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やり直したい傲慢令嬢は、自分を殺した王子に二度目の人生で溺愛される  作者: Adria


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コスピラトーレ王

「うう……イヴァーノ、鬼司教……ごめんなさっ、ごめんなさい、っ!?」


 うなされて目を覚ますと、私はとても豪奢な広い部屋にいた。


 ここ、どこかしら……? 牢ではなさそう。貴賓室?

 ぼんやりと煌びやかな天蓋を数秒見つめ、自分の左手に視線を移す。突き刺された左手首には包帯が巻かれていた。


 鬼司教がつけてくれたブレスレットはもうない。



「二人の言うことを聞かなくてごめんなさい」


 ぽつりと後悔の言葉がもれる。


 早く帰らないと……。帰りたい。

 そう思い、ベッドから体を起こして寝具をめくる。すると、爆発の時に怪我をした足が視界に入った。両足とも足首から脹脛にかけて包帯が巻かれている。


 手を伸ばして、怪我の状態を確認してみると、思ったより傷が深いことが分かった。走って逃げるのは難しそうだ。

 鎖に繋がれたりしていないところを見ると、敵もこの怪我では私が逃げられないと思っているのだろう。


 私は諦め気味に溜息をついた。そして視線を窓のほうに向ける。


 すっかり暗くなっている。一体どれくらいの時間が経ったのだろうか。私はどれくらい眠っていたの?


 思った以上に経っている時間に、私は右手で胸元をぎゅっと握った。


 後悔と情けなさ、焦り。そして悔しくてたまらない思いがぐるぐると頭の中を巡る。何かが胸のあたりに引っかかって苦しい。


 迂闊だった。鬼司教達の言うとおり、二人の治癒よりもイストリアに戻ることを優先していれば良かった。私はどこかで、転移できるなら絶対に大丈夫だと自分の能力を過信していたんだ。


「どうしたら……」


 部屋をぐるりと見回す。

 出入り口は一つ。おそらくあの扉の向こうには見張りの兵がいるだろう。窓はあるものの、この怪我では窓から逃げることは不可能だ。


 せめて持ってきたポーションが手に入ればいいんだけれど。

 でも王妃は『イストリアの物は汚いからすべて処分したい』と言った。おそらく捨てられてしまっているだろう。


 どうしよう。

 今頃、皆心配しているわよね……。魔石で声と映像をギリギリまで届けられていたから、私が裏切ってこちらに残ったとは陛下も思わないだろうけど。


 でもきっと助けは来ない。陛下が私一人を助けるために、軍を動かしてくれる可能性は万に一つもないだろう。ならば、なんとかして自力で逃げる道を探さないと……。


 そのためにまずどうするか。考えるのよ、アリーチェ。


 ぐっと寝具を掴む。

 私は初動からずっと失敗ばかりをしている。唯一の成功はルチャーナ様達をイストリアへ送れたことだけ。


「本当なら転移できる隙がないと分かった時点で、王妃を刺激してはいけなかったのよね」


 失敗した。あれで敵認定されてしまった……。これから私にはたくさんの見張りがつくだろう。このような豪奢な部屋が充てがわれているところをみるに、実の娘として扱う気はまだありそうだけれど。


 どうしよう。どうしたら……。


 私はベッドから足をおろし、立とうとしてみた。でも激痛が走って、今はまだ普通に立つことすら難しそうだ。


「やっぱり、この状態で戦うのは無理ね……」


 ならば、どうするか。

 私はベッドに座ったまま、顎に手を当てて考えを巡らせた。


 屈辱だけれど、屈したふりをして、敵の油断を誘う? 油断させることができれば、王女として扱われるかもしれない。そうしたら、この首輪も外してもらえて、逃げる隙が生まれるかしら?


 考えが甘いかもしれないが、どのみち今は戦えないし逃げられないのだ。相手を無闇に刺激して殺されてしまったら元も子もない。

 屈辱でも今は自分を曲げて、演技をするべきだろう。


 私は何度も深呼吸をして覚悟を決めた。これは逃げるために必要なこと。頑張るのよ、私。


 左手の薬指に視線を落として、「イヴァーノ……」と小さな声で名を呼ぶ。私の薬指にはもう指輪がついていなかった。きっと捨てられてしまったのだろう。


 ぐっと唇を噛む。


 イヴァーノにもらった指輪も捨てられた。

 悔しくて悔しくてたまらない。


 ぶわっと涙があふれてきて、私は枕に顔をうずめた。



「イヴァーノ、ごめんなさい。ごめん、なさっ……」


 泣いたって仕方がないのに、涙が止まらない。一度でも愛しい人の名を口にすると、不安が堰をきったように押し寄せてくる。


 今だけ。泣くのは今だけだ。

 次泣くのはイヴァーノの腕の中に帰れた時にするから……。このあとは自分を押し殺して笑うから、今だけはイストリアにいる家族と愛しい人、そして鬼司教や神殿の皆を想って泣くことを許してほしい。




「入るよ」

 

 私が枕に顔を突っ伏して泣いていると、部屋の扉が開いた。顔を上げると、一人の男が入ってくる。


 その男は、ゆったりとした足取りで部屋に入り、ベッドに腰掛けた。


 私が息を殺して男を見つめていると、彼が「可哀想に」と言いながら、私を見つめる。そして目が合った。



「オフェーリアが無茶をするから、傷だらけではないか。痛かっただろう? 大丈夫か?」

「……オフェーリア?」

「君の母の名だ。そして、私はジュスティニアーノ。君の父だ」


 ということは、この人がコスピラトーレ王!?

 王太子とあまり似ていない。王太子の影を背負った暗い感じとは違い、この人は柔和で明るい印象だ。


 この優しそうな人がフラーヴィア様のお子達を殺し、先代の王に剣を向けたの?


 私が訝しげに見ていると、コスピラトーレ王は私の髪に触れた。そしてゆるやかに毛先まで指先を滑らせる。その時に、自分の黒髪が視界に入った。


 髪の色、戻っちゃったんだ……。私の中の魔力が封じられているから戻ったのか、故意に戻されたのか、どっちなんだろう。

 ぼんやりとそんなことを考えながら、自分の毛先を見つめた。



「どうだい? 反省したか? 躾とはいえ少々乱暴だったとは思うが、アリーチェも悪かったことは分かっているかい?」

「……はい。大変申し訳ございませんでした」


 出た声は思った以上に震えていた。

 私は震える唇をぎゅっと噛み締めながら、頭を下げた。すると、コスピラトーレ王が満足そうに笑う。



「どうやら真の愚か者ではないようだ。良かった。……ふむ。アリーチェは若い時のオフェーリアによく似ているな。サヴェーリオの妃にと考えていたが、私の側室に迎えてもよいな」

「……は、い?」


 突然言われた意味の分からない言葉に眉を寄せ、顔を上げる。


 この人は何を言っているの?


「陛下? 私達は親子なのですよね? そ、それに、サヴェーリオ殿下は実の……」

「それがどうしたというのだ。イストリアでは近親婚は認められていないが、我が国では別に禁じていない。己が欲しいと思えば、妹だろうが我が子だろうが関係ない」


 コスピラトーレ王は私の驚いた視線を鼻で笑い、私の頬に手を滑らせた。その手の生温かさにぞわっとする。


「わ、私は近親婚なんてできませ、っ!」


 頬に触れる手から逃げたくて体を少し引くと、ぱんっと乾いた音がした。左頬に痛みが走り、口の中に血の味が広がっていく。


 頬を打たれたのだと気づいて、自分の左頬を押さえ、コスピラトーレ王を見た。彼は少し不機嫌な表情で私を見ている。


 怖い……。

 目の前にいる人は血を分けた親なんかではない。正真正銘、自分に害をなす敵だ。



「アリーチェもマルゲリータと同じようなことを言うのか? ならば、同じように処刑してもよいのだぞ」

「!? 処刑……?」


 そしてコスピラトーレ王は私の顔を力強く掴んで、顔を近づけた。息遣いが分かるくらい、近づいてくる顔が嫌で、ぎゅっと目を瞑る。すると、くすっと笑われて手が離され、体が少し離された。



「ああ、フラーヴィアが産んだ異母妹のマルゲリータを寝所に召してやろうとしていたのに、ディエゴが邪魔をしたのだ。せっかく可愛がってやろうというのに、愚かな反抗をするので、二人とも殺してやった。アリーチェは、そのような愚かな反抗はせぬな?」

「……フ、フラーヴィア様の産んだお子様達は、まだ幼かったはずです。陛下と年が大きく離れていましたよね?」


 幼い妹に乱暴しようとして、それを弟に止められたから殺したというの? 

 私は思わず知った内戦の理由に目を大きく見開く。あまりにも身勝手な理由に、怒りで体が震えた。


 私が驚愕の視線をコスピラトーレ王に向けると、彼は酷薄な目で私を見る。


「だから、なんだと言うのだ。マルゲリータは今のアリーチェくらいの年齢だったのだから、私の相手をするのに問題はないはずだが?」

「ま、まだ子供です」

「……何か問題があるか?」


 言葉が通じない。

 彼の見下した口調と態度に、自分以外の人間を道具のようにしか思っていないことがよく分かる。私は愕然とした。


 本当なら今すぐ切りかかってやりたい。

 でも魔法も使えない。武器もない。怪我をしていて、戦うことも不可能。

 悔しいけれど、ここは従うしかない。


「いえ、何も……」


 私は屈辱と怒りで震えながら小さく首を横に振る。でも、この震えを怯えからくるものだと判断しのか、「可愛いな。怯えているのか?」と、とても満足そうだ。


 気持ち悪い……。


「これから私好みに躾けていけば、そのうち従順にもなるだろう。オフェーリアは気が強すぎるからな。アリーチェはああはならないでくれ」


 コスピラトーレ王は「楽しみだ」と言って、喉の奥で軽快に笑う。その笑い声が耳障りに聞こえて、私は下を向いて、ぎゅっと寝具を握り込んだ。

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