2.
会場には厳しいことを言うような自分たちの両親や教師の姿がないため、卒業生たちに緊張感はなく、楽団の奏でる緩やかな音楽を聴きながら、仲の良い者たちで固まり雑談に興じたり、料理を楽しんでいた。壁の花になっている一人を除き。
「ご覧になって。華やかなこの場に相応しくない、みすぼらしい花が壁に咲いてますわ。」
「このような日に制服で参加だなんて、哀れですわね。婚約者にドレスを贈って貰えないだけでも恥ですが、エスコートもされないだなんて、大恥もいいところ。わたくしなら、自分の立場を正しく理解し、間違ってもノコノコと一人で現れたりなんて出来ませんわ。」
「同感ですわね。きっとあの方には羞恥や状況を察するという、人として大切な機能が備わってないのでしょうね。」
クスクスと笑いながら話しているのは一組だけじゃなく、何組もいる。性格悪くないと貴族なんてやっていけないらしい。
「ナーギサー!今すぐ出てこい!」
突然場に相応しくない怒鳴り声が響き、会場は一気に静寂に包まれたのも一瞬で、すぐにニヤニヤと笑う者ばかりに。
こうなると知っていたから、変わらず舐めた態度でいれたって訳だ。完全にアウェイですありがとうございます。
「ナーギサー!さっさと出てこい!この愚図が!」
嘲笑の人垣が割れて出来た道を進むとピンク巨乳を腕にぶら下げ、取り巻き三人衆を連れた第三王子が居た。
「高貴な俺に呼ばれたらすぐ来い!ノロマ!」
「はぁ、それはすみませんでした?」
「なんだその舐め腐った態度は!これだから自分の立ち位置も正しく理解出来ない下等人種はヘドが出る!」
悪口言わないと死んじゃう病かな。流石性格悪い人種の筆頭。
顔を無駄にキリッとさせ、第三王子は息を大きく吸い込むと怒鳴り声をあげた。あ、ずっと知性の欠片もない怒鳴り声だったわ。
「ナーギサー!貴様は俺の寵愛を受けるハニカに嫉妬し、陰湿な苛めを繰り返し、それを俺が叱責すれば、反省するどころか告げ口したとハニカに怒り狂い、更に苛烈な苛めで優しいハニカの心に消えぬ大きな傷をつけた!申し開きがあるなら言ってみろ!」
「そんなことしてません。証拠はあるんですか。」
「黙れ!俺やハニカが嘘をついてるとでも言うつもりか!全て事実だということをここに居る皆が知っている!」
白も黒になる──権力って汚い。
「貴様の行いにはもう我慢ならない!貴様との婚約は破棄し、誰よりも俺の伴侶に相応しい気高く身も心も美しいハニカを新たな婚約者にする!」
「殿下の英断に拍手を!」
取り巻きAの声に応えるように、拍手と祝福の声が。
「「「おめでとうございます!」」」
「末長くお幸せに!」
「お二人なら国の未来も安泰です!」
「お似合いですわ!」
茶番が始まり固唾を飲んでいた楽団が、空気を読んで祝福に相応しい曲を奏で始めた。
「俺たちは退出するが皆は楽しんでくれ!」
「「「はい!」」」
「貴様は俺についてこい。」
「お断りしーッ!!」
横っ面を殴られたせいで転倒した。女子の顔、普通殴る?人目のある場所で。
「口答えするな!貴様に拒否権などあると思うな。」
筋肉達磨に胸倉を掴まれて起こされ、そのまま会場から連れ出された。