ギルド潰し⑤
シルビアの首筋。
そこに牙を食い込ませーー
「ガルルル」
唸りをあげる人狼少女。
その目は捕食者〈フェンリル〉そのもの。
シルビアはもがき、少女から逃れようと必死になる。
「ぃっ、いだいッ!! いたぃッ、だっ、たすけッ、ひぎぃん!!」
そんなシルビアの姿。
それにリリは痺れを堪え、声を発した。
「う、ウーズ。人狼をはやく。なんとかして」
その声に呼応する、ウーズ。
ジュウゥゥ…
と音を響かせ、ウーズは無数の液体触手を人狼少女へと伸ばそうとする。
だが、それを。
響いたもうひとつの声が遮った。
「わたしに従え、液体生物〈ウーズ〉」
その声。
それにウーズは触手を引っ込め、大人しくなる。
目を見開く、リリ。
そして、見た。
ジュウゥゥ…
ウーズが自分の側から離れ、一人の女の側に這いずっていく様。
それをはっきりと。
「な…っ」
声を漏らし、リリはその女を見つめる。
赤のローブに真紅の双眸。
髪は黒く、その表情は自信に満ちていた。
「ど、どうして。ウーズ。わたしの命にしか従わないはず。なのに」
震える、リリ。
そのリリにカレンは声をかける。
「あらゆる魔物を操る。それが魔物奏者〈わたし〉の力」
パチンッ
指を鳴らし、カレンは側に控えるウーズに命を下す。
「あの者を溶かして。じっくり、じっくり。骨の欠片も残さぬ程に」
「……っ」
カレンの言葉。
それを聞き、リリの顔から血の気が引く。
そして同時につんざく、シルビアの悲鳴。
「ごッ、ごめんなさい!! わたしたちが悪かったですッ、だッ、だから!!」
「グルルル」
シルビアの首筋。
そこから滴る、真っ赤な鮮血。
それはじわりじわりと広がり、血溜まりをつくっていく。
もはや、シルビアとリリに勝ち目はない。
ウーズはゆっくりと、リリのほうへと触手を伸ばす。
カレンの命。
それをまっとうしようとする為に。
そしてーー
ジュっ
「!?」
ウーズの触手の先端。
それがリリのローブに触れ、溶かしていく。
その光景。
それにパンドラは拍手を送る。
「いい気味ね。そのまま素っ裸にして、ギルドハウスから追い出しちゃいましょう」
「追い出す。だけで済みませんわね、この状況では」
嬉しそうな、パンドラ。
その後ろに現れ、マリアは声を響かせた。
そんなマリアにパンドラは応える。
「追い出すだけで充分でしょ。ここまで力を見せつけたら大丈夫大丈夫」
「だといいのですが」
「ん? それってどういうーー」
刹那。
「いッ、いやぁ!! いだいッ、いだい!!」
「こいつ、喰う。気に入らない」
人狼少女はシルビアの首に爪を突き立て、瞳孔を開く。
「バラバラにして。ぐちゃぐちゃにして。喰う」
そんな物騒な声と。
「まずは目から」
ウーズに命を下したカレン。
その嗜虐に満ちた笑い。
それが室内に反響する。
「えっ。ちょっと、あなたたち?」
「喰う。喰う。食べる。食べる」
「あははは。わたしは魔物奏者ッ、わたしはこの力で上にいく!!」
「りりり。理性が飛んじゃってる!?」
焦る、パンドラ。
「ルリちゃんとマリちゃんッ、あの二人を正気に戻してよ!!」
「だめ」
「ふっふっふ。死ねばいいんだよ、あんな奴ら」
「あわわわ」
「仕方ないですわね。ここはひとつわたくしが」
「な、なにか手はあるの?」
「はやくあのお二人方を楽にしてさしあげましょう」
「ひ、ひぃ。みんなの理性は何処に」
頭を抱え、震えるパンドラ。
そこに、声が割り込む。
「もッ、もうやめてください!!」
その声。
それに、五人の理性が元に戻る。
「も、もう。やめてあげてください」
震えるクレアの声。
それに五人は勢いを無くし、正気になる。
「ご、ごめん」
「ごめんなさい」
ルリとマリは俯き。
「く、くうーん」
人狼少女はシルビアを解放し、その傷口をぺろぺろと優しく舐め。
「ウーズ、終わり」
カレンはウーズへの命を解き、「大丈夫? 立てる?」そう言ってリリを心配し。
「申し訳ありません。わたくしとしたことが」
マリアはクレアに頭を下げ、シルビアとリリに治癒魔法をかける。
「大丈夫。ですか?」
涙を堪え、シルビアとリリに微笑むクレア。
そのクレアを二人は見つめた。
その二人のクレアの見つめる目。
そこに宿るのは温かな光。
その光。
それは、人の優しさ。それにはじめて触れた者の感情の発露に他ならなかった。




