬を赤らめた。
そこへ、ソシアもまた声を響かせる。
「クレアはね。お母さん。やさしいやさしい、みんなのお母さん。それでね。アレクは強くて逞しい。みんなのお父さんなんだよ」
そんなソシアの言葉。
それにアレクは朗らかに返す。
「クレアさん。どうやら、俺たち。みんなから見ればお母さんとお父さんみたいですね」
微笑み、クレアを見つめるアレク。
その視線。
それを受け--
「……っ」
クレアは俯き、高鳴る鼓動を抑えるのに必死になってしまう。
そんな二人の姿。
それを見据え、メイリンとパンドラは抱きしめ合ったまま頷き合う。
「中々いいものですね。このような雰囲気も」
「でしょ? この雰囲気の良さがこのギルドのいいところなのよ」
目の前で繰り広げられる温かな応酬。
それを見つめ、メイリンとパンドラは微笑む。
「わたしもね、最初は怖いかなって思ってたんだ。アレクのこと。でもね--」
「これからもお母さんとしてよろしくお願いしますね、クレアさん。俺もお父さんとして頑張りますので」
「は、はい。頑張ります」
頬を赤らめ、微笑むクレア。
そして笑う、アレク。
その光景を見送り、パンドラは続ける。
「怒る時もあるけど、基本は優しいんだ」
そんなパンドラの言葉。
それにメイリンもまた、頷く。
「流石、クリス様を負かしただけのことはあります。わたくしの千変万化。その程度では太刀打ちなどできようはずもなかったということですね」
「それはそうと」
「はい?」
「貴女のその力。それって、どんなモノでも変身できちゃうの?」
話しの帆。
その風向きを変え、メイリンに興味を示すパンドラ。
その眼差し。
そこに宿るのは、いつものパンドラの悪巧み。
「えぇ。制限はありますが、基本的にはどんなモノでも」
「ふーん。中々、使い勝手が良さそうな力ね。じゃあさ、じゃあさ」
メイリンの耳元。
そこに顔を近づけ、パンドラは思いついた悪巧みを話そうとする。
だが、メイリンは応じない。
「悪いことには手は貸しません。仮にもわたくしは国に使える身。立場というものがありますので」
「えーっ、少しぐらいいいじゃない。たまには息抜きも必要だって」
ぎゅっ。
少し強くメイリンを抱きしめ--
「貴女がわたしに化けてくれたら……心置きなく、わたしはお外に遊びに行ける。二人三脚でお互い助け合おうよ」
そんな提案をし、更に強くメイリンを抱きしめるパンドラ。
「ね? いいでしょ? ふふふ」
「それは助け合いではなく共犯というものです。どうしてわたしが貴女の罪の片棒を担がなければならないのですか?」
「そんな固いこと言わないでさ。いいじゃない」
こちょこちょ。
「ひぃっ」
「わかってる? 今ここは、敵の真っ只中。貴女にとっては四面楚歌。誰も貴女の味方は居ない。その意味。わかる?」
こちょこちょ。
「やっ。やめなさいっ!! わたくしを誰だと思って--」
「ほれほれ。ここがいいんでしょ?」
こちょこちょ。
「ひぃんっ」
可愛い悲鳴。
それをあげ、もつれ合うようにその場に転がるパンドラとメイリン。
「さっさと白旗を振ってわたしの言うことを聞きなさい。さもないともっと敏感なところを責めるわよ?」
「……っ」
「そうね。次はこの膨らみかけの--」
馬乗り。
そのポジションでメイリンの胸に手を伸ばそうとする、パンドラ。
だが、そこに。
「パンドラ。悪巧みをするなら、もっとコソコソやれ。全部筒抜けだぞ」
そんな声と共に、パンドラの首根っこがアレクに引っ張りあげられる。
そして。
「仮にメイリンがお前に化けたとしても俺の目はごまかせないぞ。やるならもっとマシな悪巧みを考えろ」
そう続け、パンドラをぷらぷらとする。
その様。
それはまさしく、母猫に咥えられぷらぷらする子猫そのもの。




