<14>枉神{まがかみ}
物の怪の正体? それは以前、兵馬の前に現れた須佐之男命と関係なくもなかった。
次の朝、兵馬は辰の下刻に目覚めた。奉行所勤めだと、いつも上刻には起きるのだが、出ない日は四半時は長めに布団の人となっていた。お芳の置屋で目覚めた折りは、よくしたものでお芳かお駒が起こしてくれたから、兵馬としては申し分のない目覚めだった。お駒とあんなことやこんなことがあったかどうか? は時と場合によりけりで定かではない。^^
『ちわっ!!』
鶏鳴にも似た威勢のいい声が兵馬の枕元まで届いた。魚屋の喜助が来たことは明々白々で、今日も美味い魚が食えるぞ…と兵馬は布団の中で思った。さすがに腰患いでしばらく湯治から帰らないお粂の年季の入った料理は食せない。まあそこはそれ、古株のお熊がいる。おぼこのお里には悪いが、アレやコレやと言われた料理にはなろうが不味くはないことは保証付きだった。
『喜助さん、いつも精が出るねぇ~』
『ははは…働かねぇ~と、おまんまが戴けやせんからねぇ~。それに、稼ぎがねぇ~と、かかあ~に弩やしつけられまさぁ~』
『ほほほ…、それは怖いことっ!』
今日のお熊は機嫌がいいようで、明るめの声が兵馬の寝床に響いてくる。
『旦那は、ご出仕でっ!?』
『今日はまだ寝ておられるようで…』
突然、兵馬に話題のお鉢が回った。
「おいっ!! 聞こえておるぞっ!」
『なんだ、お目覚めでしたか、旦那っ!』
「ああ、ご苦労だな…。また、夕刻に蔦屋辺りで出会うとしよう!」
『へいっ! それじゃ!!』
兵馬の寝床に木桶を担ぎ遠退く喜助の物音が小さく聞こえた。
続




