30 傭兵さんと二人旅
結局、グレコーは折れた。お金に目を輝かせたグレッチェンと、ミリアの肩を持つナタリーの追撃により、グレコーはミリアに雇われてくれることになった。
ごめんねグレコー、帰ってきたばかりでゆっくりしたいかもしれないけど、私もそう悠長なことは言ってられないの。
お父様とお兄様のことも気になるし、それに早くアルト達に会いたい!
予見で見たアルトのことを思うと、なんだかすごく会いたくなってきたミリアだった。
早速次の日雇ったグレコーを連れて、食料や服、調理器具や寝袋などの必要なものを揃えて王都を出発した。
「嬢ちゃん、意外と旅慣れてんだな? 必要なものちゃんとわかってんじゃねーか」
「そうでしょ? 私だって、いつまでも守られてばかりのお荷物じゃないんだからね」
ミリアは自分にも使えそうな武器も用意していた。フライパンだ。握りやすくて当てやすい上に金属でできているので、意外と攻撃力もある。そして構えれば盾にもなるのだ、万能だ。
瞬間移動で後ろに移動してガツンとやってまた離脱を繰り返せば、ミリアにだって戦える。きっと。まだ実戦で使ったことはないけれど。
フライパンを夜毎ブンブン振り回して訓練するミリアを見て、グレコーは苦笑いしていた。
「おいおい、素人がいきなり戦っても痛い目みるぜ?」
「でも、なにもできないで震えているだけより、反撃の手段があった方がいいかなあって思ったの」
「まあ、それはそうだが。なら嬢ちゃん、もっと腰を落とせ。足はこっち、手の振り方はこうした方が、もっと威力が出る」
「こう?」
「そうそう、そんな感じだ」
グレコーに武術の基本を連日レクチャーされながら、近くの村に寄って聞きこみするのを繰り返す。
そしてミリアは、予見で見た方向に何があるか突きとめた。
「グレコー、ここだよ! この、レガ遺跡っていうところに行きたい」
「おいおいおい……マジで言ってんのか? 入った者は出られないって曰くつきの場所じゃねえか。俺はまだ死にたくねえぞ、ナタリーの婿になる男を殴るまでは死なねえって決めてんだ、俺は」
「え、お婿さんかわいそうだね」
「つっこむところはそこじゃねえ。行かねえぞ俺は。嬢ちゃんも、さすがにそこは諦めろ」
ミリアの予見は、やはり何度やってもこの遺跡に行くことでアルト達と会える結果になっていた。
しかも誰も痛い思いをしたり危険な目にあったりしない。これが最も安全な道筋だ。
「ううん、行くよ。私は死なない。グレコーも死なない。ちゃんと戻ってこれるよ、私にはわかるの」
譲る気のない様子のミリアに、グレコーはペチンと額に手を当てて呻く。
「かーっ、その、法術って力か? 最初にすげえの見ちまったからな、お前ができるって言うならそうなんだろうが……本当に大丈夫なんだろうな?」
「うん。信じて」
「しゃーねえな、腹くくるか」
グレコーはミリアを信じてついてきてくれた。
ここまで長かった、もう冬も本番で、雪がちらほら降りはじめていた。
でも、この遺跡でやっと、アルト達に会える。ミリアは胸を高鳴らせた。
*
遺跡の中には、既に誰かが入った形跡があった。至るところに罠が仕掛けられていたようだが、その全てが解除されたり役に立たなくされている。お陰でミリア達は安全に奥に進めた。
先頭を行くグレコーは松明を掲げ、どこまで続くかわからない暗闇の通路を怪訝そうに見つめた。
「なんつーかこう、ここまでなにも起きないのも不気味だな。この後すげえヤバイことが起こったりしないか?」
「グレコー、不吉なこと言わないの! 大丈夫だよ。これはきっと、私の仲間が通った道筋だと思う」
「そうなのか? ならいいが、警戒はしておけよ?」
「うん、もちろん」
ミリア的には、この罠を解除したのはレイじゃないかなと思った。
フェルからの又聞きだが、彼は罠を仕掛けたり、回収したりする手際がとてもいいらしいのだ。だから罠の解除も得意そうだなとミリアは想像した。
遺跡は奥まで進むと行き止まりになっていたが、ミリアが不自然に感じた石を押すと、更に地下へと続く洞窟があった。
「ここだよ。この奥にみんながいる」
「……もう、行くしかねえな」
グレコーはゴクリと唾を飲みこんだ。二人は地下へと続く道を降りた。
地下に降りるごとにどんどん冷気が忍び寄ってくる。けれどミリアは怯まずに、グレコーと共にひたすら奥へと進んだ。
途中で予見をすると、微かに邪魔されるような感覚がした。
いや、邪魔されたんじゃなくて、ちょっと糸の方向が乱された? うーん、この先にもしかしたら、あの気持ち悪い赤い法石があるのかも。
あの赤い法石はなんなのだろうと、手に入れた石を観察してみたことがあった。
結果、そこにあるだけで僅かに術の構成が乱されることがあったのだ。
なんだか側にあると気分が悪くなって亜空庫にしまい込んでしまったので、それ以上のことはわからなかったけれど。
予見によりもうすぐ会えるということがわかったミリアは、残りの道を急いだ。
洞窟を下ると、やがて平らで広い空間に出た。広間の奥の方にいくつか松明の明かりが見える。
金茶の髪の、背の高い後ろ姿を見つけたミリアは、待ち侘びた名前を呼んだ。
「アルト!」
「えっ、ミリア!? ミリア!!」
アルトが破顔し、ミリアに駆け寄ってくる。予見の時のように途中で消えたりせず、彼はミリアを情熱的に抱きしめた。
「よかった、ここで会えるんじゃないかと思ってたけど、君の無事な姿を見るまでは気が気じゃなかったよ。本当によかった、ミリア……」
とくとくと心臓の鼓動が伝わってくる。アルトは一度ミリアの肩に手を置いて体を離すと、顔をのぞきこんだ。
「君がいなくなったって聞いて、本当に後悔したよ。もう絶対に危ない目にあわせないから、俺から離れないでね」
「う、うん、わかった」
アルト、なんでそんなに熱のこもった目で私のことを見つめてくるんだろう? 会えない間になにがあったの?
ミリアもつられてドキドキしながら、彼の瞳を見つめ返す。
「ミリア……俺さ、君と離れて気づいたことがあるんだ」
「あー、すまん。とりこみ中にほんっとうにすまないが、長くなりそうだからいったん俺の話を聞いてくれ。そこのアンタが、さっき嬢ちゃんを抱きしめた時に松明の火が消えちまってな。そんでもって俺は、敵襲かと思って出した剣を引っこめようとして落としちまってだな」
グレコーが暗闇の中から話かけてきた。暗すぎてどこにいるか判別できない。とても気まずそうな声だけが洞窟に反響している。
「つまり、そっちの火をわけてもらって剣を探したいんだがいいか? こんなところで丸腰でいられねえよ」
その声を受けて、松明を持ったフェルが広場の奥から近づいてくる。
「ミリア嬢、そちらの武人らしき人影はミリア嬢の連れで間違いないか?」
「フェル! そうだよ、グレコーっていうの。傭兵として雇って、ここまで一緒に護衛してきてくれたんだよ」
「そうだったのか。ミリア嬢が無事だったのは彼のおかげだな。元気そうでよかった、やはりミリア嬢には笑顔が似合う」
フェルはミリアに微笑みかけると、グレコーの持っていた松明を拾いあげて火を灯し、彼に渡した。
「あんがとよ兄ちゃん」
「なに、礼を言われるほどのことでもない」
すっかりタイミングを逸したアルトは、ミリアの肩に置きっぱなしだった手を名残り惜しそうに離した。
「ごめん、ミリアに会えて舞い上がっていたみたいだ。こんなところでするべき話でもないし、一度みんなで地上に戻ろうか」
アルトがミリアから離れると、今度はラジェが近づいてきてミリアに抱きついた。
「ミリア」
「ラジェ!」
よかった、ラジェも元気そうだ。相変わらずのボサボサ頭の白髪を、そっと撫でつけて手櫛で整えてあげる。
「ミリア、あの時動けなくてごめん」
「ううん、ラジェにはなにか理由があったんだよね? 私を見捨てようとしたとか、そういうわけじゃないのはわかってるから、気にしないで」
ラジェはブンブンと勢いよく首を横に振った。
「気にする。すごく根に持つ」
「そ、そうなの?」
「そう。だから、今度は間違えない。亡霊になったあの人になんて負けない。絶対にミリアを守る。なぜなら、私はミリアの、その……」
ラジェは一度口を閉じた後、かなりの間をあけてこう言った。
「はじめての……友達、だから」
「ラジェ……嬉しい! 私と友達になってくれるの?」
「ミリアがいいなら」
「いいに決まってるよ!」
嬉しくってミリアもラジェを抱きしめ返すと、横からレイヤードの文句が入った。
「いやよくねえよ、お前らもうここから出るって師匠が言ってんだから、積もる話は後にしろって。俺だってミリアには言いたいことがあんのに、お前らばっかり話しやがって」
いつもの刺々しい口調も健在で、しっかり立って歩いていて動きにも不自然なところがない。
レイ、すっかり怪我がよくなったんだね、本当によかった。
パンパンと手を打って、アルトがその場をまとめる。
「はい、じゃあもう出るから、みんな俺とラジェにつかまって。グレコー、君もどうぞ」
「は? よくわかんねえが、アンタと握手すればいいのか?」
「そうそう。じゃ、飛ぶよ」
わちゃわちゃしながらも、なんとか地下を脱出した。




