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やり直したい傲慢令嬢は、自分を殺した王子に二度目の人生で溺愛される  作者: Adria


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奪還に向けて(首座司教視点)

 ルチャーナ姫だけが戻りアリーチェから通信が途切れて、すでに一週間が経つ。切れる直後の様子からして、アリーチェが大怪我を負っているのは明白。もはや一日たりとも猶予がない。


 一部の大臣達や王宮騎士団を抱き込み、着実に現王を退位させる準備を進める殿下とアリーチェの父、ヴィターレ・カンディアーノ宰相を見て、私は深い溜息をついた。


 時間がかかりすぎる。

 それに、王位を簒奪すれば国内が乱れてしまう。今の現状で、それは望ましくない。


 私が考えを巡らせていると、背後で奇妙な笑い声が聞こえてくる。その笑い声に溜息をつきながら振り返ると、イレーニアと目が合った。



「イレーニア、遅すぎるぞ。私が呼び出して何日経っていると思っているのだ」

「うるさいねぇ。ちゃんと来てやったのだから、そう目くじらを立てるんじゃないよ。まあでも、アナクレトゥスがあの愚王を引きずり下ろす気になってくれて、私は嬉しいよ」


 イレーニアを睨みつけても、こちらの焦りなど気にかけていないように、くつくつと笑っている。私は大仰な溜息をついて、早々に睨むのをやめた。



 イレーニアとの仲違いの原因――それはイレーニアが現王を嫌い、私に王となることを望んだからだ。かつて王と首座司教の役割は一つだった。それが分かれてから、イレーニアはずっと不満だったという。正しき形に戻したいイレーニアと、気ままな神殿生活を邪魔されたくない私とで言い合いになってしまい、それから久しく会っていなかったのだ。


 といっても、イレーニアの気配はずっと感じていたので、近くで見守っているのは分かっていたのだが。



「ルクレツィオ、どうしたんだい? あの時のように死人のような顔をしているじゃないか」


 イレーニア?


 イレーニアがアリーチェの兄に近寄ったことで、飛んでいた思考が戻ってくる。まるで知り合いのような態度に、私だけでなくその場にいる皆がざわついた。


 ルクレツィオを知っているのか……。


「イレーニア殿。アリーチェは助かるんだよね? もう一度なんて僕はごめんだよ。今度こそ、アリーチェは幸せになれるんだよね?」

「ひひひ。アリーチェは思いのほか、よくやってくれたから私としては満足さ。これでそう遠くない未来に、私が望む正しき形へと戻るだろう。お前と私の利害が一致したのだから、アリーチェは大丈夫さ」

「なら、いいんだけど……」


 もう一度? 利害の一致?

 まさかイレーニアは全属性の者を王としたいがために、ルクレツィオと何らかの交渉をしたのか?


 ルクレツィオが安堵の息を吐いて椅子に座り込んだのを見ながら、私がイレーニアに、殿下とカンディアーノ宰相がルクレツィオに、「どういうことだ?」と問いかける。すると、二人は「さあね」と笑った。


 取引内容を言う気がない二人に嘆息しつつ、イレーニアの腕を引っ張ると彼女は不機嫌そうに顔を(しか)めた。


「イレーニア。王と首座司教の役割りが分かれているからといって、この国は揺るがん。そもそも全属性は、血筋によって影響するわけではないのだ。役割りが分かれるのは仕方がないことだと、そろそろ諦めろ」

「うるさいねぇ。それより、いいのかい? こんなところで作戦会議をしているより王宮の警備をもっと強化したほうがいいと、私は思うんだけどねぇ」

「どういう意味だ?」


 イレーニアの言葉に眉を寄せる。その瞬間、騎士が一人、血相を変えて執務室に飛び込んできた。



「大変です、殿下! 十数名の賊が王宮に侵入し、己が身と共に爆発したそうです! 今、王宮は大惨事です!」

「何!?」


 その言葉に愕然とすると、イレーニアが「ほらね」と笑う。




 その後、アリーチェがたくさん作っていた上級ポーションを持って王宮へと向かうと、そこはまさに地獄絵図だった。

 近衛兵や騎士、巻き込まれた大臣達の死体や怪我をした者達が座り込み、呻いている。


 結界の隙をつかれたか。これでは結界の意味がない。至急、見直さねば……。


「思ったより被害が少ないねぇ」

「誰か、これへ。報告を」


 興味深げに観察しているイレーニアを放置し、殿下と共に軽症の者に報告を求める。すると、カンディアーノ宰相が血相を変えてある男のもとに駆け寄った。


 そこにはアリーチェの兄、ライモンドが倒れていた。


「ライモンド!」

「兄上!」


 これはまずい……!


 駆け寄る殿下やカンディアーノ宰相、ルクレツィオの後ろ姿を見ながら、私はイレーニアの腕を掴んだ。


「いけないよ、アナクレトゥス」

「其方なら、ここにいる者達を瞬時に治せるだろう? あのような薬などいらんはずだ」

「それは駄目さ。そもそも、聖獣は人の死に関与できない。この手で生き返らせることはできないのさ。だから薬を作って授けてやっただろう。これが私のできる限界だよ。あとは、人間達の力でなんとかしな」


 イレーニアの言葉を呑み込み、ライモンドに駆け寄る。だが、もう息をしていなかった。


 ……。死者が出るのは分かっていたが、ライモンドだったとは。ここにアリーチェがいなくて良かったのかもしれんな。いたら、到底平静さは保てないだろう。


 私は小さく息を吐いて、水色の薬をライモンドの体に投与した。



「これでよい。ほかにも同様の者がいれば、これを投与しなさい。但し、心臓が止まって三十分以内で、脳が損傷していない者だけだ。それから、瀕死の者にはこの橙色の薬を飲ませろ。子供や大人でもティースプーン一杯が適量だ、過ぎぬように気をつけなさい。そしてこの薬草を浸した聖水の点滴準備を始めてくれ」


 私は神殿から連れてきた神官と神子達にそう指示を出しながら、薬を必要とせぬ者に治癒魔法をかけていき、自分で動ける者にはアリーチェが作ったポーションを渡していく。


 治癒魔法やポーション、イレーニアの薬があるので、大事にはならん。だが、まさか我が身を爆発させるとはな。



「アナクレトゥス、すまぬ。治癒魔法は大きな魔力を使うとアリーチェから聞いたことがある。負担はないか?」

「大丈夫です。この程度では魔力切れなど起こしません」

「そうか。なら、よいのだが……。アナクレトゥス、調査をして分かったのだが、賊は百年前に使用を禁じられた魔力増幅装置を使い、己の魔力を限界まで高め爆発したそうだ。その時に、ライモンドが父上を庇ったらしい……」


 皆の治療の目処がつき、ひと段落ついた頃、殿下が私にアリーチェが作った試作段階の、疲労回復のみに特化したポーションを渡してくる。悔しそうに顔を歪ませる彼から、ポーションを受け取り、ベッドで眠る皆に視線を移す。


 この襲撃に巻き込まれた多くの者はイレーニアの薬により助かったが、そういう問題ではないのだ。臣下に守らせ、今もどこか安全な場所に隠れている。あのような王たる資質のない男を守って、未来ある若者が犠牲となる。


 そのようなことあってはならぬのだ。



「殿下。陛下はどこですか?」

「この惨状に怯え、隠し部屋の中に隠れているらしい。引きずり出すか?」

「……そうですな」


 殿下のうんざりした声に頷くと、殿下はルクレツィオ含め数人の騎士とカンディアーノ宰相。それからイレーニアを伴い、隠し通路へと向かう。


 王宮は有事の際に、隠し通路でイストリア神殿と繋がっている。その隠し通路には、身を隠す部屋もあると聞いてはいたが、まさか王たる者が起きた事件の調査や解決にあたらずに引き篭もるとは。


 もうあの王は駄目だな。

 強引な王位の交代は国を乱すなどと言っておられぬ。あれが王座に就いているほうが、余程国のためにはならん。



「殿下、人目のつかぬ広い部屋などに引きずり出してください」

「承知した」


 隠し通路は王宮の至るところに通じているので、皆に気づかれずに手頃な場所に引きずり出せるだろう。

 殿下が指定した舞踏会用の広間の扉の前に、数人の騎士達を配置し、私達は広間から隠し通路へ入った。



「離せ、無礼者!」


 殿下とルクレツィオにより、隠し部屋から広間に引っ張り出された愚王を冷ややかに見下ろす。


 イレーニアは「情けないねぇ」と不満そうだ。


「この襲撃。そして人質としての役目を担っているはずのアリーチェが、コスピラトーレに囚われている。この意味が分かるか? これはそもそも其方が宗主国としての役目を放棄し、藩属国であるコスピラトーレの好きなようにさせたがゆえだ。責任を取り、王座をおりろ」

「うるさい! 人質の姫など、どうなっても構わぬではないか! 最後にルチャーナを取り戻す働きをしたのだ。それだけで充分だ。あとはコスピラトーレと共に沈めばよい」

「父上、こういう事態になってもまだそのようなことを言うのですか……」

「イヴァーノ。アリーチェ以上の美姫など星の数ほどいる。あとで、好きな者を選べばよいだけの話だろう。何が気に入らぬのだ?」


 ……この男はもう王ではない。

 今のやり取りで剣を抜く殿下とルクレツィオを制し、イレーニアに「やれ」と声をかける。すると、彼女は「面白くなってきたねぇ」と楽しそうに笑った。


「イストリア王よ。我は聖獣として、お前を王とは認めぬ」


 その言葉と共に、先ほどの見た目からは想像もつかないほどの神々しい光がイレーニアを包む。

 広間いっぱいに光が満ち、そしてその光が落ち着いた頃、イレーニアの姿はイストリアの紋章と同じ有翼の獅子へと変わっていた。



「これが、イレーニア殿の本当の姿……。まさしく建国神話のとおりではないか」

「そうだ。イレーニアこそ、原初より我が国を守護する聖獣。そのイレーニアが認めぬと言った王は、その資格を失う。さあ、退位してもらおうか」

 

 広間の天井近くまで大きくなったイレーニアは慌てて逃げようとする愚王を前足で捕らえ、咆哮する。そのイレーニアに、愚か者は「ひっ」と小さく声を漏らした。そこには王としての威厳は微塵もない。


「情けないねぇ。私は痴れ者は嫌いだよ。王ならば、仕える者の命を粗末にするんじゃないよ。そこに住まう者や国土のことを、もっと考えな」

「陛下、御退位を。幸い、この騒ぎで貴方が逃げたことは誰にも知られていません。この襲撃により怪我を負い、イヴァーノ殿下に王位を譲るということにすれば、御名に傷がつきません。この書面にサインをいただきたい」


 カンディアーノ宰相がイレーニアの前足に踏まれている愚王の前に膝をつき、書類を差し出す。そして、懐に隠すように持っていた玉璽を奪い取った。


 治療にあたっている間、姿が見えんと思ったが、なるほど大臣達とこの件を相談していたのだな。確かに、それならば武力による簒奪とは違い、平穏に交代ができる。


 このような愚王でも、カンディアーノ宰相には長年仕えてきた情があり、治世に傷をつけたくはないのだろう。


「だ、だが、イヴァーノはまだ十六歳だ。我が国では、ノービレ学院卒業と共に立太子式を行なうのが慣例となっている。まだ王太子にもなっていないイヴァーノが王になどなれるものか」

「父上。何事にも特例というものがあります。幸い、こちらにはヴィターレ達、優秀な大臣が味方についてくれています。父上は何も気にすることなく、休養されればいい」

「イヴァーノ」


 冷たい表情と声で言い放った殿下に硬直する愚王を見下ろしながら、イレーニアは満足そうに笑い、その姿を老婆へと戻した。そして、愚王の頭を掴む。


「お前はもういらないよ。命が終えるその時まで眠っていればいい」

「やめろ! やめてくれ!」


 悲痛な声と共にイレーニアが笑った瞬間、愚王は深い眠りについた。それと同時にばんっと扉が大きく開け放たれる。



「イヴァーノ! 辺境伯領に行って、国境警備軍をまとめてきたわ。コスピラトーレを囲むように兵を配置させたので、今すぐ突入できるわよ! もう狸なんて放っておいて、今すぐアリーチェを助けに行きなさい!」

「母上!?」


 突如、広間に飛び込んできた王妃に一瞬時が止まる。彼女は早馬を飛ばして戻ってきたのか、言いたいことを言ったあと、その場に倒れ込んだ。


 そういえば、彼女は先代の辺境伯の息女であり、現辺境伯の姉だった。アリーチェが囚われた次の日から、王宮にいないとは思っていたが、秘密裏に辺境伯を説得に行っていたのか……。

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