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35 そして王城へ

 貴族街を抜けて王城までたどり着くと、真夜中だというのに門は開けられていて、城はなにやら騒がしかった。


「フェルが上手くやってくれているようだね。これなら法術を使わなくてもここを通り抜けられそうだ」


 アルトの先導に従い、ミリアとラジェも着いていく。夜の闇の中を慎重に移動し、人目につきにくい裏庭へと駆ける。


「ここ。鍵を開けておいた」


 ラジェの手引きにより王城内部に侵入する。ここからはラジェが先頭を行き、複雑な城の中を縫うように移動した。


 時折武装した騎士や兵士が通り過ぎるが、その度に空き部屋などに身を潜めてやり過ごす。

 階段を二階ほど登ると、明らかに今までより廊下に飾られている調度品や絵画が豪華になった。女王の居場所へと着実に近づいてきている。


 廊下の途中に立っている兵士を見かけて、ラジェは難しい顔をする。


「ここは法術が使えない。見張りも立っている……どうする?」

「これ、使ってみようよ」


 ミリアは亜空庫から、レイにもらった網とトリモチを取りだした。


「そうだね、やってみよう」

「じゃあいくよ……えいっ!」

「ん!? 何者だ!」


 ミリアが投げた網は見張りに避けられ、トリモチも外れたが、それらに気を取られている間にアルトリオとラジェが背後から忍び寄り、騎士達を一人づつ昏倒させた。


「完璧。ミリア上手」

「えへへ、そうかな? 外しちゃったけど」

「囮としては上出来だよ。いきなり町娘の格好をした女の子が夜に城の中に現れて網を投げてきたら、びっくりして油断もするよね」


 あんまり役に立っていない気もするけど、ミリアに甘い二人には褒めてもらえて気分は好調だ。


「よし、この調子でどんどん行こ!」


 三人でコンビネーションを駆使して騎士達を排しどんどん奥へと進む。

 ちなみにフライパンの出番は未だなかった。アルトとラジェは慎重なのか過保護なのか、ミリアに近接戦闘を決してさせなかったからだ。


 せっかくちょっとは戦えるようになったのになあ。でも、慣れないことをして怪我でもしたら足手まといになっちゃうし、二人に任せた方がいいよね。

 グレコー仕込みのフライパン武術を披露したい気持ちをグッと抑えて、ミリアはそう自分を納得させた。


 また階段だ。ピタリとラジェの足が止まった。


「この奥が王の間。リリがこの先で待っている可能性がある」

「え、でもそろそろ女王様も執務を終えてお部屋でゆっくりしている時間じゃないのかな?」

「いや、ここにいる。リリは法術を使って、私達が来ることを予想しているはず。だとしたら彼女の性格から考えて、自室ではなく王の間にいる」


 ミリアはごくりと唾を飲みこんだ。駄目元で予見を使ってみるが、ここでは使えなかった。ただただ、嫌な予感がこの先からひしひしと伝わってくる。


「ねえ、そこにいるんでしょう? コソコソと隠れていないで、入っていらっしゃい」


 分厚い扉越しに女王の声が聞こえた。ミリアはラジェ、アルトと顔を見合わせ頷く。

 アルトが扉を押し開けると、王の間は夜中だというのに明るく、蝋燭の光で部屋中が照らされていた。


 絢爛豪華な部屋の中、赤い絨毯の上で白い毛皮を贅沢に使った襟巻きを巻いた女王が、悠然と王座に腰かけていた。

 その側に侍るように黒髪の青年ガヴィーノが控え、背後を守るようにして謎の女性ヴィヴィアンヌが宙に浮いている。


「そんなところで遠慮していないで、近くにいらっしゃい。特別に直答を許してあげる」


 ミリアが勇気を出して一歩踏みだすと、その途端アルトに後ろから手を引かれた。


「危ない!」


 ミリアのすぐ横を、ヒュンっと音をたてて通り過ぎるものがあった。壁の奥から矢を射られたらしい。

 ミリアは血の気が引いた、もしあれが当たっていたら、大変なことになっていた。


「あ、ありがとうアルト」

「俺の後ろにいな」

「うん」


 アルトは慎重に部屋の中に足を進めた。矢は一本きりで、もう飛んではこなかった。


「残念、外れたわ。誰か一人ぐらい矢が刺さってたら面白かったのに」

「だから陛下ぁ、あの装置はまだ試作段階だって言ったじゃないか。ちゃんと確実に当たるように改良が必要だねー」

「……」


 言いたい放題言っている女王とその従者の元に歩み寄ると、リリエルシアはラジェを間近で見て笑いだした。


「あははっ、ご機嫌ようラジエルシアお姉様。なんてみすぼらしい格好なのかしら、いい気味!」


 ラジェのぼさぼさの頭を見てひとしきり笑うと、女王は声を潜めた。


「ふふふ……なんでこんな子をお母様は愛したのかしらね? ねえ、ヴィヴィアンヌ?」


 そう背後の女に問いかける女王に、ラジェは眉をひそめた。


「……その悪趣味な遊びはやめて」

「嫌よ、だって楽しいんだもの。もうお姉様に用事はないから話しかけないでちょうだい? さあミリアージュ、側に寄って顔を見せなさい」

「ミリア、聞かなくていい。俺の後ろにいて」


 ミリアを庇うアルトを見て、女王は鼻を鳴らした。


「ふん、あなた邪魔だわ。私はミリアに話しかけたのよ? 弁えなさい」


 ここは私が出るべきだよねと判断したミリアは、そっとアルトの背から一歩前に出て、緊張しながらもカテーシーを披露した。


「女王様、お久しぶりでございます」

「ミリアージュ、待ち侘びたわよ。今日はわたくしの願いが叶う素晴らしい日だから、夕食後にわざわざここまで出向いて貴女のことを待っていたの」


 ミリアが話しかけると、女王は薄く笑って足を組みかえた。


「その、私に叶えられる願いって何なんでしょうか?」

「それが、どのように叶えられるかがわたくしにもよく視えなかったのよ。わかったのは今日、願いが叶うということだけ。おかしいわね、法術の使いすぎなのかしら? それとも法石が関わることだから上手く予見できなかったのかしらね」


 女王はそう言って、軽く首を傾げながら自身の首のチョーカーについた赤い石を指先でなぞる。

 女王様は今日はご機嫌麗しいようだった。今ならミリアの知りたかったことも答えてくれるかもしれない。


「あの、女王様。一つ聞いてもいいですか」

「なあに?」

「私の家族についてです。お父様とお兄様は、なぜ捕らえられたのでしょうか?」


 そう告げたミリアに、女王は虫けらでも見るかのような冷たい視線を向けた。赤い目が酷薄そうに細められる。


「……あーあ、つまらない。興醒めだわ。そんなこともわからないの? 私の目的の為に必要だったからに決まってるじゃない。罪なんてなくても、私が黒いといえば黒くなるのよ。わたくしの邪魔をする者に容赦はしない。人狩りの邪魔をする諸侯は、みんなみんな石になっちゃえばいいのよ」


 女王の冷たい声に合いの手を入れるようにして、ガヴィーノも話しだす。


「ごめんねーミリアちゃん? もういい加減置いとくのも面倒になってきたから、諸侯も片づけることにしたんだってさ。それはそれで面倒くさいと僕は思うんだけどねー、まあ陛下の命令だからしょうがないねー?」


 場違いに明るい声で、ガヴィーノがにやにや笑う。


「そんな、じゃあ……」

「順番に片づけてくから、ミリアちゃんの家族もそのうち処刑予定だよん。残念だねミリアちゃん、愛するお兄ちゃんに会えなくなっちゃうねえ。でも陛下に逆らう悪い子には、お仕置きが必要だからさー?」

「やめて、絶対にさせない!」


 それ以上ガヴィーノの言葉を聞きたくなかったミリアは、途中で遮った。リリエルシアはため息をついて、毛皮の襟巻きを脱いで王座から立ちあがった。


「もう貴方と話す時間が惜しいわ。ヴィヴィアンヌ、ガヴィーノ。やっておしまい」

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