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属性検査

「アリーチェ!」

「ルクレツィオ兄様?」


 先生に庭で剣術を教えてもらっていると、ルクレツィオ兄様がにこにこと微笑みながら近寄ってきて、先生を下がらせる。私は邪魔をされたことに、少しむっとして兄様を睨んだ。


「なんなのですか、兄様? 私、今忙しいのです。お話なら手短に」

「今日、イヴァーノが来るから仕度をしておくんだよ」

「え?」


 また……?

 殿下と会って数日は眠れない日々が続いて、最近ようやく落ち着きを取り戻してきたのに……。


 怖い……。


 背筋に嫌な汗がつたい、つい後ろに下がってしまう。すると、兄様がずいっと一歩つめてきた。



「アリーチェ、そんなに怯えなくても大丈夫だよ」

「兄様……。私、今日はお勉強の予定がたくさんあるのです。だから……ご辞退したいのですけれど駄目ですか?」

「その気持ちは分かるけどね。でも辞退は無理かな」

「そうですか……」


 ルクレツィオ兄様がよしよしと頭を撫でて、ぎゅうっと抱き締めてくれる。そして、「大丈夫。僕もちゃんと側についているから」と言ってくれた。


 その腕のあたたかさに、兄様にぎゅっと抱きつく。


「……あの、兄様。できれば、次から殿下とは王宮で遊んでくださると私嬉しいです」

「それは僕も思うよ。いつものように王子宮で会おうって言ってるのに、聞いてくれないんだよ。一体どういうつもりなのか、僕もはかりかねているところかな。でも、大丈夫だよ。絶対に怖い思いはさせないから」

「兄様……」


 兄様も殿下の行動に困っているのね。そうよね、以前は我が家に訪ねてくるなんてことなかったのに……。


 宥めるように背中をさすってくれる兄様に不安が口をつく。



「私、王族の方の前で失敗をすると思うと怖いです……」

「大丈夫。勝手に来てるのはあっちだし、絶対に文句はつけさせないから」

「また殿下と言ったな?」

「ひゃっ!?」


 突然背後から肩をポンと叩かれて、素っ頓狂な声を出して飛び上がってしまう。おそるおそる振り返ると、殿下が微笑みながら立っていた。


 その笑顔をとても恐ろしく感じるのは、私だけだろうか?


「兄として慕ってくれと言っただろう? そのようなことは考えなくともよい。それとも其方の失敗くらいで怒る小さな男に見えるのか?」

「い、いえ……その殿下……」

「アリーチェ」

「あ……申し訳ございません。イヴァーノ兄様……」


 慌てて頭を下げた瞬間、溜息が聞こえて体がびくっと跳ねる。恐ろしさで震えている左手を取り、腰を抱かれてしまう。そして耳元で「今日は罰二回だな」と囁かれた。


 その囁きに体がわななく。



「え? で、でも……。申し訳ございません、私……」

「駄目だ、許さぬ」

「きゃっ、待って、待ってください。駄目です。剣術の鍛錬をしていて汗を、っ!?」


 殿下は私の制止を聞いてくれず、私の手の甲に口付ける。

 彼の行動に、正直パニックだ。私が彼から目を離せないでいると、私の手から顔を上げて不敵に笑う。


「それともアリーチェは、わざとやっているのか? 私にこうされたい……とか?」

「~~~っ、ち、違います!」


 そう言って、次は手のひらにちゅっと口付けられた。彼の唇が触れたところから全身の血が沸騰してしまいそうで、慌てて手を引く。そして胸元に引き寄せ、自分の手をぎゅっと握りしめた。


 本当にどうしたの? 一体、何が起きているの? 怖い……。彼は私を始末するために、はめようとしているのだろうか。


 悪い考えばかりが頭をよぎって、俯き唇を噛む。


「イヴァーノ。アリーチェを困らせるのはやめてくれる?」

「うるさい、ルクレツィオ。ただの冗談だ。ほら、アリーチェも気を楽にしろ。其方は私にとっても可愛い妹なのだ。何も考えずに、ライモンドやルクレツィオ同様、慕って甘えてくれ」


 殿下がそう言って、私の頭を撫でる。その表情も声も優しく甘やかだ。私は殿下の真意が分からなくて、彼の顔をジッと見つめた。



「ん? どうした?」

「いえ、なんでもありません」


 殿下、それは本心ですか?

 だって、私は汚らわしい人質の娘でしょう?


 この人は任務を遂行するためなら、きっと何でもするだろう。だから絶対に勘違いしちゃ駄目。やり直したって、私と殿下の関係は変わらない。


 気を抜いてはいけないわ、アリーチェ。



「ねぇ、イヴァーノ。アリーチェと触れ合うために来たんじゃないんでしょう? そろそろ本題に移ってよ」

「ああ、そうだな。では、アリーチェ」

「は、はい!」


 焦れたようなルクレツィオ兄様の声に、殿下が私の名を呼ぶ。その声にハッとして背筋を正して返事をすると、殿下が懐から水晶玉を取り出し、私の前に差し出した。


 それはきらきらと輝いていて、とても美しい水晶玉だった。思わず、「綺麗……」と感嘆の声が漏れる。



「これは学院に入学する際、皆の属性を検査するためのものだ。今日は特別に皆よりも早く己の属性を知ってみたいと思わぬか?」

「属性検査……」


 殿下の言葉に、以前の記憶がちょこんと顔を出した。


 そういえば、あった。あったわ。

 でも、私は皆と同じところに集められて、まるで格付けをされるような行為が嫌でたまらなかった。


 その上、もしも皆より属性が低かったら立場がない。そう思った私は、あの時……。


『私は、こんな検査をしたくありませんわ』

『ですが、公女様。この検査は絶対なのです。拒否は許されません』

『このように私を下の者と集めて格付けようだなんて、無礼だとは思わないの!? 私は絶対に嫌です!』

『ですが……』

『しつこいわ! 貴方、カンディアーノ家の公女である私の属性が少ないとでも言いたいの?』



 あぁー、最低。本当に最低だ、私。


 私は過去を思い出して、自分自身を殴りたい衝動に駆られた。……確か、あの時王族の方に確認に行かれて、好きにしろと言われたのよね。


 学院にいた王族って、絶対に殿下よね。

 あの時から、すでに痴れ者の烙印を押されていたんだろうな。


 私はがっくりと項垂れ、どでかい溜息をついた。


「アリーチェ、どうしたの?」

「いえ。自分の愚かさ加減に辟易してしまっただけです」

「は?」

「いえ、なんでもありません! 属性検査、してみましょう!」


 ルクレツィオ兄様が訝しげな表情で首を傾げたので、私は誤魔化すように兄様の腕を掴んで叫んだ。



「では、あちらのガゼボで検査をしよう」

「はい」


 中庭のガゼボへと場を移し、殿下がテーブルの中央に水晶玉を置いた。その水晶玉に、小さく息を呑む。


 私の属性って、どれくらいあるんだろう。

 三属性くらいが妥当かしら。でも、一つしかなかったらどうしよう……。


「検査の前に、まず水晶玉が示す色と属性について説明しよう」


 すると、殿下がゆっくりと話し始めた。


「青は水の属性を表し、癒しや洗浄。ほかには物を凍らせるなどの力がある。そして赤は火の属性だ。力強い炎を操ることができ、魔力の差にはよるが水属性の者が凍らせたものを溶かすことができる」

「確か七色あるんだよね?」

「ああ。黄は風の属性を表し、防御や速さなど、風や大気を操るのを得意とする。緑は木の属性を表し、植物の息吹きを再生する能力を持ち、自然界の力を操る能力にも長ける。そして白は土の属性を表し、ほかのどの属性とも相性がいい。サポート役として最適だ。まあ土の属性は何かとセットで持っている者が多いな。ほかの属性の能力の底上げができるが、単体では何もできぬ」


 殿下の言葉に何度もこくこくと頷く。


 これで五色か……。

 確か全属性の者は滅多にいないらしいので、この五つの属性だけを覚えておけばいいかしら?


 私が腕を組みながら水晶玉を眺めていると、殿下が「次の二つだが……」と言葉を続ける。

 

「ここから先はとても稀有な属性となる。水晶玉が指し示す紫は闇の属性を表し、安息と眠り、調和を司る。夢を介して、眠っている者の心に干渉できたりもするらしい。そして、金は光の属性を表し、回復、浄化、癒しなどを司る。つまり光の属性を持つ者のみが治癒魔法を扱えるということだ。この二つの属性は対となり、ほかの五つの属性すべてを抑え込むこともできる。ということで、アリーチェ。触ってみるがいい」

「駄目だよ。一番最初だとアリーチェが怖がるかもしれない。こういうことはまず年長者が手本を見せないと」

「……其方、もっともらしいことを言っているが、単に自分が先に触りたいだけであろう」


 殿下の呆れた声に、ルクレツィオ兄様が楽しそうに笑う。そして、躊躇なく水晶玉に触れた。


 記憶が確かなら兄様は五属性のはずだ。



「あ! 青、赤、黄、緑、白の五色に光ったよ」

「では、五属性だ。私と同じだな」

「イヴァーノは、もう検査をしたの? ずるくない?」

「王族は生まれた時に検査をするのが慣わしだ」


 皆、属性が多い。全属性なんて、滅多にないと聞くし、五属性ならほぼ全部あるようなものだと思う。

 この中で私一人少なかったら嫌だな。……ううん、そういう考え方が駄目なの。己の能力を見極め、それを伸ばす方法を考えなければ……。


 私は意を決して、水晶玉を見つめた。


「さあ、アリーチェ。触れてみるがよい」

「はい」


 おそるおそる水晶玉に触れると、突然カッと光り出し、水晶玉が眩い七色の光を放った。


 美しい光だけれど眩しくて目が開けていられない。


「七色だと!?」

「アリーチェが全属性とは、これはすごい。なるほど、だから僕の願いを聞き届けてくれたのか。これで得心がいったよ」

「ルクレツィオ兄様……」


 眩む目を開くと、ルクレツィオ兄様が何かを呟きながら、にやりと笑っている。その笑みと言葉の意味が分からなくて、兄様に問い質そうとした。でも、なぜかとても喜んでいる殿下に両手をぎゅっと握られてしまう。



「これは予想以上だ。でかしたぞ、アリーチェ。全属性は国の宝だ。誇れ」

「……で……あ……イヴァーノ兄様。嘘……」

「嘘ではない。水晶玉は決して間違えぬ。アリーチェ、其方は私にとっても国にとっても何物にも代え難い宝だ。私は間違ってはいなかった。アリーチェ、其方は我が国にとってなくてはならぬ存在となるだろう」

「殿下……本当に?」


 本当に私はイストリアにとって、なくてはならない存在になれるの? 自分自身の価値を示し、処刑される未来を回避できるの?


「殿下と呼ぶな。アリーチェ、兄様と呼びづらいならイヴァーノと呼んでくれても構わないのだぞ」

「い、いえ、そんな畏れ多い……」

「畏れ多いか……。何度言っても難しいようだな……。ふむ、アリーチェには全属性の力を伸ばすだけではなく、同時に自信も身につけさせねばならぬようだ」


 全属性という事実に驚いている私を抱き締めようとしてくる殿下から逃げるようにルクレツィオ兄様の背中に隠れる。


 隠れながら「申し訳ございません」と謝ると、殿下が手を伸ばして、私の頭を優しく撫でて微笑んでくれる。



「アリーチェ、其方はカンディアーノ家の公女として、全属性の力を持つ者として、もっと胸を張り、自信を持て。そのようにおどおどしていると、下の者がついて来ぬぞ」

「……はい」

「その意見には僕も賛成だな。アリーチェは怯えすぎる。もう少し尊大にわがままに振る舞ったほうが可愛いよ」

「……ルクレツィオの言い分には同意できぬが、自信は必要だ。それとも自信を持てない理由でもあるのか? 何か心配事や憂いがあるなら、言ってみろ。私が取り除いてやる」

「…………」


 言えるわけがない。

 というか、優しくしないで。この殿下は違う殿下なのだと勘違いしてしまいそうになる。これは全て殿下の作戦なのに、騙されちゃ駄目なのに、不安な想いを吐き出してしまいたくなる。


 この殿下なら、それでも態度を変えないのではないかと期待してしまいそうになる。こんな試すような焦れったい関係ではなく、明確に敵だと示してくれたほうが楽なのに……。


「アリーチェに自信がなくなったのは兄上のせいだよ。いつもいつもガミガミ口うるさいから。あれでまだ学生なんて……やだやだ。イヴァーノが王になった時、あれが宰相なんて大変だよ。胃に穴があきそう。気をつけるんだよ」

「……ライモンドはそんなにも厳しいのか?」

「厳しいなんてものじゃないよ。人の心を捨てた鬼だよ、鬼」

「そ、そんなことありません!!」


 ルクレツィオ兄様のあまりの言い様に、私は慌てて否定した。そりゃあ、私だってやり直す前はそう思っていた。


 でも、今は違う。ライモンド兄様がちゃんと周りのことを考えて、己を厳しく律している方だということを私は知っている。それに私のことをちゃんと大切に想ってくれていることも分かっている。


「ライモンド兄様は優しいです。私に、たくさん色々なことを教えてくれます。ライモンド兄様が厳しく感じるのは、ルクレツィオ兄様がちゃんとしていないからです」

「言ったね、アリーチェ」

「え?」


 その後、ルクレツィオ兄様に押さえつえられ、お尻を叩かれそうになったけど、殿下がすぐに助けてくれた。


「ルクレツィオ! レディーに何ということをするのだ!」

「躾だよ。し・つ・け」

「図星をつかれたからと言って、アリーチェに当たるな。今後、アリーチェに対しそのように手をあげることは許さぬ」


 殿下が私を背に隠しながらそう言ってくれたので、私は頼もしい殿下の背中をじっと見つめた。


 死ぬ間際、痛みで縋りついた時は表情すら変えなかったけれど、今の殿下は――今の殿下ならきっと……私が縋りついても、優しく微笑み、手を伸ばしてくれそうだ。


 もし、やり直したことによって、全てが変わってきているなら、殿下の心もまた変わったのだろうか。


 ううん、駄目。変な期待は命取りだ。

 しっかりするのよ、アリーチェ。私は人質。私に全属性の力があるというなら、私はその力を伸ばしていかなければならない。変な期待をしている場合ではないわ。

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