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やり直したい傲慢令嬢は、自分を殺した王子に二度目の人生で溺愛される  作者: Adria


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コスピラトーレ王妃

「アリーチェ、このブレスレットは術者以外には外せん。なので、大丈夫だとは思うが壊さないように気をつけるのだぞ」

「アリーチェって、どこか抜けているから不安だわ。絶対に油断しちゃ駄目よ」


 あのあと準備のために神殿へ戻り、いつも腰につけているポーチに上級ポーションを補充していると、鬼司教と神子仲間達が何度も同じことを言ってくる。


 ……心配してくれるのは嬉しいんだけど、壊すなとか抜けているとか、何度も言われると複雑な気持ちになってくるから、そろそろやめてほしい。


 私は小さく溜息をついて、皆に向き直った。


「もう、皆ったら。心配しすぎです。もう少し私を信用してください」

「其方が楽観的すぎるのだ。可能なら、ルチャーナ姫の治癒は後回しにして、すぐに帰ってきなさい。帰ってくれば、どうとでもなる」

「わかりました……っ!」


 鬼司教の言葉に頷いたのと同時に、イヴァーノがぎゅっと抱きついてくる。



「イヴァーノ……」

「アリーチェ、やはりやめよう。不安でたまらぬのだ」


 そう言って私の首筋にすり寄る彼に向き合い、いつもしてくれているように私が彼の頭を撫でた。すると、彼が泣きそうな顔で微笑む。



「イヴァーノも、そんなに心配しないでください。三十分もしないうちに帰ってきます」

「嫌だ。アリーチェ……其方さえ許してくれるのなら、私は今すぐにでも父上を玉座から引きずりおろそう。そして、コスピラトーレへ攻め入ってやる。そもそも藩属国であるコスピラトーレなど、恐れる必要はないのだ。私は……」

「イヴァーノ、いけません。引きずりおろすなんて……冗談でも、そのようなことを言わないでください。たとえ王子でも罪に問われてしまいます」

「冗談ではない。アリーチェを伴侶に迎えたいと望んだ時から、念のためにその準備もしている。父上はああいう人なのでな」


 私の目を見据えて力強くそう言うイヴァーノに――イヴァーノの覚悟に、私はとても驚いた。


 でも、私はゆるやかに首を横に振る。

 それは駄目だ。私はイヴァーノに陛下と仲違いしてほしいわけじゃない。それに力で玉座を奪い取れば、そのことが原因でいつか足をすくわれるかもしれない。


 ノービレ学院を卒業すれば、成人と認められ、正式な王太子となれるのだ。私はイヴァーノに順当に華々しく王となってほしい。

 それに今進軍すれば、ルチャーナ様が殺されてしまうかもしれない。フラーヴィア様の持つルチャーナ様の安否が分かる魔石は、まだ輝きを失っていなかった。だから、きっとこの方法が最善なんだ。



「イヴァーノ。私は絶対に陛下に認めさせてみせます。ちゃんとルチャーナ様を連れて帰ってきて、正規軍の指揮権を得てみせます。だから、大船に乗った気持ちで待っていてください」


 私は自分の胸をどんっと叩いて、にこっと笑った。


 近衛兵と王宮騎士団から構成される国王直属の軍は正規軍と呼ばれ、イストリア軍の頂点に立つ。彼らの指揮をイヴァーノの婚約者として任せてもらえるなら、それはもう正式な妃として認められたようなものだ。


 私はイヴァーノや鬼司教に守られるだけじゃなく、自分の力で未来を切り開いてみせる。



「私はアリーチェに軍の指揮などさせたくないのだ。本来、王太子妃も王妃も戦場には立たぬ」

「イヴァーノ、観念してください。貴方が妃に選んだ女は普通じゃなく変わり者なんですよ。私は貴方を守る盾と剣になりたい。そんな王妃を目指します」

「……愚か者。頼むから戦で名を残すような英雄になどならないでくれ」


 イヴァーノの両頬を包むように手を添えてそう言うと、彼は困ったように笑った。そして、鬼司教達からは前例のない王妃になりそうだと呆れた目で見られてしまう。


 前例がないなら打ち立ててこそだ!


 私は皆の固い雰囲気が少し和んだところで、腰にポーチをつけ、「さあ、行きましょう!」と拳を握りしめた。



 ◆     ◇     ◆



「では、行ってきますね」

「私達はアナクレトゥスの魔法で、その魔石から様子を窺っている……。どうか気をつけてくれ」

「アリーチェ、くれぐれも無理はするな。一人で対処できんと感じた場合は、すぐにでも帰ってきなさい」

「はい」


 王宮に戻り、皆に挨拶をすると、イヴァーノと鬼司教がまた同じことを言った。そのことに苦笑していると、イヴァーノのお母様とフラーヴィア様が私の手を握る。


「危険な真似をさせてしまってごめんなさいね。コスピラトーレは私が嫁いでいた時とは大きく違うわ。くれぐれも油断しないように」

「はい」

「アリーチェ、なんとしてでも無事に帰ってきなさい。さすれば、あの狸にはもう何も言わせないわ」

「お義母様……。はい! 必ずルチャーナ様を連れて帰ってきます!」


 二人の言葉に力強く頷くと、二人がぎゅっと抱きしめてくれる。私はそのあたたかさを噛み締めながら、怖いのは少しの辛抱だと自分に言い聞かせた。


 大丈夫。ルチャーナ様を連れて帰ってくるだけ。間者の人からルチャーナ様が住まわせられている場所は確認済みだし、行って帰ってくるだけだ。必要なら治癒魔法を使えばいいし、それほど大きな怪我じゃないのなら、帰ってきてから治療すればいい。


 だから何も怖いことなんてない。


 私は何度か深呼吸をして、皆に頭を下げ、陛下に「行ってきます」と挨拶をした。けれど、陛下は先ほどフラーヴィア様達に顔を叩かれて機嫌が悪いのか、何も言ってくれない。


 とても機嫌が悪そうなので、これ以上は声をかけないほうがよさそうだ。私はそう判断して、イヴァーノに抱きつき、「行ってきます」と言ったあと、転移の魔法陣を描いた。


「destinazioneデスティナツィオーネ コスピラトーレ王宮、スフォルトゥーナの小屋」

「アリーチェ! 絶対に己が身を、命を、優先するのだぞ!」


 視界がぐにゃりと歪む瞬間、イヴァーノの声が聞こえた。返事をしたかったけれど、もう自分のいる場所が変わっていて、返事はできなかった。


 イヴァーノ、ごめんなさい。その返事は、無事に戻ってから自分の安否と共にするから。



「ここがコスピラトーレ……」


 きょろきょろと辺りを見回す。情報どおり、王宮の敷地の隅のほうにあり、手入れが行き届いていないのか、鬱蒼としている。目の前には王女が住んでいるとは思えないほどの荒ら屋があって、私はほっと胸を撫で下ろした。


 王宮に保管されているコスピラトーレの見取り図で確認しただけで、実際に来たことはなかったけれど、どうやらうまく転移ができたようだ。



「ここにルチャーナ様が……」


 こんな荒れた小屋に住まわされているなんて……。

 私は彼女が置かれている現状に胸が痛くなった。早く助けてあげなきゃと扉の前に駆け寄る。すると、血の臭いが鼻をついた。



「……っ」


 どうやら、瀕死というのは嘘ではないのかもしれない。私はごくりと生唾を呑み込んで、中の気配を探った。


 中には二人……くらいってところかしら? 大勢の人間の気配はなさそうね。良かった。

 一人はルチャーナ様よね? もう一人はフラーヴィア様が忍び込ませている間者、かしら? まさかコスピラトーレ王妃じゃないわよね?


 私は万が一のことを考えながら、手の中に剣を出して扉を開け、中へ飛びこんだ。


「!!」


 中へ入ったのと同時に飛び込んでくる惨状に目を見張る。そこには、ルチャーナ様と思わしき人と間者の人が血まみれで倒れていた。


 予測していたけれど、これはひどい……!



「大丈夫ですか!?」


 慌てて近寄り、声を掛けても返事はない。それどころか意識すらない。でも、その手にはフラーヴィア様が持っているものと同じ魔石が握りしめられていた。それを確認して、この方がルチャーナ様だと確信する。


 とてもひどいわ。手足が折られているし、顔も腫れ上がるくらいに殴られている。それに無数の刺し傷。それだけじゃない、日常的に暴力が振るわれていると分かる体中の痣。


 これを私の実母が……。


「最低……何が気に入らなかったのか知らないけれど、こんなひどいことをするなんて……」


 私は怒りと悔しさが込み上げてきて、唇を噛んだ。目頭が熱い。私はぐいっと浮かんできた涙を拭い、ルチャーナ様に治癒魔法をかけ、ポーションを飲ませた。呼吸が整ったことを確認して、胸を撫で下ろす。


「これでいいわ、少ししたら目覚めるでしょ……。あとは間者さんね」


 私は小さな息を吐き、彼に手をかざして治癒魔法をかけた。


 その瞬間、間者さんが「う……」と呻く。


「大丈夫ですか?」

「逃げろ……」

「もちろん分かっています。外傷だけでも治したら、すぐにでも一緒に逃げましょう……」

「罠、だ……」

「え?」


 罠……?


 その言葉を聞いた途端、背筋に嫌なものを感じてぞくりと震える。

 とても大勢がこちらに向かってくる気配がした。


「……っ、もう見つかったの?」


 早い、早すぎる。それとも間者さんの言うことが本当なら、最初からバレていたということ?



「申し訳ありませんが、残りの治療はイストリアでします。今は逃げることを優先しましょう」


 私は間者さんと、まだ意識が戻っていないルチャーナ様を壁に凭れかからせ、転移の魔法陣を描いた。


 早く、早くしないと……。


「きゃあっ!」


 その瞬間、大きな爆発が起こり、自分の体が飛んだ。


 痛い……。


 飛ばされて瓦礫の下敷きになってしまった体を少し起こしながら、ルチャーナ様達を確認する。


 凭れかからせていたのが良かったのか、どうやら二人は無事なようだ。転移の魔法陣もちゃんと描けている。私は安堵して、始動の呪文を唱えた。すると、二人が眩い光に包まれて、消えていく。


 これで大丈夫。

 私一人なら、すぐにでも転移できるもの。ああ、こんな時に無詠唱で転移できていたら、描く手間が省けたのに……。帰ったら、現実的じゃないとか言わないで、ちゃんと勉強しよう。


 私は瓦礫からずりずりと這い出て、先ほどの爆発で足に刺さった大きめな破片を引き抜いた。


「それにしても突然小屋に爆発物を投げ込むなんて、めちゃくちゃよ。治療はあとにして逃げなきゃ」


 独り言ちて、転移の魔法陣を描く。その瞬間、腕に縄が巻きつけられて、体を大きく引きずられた。


「きゃあっ!」

「あらあら、アリーチェ。おかえりなさい。スフォルトゥーナと引き換えに、貴方が手に入るなんて、今日はなんてよい日なのかしら」

「……!」


 しまった、魔法陣に夢中で気づけなかった。


 顔を上げて高笑いをする女性を睨みつける。すると、一瞬息が止まった。

 誰? と聞かなくても分かる。私にとてもよく似ている。


 私は腕に縄を巻きつけられたまま、コスピラトーレ王妃を呆然と見つめた。すると、彼女が私の前に立つ。


「おかえりなさい、私の可愛い娘」

「い、いいえ。いいえ、王妃陛下。私はイストリアへ戻らねばなりません」

「あら、なぜ? もしかして人質としての責務を果たそうとしているの? 貴方、とても真面目なのね」


 そう言ってクスクス笑う王妃はまるで少女のようだった。そしてその少女のような笑顔が酷薄に歪む。


「その必要はないわ。貴方がこちらに来たことを確認できた時点で、イストリアへ刺客を送り込んでおいたから。今頃、イストリア王宮は大騒ぎではないかしら? コスピラトーレは、今日をもってイストリアから独立するの。そして、イストリアは我が国のものになるのよ」

「っ!? 嘘、嘘です! だって、イストリアには結界があります。害意ある者は弾かれ、入国できません!」

「それは外から来る者に対してだけでしょう?」


 え……?


 私が意味が分からずに王妃を見つめると、王妃は「サヴェーリオはイストリアの学院に通っているのよ」と楽しそうに笑った。


 その言葉に血の気がひいていく。

 そうだ、ノービレ学院は他国からの学生を受け入れている。だから、あそこだけ結界が薄いのだ。それに今は夏季休暇中なので、人も少なく、容易に入り込めるだろう。


 嫌な汗がつたった。


「今までの暗殺者も……王太子付きの者にまぎらせて、学院からイストリアに入国させていたんですね」


 私の問いかけに王妃が笑う。

 その高笑いを聞きながら、嫌な予感がした。


 イレーニアさんの予言。

 まさかとは思うけど、それは今日起こることを指し示しているのではないのだろうか。


 私がコスピラトーレに来たせいで……。


 なんということ……。

 早く、早くイストリアに帰って対策を練らないと!


「私、イストリアに帰ります! こんなことをして、ただですむと思わないでください! 私達は貴方がたの横暴を絶対に許しません!」

「許さない?」


 腕に巻きつけられた縄を切り、ふらつく足で立ち上がる。距離を取り、転移の魔法陣を描こうとしたのと同時に、王妃が小首を傾げた。


「っ!」


 それを合図にコスピラトーレ軍が弓で総攻撃を仕掛けてくる。雨のように降り注ぐ矢を避けながら、魔法陣を描こうと試みるけれど、応戦するのが精一杯で描けない。


 どうしよう。魔法陣を描きさえできれば、呪文を唱えるだけでいいのに。


「早くアリーチェを捕まえなさいな!」


 王妃の金切り声が聞こえたと思った瞬間、屈強な兵が私目掛けて大剣を振り下ろす。それを剣で受け止めたのと同時に王妃が何かを投げた。


「アリーチェ、貴方のような親に歯向かう悪い子にはお仕置きが必要だわ」

「!!」


 しまった……!

 そう思った瞬間、大きな爆発がまた起きる。目の前にいた兵士諸共、弾き飛ばされてしまう。


「っ、イヴァーノ……、鬼司教……」


 痛い……。こんなことなら、二人の言うことを聞いておけば良かった……。


 先程と今の爆発で負った怪我が思った以上にひどくて、つい弱音が顔を出す。

 でも諦めない。絶対に諦めちゃ駄目だ。早く帰らないと……。


 私は杖をぐっと握り込んだ。それと同時に、その手を王妃が踏みつける。


「っゔあ」

「馬鹿な子、往生際が悪いのよ。私、馬鹿は嫌いなの。まあいいわ。教育し直せばいいだけだものね。とりあえず、今の貴方、とても汚いわ。イストリアでの汚れを落とさなきゃ」


 そして王妃は私の首に魔力を封じる首輪をつけた。その瞬間、私の手から杖が消える。


「あら、このブレスレットは何かしら?」


 その言葉にぎくりと体が揺れた。王妃は外したいのか、がちゃがちゃとブレスレットをいじっている。


「大きいし外れないわ。イストリアの物は汚いからすべて処分したいのよね……。ねぇ、そこの貴方。この石を手首ごと貫いて壊してちょうだい。無理なら、手首を切り落としてもいいわ」

「は!? やめっ、やめて! きゃああぁっ!」


 逃げようと踠いたけれど、数人の兵が私を押さえつける。そして手首目掛けて剣を突き下ろした。

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