天命執行⑤
そんなクリスの元。
そこにアレクは歩み寄る。
剣の刃。
それで自分の肩をポンポンと軽く叩きながら。
そして、クリスの眼前。
そこで足を止め、アレクは一言。
「立てますか? クリスさん」
そう言い、差し出されたアレクの手のひら。
その表情。
そこに宿るのは、国に仕えるクリスに対する敬意だった。
「は、ははは。強いな、強すぎるよ。身も心も。君は、わたしより。ずっと、強い」
あぐらをかき、クリスは豪快に笑う。
「負けだ。完敗だ。はっはっはっ。しかし、実に気分の良い敗けだよッ、これは!!」
破れ、露わになった胸元。
その下で腕を組み、アレクに熱っぽい眼差しを送るクリス。
「気に入ったよ、君のことが。生まれて初めてだ。このわたしがこんな気持ちを抱いたのは」
微笑み、クリスは差し出されたアレクの手のひらを握りしめる。
そこから伝わる、温かな感触。
それを感じながら、アレクはクリスを優しく起き上がらせた。
そして。
「力の美しさでは俺の敗けですよ。俺はただレベル9999なだけですから」
「謙遜はよせ。このわたしに勝っておいてそれは卑怯というものだ」
そんな会話を楽しく交わしながら、二人は皆の待つギルドハウスへと戻っていったのであった。
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「ホットココア。おかわり」
「わたしもおかわり」
「わ、わたしも頂けますか?」
「じゃあ、わたしも」
「ぐるるる。パンドラ、飲み過ぎ。もう五杯目」
「な、なによ。そういう貴女だってもう六杯目じゃない」
「く、くうーん」
ルリ、マリ。
そしてサーシャとパンドラ。
加えて人狼少女。
その五人は仲良くテーブルを囲み、クレアのホットココアに舌鼓を打ち続けていた。
そんな五人の姿。
クレアはそれをカウンター越しに見守りながら、微笑む。
「おかわりはいくらでもありますので、遠慮はいりませんよ」
その声と笑顔。
それは慈愛に満ちた母親そのもの。
「ソシアさんも。おかわり、ありますよ」
「……っ」
クレアの膝の上。
そこにちょこんと座る、ソシア。
その頭を優しく撫で、クレアは温かく笑う。
平穏な日常
ソシアは、そんなクレアに応える。
「お、おかわり。欲しい……です」
頬を桃色に染め。クレアを直視できない、ソシア。
その姿。
それにクレアは微笑む。
そんな二人の姿。
それをカウンターの更に奥から見つめるのは、マリアとカレン。
そして、リリとシルビア。加えてクロエだった。
「マリアさん。その、なんて言ったらわからないのですが。クレアさんってーー」
「はい。あのお方は底知れぬお優しさを持つ、このギルドのマスター。いえ、マスターではなく母と言ったほうが正しいかもしれませんね」
「お母さんか。うん、そっちのほうがしっくりきます」
頷きあい、二人はクレアに対する印象を共有する。
そして、そんな二人の側でホットココアをすすっている三人も同時に頷いた。
「優しいよね、あの人」
「うん。敵だったわたしたちでさえ、こうして仲間として迎えてくれた」
「あんなに優しい人。わたし、はじめて会ったかも」
シルビア。
リリ。
そして、クロエ。
その、元ギルド潰しパーティの面々もクレアの優しさに感服する。
そんな面々に、エリスとアリスも加わった。
二人ともその手には可愛らしいマグカップが握られ、ホットココアの湯気に嬉しそうな表情をたたえながら。
「あの人が。お兄ちゃんのお嫁さんに一番ふさわしいと思う」
「うん。わたしもそう思う」
「クレアさんのこと。お母さんって呼ぼうよ、おねえちゃん」
「うん。呼ぼう呼ぼう」
視線の先。
そこでソシアを優しく撫で続ける、クレアの温かな姿。
その光景。
それをギルドメンバーたちは、微笑ましく見つめていた。
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「今帰ったぞ。ん? なにかいい匂いが充満しているな」
ギルドハウスの扉。
それを開け、アレクはそんな第一声を発する。
そのアレクの声。
それに応えるのは、勿論クレアだった。
「あっ、おかえりなさい。アレクさんにーー」
「クリスだ。すまないな、自己紹介もせずに飛び出してしまって」
「いえいえ。今、お飲み物をご用意いたしますね」
響いたクレアの言葉と、好意。
クリスはそれに笑顔で応え、揃ったギルドメンバーたちを見渡す。
そして。
「これはこれは中々の人数だな。賑やかで、実に楽しそうではないか」
そう声を発し、楽しそうに一人の一人の顔を見つめるクリス。
そのクリスの仕草。
それに、アレクは応える。
「みんな、大切な仲間です。まぁ、その過程では。色々なことがありましたけど」
「ほぉ、色々なことか。国に仕える身としては根掘り葉掘り聞きたいものだな」
そんなクリスの柔らかな声。
それに素直に頷き、アレクは言葉を返す。
「根掘り葉掘りお話しますよ。クリスさんのお仕事。それがスムーズに運ぶのなら」
笑顔のアレク。
「立ち話しもなんですから、座ってお話しましょう。ちょうどそろそろ。席も空く頃だと思いますし」
アレクの予想。
案の定、それは的中する。
「ぐるるる。おいしいココア味にも飽きた。パンドラ、お口直しさせろ」
舌舐めずりをし、可愛く眼光を鋭くする人狼少女。
「わたしも」
「それじゃ、わたしも」
人狼少女の一言。
それを合図に、ルリとマリはパンドラに視線を合わせる。
当然、焦るパンドラ。
「お、お口直しなら水でも飲めばいいじゃない。わわわ。わざわざわたしに言う必要ないと思うんだけど」
恐る恐る、パンドラは席を外し後ずさる。
「く、クレアぁ。じ、人狼さんとルリマリがお水を欲しているわよ」
そして冷や汗と共に、震え声を発するパンドラ。
だがその声に応えるのはーー
「逃げるな、パンドラ」
「逃がさない」
「パンドラと書いておいしいミルク味」
そんな三人の、例の如く興奮した声だった。
「たッ、助けてぇ!!」
もみっ
「ひゃい!?」
涙目になり、咄嗟にサーシャの胸を後ろから揉むパンドラ。
だが、三人は止まらない。
「がるるる。無関係な人を巻き込むなっ、パンドラ!! もう許さない!!」
「許さない」
「許すまじ」
それに加え。
「今度はわたしの番よっ、パンドラ!!」
胸を揉まれ、赤面するサーシャ。
その鑑定士もまた、パンドラの敵に回る。
四人に迫られ、パンドラは脱兎の如く逃走。
ドタバタと。
「ひぃぃぃッ、四人はダメよ四人はぁ!! 身体がもたないぃ!!」
そんな叫びと共に、四人の少女たちの標的にされながら。懸命に。死に物狂いで。
その光景。
それを見送りーー
「いつものことなんで、気にしないでください」
アレクはそう声を発し、クリスへと笑いかける。
そしてクリスもまた。
「あんなサーシャの姿、はじめて見たよ。これはいいモノを見させてもらった」
そう声を返し、くすりと笑みを溢したのであった。
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