第1話「勇者」
世界の異変。 突如出現した黒い影。 正直、打つ手なし。 自分の無力さを呪い、ゆっくりと朽ち果てていくことを待つだけだった。 しかし、そんな僕にもたらされたのは意外にも希望の光だった───
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「ハル、お腹すいてない?」
目前には小柄な女の子。 キャスケット帽を被り、可愛らしい顔立ち。 大きく丸っこい瞳は人を惹きつける魅力がある。
「はらぺこ」
辺りは茜色に染まりすっかり夕空模様だった。
幼い頃、僕達には両親がおらず、老人に引き取られた。だから彼女は僕にとって妹みたいな存在だった。
****
僕らが住んでいる「ミカサ村」は川や湖を中心に自然豊かな地域だ。水資源が豊富なため、食物にも恵まれている。
住民は全員で100人程度、国単位でみればとても小さな田舎村。しかしこの田舎村は全国でも有名な土地だった。
何故なら、闇の勢力から光の世界を守り、平和をもたらした勇者がこの村出身らしい。
とはいえこの世界が危機に陥ったのは30年も前の話で、現在この世界は平和そのものだった。
「のどかだなぁ……ふあぁ……」
「大きなあくび」
「うん、呆れた顔も可愛いな」
僕は自他共に認めるシスコンであった。
照れ隠しのつもりなのかぽかぽかとパンチ攻撃をかましてくる。 痛くないけど。
「相変わらず仲良しだねぇ」
戯れながら歩いていると、八百屋のおばちゃんの声が商店街に響いた。
「ハルは私がいないとだめだからね! だからいつも一緒!」
ユメは意気揚々と、ない胸をめいっぱい反らす。 かわいい。
「歳は同じだけどな」
「ははは!ハルちゃんはもっとしっかりしなきゃねえ!野菜、買ってくかい? サービスしとくよ」
「あはは……じゃあこれとこれとこれください」
「キュウリ……おえ」
ユメは自分の苦手な野菜を前にし、表情を歪めた。
「毎度~!」
気持ちの良い笑顔に見送られ次の店へ。
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ユメと並んで歩くと、彼女がいかに村の人たちに好かれているかがわかる。
きっとそれは、彼女の人徳が成せる業なのだろう。 社交的で、料理もできて、気配りのできる可愛い女の子。
改めて考えると、相当ハイスペックなのではなかろうか。
「どうしたの?」
「いや……やっぱりユメは貧乳だなあと思いまして」
「 口の利き方から教えて欲しいの?」
笑顔で口元を引きつらせながら怒っていた。
「あ、やべ」
ついうっかり口走ってしまった言葉を今になって認識した。
「はあ……そんなに小さくないもん」
「何をやっているんだ?おまえら」
じゃれ合うハルとユメの前に現れたのは、眼鏡をかけた少年。
「あ、ユウくん」
「なんだ、ユウか」
彼は村に住む幼なじみで3人で遊んだりする仲。
「聞いてよユウくん~、ハルってばひどいんだよ」
「待て、落ち着け。 その握りこぶしをまずはほどこう?可愛い顔が台無しだぞ」
「とりあえず、ハルのシスコンっぷりには呆れを通り越して尊敬の念すら抱くよ」
眼鏡をくいっと持ちあげる動作は格好つけるためなのだろうか。
「もっと敬ってくれてもいいんだよ?」
ハルは得意げな顔。
「褒めてないと思うよ……」
****
「いただきます」
ハルとユメは2人で食卓を囲んでいた。
「やっぱりユメの作る料理はうまい!」
この腕前があれば一流のレストランからオファーが来るのも時間の問題だろう。
僕はいつも通り頭を撫でてやった。
「ふへへ、はるくぅん~♪」
そうすると、彼女は締まりのない顔でほんわかと笑うのだ。 人前では見せない、甘々な態度。 家では兄より妹の方がデレデレなのだ。
いつの間にか機嫌は元通りであった。
普段通りの、ささやかながらも幸せな日常。
「お爺ちゃんの分もあるからね」
今は亡き、育ての親である僕たちの祖父へのお供えをするユメ。 毎日欠かさず、ご飯を作ったらこうするのが習慣になっていた。
ちなみにどうして祖父呼びかというと、年齢的に「父」と言うのは違和感がある、という幼い頃の僕たちの意向だ。
「爺さんが亡くなって、もう1年か」
爺さんに引き取られる前の記憶は無く、両親の顔すら思い出せない。
僕たち兄妹は物心つく前からずっと側にいた。きっと生まれたときからそうだったんだと思う。
けど、この家に来る前はユメとまともに話したことがなかった。 彼女はいつも暗い表情で、俯いてばかりだったから。
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目の前の光景に唖然としていた。
それは彼女の持つ特別な力──
ユメは衰弱した野生の動物に対して、食べ物を与えていた。
それだけなら何もおかしいことはない普通の光景なのだが、彼女はその食べ物を自ら生み出していた。
目をつぶり、しばらくすると彼女の手には光が灯り始める。次の瞬間、彼女の手からリング状の食べ物が出現する。
『!?』
僕は驚きのあまり声が漏れた。
ぎょっとした顔で振り向くユメ。驚かせてしまったようだ。
『ごめん……盗み見するつもりはなかったんだけど……』
『……』
『それは?』
『わからない。……心の中で強く願うと出てくるの』
たどたどしく説明される。そういえば彼女の声をまともに聞くのは久しぶりかもしれない。柔らかく可愛らしい声だと思った。
『すごい! どうやったんだ!?』
僕はその不思議な能力に魅了されていた。
『気持ち悪がらないの……?』
『え、どうして?』
『だって、こんなの普通じゃないし……ユメ、おかしいでしょ?』
暗く陰った表情でそう言った。 彼女は自分の力をあまり良く思っていないらしい。
『むしろカッケー! 魔法使いみたい!』
少女は沈んだ表情から一変してきょとんとした表情になる。
徐々にハルとユメはよく話すようになった。 今ではとても仲が良く、本当の兄妹同然の関係──
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「ででーん! 今日のデザートは桃だよ~」
「おお、うまそう」
それからのユメはというと、以前のように表情に影を漂わせることもなく、明るくなっていった。 そして現在に至る。
****
「あのさ……」
「ん?」
「ユメさん」
「はい」
「どうして僕の布団の中に入ってきているんですかね…」
「人肌が恋しくなったからです」
「いやいやいや、だめでしょ」
「どうして? 兄妹で一緒の布団で寝るくらい普通のことだよ。 じゃあお休みハル」
「ええ……」
その開き直り具合はハルが弱腰になる程。 他の人は知らない彼女の一面だった。
****
翌朝、目が覚める。 ユメが眠りに落ちたあと、僕は布団から抜け出し床で寝ていた。
普段妹大好きアピールをしているくせに、ヘタr……生真面目な男である。
「兄妹とはいえ、年頃の男女だぞ……」
「んん……」
布団がはがれ、無防備な姿を晒している妹。 こんな姿を見ることができるのは自分だけでありたいと願ってしまうハルであった。
****
鋭い雨が激しく窓をたたき続ける。 ごうごうと風の音が鳴り響き、今夜は近年稀にみるレベルの嵐であることを物語っていた。 ユメは家の広間の窓から外を眺めていた。
「すごい雨……」
「平気か?」
ユメは昔から嵐や雷が苦手だった。
「うん、大丈夫だよ」
次の瞬間、唐突にそれは現れた。
墨のように深く、濃い黒い影。 やがて影は風船のように膨れあがり、人間の姿を形作っていく。 その影に顔はなく、まるで人間を模した黒いシルエットのようだった。
別の部屋に駆け込むも、 次から次へと影が沸いてくる。
影から逃げるためドアを蹴破り、2人で家を飛び出した。
「村中に影が……!」
激しい豪雨のせいで視界が悪い。 かすかに見えるのは村の至る所にいる人型をした黒い影。 そして悲鳴を上げる村のみんな。
「全員! 逃げろ!! 急いで!!」
村長が大きな声を張り上げるが、雨の音にかき消されていた。 次の瞬間、村長が巨大化した黒い影に飲み込まれた。
「……っ!!」
ユメは声にならない悲鳴をあげ、脚は震えていた。
****
「はあ、はあ……」
ユメの手を握り、雨の中をひたすら走っていた。 ぬるりぬるりとゆっくり影が迫ってくる。 一体何だ、この化け物は。
ハルが前方にいた影に向かって石を投擲するも当たらない。 そして影に殴り掛かるが、拳はすり抜けるだけ。 そして影に吹き飛ばされる。
「……っ!」
「ハル! 怪我はない?」
「大丈夫。 なんだよ、こいつら……」
何度攻撃してもヒットしない。 手ごたえを感じない。 にもかかわらず向こうからの攻撃は直撃する。
防戦一方だった。
憧れの勇者みたいに強くなろうと、毎日鍛錬を欠かしたことはなかった。なのに、全く通用しない。 ハルが防戦一方の様相を呈していると、新たに背後から現れた影がユメを捕えてしまった。
「きゃあああ」
「ユメ!」
それは、一瞬の出来事だった。ユメがゆっくりと影に飲み込まれていく。
「くそっ! 足が……!」
気づけば自分も影に動きを封じられていた。
正直、打つ手なし。 自身の身体も影に浸食されていくのが分かった。 自分の無力さを呪い、ゆっくりと朽ち果てていくことを待つだけだった。
「いや、違うだろ。 諦めるな……っ!」
動かない太腿を拳で思いっきり叩き、叱咤する。 まだユメの姿は見失っていない。
「動け、動け、動け!!」
僕にもたらされたのは意外にも希望の光だった――
――――――――勇者の剣―――――――――
それは、選ばれし者にのみ扱うことのできる神器。 激しい光の中現れたそれは、ハルにまとわりつく影を一網打尽にした。
なぜこんなものが?そんなことを考えている暇はない。 手の中に突如出現した剣を握りしめる。 不思議とこの武器の扱い方が分かった気がした。
「ユメから、離れろおおおおお!!」
ユメの背後にいる影を斬りつけた。
「わっ!」
ユメは即座に意識を取り戻し、状況を把握した。
「ハル……?」
僕は思いのままに、敵をなぎ倒していく。 ユメは目の前の光景に唖然としていた。 まるで夢でも見ているかのような状況。
「あの光っている剣は何……?」
さっきまで攻撃が通用しなかったことが嘘のように、手ごたえを感じていた。
影からの攻撃を剣で受け止め、隙ができたところに連撃を叩き込む。
****
どれだけの影を斬っただろうか。 あと何体倒せばいいのだろう。
「はあ……はあ……」
激しい眩暈と疲労に襲われ、立っていることが困難になってきた。
「あれ……意識が……」
倒れる頃には、ハル達を囲んでいた影はすべて消え去っていた――
??『やめて……やめてよ……母様』
なんだ、これ。 ここはどこだ?
??『ごめんなさい…ごめんなさい…ごめんなさい……!』
これは、誰かの記憶? 胸が苦しい。
『次は、失敗しないから……だから、もうやめて……』
聞こえるのは悲痛な少女の声。 だけど顔がぼやけてよく見えない。 この声に聞き覚えがある気がしたが、どこで聞いたかは思い出せなかった。
急激にぼやけた感覚が冴えていく―――
彼女は先ほどの光景を思い出し、恐怖で青ざめる。
「ハル……! ハルってば……!」
ユメは何度呼び掛けても返事のない少年を揺する。
「村長……死んじゃったの……かな。 村の皆も、ハルも……っ!」
このまま一生目覚めないのではないか。 そんな不安に駆られていた。
「……!!」
先ほどまでのふわふわした感覚はなく、横たわっている自身の身体に感覚がしっかり宿っていることを確認する。 僕、生きているのか?
「ハル……?」
視界にはローアングルで僕を覗きこんでいるユメの顔。 泣きはらした真っ赤な目に、涙と雨でぐしょぐしょになった顔と髪。
「押し倒されているのか、これ」
数秒後、僕の顔は圧迫され、つぶされる。
「ぬお!?」
「わぁぁぁぁぁ! 生きてる……! よかった……本当に!」
「痛い、痛い、痛い……!!! ユメ、これ本当に死ぬ、トドメ刺しちゃうからぁ……!」
****
「……落ち着いたか?」
「うん……ごめん、取り乱して。 もうへーき」
ユメはいつも通りの笑顔だった。 こんな時くらい無理しなくても良いのにと思う。
だけど、それが彼女の強いところでもある。
「誰でも混乱するよ。 こんな状況になれば」
「ハルは冷静だね」
「冷静なんかじゃない。 正直今にもおかしくなりそうだ」
ぐううううう……
「あ……」
僕の胃袋は盛大にヘルプサインを送っていた。
「お腹、空いた」
「ちょっと待ってね~」
ユメの能力はその手のひらからリング状の焼き菓子を創り出す魔法 ”糖質独創” (サッカリド・クリエイティブ)だった。
「砂糖たっぷりで頼むよ」
「……はい! 砂糖たっぷり甘々バージョン一丁!」
ユメの手がまばゆい光に包まれドーナッツが生成される。 何度見ても不思議な光景。
「そのかけ声、どこぞの職人みたいだな」
「こう言うほうが気持ち乗るの!」
ドーナッツを頬張るハルを見て、ほほ笑むユメ。
ユメがいる限り、食べ物には困らなさそうだ。
「……とりあえず、今日は野宿だな」
「え!?」
「暗くなったし、正直身体が動かん」
「お風呂入れないの……」
「我慢だな、今日は」
ユメの顔には絶望の2文字が浮かんでいた。
****
「ハル……」
2人は小さな洞窟の中で身体を寄せ合い、身をかがめていた。 ユメが寝息を立てている間、僕は1人、物思いにふける。 あの一瞬、村長は影に飲み込まれたように見えた。 だが生死の判断が出来ない。 そもそもどうしてあんな化け物が出現した? 何故人間を襲う? あれに飲み込まれたらどうなるんだ? そして1番の謎は、あの剣が出現したことだ。 今は手元から消え、出すことも出来ない。
「……ダメだ。 分からないことが多すぎる」
今回みたいに影に襲われることになれば、またユメが危険に晒されてしまう。 まずは一刻も早く、安全な場所を目指そう。
気づけば、ハルも眠りについていた。
****
翌朝、2人は森の中を歩いていた。
しばらくすると、ひときわ大きな建築物が現れる。 目の前には一人の女性。
「ユメちゃん、ハルくん、よくぞご無事で……」
落ち着いた雰囲気を纏う女性「サユリ」。 彼女は街の外れの森にある屋敷に一人で住んでいる魔法使い。 僕たちの爺さんとは旧知の仲で、たまに会う親戚みたいな存在だ。
「サユリさん……」
「ええ、わかっています。 “影”が出たのですね。 今、この世界には異変が起きています。 詳しいお話は中で」
柔らかな笑みを浮かべながら屋敷の広間へ案内してくれた。
「夜、家に見たことのない黒い影が出没して、襲われたんだ。 あの化け物は一体…」
「結論から言うと、わからないのです。 ただひとつ言えることは、影が出現した原因は扉が開いたことにあるということ」
「扉?」
ユメは首を傾げた。
「こちら側とあちら側をつなぐ扉です。 この世界は光と闇、2つの世界で区分されていることはご存じですよね。 本来ならその扉は固く閉じていて、光と闇の世界は行き来することができないのです。」
古来より、この世界は光と闇の世界に分離することで均衡を保っていた
「その扉が開いて、光と闇の世界が繋がった?」
何故扉が開いたのか。 誰が、どうやって、何のために?
「はい。 おそらく影は、闇の世界からこちら側の世界に現れた異物。 影は人間を取り込み、操ります。 それに加えて、普通の人間ではとどめを刺すことが出来ません」
「そんな……」
影は普通の人間には太刀打ちできない驚異らしい。だけど……
「けど、大丈夫! この世界には勇者様がいる。 この世界を危機から救った英雄!」
「勇者様の気配はこの世界から感じられません」
「それってどういう……」
「可能性として考えられるのは、扉を通じて闇の世界に行ったということ。 勇者様のような強いお方が影に取り込まれるとは到底思えません」
「……」
勇者が不在の光の世界。 闇に対抗できる者はいなかった。
「サユリさん……もう一つ聞きたいことがあるんだけど」
「ええ、なんでしょう?」
「僕達は影に襲われて、たしかに飲み込まれそうになったんだ。
でもそのとき、いきなり光った剣が僕の目の前に現れて。
それを使って影を倒したんだ」
「……それは」
サユリは驚き、目を見開いた。 そのまま話を促す。
「ハルはあのとき、その剣を使って影を全部やっつけた。 その直後、気を失ったの」
「それはきっと……勇者の剣、です」
「勇者の」
「…剣?」
ハルとユメは茫然としている。頭の理解が追い付かない。
「影は勇者の剣でしか倒せません。 もしその話が本当ならば。 ハルくん、あなたは正真正銘、世界を救うための担い手に選ばれた“勇者”ということになります」
「僕が、選ばれた?」
「はい。 これは前回と同じ。 30年前に世界が危機に陥った時と」
「ハルが、勇者……?」
「今のように影は出現しませんでしたが。 闇の世界から刺客が送られ、勇者様がそれらを倒し、世界を救いました。 あの時も、光の世界が闇の脅威に脅かされるのと同時に、『勇者の剣』が彼の前に出現したのです」
「このままでは影は光の世界を覆ってしまうことでしょう。 勇者様が不在の今、一刻の猶予もない……」
「まずは勇者様を探し出して合流し、闇に対抗する必要があります」
「ハル君、あなたが世界を救う鍵となるのです」
「ちょっと待ってよ!」
戸惑いの感情をあらわにするユメ。
「勇者だとか世界を救うだとかそんなのいきなり言われても……サユリさん、ハルを危ない目にあわせるの?」
「それは……」
申し訳なさそうな表情を浮かべるサユリ。その直後、沈黙を破ったのはハルだった。
「行ってくる」
「え?」
ユメは振り向き、発言主である僕を見る。
「僕は闇の世界に行って、勇者様を探す。 いま世界に何が起きているか突き止める。 影に襲われてしまう人もたくさんいるんだ。 僕に人を救う力があるのなら助けるべき、だろ?」
「そうかもしれないけど、でも……」
「ユメ?」
今にも消え入りそうな声音。 彼女がここまで感情的になるのは珍しかった。
「だって……ハルまでいなくなっちゃったら、私生きていけないよ。 今じゃたった1人の家族なんだよ? ハルの帰りを黙って待つだけなんてできない。
「……」
「どうしてもって言うなら、私も行く」
「それは……」
「勇者の剣でしか影を倒せないなら、ハルくんと一緒にいるのがきっと一番安全だよ。 勇者の剣を使えるのってハルだけなの?」
ユメはサユリに問いかけた。
「はい、勇者様を除けばおそらく」
「ね?」
「それもそうなのかな」
僕はすっかり説得されていた。
「けど、ユメの事は僕が絶対に守る。 これならいいか」
「足手まといにはならないから。 守ってくれるのは嬉しいけど」
照れながらぶつぶつと小声でつぶやくユメ。
「2人とも……話はまとまったみたいですね。 お別れは寂しいですが、せめて旅のご無事と勇者様が見つかることをお祈りさせて下さい」
「サユリさん、怒鳴っちゃってごめんね」
「いえ、私もいきなり色々言ってしまって、ごめんなさい」
「長い旅になるかもしれないけど、絶対に帰ってこよう」
「うん!」
ハルはユメに宣言した。 まるで自分を鼓舞するように。
「あ……ちょっと待ってくださいね」
サユリは思い出したかのように、収納から肩に背負えるサイズの荷物を取り出した。
「これを持って行ってください。 きっと旅の役に立つはずです」
中には非常食、水分、薬草、調理に使えるような簡易的な器具、金銭類なんかも入っていた。
「……これも、“宿命”なのですね」
ハルたちが去った後、誰もいない部屋でサユリは1人声を漏らす。
****
「変わってないな。 ここ」
ハルが見渡す。 露店で賑わう噴水広場。 中央にある噴水を中心に円状に露店が囲んでいる。
「わあ……」
ユメは郷愁的な風景に目を輝かせている。
「昔はこの森を抜けるだけでも大冒険だったよな。 けど今じゃ道も広場も狭く感じる。 小さい頃はあんなにも巨大に見えたのに。 ……僕たちはもう子供じゃない。 これからは扉を目指して命がけの冒険の始まりだ。 さあ、行くぞユメ。 ……ユメ?」
きょろきょろとあたりを見まわす。 隣にいたはずのユメがいない。
「どこいった!?」
焦り、人混みをかき分けユメを探す。 焦る。
「ふぉーい、ハル~」
呼ぶ声に振り返ると、ユメが出店の前でフランクフルトを頬張っていた。 おまけに両手には大量の紙袋。
「なんだそりゃ!」
「覚えてないの? 昔食べたじゃん」
「そうじゃなくて……ええい!」
ユメのところに駆け寄った。
「小さい頃は二人で半分こだったけど、もう大人だから大人買いしていっぱい食べられるね。 はい」
ユメはハルに串焼きを手渡す。
「これから長旅だっていうのに……」
そんなところも可愛いのだけれど。
「おい……あんちゃん」
振り返ると、高身長で筋肉質な男が立っている。 ファンシーなエプロンで。
「嬢ちゃんのツレか? お代がまだなんだけど?」
「財布は僕が持つって、ハルが」
「ユメに無駄遣いさせないためにな……まったく」
ポケットに手を突っ込む。 しかし、お目当てのものが見つからず、シャツをまさぐる。 冷や汗。 屋敷を出る直前、トイレで用を足す前、ポケットに突っ込んだ財布を取り出してその後は……
「財布、屋敷に置いてきた……」
森の中にひときわ目立つ、大きな建築物。 サユリが迎えて、ハルとユメは大冒険()から帰還。 その背後には仏頂面の店員。
「えっと……随分と変わられたんですね。 勇者様?」
サユリが苦笑いを浮かべた。
「ハルくんってちっちゃい頃から締まらないよね」
「ユメがそれ言う……?」
****
サユリにもう一度見送られて冒険の仕切りなおし。
「まずはさ、お洋服を新調しよう!」
「早急にな」
昨日の夜は仕方なく森で野宿したのだが、一刻も早く、汚くなった服を変えたかった。
「おお、色々な服があるな」
さすがは栄えている街だけあってミカサ村に比べ、洒落た衣が揃っていた。
「ハルくんハルくん」
「ん?」
ぼーっと男性服を物色していると、ユメは白を基調としたワンピースに身を包んでいた。
「いいじゃん」
「そうかな?」
ユメはワンピース姿を見せびらかすようにその場でくるくる回る。
「うん、こういうザ・女の子って服はあまり村で着ないからな。 似合っているぞ」
「……ただ、まあ旅をするにはこの服だと危ないかな。 影も出没することだし」
「たしかに……残念」
しょんぼり顔で更衣室に戻るユメ。 切ない。
****
そんなこんなで2人は新たな衣装を手に入れた。敏捷性と耐久性を重視した戦闘において実用的なスタイル。
ハルは、動きが鈍らない程度の最小限のアーマーのついた鎧もどきのような服。
ユメも魔力耐性を付与された特殊な衣だ。 首元まで覆われたタートルネックニットのようなデザインで女の子らしいフォルムも実現している。
「そろそろ日も暮れるし、今日はこの街の宿に泊まろう」
「今日はお風呂入れる!」
目を輝かせるユメ。 早く身体を洗いたい様子。
「わあ、くさそう」
「ねえ~~~!!」
涙目でハルを叩くユメ。
ユメをからかうのは早急に切り上げ、宿を探すことにした。
****
今夜泊まることになった宿の宿主が偶然にも爺さんの知り合いだった。 その縁もあって無償で泊めてくれることとなった。 条件付きで。
「ハル、おまえ本当にかわいらしい顔してるな」
今は宿主であるヒゲ面のむさ苦しいおじさん「ヘイトン」と酒場のカウンターで話している最中。 ちなみに彼とは幼い頃会っているらしいのだが、ハル自身は全く覚えていなかった。
「あはは、祖父曰く僕は完全に母さん似らしいです」
ハルは自分の女っぽい顔が少しコンプレックスでもあった。
「そうなんだな。 にしても……ったく、そいつら一体今どこで何をしているんだか」
「……」
「おっと、しんみりしていけねえな。 ほら、ハル飲め飲め」
宿主はデカイジョッキに入ったアルコール飲料らしきモノを勧めてくる。
「いや、僕未成年なんですけど……」
「真面目だな」
ハルのいるカウンターから少し離れたテーブル席。 おっさんの元気な声が酒場に響く。
「いやあ、可愛い女の子に注いでもらうビールは旨い!!」
「えへへ、ありがとうございます」
その酒を注いでいるのはユメだ。 酒場のホールスタッフをしていた。 とある条件とは、万年人手不足であるこの宿の仕事を手伝うことであった。
「ああ、こんな可愛い子がいれば毎日でもお願いしたいくらいだ」
「残念、今夜限りのヘルプアシスタントなのです」
ユメは片目を閉じて、小悪魔的(?)微笑を浮かべていた。
「うーん、ユメにはこういう仕事に適性があるのかも」
ハルはその様子を見ていてそう思った。
「ハルくんも見ていないで手伝ってよ~」
ユメが小走りで近づいてくる。
「うーん、おっさん達は女の子に接客された方が嬉しいと思うぞ」
「そんなことねーぞお! ハル坊、酒注げ酒」
酔ったおっさん達が叫ぶ。
「しゃーない、やるか」
酔っ払いの相手をしようとハルは席を立つ。 すると同時に目眩のようなものを感じる。
「……あれ、これ?」
さっきから飲んでいるジュースがアルコールであると気づいた頃にはもう手遅れで。
その夜はとんでもなく楽しかったという記憶だけが残り、シーンは朝へとジャンプする。
****
「ああ、ねむ……」
めちゃくちゃ眠い。 ついでに身体がだるい気がする。 これが俗に言う二日酔いというやつなのだろうか。
「やっと起きたの~?」
あきれ顔で振り返るユメ。 ここはどうやら宿泊用の個室のようだ。
「なんというか、昨日はものすごい恥ずかしいことを口走ったり、やったりしていた気がするんだけど……」
「『気がする』じゃなくて、実際してたよ?」
なぜかユメが頬を染める。
「あ、やっぱり?」
****
「ハル、大丈夫か」
「おかげさまで」
「おまえ昨日だいぶ酔ってたからなあ。 悪かったな、俺もだいぶ調子乗りすぎた」
ヘイトンは少しだけ申し訳なさそうに謝罪する。 ハルに酒を飲ませた張本人である。
「けど楽しかったですよ。 こんなに心の底から大笑いしたの久しぶりだったし」
「そうか、そりゃよかった」
****
ハル達は朝、宿を発つことにしていた。
「ありがとうございました」
2人で揃って礼を言う。
「本当にもう行っちまうのか。 もっとゆっくりしていってくれて構わないんだぞ」
ヘイトンはむさ苦しい顔に似合わない若干寂しそうな声音。
「そうしたいけど……早く勇者様を探さないと」
少し名残惜しいが、世界が影によって脅かされているのも看過できない。
「そうか、また来いよ! ハル、ユメ」
「はい! いってきます!」
2人は街の喧騒と激励の言葉を背中に受けながら、歩き出した。