5 フラグがビンビンすぎてさすがになにが起こるってわかってたよ
その日は火を焚かずに簡素な夕食を食べ、早めに眠りについた。
夜半雨が降りだしたらしい、ミリアはしとしとと降り注ぐ雨の音で目を覚ました。
目を開けると、なぜかラジェは身を起こしていた。アルトも立ちあがり、扉の外を警戒している。
「どうしたの?」
「ミリア、君は納屋の中から出ないで。ラジェは?」
「問題ない。行って」
「わかった、もしもの時は任せた」
ラジェはどこに隠し持っていたのか、両手に黒い刀身の剣を携えている。アルトは杖を構えて、次の瞬間納屋の中から消えた。
「アルト!」
「黙って」
ラジェの静かな声に少し冷静さを取り戻したミリアは、両手で自分の口を塞いだ。外から人の争う声と、打撲音が聞こえてくる。数秒だったはずのそれが数分にも感じた。
音が止んでしばらくすると、アルトが戻ってきた。
「もう終わりっぽいけど、念のためラジェも確認してくれないか。襲ってきた盗賊はあれで全員かな」
「今見る……もういない」
「ふう。これで安心して休めそうだ」
盗賊! ミリアはいてもたってもいられなくなり、納屋の外に飛び出した。
「ミリア!」
慌ててアルトリオが着いてきて、ラジェもそれに続く。村と森の境の木に、男達がくくりつけられていた。
うめきながら血を流している男もいて、ミリアは後ずさる。しおしおと納屋に戻ると、アルトが遠慮がちに声をかけてきた。
「……ミリア、大丈夫?」
「大丈夫、だけど、こんな……こうなるってわかっててここに留まったの?」
「まあ、そうだね。この村には柵はあるのに家畜はほとんどいなかったし、日中でも扉も窓も固く閉められていた。盗賊でもいるんじゃないかとは思ったさ」
ミリアははじめて盗賊を見た。ショックだった。
この村には抵抗もままならないようなお婆さんも住んでいるのに。
あのお婆さんも、あんな強そうな人達に家を荒らされてしまう未来があったかもしれない。
……そして、私も。アルトやラジェがいなかったら、あの人達に殺されたり乱暴されたり、していたのかもしれない。
「アルト、強いんだね。守ってくれてありがとう」
「どういたしまして」
アルトが安心させるように笑いかけてくれた。ミリアもぎこちなく微笑み返す。
「ごめんねミリア。俺とラジェには盗賊が今夜襲撃するだろうってことがわかっていた。わかってて留まったんだ。怖がらせたね」
「ううん、旅をしていたら盗賊が出ることだって普通にあることだよね。アルトが法術師だから、今まで危険を遠ざけられていたってだけで」
ここ数日、父と兄のことで頭がいっぱいだったミリア。だけどここはもう安全なドレンセオの屋敷ではないんだから、もっと気をつけなきゃいけないということが身に染みてわかった。
「それにここに泊まらなかったら、あのお婆さんがひどい目にあってたかもしれない。だから、ここに泊まる必要があったんだよ。ラジェの言ってた必要って、そういうことでしょ?」
「違う」
そうすげなく否定しながらも、ラジェはタオルでミリアの髪についた雨粒を拭いてくれた。ぎこちない手つきのそれに、ミリアの胸は温かくなる。
「ラジェも、ありがとう」
「……別に」
「私もラジェの髪、拭いてあげるよ」
「いらない」
ラジェはポイっとアルトにタオルを投げ渡すと、濡れた髪のまま寝床に入り頭から布を被ってしまった。
*
翌日。朝から村が騒がしい。ざわざわとした人の話し声で目を覚ましたミリアは、戸口から外を覗いていたアルトと目があった。光に照らされた若草色の瞳の色が綺麗だなと、ミリアはふと思った。
「おはようミリア。よく寝れた?」
「そうみたい。私、図太いのかも」
「はは、いいことだよそれは。さて、村人に気づかれる前にここを発とうか。引き止められたら面倒だからね」
すでに起きていたラジェがこくりと頷く。服はいいとして、真っ白な髪は昨日濡れたまま寝たせいかボサボサだ。……梳かしてあげたいけど、手元に櫛がないや。
ミリアがワンピースの裾についた皺を直そうと伸ばしていると、外の話し声が漏れ聞こえてきた。
「婆さん、昨日旅人を泊めたんだって? これはそいつらのおかげか!」
「美人だからいざという時盗賊に献上しようと思って泊めてみたんだが、連れの優男が強かったみたいだねえ」
「美人だって!? ぜひおらんとこの嫁に来てほしいだ!」
「なんなら今から起こしにいくかい? 金も持っていそうだし、頼みこんで数日泊まってもらおう」
どよめきが納屋に向かって近づいてくる。アルトは戸を閉めて、ミリアの手を握った。
「ひゃっ」
「あ、ごめん無断で。もうこちらに来るから飛ぶよ」
納屋の中に突風が吹き、次の瞬間にはもう誰もいなかった。
*
目を開けると、そこは森の中だった。一呼吸分遅れてラジェも姿を現す。……やっぱりラジェも瞬間移動できるんだね。
「まだ村から近いし、とりあえず離れよう」
アルトの言葉に一も二もなく賛成する。ミリアも言いたい放題言っていたあの村人達とは、もう関わりあいになりたくなかった。
川に沿って北上しながらミリアは考えていた。
私は幸運なことに、アルトとラジェに守ってもらえてここまで無事に来ることができた。
だけど、アルト達の目的がなんなのかわからない以上、突然願いが叶ったからって私から離れていってしまうこともあり得るんだよね……。
やっぱり、なにか自分でも身を守れるようになるとか、せめてお金の使い方とか護衛の雇い方をちゃんと理解しなきゃ。
そうじゃないと、たとえ盗賊が襲ってこなかったとしても、あの村人みたいな人達に身ぐるみ剥がされそう。
もうドレンセオでのほほんと暮らしていた頃には戻れない。私がなにもしなくても誰かに任せていれば、平穏無事に過ごせるわけじゃないんだ。
ミリアは首元のペンダントを握って決意した。
アルトとラジェは、今のところ私に着いてきてくれるつもりがあるみたい。……だったら私、お父様とお兄様に会いにいきたい。
私にできることは少ないかもしれない、ひょっとしたら危険に飛びこむことになるのかもしれない。
だからもう今までみたいに、守られているだけじゃダメなんだ。
私、強くなる! 強くなって、お父様達を助けにいく!!
「ミリア、どうしたの? 気合入ってるね」
「そうなの! 私決めたの、強くなってお父様とお兄様を助けにいくよ!!」
「それがミリアのしたいことなら、俺は応援するよ」
柔らかな若草色の瞳を細めて、にこりと笑いかけてくれるアルト。勇気をもらえた気がして、ミリアは嬉しくなった。
「ありがとう! それでねアルト、私が強くなるためにはどうしたらいいと思う?」
「そうだなあ。ミリアは体術には向かない体格をしているから、いっそのこと法術でも習ってみる?」
「えっ!? 法術って習って覚えられるものなの?」
「そうだよ。ゼネルバ法国には法術専門の法学院もある」
法術は、選ばれた特別な才能を持つ人が使える、人智を超えた術だと勝手に想像していた。ミリアには目から鱗の情報だ。
「どんなことを習うの?」
「まずは本を読んで法術について理解して、それが世界の真実だと信じられるくらいまで読みこむんだ。そうすればある日、世界に漂う時の力が見えるようになる。興味があるならこれを読んでみて」
アルトリオがミリアに手渡した本は古めかしく、分厚く、さらにページを開くとゼネルバ語で書かれていた。
ゼネルバ語はアーガル語と似ているけれど、ミリアはまさか実際に使う機会があるとは思っていなかったので、きちんと身を入れて勉強したことがない。
教師がつけられて挨拶と日常会話くらいはなんとか覚えたが、こんな小難しい学術書は読める気がしなかった。
「ちょっと、私には難しすぎるかな……あはは」
「そっか、言語の問題があったね」
きまり悪そうに頭をかくアルトリオ。その隣から、ラジェがスッと本を差しだした。
「あげる」
「ん? ありがとう」
開いてみると、その本は堅苦しいアーガル語で書かれていた。さらにメモ書きのように漫然としていて、系統立てて書かれていない。
字が綺麗なことは救いだけど、最初の数行を理解するだけでも骨が折れそうだ。読みにくいったらなかった。
ミリアは静かに本を閉じた。これはたっぷり時間がある時に読むことにしよう。いつそんな時間ができるかはわからないけれど。
「……まずは、一般常識を身につけることにするね!」
「確かにそれが一番今のミリアに必要なことだね。俺も他国の人間だから、この国の常識には疎いかもな。ラジェ、そこら辺頼める?」
「……」
ラジェはさりげなくタンザナイトの目を逸らし、歩を進めた。教える気がないのか、それとも……ミリアはこれからの旅路が前途多難なことを察して、ため息をついた。




