戸締り
レベル999。
その存在を退け、ギルドハウスに戻ったアレク。
ガチャッ
「ただいま。久しぶりにいい運動してきました」
「あっ、アレクさん。おかえりなさい」
満足気なアレク。
それに笑顔を返し、クレアは微笑む。
「あれ? クレアさん、なにをやっているんですか?」
そう声を発し、アレクはカウンターテーブルへと歩み寄る。
そして、カウンター越しに座るクレアの手元。そこに視線を落とし、アレクは更に言葉を続けた。
「鍵。ですか?」
「はい、鍵です」
「なんでまた? しかもこんな小さな鍵を」
「はい。パンドラさんの宝箱に鍵でもかけておこうと思いまして。パンドラさん、よく宝箱から抜け出して人狼さんと遊びにいっちゃうんです。だから、その。知り合いの職人さんに頼んでつくってもらいました」
「なるほど。戸締りってやつですか?」
「はい。戸締りってやつです」
にこり。
優しそうに笑う、クレア。
そのクレアの表情。
それは出来の悪い子どもを可愛がる母親そのもの。
「ったく、パンドラのやつ。自分の立場をわかっているのか? 一日一人元に戻すって約束。それも最近、サボってるみたいだし」
"「れれれ。レベル999? すッ、すごいわ!! わたしでさえレベル90なのに!!」"
パンドラのアホ面。
それを思い出し、アレクは溜め息をこぼす。
そんなアレクの姿。
それにクレアは、微笑む。
「パンドラさんがきて。ギルドが明るくなって。わたしは嬉しいですよ」
「まぁ、確かに。あいつが来てから雰囲気はーー」
変わりましたね。
そうアレクが言い終える前に、パンドラと人狼少女。そしてカレンが帰ってくる。
「ただいまー。ふぅ、疲れたわね」
「疲れた。疲れた」
「って、もう帰ってきてたの? レベル999との激闘はどうだった? ほっぺたに擦り傷のひとつでもつけられた?」
なぜか誇らしげなパンドラ。
その姿。
それに、人狼少女もなぜか憤る。
「アレクに傷なんてつくはずない。パンドラと違ってアレクは強い。パンドラ、お口を慎め」
「な、なに? その見た目不相応な喋り方。獣耳をぴくぴくさせながら怒っても。ただ可愛いだけよ?」
可愛い。
そのパンドラの言葉。
それに人狼少女はぽっと頬を赤らめてしまう。
そしてーー
「か、かわいいとか言うな。照れる」
そう呟き、側に立っていたカレンのローブを掴みふるふると身体を震わせる。
そんな人狼少女の照れ隠し。
それにパンドラは悪戯心がくすぐられ、更に煽ってしまう。
「あーん、人狼さんかわいい。か、かわいすぎて。わたしくらくらしちゃう」
「……っ」
「かわいい。可愛い。カワイイ。かわゆい」
「ぱ、パンドラさん。あ、あまり煽らないほうがいいですよ?」
人狼少女の頭。
それを優しく撫でながら、カレンはパンドラに忠告。
だが、パンドラは止まらない。
「かわいいからかわいいって言ってるだけよ、わたしは。ふふふ。かわいい。かわいい。かわーー」
「ぱ、パンドラッ、全身を舐めまわす!!」
「えっ?」
「わおーん!!」
目の色を変え、人狼少女はフェンリル化。
そしてパンドラを見据え、唸りをあげる。
「がるるる。覚悟、パンドラ」
「ひぃっ」
「もうなにがあっても舐めるのをやめない!! 絶対にやめない!!」
人狼少女の熱気。
それに後ずさる、パンドラ。
そして、パンドラは逃走。
「なッ、舐められるモノなら舐めてみなさい!!」
そんな捨て台詞を吐き、二階の物置に鎮座した己の宝箱に向けて。
「ぐるるるッ、逃がさない!!」
叫び、パンドラの後を追う人狼少女。
その一人と一匹のいつもの茶番。
それをアレクを見送り、そして思い出す。
「あっ、そういえばクレアさん。パンドラの宝箱に鍵かけてましたよね。そうだと、あいつ。宝箱に入れないですね」
「は、はい。かけちゃいました。どどど。どうしよう? こ、このままじゃ、パンドラさん。大変なことに」
おろおろとする、クレア。
だがアレクは合掌をし、一言。
「ご愁傷様、パンドラ。骨は拾ってやるぞ」
刹那。
「いッ、いやぁ!! 開かないッ、宝箱がぁ!!
だッ、誰か!! 助けーーッ」
「わおーん!!」
「ひぃぃんッ、そっ、そこはダメぇ!!」
そんな声が二階から響き、クレア以外のメンバー全員が合掌。
そして、パンドラのあまりのアホさ加減に畏敬の念を示したのであった。




