奪取③
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ギルドハウスから出発し、はや数分。
アレクとパンドラは到着していた。
「よっと。ふぅ、ここが盗賊団のアジトだな」
数キロ離れた森の中。
そこにある廃れた館の前に。
「やっぱり跳んだほうがはやかったな。たった数キロなのに数分もかかっちまった。失敗失敗」
反省し、アレクは気分転換で早歩きをしたことを後悔する。
だが後悔先に立たず。
終わったことは仕方ない。
「おい、パンドラ。着いたぞ。いやぁ、悪い。数分もかかっちまって」
自分の肩。
そこからパンドラを下ろす、アレク。
そんなアレクにパンドラは応える。
額に汗を滲ませ。
「す、数分しかかからなかったの間違いでしょ? ほほほ。ほんとすごいわね、レベル9999は」
転移魔法顔負けの速度の早歩き。
その凄まじい速さを思い出し、パンドラは身震いをした。
「にしても」
震えを止め、パンドラは眼前にそびえる蔦が絡まった館を見上げる。
そして、ゴクリと唾を飲み言葉を続けた。
「ここが盗賊団のアジト。ふ、雰囲気はでてるわね」
「そうだな」
パンドラと共に館を見つめ、アレクは頷く。
「よし、パンドラ。行くぞ」
「そうね…って」
こちらに手を差し出す、アレク。
その姿にパンドラは少し頬を赤らめる。
「手をつないでくれるの?」
「当たり前だろ。迷子になったらどうするんだ?」
「ま、迷子って。こう見えてわたし。まぁまぁ年くってるわよ?」
「そうなのか? 見た目は銀髪少女なのにな。ちなみにいくつだ?」
「わたしはーー」
ぎゅっ
アレクの手のひら。
それを優しく握り、恥ずかしそうにパンドラは答えた。
そのパンドラの返答。
それにアレクは、「へぇ、俺より×10年上なのか」そう反応を返し、笑う。
「まぁ、そのギャップがパンドラのいいところなのかもな。うんうん。かわいいぞ、パンドラ」
「かわいい? あああ。当たり前でしょ? な、なにを今更」
パンドラは照れを隠す。
「あ、あんたにかわいいとか言われても。う、嬉しくともなんともないんだからね」
ほんとは心の底から嬉しい、パンドラ。
ぎゅっ。
頬を赤らめ、パンドラはアレクに身を寄せる。
その姿。
それは年頃の少女そのもの。
そんなパンドラを撫で、アレクは館の玄関へと向かう。
そして扉を開きーー
中へと足を踏み入れた。
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「シルビア。ここが元アジト?」
「うん。そうだよ」
「雰囲気は抜群だね。なにかでてきそう」
アレクたちが館に入り、すぐ後。
召喚士リリ。
女盗賊シルビア。
黒魔術師クロエ。
その三人もまた、館の前に佇んでいた。
引き締まった表情。
それを浮かべながら。
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館の中。
そこに入り、アレクは一言。
「臭うな」
「臭うってなにが? 別になにも臭わないじゃない」
臭う。
そのアレクの発した単語。
それにパンドラは首を傾げ、応える。
「確かにちょっと湿っぽい感じはするけど。そんなに鼻につく臭いはしないわよ」
「……」
パンドラの反応。
それを受けながらも、アレクは周囲を警戒。
そして、拳を固め。
「これは血の臭いだ。まだ時間はさほど経っていない」
そう呟き、視線の先にある扉へと意識を向けるアレク。
その表情は真剣そのもの。
「ち、血の臭い?」
怯え、パンドラは震える。
「そ、そういうのは勘弁して。わわわ、わたし。こうみえても。ききき。生粋の平和主義者なのよ」
生まれたての子馬。
それを思わせる、パンドラの怖がり方。
いつもなら。
"「生粋の平和主義者? はったりをかまし魂をコレクションしてた奴が言う台詞じゃないな」"
と、突っ込むアレク。
だが、今はそんな状況ではない。
「パンドラ、ここで待っててくれ」
パンドラに声をかけ、アレクは一人扉へと向かっていく。
その背を見つめ、パンドラもまた声を発する。
「い、生きて帰ってきてね」
その声。
それにアレクは振り返り、余裕を見せた。
「レベル9999の俺に言う台詞じゃないだろ、それ。俺の辞書に敗北の二文字はない。あるのは圧倒的勝利という五文字だけだ」
言い終える前に、扉の前に到着したアレク。
そして、なんの躊躇いもなくーー
「お邪魔します」
そんな声をあげ、扉を弾き飛ばす。
自身のオーラだけで。瞬きひとつをもって。
瞬間。
アレクは見た。
血溜まりに伏せる男の無残な死体。
そしてその前に蹲り震える、一人の少女の姿を。
無言で、アレクは一歩を踏み出す。
その拳を解き、敵意を抑え込んで。
「ごめんなさい。そ、ソシアが。ぜんぶ。ぜんぶ。ぜんぶ。わるい」
響く、悲痛な謝罪。
「ちゃんとしないから。ちゃ、ちゃんとしないから。ごめんなさい。ご、ごめんなさい」
その怯え、震える幼い声。
それにアレクの胸が痛む。
ぎしっ。
「……っ」
反響する、床の軋む音。
それにソシアはびくっと身体を震わせる。
そして、頭を抱え更に謝罪を述べた。
「も、もうしません。もうしません。もうしません。だ、だから。い、いたいことは。しないでください」
ぎしっ。
「ごめんなさいっ、ごめんなさい!!」
叫び、ソシアは更に震えを大きくする。
そんな少女の眼前。
そこで足を止め、片膝をつくアレク。
そして。
「もう、大丈夫だ」
そう声を発し、ソシアの頭にそっと手を触れる。
刹那。
「!?」
ソシアは咄嗟に力を発動。
万物奪取。
あらゆるモノを奪い、自分のモノにする力。
顔をあげ、その潤んだ瞳でアレクを見据えーー
だが、アレクからはなにひとつ奪えない。
レベル9999。
その存在からなにかを奪うことなど、ソシアにはできようはずもない。
「……っ」
涙を流し、アレクを見つめるソシア。
その顔は痣だらけで、血が固まり。
それは、少女がこれまで受けてきた暴力の凄まじさを物語っていた。
優しく。
アレクは、ソシアの頭を撫でる。
その温かさ。
それにソシアは、幼い嗚咽を漏らす。
今まで、殴られたことしかなかった。
今まで、罵倒されたことしかなかった。
最後に頭を撫でられたのは、いつだっか。
最後に頭を撫でられたのはーー
"「ソシア。ごめんなさい」"
朧げな記憶。
道端に置いていかれた時に見た、女性の姿。
それを思い出し、ソシアはアレクにその女性の姿を被せる。
「そ、ソシアは。ソシアはっ」
泣きじゃくる、ソシア。
その頭をアレクは撫で続けた。
優しく。ソシアの思いに寄り添うようにして。




