6 人魚とカナヅチ
しばらく歩いて森の中の空き地に到着する。焚き火をした跡もあり、座りやすい切り株もあったりして休憩するのにぴったりだ。
「先客もいないし、ここで食事をとろうか」
「うん、賛成!」
ミリアは枯れ木の見分け方を教えてもらって拾いはじめた。その間に、空中から調理器具を取りだしたアルトが野菜を刻む。
アルトが背負っているリュックは、旅人として不自然にならないためのカモフラージュなんだなあとミリアは悟った。
ラジェもやはりどこからか取りだした果物をシャリシャリと齧っている。
…‥やっぱり法術習おうかな、重い荷物を持たなくていいのは素直に羨ましい。
切り株の上に座り、短剣とコインの袋でズッシリした鞄を肩から下ろすとホッと力が抜けた。
「さあ、召しあがれ」
「ありがとう! いただくね」
アルトの作ったスープは前回と同じ味付けだった。さっぱりしていて美味しいけれど、毎回これだと飽きちゃいそうだ。
けれどミリアは貴族令嬢らしく料理なんてしたことがないので、いただいたものにケチをつけるのはやめておいた。
文句があるなら自分で料理して、なんて言われてら困ってしまうので。
今回はラジェが果物を提供してくれたので、ミリアはそれもありがたく頂いた。瑞々しくて美味しい。
もし町とかに着いて、お金が使えるところがあれば、今度は私がご飯代を出したいな。
軽食を食べ終わったミリアが川の水で洗った食器をアルトに返すと、彼はパッと杖を翳してそれを別の空間に仕舞った。
「あれ、そういえばアルトは法術を使う時杖を使うのに、ラジェは使わないんだね」
ミリアの注目を受けて、アルトは杖をひと撫でする。
「これがあると精密な予見が得られやすかったり、法術を使うのが楽になるんだ。俺も杖がなくても法術は使えるよ。ただ、これは俺の自作だから愛用しているんだ」
「へえー、そうなんだ」
杖を作ることが、どの程度大変だったり凄いことだったりするのかわからないミリアは、当たり障りのない返答をした。
ラジェがチラリとアルトを見て目を逸らした。あれはどういう意味を込めた視線なんだろう。
うーん、ちょっと呆れてる?
「そういえば、ラジェの法術は最近の系統だったゼネルバ風法術とは違う感じがするね。誰から習ったか聞いてもいい?」
ラジェはアルトを一瞥すると、無言のままその場からたち消えた。
「あまり詮索されたくないみたいだね」
アルトが肩を竦める。ミリアはラジェがどこに行ったのか気になった。
「ちゃんと帰ってくるかな?」
「小川の方から気配がするよ。心配なら見にいってみたら?」
「アルトは?」
「ここでのんびりしてるよ。帰り際に水を汲んできてもらえる?」
「わかった」
ミリアはアルトから皮でできた水筒を受けとり、ついでに顔を洗おうと自分の荷物も持つ。
そしてアルトが教えてくれた、大きな河川に流れこんでいる小川があるらしき方に向かった。
*
ざあざあと流れる川の水音に混じって、パシャンと水を弾くような音がする。木々の間から顔を出すと、白い肌を惜しげもなく晒す美人がそこにいた。
全ての服を取りさったラジェは女神と見紛う程に美しく、束の間ミリアは呆然と見惚れた。
白く長い髪が翻り、ラジェはミリアに振り向く。
「なに?」
「あ、ごめんね! 水浴び中にお邪魔しちゃって。水を汲んだらすぐ帰るね、ごゆっくり!」
「別にいい。ミリアも入る?」
「いいの? じゃあ……お邪魔しようかな」
夜は冷えるといっても、日中は汗が不快な季節だ。もともと水浴びも泳ぐのも大好きなミリアは、いそいそと水浴び用の服に着替えた。
……けして、ラジェのスタイルのよさと比べて、自分の小ぶりな胸を恥ずかしく思ったからじゃない。いつも服を着て泳いでるから着ただけである。
他意はない。ないったらない。
「わあ……っ、冷たくて気持ちいい!」
水に足を浸す感触にミリアははしゃいだ。水上都市ドレンセオは川が海に流れこむ地形に築かれているので、ミリアは海も川も両方泳いだことがある。
ミリアが好きなのはもっぱら川だった。塩辛くないし、髪も痛みにくい上に日焼けもしにくいから。見ているだけなら海も大好きだけれども。
ずっと川沿いに歩いてきたモイラ川よりは川幅が狭い。けれど真ん中は深くて泳げそうだった。ミリアは笑顔で水中に飛びこんだ。その途端、
「んぐっ!?」
ラジェに背後から羽交締めにされ、水の中から引きずりだされた。
突然の暴挙に、ミリアは手足をバタつかせて抗議する。
「な、なにするのラジェ! びっくりしたじゃない!」
「……溺れたのかと思った」
「違うよ、泳ごうとしただけ。ほら」
ミリアがすいすいと水の中を泳いで見せると、ラジェは心なしか固い表情で口を閉ざした。
「……」
「ラジェも泳ぐ?」
すかさず首を振るラジェ。
「そう? 楽しいのに」
ミリアは、ドレンセオの人魚と呼ばれた泳ぎの腕前を存分に披露した。すっごく楽しいー!
ラジェから未知の生き物を見る視線を感じたけど、気にしないことにした。だって楽しいんだもん!!
しばらくして、クリーム色の髪が水面に浮かぶ。
心いくまで泳いだミリアは、身も心もさっぱりした。沈みがちだった青空色の瞳も、元の輝きをとり戻している。
ラジェはすでに服を着て髪を拭いていた。
ちなみに胸はまたペタンコに戻っている。サラシを巻いていたのが視界の端にチラッと見えた。
「髪、長いね。伸ばしてるの?」
「伸ばしてない。気になるなら切る」
「ええぇ!? 切らないで!? 気にならないよ!」
ラジェが宙から取りだした剣を背中の半ばで構え、髪に当てようとしたので、ミリアは慌てて止めた。
「すぐほつれるから、汚い」
タンザナイトの瞳がうつむき、睫毛の奥に伏せられる。白い髪は陽の光の中、細く繊細に輝いていた。
ミリアは光の加減で銀色にも見えるそれに、密かに感嘆した。そして、髪が細いから絡まりやすいんだなと気づく。
「じゃあ、今度いい髪用の油が手に入ったら、綺麗に櫛を入れてあげる」
「……」
ラジェはなにか言いたげに一度口を開いたけれど、なにも言わずにミリアに背を向けてしまった。
……嫌だったのかな? 馴れ馴れしくしすぎたのかも。
ミリアも川から上がって着替えた。ラジェは無言で待っていてくれて、ミリアの髪をタオルで拭いてくれた。
ミリアがありがとうと礼を言うと、ラジェは真顔のまま静かに頷いた。
*
「アルト、遅くなってごめんね! 水を汲んできたよ」
「ありがとうミリア。気にしなくていいよ、ちょうど杖の手入れが終わったところだから」
アルトリオは杖を拭いていた布をどこか別の空間へ (亜空庫というらしい)しまって立ちあがった。
「さてと。そろそろ出ようか。今日中に次の都市に着けるといいね」
「都市……確か、ドレンセオの北東の領地はエルトポルダ伯爵が治めていたはずだよ。そこまで女王との親睦は深くなかった、はず……? ごめん、わからないや」
ミリアはシュンと肩を落とした。こんなことなら、もっと真面目に勉強しておくんだった。
末っ子だからと父親から甘やかされ、上に三人も優秀な兄姉がいたミリアは、自分が勉強する必要性なんてこれっぽっちも感じていなかったのだ。
「予見では、特に危険なことは起こりそうもない。向かっていいと思う。ラジェは?」
「問題ない」
「だってさ。行こうか」
法術師は得体が知れないけど、旅の仲間としてはとても頼りになる。
うん、次に泊まるところに宿屋があれば、少しだけ法術の本を読んでみようかな。




