9 そして仲間が増えました
その後ミリア達はまっすぐ宿に向かった。
二人で夕食をすませて席でゆっくりしていたところに、やっとアルトが帰ってきた。
「今帰ったよ、話をしても大丈夫?」
「アルト! もちろんいいよ、大丈夫だった?」
「なんともないよ。一緒に夕食を食べながら話しあった結果、彼も旅についてきたいってさ。また改めて明日会うことになった」
「ん? どうしてそんな話になっちゃったの?」
「さあ? 詳しくは明日彼に聞いてくれ」
先に離脱した時は一触即発の状態だったのに、なにがどうなって夕食まで一緒に食べることになったのか。
ミリアには謎が尽きなかったが、久しぶりの宿屋で羽を休めたいのはアルトも同じだろう。
なにかあったら飛んでくるから安心してねと言って、予約したもう一部屋の方に戻っていった。
「どういうことだろうね? ラジェ」
「興味ない」
「えー、でも一緒に旅したいって言ってたよ?」
ラジェは面倒くさそうに重い目頭を上げたが、フイと顔を逸らすと部屋に戻るよう仕草で示した。
「あ、もう寝るの? わかった、私も部屋に行くよ」
部屋に入ると、速やかに寝支度を整えたラジェがいそいそとベッドに潜りこんだ。本当に眠かったらしい。
「……」
「おやすみ、ラジェ」
返事はなく、すぐに健やかな寝息が隣のベッドから聞こえてきた。ミリアも寝支度を整えると、蝋燭を消して寝台に横になった。
*
朝起きたらやっぱりラジェに抱きつかれていた。別のベッドで寝たはずなのに、解せぬ。
寝起きのいいラジェは起こしたらすぐに離れてくれた。朝の支度をして、宿の一階でアルトと合流して朝食をとる。
「うん、美味しかった! あ、そうだ。フェルとはいつ頃会う予定なの?」
「朝食を食べたら来るって言ってたから、そろそろじゃないかな?」
ミリア達が食後のお茶を飲んでまったりしていると、宿に来客があった。
「フッ、待たせたな」
「そんなに待ってないよ」
フェルが金の髪をかき上げながらそう告げる。朝の光に髪が輝いて眩しい。アルトはいつも通りの調子でにこにこしていた。
アルトの金茶の髪の方が目に優しいなあ、なんて関係ないことをミリアは考えた。
「おはようフェル」
「ああ、おはようミリア嬢。昨晩は何事もなく眠れたか? 昨日は君を怖がらせてしまったんじゃないかと不安だったんだ」
「いえ、大丈夫です。それよりも、一緒に旅についてきたいって聞いたんだけど……あ、どうぞ座って」
アルトは宿の人に尋ねてお茶を一杯注文していた。ミリアがお茶の用意されたテーブルにフェルを促すと、彼は着席する。
フェルはいつもの軽い調子を控えて、真剣な顔で話しだした。
「この男から事情を聞いた。俺も君達と一緒に王都に行こうと思う。同行を許してもらえるだろうか」
「いろいろ聞きたいことがあるんだけど、アルトはフェルの敵じゃなかったの?」
フェルは苦虫を噛み潰したような顔をした。
「敵といえば敵だが……現在は公的に停戦しているし、俺個人の敵ではあっても国家間の敵ではない」
「それってつまり、アルトと旅をするのは問題ないってこと?」
「そういうことになる。個人的に見張っておいた方がいいと判断した。それに、俺も王都に戻らねばならない理由がある」
「どんな理由?」
フェルは拳を握りしめた。眉間に皺を寄せて、端正な顔立ちが大変恐ろしい形相となっている。
「女王の横行を止めるためだ。このまま女王を止めなければ、国は荒れる。そうなればまた、ゼネルバ法国と戦争が起きる可能性は高いだろう。この美しい故郷も、戦場となるやもしれん」
「そんな……」
「前回の戦争では辛くも我々アーガルシアが勝利を収めたが、この男に聞くところによると最近のゼネルバでは、法術師が十年前の数十倍に増えたというではないか」
「まあ、そうだね」
涼しい顔で肯定するアルトリオを、フェリックスはキッと睨みつける。
「であるならば、俺は法術師とやらがなにかを理解するためにも、こやつに同行した方がいいだろう……目的もほとんど同じだということだし」
「えっ、そうなの?」
「俺の目的はミリアについていくことで叶うって前に言ったよね? ミリアは今、家族を助けたいと思ってる。つまり女王と立ちむかう必要がある。目的はほぼ同じじゃない?」
確かに言われてみればそうなるんだ、ミリアはただただ父と兄を助けることしか考えていなかった。
自分の行動は女王に歯向かうことになると再認識したミリアは、ブルリと身震いした。
「それに、これが一番大切なことだが」
前置きをおいたフェルがおもむろに話を続けた。
「ミリア嬢のようなか弱い乙女が王都に向かうというのに、俺が故郷に逃げたままのうのうと暮らしているのは違うだろう! そして何より、この男にミリア嬢を託すには不安がすぎる!! よって旅に同行させてほしい」
言い切ったフェルは、熱弁により椅子から浮かせていた尻を再び椅子の上に戻した。
「えっとアルト、こう言ってるけど、アルトの意見はどう?」
「俺? うーん、別にいいんじゃない? 突っかかられるのはうっとおしいけど害はないし、アーガルシア国内の事情がわかる人が道中一緒にいれば頼もしいと思うよ」
「害がないとはどういうことだ、俺ごときでは相手にならんと言いたいのか!?」
「あー、わかった言い方を変えよう。今のところ敵にまわるつもりはないようだしって言いたかったんだ。君もミリアを守ってくれるんだろう? 頼りになる仲間が増えるのは喜ばしいことだ、うん」
「そうだろうとも。俺は王都の剣術大会で六位まで残った男だぞ? 大抵の脅威からはミリア嬢を守ってみせる」
六位がどの程度すごいのかわからなかったミリアは、せっかくまとまった話の腰を折るのをやめておいた。
現状私達にアーガルシア国内の事情がわかる人はいないのは事実だし、元騎士様が仲間になってくれるなら心強いよね、うん。
納得したミリアは、我関せずと言った様子でお茶を飲んでいるラジェに視線を移す。
「ラジェの意見は?」
「問題ない」
「だったら……よろしくお願いします?」
「ああ、よろしく頼まれたミリア嬢。それと連れの……少年か? いや、どっちだ?」
ラジェはフェルに聞こえるように、ハアとため息を吐いた。
「詮索しないで」
そう言ってその場から消えたラジェに、フェリックスは腰を抜かしそうな程驚いたようだった。
「なっ!? あいつも法術師なのか! ミリア嬢、なにか悩みがあればなんでも俺に相談するんだぞ? こんな得体のしれないヤツらに囲まれて、さぞ不自由してきたことだろう」
「最近はそうでもないけど、最初はちょっと怖かったな。でも二人とも優しいから大丈夫だよ」
「寛大だなミリア嬢は。しかし遠慮することないからな」
フェルが善意でそう言ってくれてるのがわかったので、ミリアは曖昧に笑って頷いておいた。