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シリーズ化した短編

一週間薬湯の刑に処す

「シンシア=ベルカハザール、お前との婚約を破棄する! そもそも子爵家の四女であるお前と第四王子である俺が婚約していること自体が間違いだったのだ」

「そうだ、子爵令嬢の分際で大きい顔して」

「前々から気に食わなかったんだ」

「身の程を弁えろ」


 マティアス王子の宣言により、シンシアを取り巻く空気が悪意で満ちていく。

 だがまだだ。もっと多くを引き出さなければ。


「シンシア、なんとか言ったらどうなんだ」

「ですがこの婚約は王家も承諾済みのこと。今さらになって家格なんて」

「俺には子爵令嬢がお似合いだとでも言いたいのか!」

「いえ、そのようなことは」

「お前に出来るのは俺が彼女と幸せになっていくのを見守ることだけなんだよ!」


 彼が引き寄せた女子生徒はマリーア=デュアン。半年前にデュアン伯爵家に引き取られた少女である。

 引き取られる少し前まで平民として暮らしていた彼女は少しずつ貴族社会に馴染んでいった。貴族の令嬢としてではなく愛玩要員としてだったが、それでも初めは自分の立場を弁えていたはずだ。


 だが少しずつ人としての礼儀から外れていくようになった。

 男性の腕にしなだれかかったり、休日に複数の男性と観劇に行ったり。頻繁に馬車の中で二人きりになっていたなんて報告もあった。


 初めは婚約者のいない相手だった。

 次は婚約者のいる、家格の低い相手へと変わった。それを皮切りにどんどんと身分の高い男性をも虜にするようになった。


 そしてつい一ヶ月前には第四王子であるマティアス王子を取り込んだ。

 元より彼が目的だったのだろう。彼の隣でしてやったり顔の彼女の横っ面をひっぱたいてやりたい衝動にかられる。それでも我慢出来るのはマティアス王子が心変わりなんてするはずがないと信じているから。


 観衆達のヤジの中からピュウッと小さな笛の音が聞こえた。それを合図にシンシアと仲間達は自らの杖や扇を取り出し、空中に術式を描き始めた。


「一体何を」

 悪意ばかりで満ちていたざわめきは少しずつ色を変えていく。それでもシンシアに向けられた悪意が全てなくなった訳ではない。だがそれでいい。今回の件に関係ない悪意は後で潰せばいいのだから。


「シンシア様!」

 十人にも満たない協力者達と共に作り上げられた空中術式が次々にシンシアの扇に集められていく。彼らが描いた術式は解呪法。それも種類が異なる。

 魅了魔法だけならシンシアだけでもどうにか出来たものを、複数の魔法を何重にもかけてくれたものだから王宮魔道士達にも協力してもらわねばならなくなってしまった。


 とはいえ、シンシアと同じく即座にマティアス王子の異常に気付いた陛下や王妃様、三人の王子達が喜んで派遣してくれたのだが。


 全員分の魔法が集まったのを確認してからシンシアは自らの術式を完成させる。

 シンシアが描いた術式は二つ、結合と分散。対象はこの会場にいる全員である。重くなった扇をふんっと気合いを入れて天井に突き上げる。


 すると綺麗な光の粒が宙を舞った。思わず見惚れてしまいそうになるが、シンシアの役目はこれで終わりではない。


「シンシア、お前は一体何をした!」

「眠り姫は王子様のキスで起きると言いますが、お寝坊な王子様は何をすれば起きてくださいますか?」

 怒りに染まるマティアスの腕を引き、彼の耳元で囁いた。最後にふうっと息を吐いてから「一人じゃ寂しいじゃないですか」と付け加えるのも忘れずに。


 するとマティアスの顔はますます赤みを帯びていく。耳まで真っ赤。ぷるぷると震えながら、シンシアの唇が寄せられた方の耳を押さえ込む。彼の顔にはもう怒りの色などない。あるのは羞恥だけ。


「目、覚めました?」

「酷いことばかりを言って悪かった」

「何一つとして心に響かなかったので大丈夫です」


 にこりと微笑み、伸ばされた腕を受け入れる。ああ、やはり彼の胸は落ち着く。


 なぜ子爵令嬢であるシンシアと第四王子のマティアスが婚約していたか。

 答えは簡単だ。マティアスがシンシアに一目惚れをし、猛烈なアピールを繰り返したからである。第四王子のマティアスはすぐ上の兄とは七歳、一番上の兄とは十五歳も離れている。彼らは揃って末の王子を溺愛していた。


 一人くらい政略結婚ではなく恋愛結婚でもいいだろうと満場一致で決まるほどには。


 だがシンシアは子爵家四女。貴族との婚約は見込めないと姉達同様、物心ついた時から薬師としての技術を仕込まれていた。薬師ならどこに越しても仕事は見つかるし、食うに困ることはない。

 何より、ベルカハザール家は代々長男以外のほとんどの子どもが薬師になっている。就職先の伝手にも困らない。むしろ貴族で居続けるよりも安定した道が用意されていた。


 なので子爵家側は第四王子との婚約には乗り気ではなかった。そこを王家総出で頼み込まれ、渋々折れたのである。


 とはいえ王子が子爵令嬢相手に全身全霊の愛を向け続ければ、シンシアはマティアスの弱みと判断される。マティアスにとってもシンシアにとってもそれは避けたい。

 王家とベルカハザール子爵家は話し合い、外では政略的なものと見えるような態度を貫くことにした。そうでなければ婚約を解消すると。


 結果、マティアス王子の溺愛を知る者は貴族ですらごくごく限られた者だけとなった。加えてシンシアは王子との婚約後も薬作りを止めることはなかったので、本当に婚約しているのかさえ疑う者もいた。


 デュアン伯爵家はもちろん、少し前まで平民だったマリーアが知らなかったのも無理はない。


 マティアスから嫌われるなんて経験、二度出来ない! と率先して写真に残していたシンシアだが、彼女の行動を許すことは出来ない。


 王子を筆頭とし、多くの令息相手に禁忌とされている魔法を使用したのだ。それ相応の罰を受けることになる。


 ただ十六の少女が使用したにしては魔法が強すぎることや禁忌魔法を知る手段が限られていることから、指示されて動いていた可能性もある。


 許せないが、過剰な刑は受けて欲しくない。ましてや黒幕が逃げるなんてそれこそ許せない。陛下達も大変お怒りなのでその辺りもきっちりと調べてくれることだろう。


「なんで、なんで……。計画は完璧だったのに」

「マリーア=デュアン。あなたに禁忌魔法複数使用の疑いがかけられている。ご同行願おう」

 悔しそうに唇を噛みしめるマリーアの周囲に残ったのは、会場外に控えていた騎士だけ。


 マリーアは学園内だけではなく、城勤めにも似たような魔法を使用していた。マティアスの異変に気付いた段階ですでに五人。一人はかなりの重役だった。職場の仲間ですらも彼らの変化に気付くことはなく、マティアスにさえ手を出さねば国を傾けていたかもしれない。


 計画は完璧の数歩手前まで迫っていた。

 いや、そんなことはないか。

 国家転覆を成功させるような人間なら、不釣り合いすぎる婚約に裏があると考えないはずがない。


 術にかけられていたご令息達も次々に声をかけられていく。会場にいる男性の半分以上にもなるので取り調べは大変だろう。それに婚約者のご令嬢への説明も。あまりにも被害が大きいので婚約破棄や婚約解消騒ぎになることはないだろうが、関係修復にはかなりの時間がかかることだろう。


「さて早く帰ってお風呂に入りませんと」

「風呂?」

「マティアス様の隣は落ち着きますが、他の女の匂いをつけているのは気に入りませんので。今日から一週間、毎日薬湯に入って頂きます」

「毎日!? シンシア、それだけは勘弁を……」

「決定事項です」


 許してくれと小刻みに震えるマティアスの手を引いて、シンシアは歩き出す。

 そんな二人を周りは目を丸くして見ている。魔法を解いたとはいえ、わずか数分で立場が逆転したことに驚きを隠せないのだろう。だがシンシアとて虐めたい訳ではないし、実際虐める訳ではない。


 ただマティアスには羞恥で震えながら風呂で失神してもらうだけで。

 シンシアの部屋で熟睡する癖にシンシアブレンドの薬湯は恥ずかしいというのが理解出来ないが、一週間もすれば慣れてくれることだろう。


 少しでも彼の身体に薬の香りが付けば、きっとこんな馬鹿げた真似をする人間もいなくなる。


「今回のことがきっかけで、子爵家の四女と第四王子なんて釣り合わない婚約は解消すべきだ、なんて声が上がったらマティアス王子も困るでしょう?」

「それはそうだが、しかし一週間なんて身体が持たない。それに、暴走してしまうかもしれない」

「卒業前に手を出したら駄目って約束は継続中ですので」

「そんなぁ」

 情けない声を出す彼が可愛くて、思わずふふふと声が漏れる。

 マティアスがシンシアを深く愛しているように、シンシアもまた彼のことを深く愛している。不釣り合いだなんて言わせない。そのために日夜新薬開発に勤しんでいる。完成は間近。今は妊娠なんてしている暇はないのだ。

2/27追記:その後の一週間を書いた続編『一週間薬湯の刑を執行す』を投稿しました!


https://ncode.syosetu.com/n7720hm


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