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34 いざ王都へ

 朝一番に町を出て、午前中のうちに王都に着いた。降りしきる雪の中、王都の町角に立ったミリアはふと足を止める。


 ここ、私が前に倒れた場所だ。グレコーの家は……あれだね。


 家の中からは賑やかな声が聞こえた。グレコーとナタリーがなにやら仲よさそうに話をして、グレッチェンが笑っている声が家の中から漏れ聞こえる。


 ミリアは声をかけようか迷ったが、迷っているうちに仲間とずいぶん距離をあけてしまったので、小走りに走っていった。

 ラジェが待っていてくれて、気遣うような視線をミリアに向ける。


「ミリア、どうかした?」

「なんでもないよラジェ、前に助けてもらった傭兵のグレコーの家がそこだったの」

「そう。ミリアを守ってくれてありがとう」

「ふふ、ここで言っても聞こえないよ?」

「気分の問題」


 ラジェはそう言って、少しだけ微笑んだ後背を向けた。


 あ……私、この情景に覚えがある。前にボルドウィン様のお屋敷で見た予見の内容と一緒だ。

 アルトと会えた時のことといい、予見って本当に未来に起こることが見えるんだなあと、ミリアは改めて感心した。


 今、お父様やお兄様、それに女王様の未来を予見しようとしても、やはりなにも見えない。けれど。


 せめて、心の中で思い描いていよう。お父様とキルフェスお兄様と家族みんなで、もう一度笑いあえる未来を。


 ミリアは短い祈りを終えると、また前に向かって歩きだした。





 日中、疲れない程度に法術の練習をしたミリアは、夕暮れに包まれる王都の空を見上げた。雪は降ったり止んだりを繰り返しながら、王都の町角の石畳を白く塗りつぶしていっている。


 今夜、ついに女王様のところに乗りこむんだね。本当に私に止められるのかな……


 ミリアは胸元からペンダントを取りだす。祈っても語りかけても、法術を使ってみてもうんともすんとも言わず、変わらず淡い光を放ち続けていた。


 結局お母様がなんと言っていたのか、私思い出せなかったな。

 法術師としての勘は、このまま王城に行くべきではないと告げている。


 けれど、お父様もお兄様も、それからボルドウィン様も。雪の降るこんなに寒い日に凍える牢獄に今も閉じこめられているのかと思うと、なんとしてでも助けだしたかった。


「ミリア? そろそろ作戦に備えて夕食にしよう」


 法石を作り終えたアルトリオがミリアの部屋をノックした。


「そうだねアルト、みんなはもう帰ってくるかな?」

「そろそろ集合時間だから戻ってくるはずだよ。その前にちょっと来てくれる?」


 廊下に出たミリアを手招きして、アルトは自分の部屋に呼んだ。


「これをミリアに渡しておきたいんだ」


 アルトは懐から取りだした、青い法石がついた指輪をミリアの人差し指にはめた。


「さっき調整したばかりだけど、問題なく使えたよ。認識阻害の術式を詰めこんでおいたから、遠くにいる人には気づかれにくくなる。王城に忍びこむ時役にたつと思うから、身につけておいて」

「私がもらっちゃっていいの?」

「もちろん。もともと途中からミリアのために作っていたものだしね。まあ、本当は杖とか、もっと気の利いた石のついた指輪を送りたいところだけれど、今はこれをもらっておいて」


 もっと気の利いた指輪って……掘り下げるとまた恥ずかしさメーターが火を噴きそうだったので、ミリアはそこについてはスルーしておいた。


「とっても綺麗……ありがとう」


 法石は澄んだ青色をしていて、空色のミリアの瞳の色とよく似ていた。見慣れていて、安心する夏の海の色だ。ミリアの大好きなドレンセオの海の色。


 お礼を告げるミリアを、なぜかジッと見つめるアルトリオ。ミリアが首を傾げると、彼はおもむろに話を切りだした。


「ミリア、こんな時になんだけど、抱きしめてもいい?」

「ふあ!?」


 アルトリオが軽く頬を染めてそんなことを言いだしたので、ミリアは変な声を上げて後退した。


「これから危険な場所に君を連れて行かなきゃならないか思うと、居ても立っても居られなくてさ。君がちゃんと無事にここにいるってことを、確かめさせてほしい」


 それを聞いたミリアは、アルトも今夜のことが不安なんだなあと思い当たった。


「うん、いいよ」


  ミリアをゆっくりと、確かめるように抱擁するアルト。温かな体温と、自分とは違う少し硬い体の感触が伝わってきて、ミリアの心臓もとくとくと早くなる。

 この落ちつかない気持ちは、一体なんだろう?


 ミリアが緊張して身を固くしていると、しばらくしてアルトは体を離した。


「……ありがとう、ミリア。この前も伝えたけれど、やっぱり俺はミリアのこと大好きだよ。絶対に守るから。女王には髪の一筋さえ触れさせないよ」

「うん……その、守ってくれるのは嬉しいけど、アルトも無茶しないでね?」

「そうだね、気をつけるよ」


 アルトはくしゃりと笑うと、ミリアの髪を優しく撫でた。


「さあ、もうそろそろみんなが帰ってくるから行こうか」


 そう告げたアルトの表情は、先程の笑顔と違って真剣味を帯びていた。





 無事に帰ってきたフェルとラジェ、それにレイも加えて最後の話しあいをおこなった。フェルは思ったよりも味方を集められたみたいで、王城内の騎士の半数くらいは仲間に引き入れられたらしい。フェルすごい。


「城内の警戒が意外なほど薄かったぞ。女王は恐怖政治で城の者を意のままに操っているのかと予想していたが、その様子もない。騎士達も時々勅命を受ける以外、半ば放置されているようだった」

「もう女王は自分の願いを叶えることしか、頭にないのかもしれないね」


 アルトが意見を述べると、ラジェも首肯した。


「きっとそう。現に今も私達が王都に入ったのに何も仕掛けてこない。きっとミリアが来るのを待ってる」

「私……」


 ミリアがぎゅっと手を握りしめると、アルトがその手をそっと包みこんだ。


「大丈夫。女王はミリアに願いを叶えてもらいたいはずだから、下手に害そうとはしないんじゃないかな?」

「……」


 ラジェはその言葉にピクリと眉を寄せたが、何も言わない。ミリアは不安にとらわれて、その様子に気づくことができなかった。


「そう……だよね。でもその分、アルト達が危険になるんじゃない?」

「俺は大丈夫だよ。ラジェもね」


 ラジェはこくりとうなづいた。


 次にラジェの現地調査で、法術の使える場所と使えない場所がいくつか事前にわかった。

 だいたいホールとか人の集まりそうなところは法術が使えないようになっていることが知れたそうだが、女王の住む最奥までは深入りせずに帰ってきたらしい。


 どう予見してもよくない結果に繋がりそうだったからと、無表情の中に苛立ちを込めつつも語ってくれた。

 よかった、ラジェは女王様にかなり怒ってると思ってたけど、意外に冷静だね。


 レイからは燃費の悪い法術師達のために、ナッツやドライフルーツの夜食をたんまり仕入れてきてもらえた。

 更に、床に撒くとくっつくトリモチや投げナイフ、投擲用の網などをしこたまもらった。


 強烈な臭いを放つ、害獣避けのお団子状の物体までどこからか持ってきたようだったけれど、アルトは苦笑しつつ速やかに亜空庫の中に回収していた。流石にアレは使いたくないよね……


「では、まずは俺が行ってくる。くれぐれもミリア嬢達を危険に晒すなよ」


 ミリアとラジェに目配せしつつアルトに念を押すフェルに、アルトは苦笑した。


「これから危険なところに行くのに、無茶を言うよねフェルは。でも、任せておいて。俺達のことは気にせず、君は君の役目を全うしてきてよ」

「ああ、ではな」


 フェルは短く挨拶をすると、夜の町に颯爽と消えていった。レイもそれに続く。


「俺もそろそろ行くか。ミリアの父さんと兄さん、それにフェル兄さんの兄さんも俺がちゃんと見つけておくし、心配いらねえからな。師匠、後は任せたぜ。ミリアもしっかりやれよ、じゃあな!」


 二人が出発した後、ミリア達も夜の町に(おもむ)いた。

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