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やり直したい傲慢令嬢は、自分を殺した王子に二度目の人生で溺愛される  作者: Adria


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首座司教と老婆

「鬼司教! 昨日、大変なことがあったんです!」


 私は明朝、老婆から買ったものを抱えながら執務室へと飛び込んだ。すると、同時に分厚い聖典が私の顔目掛けて飛んでくる。


「きゃあっ、危なっ……ちょっと何するんですか!?」

「ノックもせずに入ってくるとは何事か……」

「…………」


 あ……慌てていてつい忘れてしまったわ。でも、だからって聖典を投げなくてもいいと思う。


 私は怖い顔でこちらを見てくる鬼司教に嘆息しつつ、抱えていたものを一度机の上に置いた。そして、私が避けて床に落ちてしまった聖典を拾う。


「ノックを忘れた私も悪いですが、聖典を投げないでください。罰当たりです。それより、大切な話があるんです。昨日……」

「なんだ? 其方、また面倒事を持ち帰ってきたのか……」

「う……」


 私の言葉を遮り、ずばりと言い当てた鬼司教に一瞬言葉が詰まる。

 でも確かに面倒なことには変わりないので、否定できないところが辛い。


 私は深呼吸をしてから、老婆から買ったものを鬼司教に見せながら、昨日お忍びで下町の裏通りへと出掛けたことを話した。そして、そこで出会った老婆との一部始終。鬼司教によろしくと言っていたことも話した。


 それを聞いた鬼司教は眉間に皺を深く刻んで、深い溜息をつく。


「用事とは何かと思うたが、まさかそのようなことをしていたとは……。一人での行動と森への立ち入りは禁止だと言いつけてあっただろう」

「一人ではありません。門番のパオロさんがいましたし、それに森ではなく下町です」

「同じことだ、愚か者。不用意に彷徨(うろつ)くなということが、なぜ分からんのだ」

「ごめんなさい……」


 始まったお説教に頭を下げると、鬼司教がまたもや大仰な溜息をつく。でも、そのあとに「懐かしいな」と小さく漏らした。その言葉に私は顔を上げる。


 懐かしい……?


「やっぱり知っている方なのですね」

「ああ、古い知り合いだ」

「パオロさんは老婆さんのことを人間ではないと言いました。あの方は何者なのですか?」

「……あの者の名はイレーニアという。私たちの出会いは、私が首座司教の座についたばかりの頃だ。前任の首座司教様が亡くなられて時が経っていたため、引き継ぎもできず分からぬことばかりで毎日必死だったと、以前にも話しただろう? ほとほと困り果てていた時に、あの者は私の前に現れたのだ」


 鬼司教は人払いをしたあと、老婆――イレーニアさんについて教えてくれた。


 初めて出会った時は妖艶な美女で、次に出会った時は老婆。その次は幼い子供の姿であったと……。


 その言葉に、やっぱりイレーニアさんは人間ではないのだと、なんとなく思ってしまった。私たちも魔法で姿を変えることは可能だ。けれど、会うたびに姿が違うというのは、どうにも変だ。


「イレーニアは私の師であり、友人だ。首座司教としてのあり方や、結界の間の場所や仕組み、色々なことを私は学ばせてもらった」


 え? 鬼司教の師?

 ということは、私にとっては大師匠みたいなものじゃないか。


 鬼司教の口から出た言葉に、私は昨日の自分の態度を思い返して、さーっと血の気が引いていく。


 ど、どうしよう……。


「鬼司教の師だったなんて……。私、ちゃんと挨拶できていませんでした。それに態度もよくなかったと思います。ああ、どうしましょう。とても失礼なことを」

「そのようなことを気にする者ではない」

「ですが……」


 鬼司教は面倒くさそうに「気にするな」と言いながら、昨日買った薬を手に取って見ている。


 ……本来なら、招かれないと会えない不思議な人。でも、鬼司教には自ら会いにきた。そして、代々の首座司教でなければ知り得ないことを教えてくれる。


 やっぱり普通とは違う。


「……鬼司教、どうしてイレーニアさんは結界の間の場所や仕組みを知っていたのでしょうか?」

「それは、まだ其方が知ることではない。イレーニアが其方の前に現れたということは、其方に興味を持ったということ。いずれあちらから会いにくるだろう。その時まで知る必要はない」

「……はい」


 厳しい表情で首を横に振った鬼司教に、私はそれ以上イレーニアさんの正体を追及できなかった。


 ということは、鬼司教の弟子である私に興味を示したから、昨日招いてくれたのだろうか。鬼司教の言葉どおり、本当にまた会えるといいんだけれど。



「鬼司教は今でもたまに会ったりするのですか?」

「いや、何年も会ってはおらぬ。私が首座司教として一人前に仕事ができるようになる頃に、些細なことで仲違いをしてしまったのでな」


 仲違い……。


 鬼司教が一瞬寂しそうな顔をしたように見えて、胸がつきんと痛む。

 師と仰いだ人ともう会うことができないというのは、一体どれほどの寂しさなのだろうか。私なら耐えられない。鬼司教と会えなくなるのは絶対に嫌だ。


 私達は絶対に仲違いするようなことはあってはならないと、しっかり心に刻みつけておきたい。


「寂しいですね。まだ怒っているのでしょうか?」

「気まぐれな人なので、またひょっこりと現れるだろう。アリーチェの前に現れたのだ。おそらく再会まで時間はかからん」

「そうだといいのですけれど……」

「その話はもうよい。それより、この薬だ。イレーニアはそう遠くない未来に、これらが必要になると言ったのだな?」

「はい」


 私が頷くと、鬼司教が難しい顔で昨日買った薬草と魔法薬を見つめた。その表情に、やはり良くない未来を啓示しているのだというのが、なんとなく分かってしまって嫌な汗がつたう。


「あの……。これらはなんの薬なのですか?」

「……この橙色の薬品は瀕死の人間に使用するものだ。子供や大人でもティースプーン一杯が適量となる。そしてこの薬草は聖水に浸すと、植物状態の患者を回復させる薬となるのだ」

「瀕死? 植物状態?」


 突然飛び出した不穏な言葉に目を見張る。

 すると、鬼司教はさらに驚愕の言葉を続けた。


「そして、この水色の液体は死んだ人間を蘇生する時に使うものだ。ただ心臓が止まって三十分以内で、脳が損傷していない場合にのみ有効だが」

「し、死んだ人間!?」

「このことから推測できる未来は、大勢の人間が瀕死の重傷もしくは植物状態になるということだな。そして誰かが死ぬ……」


 な、なんということ……。

 やっぱり私や鬼司教の回復魔法だけでは対処できないほどの怪我人がたくさん出るんだ。


 そう遠くない未来にコスピラトーレと戦争が起きる。私は手足が冷たくなっていくような感覚に襲われた。


「残念だが、イレーニアの予言が外れたことは一度もない。おそらくコスピラトーレとの戦がもうすぐ始まるのだろう」

「は、早くなんとかしないと……。できれば、この薬に頼ることがないように備えなければ……」

「ならば強くなれ。コスピラトーレを退ける力を其方は持たねばならん」


 私が右往左往していると、鬼司教が私の腕を掴み、そう言った。その言葉に強く頷く。


 そうだ。私が皆を守れるくらい強くなればいいんだ。


「はい! 私、絶対に強くなります! 鬼司教のことも皆のことも守れるくらい強くなります!」

「ふむ。しばらくは魔法や剣術の時間を増やすか……。何より其方は転移の魔法陣の練度をもっとあげねばならん。其方がコスピラトーレに奪われてはこちらは為す術がなくなってしまうからな」

「はい!」


 コスピラトーレに奪われる――絶対にそんなことにはならないけれど、万が一捕まってしまった時のことを考えて、立ち向かうために腕を磨いておかないと!




 私は次の日から、学院の図書館や神殿の書庫でコスピラトーレの歴史について調べ、鬼司教からの課題もいつもの倍、取り組んだ。


 敵の歴史を知れば、イレーニアさんの予言を防ぐ良い方法が思い浮かぶと思ったのだ。けれど、結局良い方法が見つからないまま、悪戯に月日だけが過ぎていく。



「はぁああぁぁっ」


 重たく暗い溜息をついた私は、学院の窓から外を仰ぎ見た。


 イレーニアさんのお店に行ってから、もうかれこれ二カ月。学院の図書館や神殿の書庫は調べ尽くして、もう見る本がない。


 鬼司教にはいい加減にしろと言われるし……。本当に備えがないまま、来たる予言の日を迎えなければならないのだろうか。


「はあぁぁっ」


 先ほどから出てくるのは溜息ばかりだ。そのうち、溜息に溺れてしまいそう。


「そんなに溜息ばかりをついて、どうした?」

「イヴァーノ!?」


 どうしようかと途方に暮れている時にイヴァーノが声をかけてきた。そして、何かあったのかと訊ねながら、頭を撫でてくれる。


 でも、こればっかりはイヴァーノには相談できない。予言の段階を超えない今、王族を無闇に振り回すことはあってはならない。それに、いらぬ心配はかけたくないもの。


 そのためにも、早く対策を練らなければ!



「……鬼司教の課題に行き詰まっているのです」

「なるほど。だから近頃図書館に入り浸り、何かを調べていたのだな。そんなにも難しい課題なのか?」

「はい。それはもう……」

「ならば、夏季休暇に少し時間を作れたりはせぬか?」

「え?」


 私が顔を上げると、イヴァーノが私に微笑みかけてくれる。そして「王宮図書館へと行かぬか?」と言った。


 王宮図書館? 王宮図書館!!

 それって、王宮の敷地内にあるイストリアで一番大きい図書館よね? 王宮図書館なら、珍しい蔵書もあるかもしれない。きっと良いヒントにもなるだろう。


 まさかそこに連れていってもらえるなんて!


 私は嬉しすぎて、ぎゅっとイヴァーノに抱きついた。

 


「行ってみたいです!」

「アリーチェなら、そう言うと思った。ついでに禁書庫に入れるようにしておくので、楽しみにしておくとよい」

「禁書庫? 禁書になったものを読むことなんてできるのですか?」

「ああ。図書館の管理は現在兄上に任せられている。私と共に閲覧するのなら、許されるだろう」

「!」


 私はまさに晴天の霹靂だった。きっと禁書庫なら、古い文献もたくさんあるだろう。もしかすると、イレーニアさんのことも分かるかもしれない。


「イヴァーノ、ありがとうございます! 嗚呼、とても嬉しいわ!」

「そんなに嬉しいか?」

「はい、とても!」

「そうか。ではアリーチェ、私に褒美をくれぬか?」

「え?」


 褒美?


 私が飛び跳ねて喜んでいると、イヴァーノが私の腰を抱く。そして、自分の唇をトントンと叩いた。その彼の行動に、求められていることが分かってしまい、顔にぼっと火がついた。


 それって、それって……。


「あ、あの、イヴァーノ……」

「なんだ? 嫌なのか? 私は褒美にアリーチェからの口付けが欲しい。駄目か?」

「だ、駄目……ではないのですけれど、私からするのは難易度が高い、です」


 私は恥ずかしさのあまり、イヴァーノから少し離れ、廊下の壁に張りついた。すると、彼はそんな私を空き教室に引っ張り込み、また腰を抱く。



「ならば、私からしてもよいか?」

「……え? あ……えっと……は、はい」


 今日のイヴァーノどうしたの?

 いつも積極的なほうだけれど、学院でこんなことしてきたことなかったのに……。今日はいつもより大胆な気がする。


 私がけたたましく鼓動する胸元を押さえながら真っ赤な顔で頷くと、イヴァーノが私の下唇を食んだ。そして何度か啄むような口付けを繰り返したあと、彼の舌が口の中に入ってくる。その初めての感触に、私の体は分かりやすいくらいびくついた。


「!?」

「アリーチェ、恐れることはない。なので、もう少し……」

「は、はい!」


 嗚呼、心臓がうるさいくらい跳ねている。それに全身が熱い。イヴァーノの口付けに心臓が破裂してしまいそうだ。

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