割り振り②
そのアレクの登場。
それにより、パンドラは窮地を逃れる。
「か、間一髪ね。危うく唇を奪われるところだったわ」
眼前に迫った人狼少女の可愛い顔。
それを見つめ、汗を拭うパンドラ。
その頬は仄かに染まり、汗が滲んでいた。
そんなパンドラを見つめ、人狼少女は一言。
「わたし。パンドラと一緒のお部屋になりたい」
その一言。
それにパンドラは焦る。
「い、いやよ。あああ。あんたと一緒の部屋になったら毎日唾液まみれになっちゃうじゃない」
「大丈夫。二日に一回にするから」
胸を張る、人狼少女。
「こう見えて。わたし、我慢強い」
「我慢強いってあんたね。そもそもわたしを舐める行為自体が間違いってわかってる?」
「うん。わかる」
「そう。えらいえらい……って」
ペロペロ
「言った側から舐めるなァ!! なんにもわかってないッ、あんたはなんにもわかっちゃいない!!」
満身創痍のパンドラ。
だがそれに、三人は嬉しそうに返す。
「わかるよ。パンドラはおいしいってことがね」
「わたしもわかる。パンドラが甘いってこと」
「わたしもわかる。パンドラがほんのり甘いってことが」
その三人の笑顔。
それにパンドラは怒る気力も無くし、「は、ははは。三人揃ってなんにもわかっちゃいない」そう呟き、もはや力無く笑うことしかできなかった。
「相変わらず。仲良いな」
四人の馴れ合い。
それを見届け、アレクは微笑む。
そして、続ける。
「さて、と。クレアさんをあんまり待たせるのは悪い。はやく一階に行くぞ、仲良し四人衆」
そのアレクの言葉。
それに四人は、素直に従うのであった。
~~~
「マリアさんとカレンさんは一部屋ずつ。リリさんとクロエさんとシルビアさんで大きめの部屋を使ってもらうとして」
部屋割り。
それが記された紙に目を落とし、考え込むクレア。
「ソシアさんはわたしと一緒のほうがいいかな。そ、そうしたら。アレクさんも一緒に」
呟き、クレアは頬を赤らめる。
その姿。
それを少し離れた場所から見つめ、エリスとアリスは頷き合う。
「おねえちゃん。きっとそうだよね」
「うん、きっとそう。あの人もお兄ちゃんのことが大好きなんだよ、きっと」
「そうだよね、うん。だってお兄ちゃん、強くて逞しくてとっても優しいんだもん」
「うん。誰だって好きになっちゃうよ」
納得し、アレクの圧倒的な姿を思い出すエリスとアリス。
レベル9999。
その存在はどこまでも強く、そしてどこまでもお兄ちゃんだった。
「わたしたちもお兄ちゃんと一緒のお部屋になりたいな」
「一緒のお部屋になって。もっと、お兄ちゃんを近くで感じたい」
恍惚とし、二人はアレクへと思いを馳せる。
その二人の姿。
それは恋する少女そのもの。
装備召喚。
あらゆる装備を召喚する禁忌の力。
それをもってすればーー
「ねぇ、おねえちゃん」
「ん?」
「せくしーな装備を召喚して。お兄ちゃんがわたしたちと一緒のお部屋を選ぶように仕向けない?」
「せくしーな装備?」
「うん。せくしーな装備」
見つめ合い、二人はほくそ笑む。
そんな二人の姿。
それをなにも知らないクレアは、「仲の良い姉妹」として微笑ましく見守っていた。
そうこうしている内に、二階から降りてきたアレクたち。
その五人の表情。
それは、どこか不安と期待が入り混じっていた。
特にそれが顕著なのはーー
「じじじ。人狼さんと一緒だけは勘弁して。で、できれば。あ、アレクと一緒がいい」
勿論、パンドラだった。
額に汗を滲ませ、ごくりと唾を飲む姿。
それはまるで、注射を待つ幼い子どもそのもの。
そんなパンドラ。
それとは正反対の反応を示すのは、人狼少女とルリ、マリだった。
「パンドラと一緒のお部屋。パンドラと一緒のお部屋」
「わたしたちは四人でひとつ」
「運命共同体」
楽しそうな、三人。
その三人の前。
そこに姿を現す、エリスとアリス。
「お兄ちゃん。お部屋のことでお話があるんですけどぉ。いいですか?」
「実はわたしたち。お兄ちゃんと一緒のお部屋になりたくて」
上目違い。
それをもってアレクを見上げる、二人。
その衣装。
それは明らかに男を意識したモノ。
薄い桃色のワンピース。
そしてそこから透けて見える、黒の下着。
そしてエリスのアリスの表情。
それはアレクに対する隠しきれぬ好意で染まっていた。
だが、アレクは動じない。
いやーー
「どうした、二人共。そんな装備じゃ風邪引いちまうぞ?」
アレクは二人を安じ、心配そうに二人の頭を撫でる。
そして、「まだあったかいとはいえ薄着じゃ寒いだろ」そう声をかけ、優しく二人を抱き寄せる。
自分の腰元。その付近に。
そのアレクの行動。
その下心のない純粋な仕草。
それに、エリスとアリスは紛れもないお兄ちゃんをアレクに感じた。
「お兄ちゃん。あったかい」
「あったかいよ。お兄ちゃん」
ぎゅっとアレクを抱きしめ、二人は頬を桃色に染める。
そんな光景。
それを、パンドラたちは間近で見つめ頷き合う。
そして。
「くうーん。アレク、お兄ちゃん」
「ほんと。底無しの優しさね」
「優しさもレベル9999」
「よし。わたしたちもぎゅっとしよう」
そう四人は声を発しーー
ぎゅっ。
なぜか、二人と一匹はパンドラを抱きしめる。
「えっ? なにやってんの? あんたたち」
「アレクがお兄ちゃんなら。パンドラはおねえちゃん」
「パンドラお姉ちゃん」
「お姉ちゃんパンドラ」
ぎゅっ。
「お、お姉ちゃんか。悪い気はしないわね」
満更でもない、パンドラ。
だがそこはいつもの流れ。
「お姉ちゃん。お腹減った」
「わたしも」
「わたしも」
ぎゅっ。
「ちょっ。ちょっと待っーーッ」
有無を言わさず、押し倒されるパンドラ。
そしてはじまる例の戯れ。
「やッ、やめなさい!! これはお姉ちゃん命令よ!! こ、こらぁ。やめっーーひぃぃぃ」
ペロペロ
そんな賑やかな声。
そこに、クレアの声が入ってくる。
「みなさん、お待たせして申し訳ありません」
申し訳なさそうなクレアの声。
そして、クレアは続けた。
「部屋割りの素案を決めました。一度、目を通してもらって。不満があれば、また考え直しますので」
笑顔のクレア。
その手には、一枚の紙が持たれている。
「見せて見せて」
「わたし。パンドラと一緒?」
「気になる」
パンドラから離れ、クレアに駆け寄る三人。
パンドラもふらふらと立ち上がり、「な、舐めすぎよね。相変わらず」そう言いながらも三人の後を追う。
アレクもまた続く。
そしてーー
「どれどれ。俺は誰と一緒なのかな?」
部屋割り。
その内容は。
「みんなで仲良く。ご自由にお部屋を使いましょう。ギルドマスタークレア」
紙に書かれた文字。
それを読み上げ、アレクの頬が綻ぶ。
「クレアさんらしいですね。俺、そういうところ好きですよ」
アレクの好意。
それにクレアもまた、頬を染めて返す。
「ご、ごめんなさい。一生懸命考えたのですが」
「いいじゃないですか、これで」
クレアの気持ち。
それを受け止め、アレクは笑う。
そして。
「みんなもこれでいいよな」
そう声を発し、笑顔でみんなを見つめる。
そのアレクの笑顔。
それに皆、嫌そうな顔ひとつせず「いいよ」と頷くのであった。




