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装備召喚②

「うん、おいしい。パンドラはほんのり甘い」


 健気に頷き、人狼少女はパンドラの味に太鼓判を押す。


「アレクも舐めたらわかる。一番のおすすめはほっぺただよ」


 ペロっ


「うん。あまい」


 まるで食材の味見をしたかのような表情。

 それをたたえ、恍惚とする人狼少女。

 その姿。

 それにパンドラはため息を漏らす。


「はぁ。あなたのその意味不明なドヤ顔。それに慣れてきた自分が情けないわ」


「パンドラ、自分を責めないで」


「そうだぞ、パンドラ。自分を責めるな」


「パンドラさん。自分を責めないでください」


 飛び交う、パンドラに対する叱咤激励。

 人狼少女。アレク。そしてクレア。

 その三人の表情はひどくパンドラを心配していた。


「なに? パンドラ、なにかあったの?」


「聞かせて聞かせて」


 加わる、ルリとマリ。

 その五人に囲まれ、パンドラは焦る。


「ちょっ、ちょっと。あんたたち、心配しすぎよ。わたしは拾われた子猫じゃないんだからさ」


「子猫? パンドラ、子猫だったの?」


「例えよっ、た、と、え!!」


「くうーん」


 ペロペロ


「だから舐めるなぁ!!」


「わたしも舐めていい?」


「舐めたい」


 舌なめずりをする、ルリとマリ。

 頷く、人狼少女。


「うん、なめてなめて」


「舐めて舐めてってあんたにそんな権限ないわよ!! なに勝手に許可してんの!? って、ちょっ。えっ。や、やめーーひぃん」


 三人に押し倒され、パンドラは姿が見えなくなる。

 響くはパンドラの悲鳴と、三人のぺろぺろ音。


「ほんとだ、あまい」


「いがい」


「パンドラの味は蜜の味」


 ぺろぺろ


「ひぃぃぃ」


 そんな四人の茶番。

 それを、少し離れ見守るアレクとクレア。

 その表情は穏やかそのもの。


 その二人の後ろ。

 そこから、カレンの声が響く。


「あ、あの。少しいいでしょうか?」


 その声に振り返る、アレクとクレア。


「はい、なんでしょう?」


「なにかありましたか?」


 そんな二人に、カレンは応える。


 天井を指し示しーー


「先日、ここにやってきた女の子。マリアさんが治療を終えたのですが、未だに怯えてベッドから出てこないんです」


 そう声を発し、心配そうにするカレン。


「マリアさんもお手上げ状態で。あの怯え方は尋常ではないです」


 ソシア。

 その少女の姿。

 それを思い出し、アレクは頷く。


 そして。


「ちょっと、様子を見てきます」


「わたしも行きます」


 そんな言葉を残し、アレクとクレアは二階へと向かっていったのであった。


 そして、二階に到着したアレクとクレア。


 ソシアの居る部屋に入りーー


「……っ」


 怯え、ベッドの上で涙目になっているソシア。

 その儚い姿を二人は見つめ、ゆっくりと歩み寄っていく。


「ご、ごめんなさい。そ、ソシアがわるい。ごめんなさい」


 染み付いた謝罪。

 ソシアはそれを震え声で発し、反射的に頭を抱え蹲る。


 そのソシアのすぐ両側。

 そこに二人は腰を下ろし、アレクは優しく声をかけた。


「大丈夫だ。もう、誰も。痛いことはしない」


 そんなアレクに呼応し、クレアはソシアを柔らかく抱きしめる。

 そして、優しく。その頭を撫で続けた。


「ごめんなさい。そ、ソシアが」


 温かなクレアの手のひら。

 それに、ソシアの震えが収まってい


 そんなクレアとソシアの姿。

 それを見つめ、アレクは思う。


 優しい言葉と、柔らかな抱擁。

 そして、震えを抑めその抱擁を受け入れる一人の少女。


 そう、それはまるでーー


 母と子。そのものだと。


 静かに、アレクはベッドから立ち上がる。

 そして、「後は、まかせてもいいですか?」そう声を発しようとした瞬間。


 それは起こった。


 響く、風の音

 轟く、龍の咆哮に似た唸り。


 窓ガラス。

 それがガタガタと揺れ、家全体も軽く振動。


「……っ」


 ソシアを抱きしめ、怯えるクレア。

 アレクはしかし動じない。


 二人に笑顔を向け、「ちょっと様子を見てきます。すぐに帰ってきます」そう声を発しーー


 二階の窓から。


「よっと」という掛け声と共に、下へと飛び降りるアレク。


 そんなアレクの姿。

 それはまるで、母と子を守ろうとする父のようでもあった。


 〜〜〜


 下に降りた、アレク。

 そして、アレクは聞いた。


「ば、化け物だ!!」


「助けてくれ!!」


 そう叫び逃げ惑う人々の声を。

 そんな人々にアレクは声をかける。


「あの、すみません。化け物はどこに居るんですか?」


 努めて優しく振る舞う、アレク。


 だがーー


「ひぃっ。ここにも、化け物が居る!!」


「ど、どうか命だけは」


「この街はもう終わりだぁ。次から次へと化け物が出てくる」


 この世の終わり。

 そんな表情をたたえ、尻餅をつく人々。


「確かに俺は化け物じみた強さだとは思う。だけど、俺の心は慈愛に満ち溢れているぞ」


 爽やかな笑顔。

 それを振る舞い、アレクは人々は安心させようとする。


 だが、人々は収まらない。


「あ、あの二人の化け物もあんたが呼んだんだろ!?」


「けけけ。剣と盾を召喚するなんて。あああ。ありえない」


 剣と盾を召喚。

 その言葉。

 それにアレクの表情が引き締まる。


 そして、一言。


「禁忌の力だな」


 頷き、アレクは人々に声をかけた。


「すぐに終わらせます。ですので、安全なところに隠れていてください」


「……っ」


 固唾を飲む、人々。

 アレクは更に続ける。


「街への被害が出る前に片付けます。不安だとは思います。だけどここは。化け物じみた強さの俺を信用してください」


 こきっ。


 拳を鳴らし、アレクは人々に頷いてみせる。

 余裕の笑み。

 それを浮かべながら。


 そんなアレク。

 それに人々は半信半疑になりながらも従う。


 どちらにしても。

 あの化け物をどうにかできるのは、この化け物しか居ない。

 そんな思いを共有しながら。


 〜〜〜


 遠ざかっていく、人々。

 それを見送り、アレクは前に向き直る。


 そしてーー


「うーん、この街だと思ったんだけどな。お兄ちゃんが居そうなところ」


「とっても強いお兄ちゃん。この力を見せつけたら。出てきてくれると思うんだけど」


 響く幼い二つの声。

 そのどこか楽しそうな二人の少女の声を、アレクは聞いた。


「はぁ。はやく強くて逞しいお兄ちゃんに会いたいな」


「強くて逞しくて。わたしたちを可愛がってくれる優しい優しいおにいちゃん」


「つよくて。たくましくて。やさしい。わたしたちだけのおにいちゃん」


 幼さと艶っぽさが入り混じった声。

 そして、その余韻と共に。


 アレクの視線。

 その先に現れる、エリスとアリス。

 その幼い肢体は深緑色のワンピースに包まれ、二人の手にはそれぞれ青く輝く剣と盾が装備されていた。

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