はじまり
鍛錬士。
それは、レベル上げのエキスパート。
経験値効率を考え、バランス良くパーティーを強くする職のひとつ。
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「もう、鍛錬士はいらねぇ。俺たちは十分強くなった」
「そうね。勇者の言う通りよ」
「今の今までよく我慢したもんだな、俺たち。レベル50くらいの時から邪魔だったもんな」
「うん。はやくこのパーティーから出てけ」
「鍛錬と雑魚魔法しか使えない奴なんていらない」
夜遅く。
宿屋の一室。
そこで、鍛錬術士のアレクはパーティーの面々から解雇通告ならぬ罵詈雑言を浴びせられていた。
アレクの顔に滲むは汗。
いつもなら「悪い冗談はやめてくれ」と言い、笑って流していたアレク。
だが、今日のこの状況は紛れもなく本気。
「アレク。出てけ」
「わたしたち。明日も早い」
双子の天才魔法使いのルリとマリ。
そのアレクを見上げる赤と青の瞳には蔑みの光が宿っていた。
「出てけ」
「出てけ。アレク」
「ほら、宿代が最期の餞別」
「受けとれ、役立たず」
言葉とともに、チャリンと音をたて床に放り投げられる金色の硬貨。
そして続く――
「おい、アレク。いつまでその間抜け面を晒すつもりだ? さっさとこの部屋から出てけよ。てめぇはもう、俺たちの仲間じゃねぇんだからな」
「鍛錬士としてあんたを拾ったことが勇者の最大のミスだったわね。まっ、それも最初の頃は役にたったけど。まっ、今は役たたずの無能だけどね」
「アレク、はやくしろって」
厭らしく笑う、面々。
曰く――
勇者。
聖女。
拳闘士。
拳を固め、アレクは自身の思いを語ろうとした。
だが、アレクが口を開こうとした瞬間。
「聞きたくもねぇ戯れ言をほざいてみろよ、アレク。この場でぶち殺すぞ」
勇者。
そのアレクを見つめる目に殺意が宿る。
そしてカイトに続く聖女の声。
「アレク。これ以上、わたしたちに迷惑をかけないでくれる? わかる? 迷惑なの、あんたのその態度」
「迷惑」
「アレク、邪魔」
ルリとマリはアレクを指差し、ケラケラと笑う。
アレクはその面々のオーラに気圧され――
「……っ」
思いを圧し殺し、床に散らばった硬貨を拾おうとした。
そのアレクの背に振り下ろされる、カイトの足。
そして響く、盛大な嗤い声。
アレクはしかし、屈辱を耐え硬貨を拾い立ち上がる。
そして――
部屋を後にしようとした。
その背に。
「あぁ、そうだ。最後に土産をやるぜ、アレク」
勇者の声がかかる。
アレクは足を止め、聞いてしまう。
「明日、お前を勇者のこの俺が正式に最弱と認定してやる。ギルド本部を通じ、全世界にな。良かったな、アレク。これでお前はどこに行っても最弱だ」
勇者の発言。
それは、この世界では絶大な影響力を持つ。
そんな世界で勇者に「最弱」と認定されてしまえば、どこに行っても最弱と認識されてしまう。
言うなれば、名前の前に最弱とつけられるようなもの。
アレクはしかし、声を発することなく部屋を後にした。
その心は、悔しさと情けなさで詰まり今にも涙がこぼれそうだった。
部屋を出、階段を降りるアレク。
その拳は強く握りしめられ。
その心には“どんなモノでもレベル9999”という名の言葉が、鮮明に克明に浮かび上がっていた。