レベル9999②
レベル9999。
そのアレクの言葉を、しかしカイトは信じない。
「レベル9999? はっ、なにを言うかと思えば」
鼻で笑い、カイトは眼前のアレクの肩に手を載せる。
そして、「そんな脅し文句がこの俺に通じると思うなよ」そう吐き捨て、拳を固める。
アレク。
そのレベルはカイトは知っている。
「お前のレベルはたったの10。そうだろ?」
「そ、そうよ。アレク、調子に乗るのも大概にしなさいよ」
「役立たずに加えて虚言」
「救いようがないね」
カイトの発したレベル10という言葉。
それにパーティーの面々も平静を取り戻す。
「対する俺のレベルは98。弁えろよ、アレク」
拳を振り上げ、愚かなアレクの顔面へと叩き込もうとするカイト。
「さっきのアレ。どんな手品を使ったんだ?」
「きっと転移の魔石を使ったのよ。そして突風はたまたま。そうに決まっているわ」
「だろうな。たかが鍛錬士のこいつのすることだ。ほんとせこいな、お前」
吐き捨て。
いやらしく笑い。
カイトは、アレクの顔面へと拳をたたきこむ。
その光景。
それを、皆、笑う。
「ははは。クリーンヒット」
「所詮、レベル10。鼻の骨でも折れたんじゃないか?」
「喜劇」
「滑稽」
だが、当のカイトだけはーー
「……っ」
額に汗を滲ませ、苦悶の表情を浮かべている。
その姿を、マリアは冗談はやめてと笑う。
他の仲間たちも、マリアに続き笑いを響かせた。
しかし呟かれたカイトの言葉が、その笑いを収める。
「お、お」
「お。なに? カイト、どうしたの?」
「俺の拳がぁぁぁ」
瞬間。
「こんなもんだろな、レベル98程度なら」
そんなアレクの声が響き、同時に拳を複雑骨折したカイトがその場に膝をつく。
「まっでも、よく複雑骨折で済んだな。弾け飛ぶと思ったぞ、俺は」
涼しい顔をする、アレク。
そんなアレクを見上げ、カイトはマリアに声をかける。
「マリアッ、治癒をかけてくれ!!」
「りょ、了解」
「ルリ、マリ。距離をとれ!! ゴウメイッ、二人の魔法の時間稼ぎをしろ!!」
カイトの声。
それに従う、仲間たち。
だが、その表情は先ほどと打って変わって焦燥に満ちていた。
その異様な光景。
それを周囲の人々たちも固唾を飲み見つめる。
「せっ、聖なる抱擁!!」
マリアの切羽詰まった声。
それが響くのと同時に、カイトの拳がみるみるうちに元通りになっていく。
そしてーー
「残念だったな、アレク。ど、どこでそんな硬化魔法を覚えたのかは知らねぇが次で終わりだ」
そんな虚勢丸出しの声を発し、再び立ち上がるカイト。
しかしその足は震えている。
そんなカイトに、アレクは声をかける。
「使ってもいいぞ」
「は、はぁ? なに言ってんだ、お前」
「武器。使ってもいいぞ」
「武器? お前に武器なんて使うまでもねぇよ」
再び拳を固め、カイトは懸命に平静を保っている。
「た、たった一発。俺の拳を防いだぐらいで図にのるなよ、アレク。おい、マリア」
「な、なに?」
「俺の拳に強化魔法をかけてくれ」
「う、うん。アレク、今度こそ終わりよ。な、なにがレベル9999よ。あまり、わたしたちを舐めないでくれる?」
そのマリアの声の余韻。
それが消え去る前に、カイトの拳が金色のオーラに包まれていく。
それは、強化魔法の一種。
名を"倍加"という。
だが、アレクの余裕は崩れない。
それもそのはず。
「いいぞ、カイト。もう一発、こい。カウンターをお見舞いしてやる」
レベル98の攻撃。
そんなものいくら倍加したところでなにも変わらないのだから。
「は、ははは!! これでーーッ」
終わりだ。
そんな決め台詞が響くものと誰もが思ったことだろう。
だが、響いたのはーー
「ぶべらッ」
という、カイトの潰れた声の余韻とレベル9999の拳の振動。
振動は世界全体を数十秒に渡って揺らし、地震を引き起こす。
カイトの仲間たちはあまりの振動に身を屈め、生まれたての子馬のようにその身を震わせるのみ。
そして、その揺れが収まった時。
「ふぅ。手加減の仕方がわからねぇのも、困りもんだな」
響いたのは、そんなアレクのやれやれといった様子の声だった。
サラサラと光の粒子となり霧散していくカイトだったモノの肉体。
それはレベル98がレベル9999の拳をまともに受ければこうなるというお手本を示しているかのようである。
そのあり得ない光景。
それに、マリアは。
「か、カイト? えっ、うそ。カイト? どこに消えちゃったのよぉ!!」
そう頭を抱えて叫びをあげ、ヒステリックに目を血走らせる。
その姿に他の仲間たちも同じような反応を示す。