29 ナタリーのお父さんは傭兵でした
しまった、遊んでいるうちに夜になっちゃった。
ミリアはとっぷりと陽が暮れた空を見上げた。お昼ご飯美味しいし、ナタリーもかわいいしでついつい長居をしてしまったけど、ちゃんと今後どうしていくかそろそろ考えないとね。
「ナタリー、私一度寝室に戻るね。ちょっと一人でやることがあるの」
「えー、お姉ちゃん、もう少し一緒に遊ぼうよ?」
「ナタリー、もう十分遊んでもらったじゃない。さあ、貴方も夕食の手伝いをして」
「はーい」
ナタリーは王都が物騒なことになってから、外で思う存分友達と会えていなくて、久しぶりのお客さんに喜んでなかなかミリアと離れ難いみたいだった。
ごめんねナタリー、お夕飯をいただいたらまた遊ぼうね。
ご飯をたっぷり食べて生命力が回復したミリアは、一人寝室にこもると予見を行使する。
お父様とお兄様は無事なの? あれからどうなったのかな?
集中してみたが、やはりなにかに邪魔される感覚がして一向にわからない。
お城周辺のことはやっぱり予見できないみたい。
気をとり直して、次はアルト達に会えるかどうかを予見してみる。時の糸は問題なく紡がれ、像が浮かびあがった。
ミリアは大柄な男性と一緒に、地下の洞窟のような場所に潜っていた。しばらく進むと、アルト達の姿が見えた。ラジェ、フェル、レイも一緒だ。
アルトはミリアに気づいて破顔すると、こっちに向かって一息に駆けてくる。えっちょ、近いっ、えっ!?
アルトにぶつかりそうになったところで映像は途切れた。
びっくりしたあ……アルト、あんなに嬉しそうな顔で駆けつけてくれて、私のこと心配してくれてたんだなあ、嬉しいな。
それにレイも、ちゃんと立って歩いてた。怪我もまた会える頃には治ってるのかな? よかったあ。
ほかほかと温かい気持ちになっていると、家の扉が開くような音がした。
「お父さん、おかえりなさい!」
「ナタリー、今帰ったぞー! 元気にしてたか?」
「元気だよ!」
「あなた、おかえりなさい」
「おう。俺のいない間変わりはなかったか」
ミリアが寝室から顔を出すと、さっき予見で見た黒髪の大柄な男性がナタリーの頭をわしゃわしゃと撫でていた。
「ちょっと、お父さんもうやめてよ! 髪がぐちゃぐちゃになっちゃうでしょ!」
「おお、すまんすまん。ナタリー、大きくなったなあ……ん? 誰だ? 客か?」
ギロリと灰色の目がこちらを向く。強面でガタイもよくって、ミリアは内心ビビったものの、なんとか足を踏みとどまり挨拶をした。
「ミリアといいます。今朝行き倒れていたところを、お二人に助けてもらったんです」
「お姉ちゃん、お腹が空いて倒れちゃったんだって。すごく食いしん坊なの」
「ちょっと、ナタリー失礼よ!」
グレッチェンがナタリーを叱るが、ナタリーはペロリと舌を出し父親の後ろに隠れた。
「はははっ、そうだったのか! 俺はグレコー、傭兵をしている。よろしくな、お嬢ちゃん」
「よろしくお願いします」
グレコー……この人と一緒に行けば、もしかしたらアルト達に無事に会える?
その考えは正しい気がした。それが一番安全に確実に、アルト達に会えることがミリアにはわかった。
もうすぐ晩御飯だから、それを食べたら一緒にきてほしいってグレコーにお願いしてみよう、そうしよう。
*
生命力の満たされたミリアはそんなにお腹が空いていなかった。予見でお腹が空いた分だけ普段より多めに食べたのだが、グレッチェン達には心配されてしまった。
「あら? お口にあわなかったかしら?」
「ミリアお姉ちゃん、そんなんで足りる? ナタリーの分も食べていいよ!」
「すごく美味しいよグレッチェン! それに、大丈夫だよナタリー。朝はすごくお腹が空いていたけど、今はそこまでじゃないの」
「そうなの?」
ナタリーは不思議そうな顔をしながら引きさがった。グレコーはミリアとナタリーのやりとりを上機嫌で見つめていた。
「ナタリーは母さんに似て優しいなあ」
「優しいでしょ? 父さんに似なくてよかったー」
「こら待て、俺だって優しいだろ? ん?」
「だから髪をくしゃくしゃにしないでってば! 父さんは顔が怖いの!!」
ミリアは仲のいい親子のやりとりに自然と微笑んだ。お父様……きっとまたこんな風に笑いあえる日が来るよね。うん、がんばろう。
ミリアは決意を新たに、グレコーに話を持ちかけた。
「グレコーに聞いてほしい話があるんだけど、いい?」
「ん? なんだ嬢ちゃん」
「私、これから行かなきゃならないところがあるの。それで、グレコーについてきてもらえたら心強いなって思ってて」
「どこに行きたいんだ、買いもんか?」
どこと言われてミリアは困って口をつぐむ。
あれはどこの洞窟なんだろう? 糸が繋がった方からしてなんとなくの方向はわかるものの、明確にどこと言えるわけではない。
「その、仲間とはぐれてしまったのだけど、探しに行きたいの」
「なるほどな? ちょっとばかし時間がかかるな。それなら仕事として俺を雇うってことか? 嬢ちゃん、金は持ってんのか」
「ええっ!? お父さん、ミリアお姉ちゃんが困ってるのにお金をとるの!?」
グレコーは困ったように眉尻を下げて、おどけた調子でナタリーに説明した。
「そんなこと言ってもな、ナタリーのご飯は父ちゃんの稼いだ金で食えてるんだぞ? 父ちゃんが嬢ちゃんのお守りをしている間お金がもらえなかったら、ナタリーお腹が空いてピーピー泣くぞ?」
「泣かないもん!!」
「いてっ!」
ミリアは微笑ましいやりとりにクスクス笑った。
「大丈夫ナタリーちゃん。私お金持ってるから」
「いや、金があるとしてもだ。嬢ちゃん、お前の仲間ってーのは、王都まで迎えにきてくれないのか? こんな細っこい腕で戦えやしないのに、王都の外に出るのは危ねえぞ。最近は盗賊よりも厄介なのがいるんだ」
ナタリーが話を聞いて目を見張る。
「えっ、盗賊より厄介ってことは、お父さんよりも強いの?」
「バカ言え、俺の方が強いに決まってる。でもなあ、嬢ちゃんが行くのはちぃっとオススメできねえなあ」
もしかして、さっきの人攫いの話かな?
「盗賊よりも厄介なのってなんですか?」
「直接姿を見たヤツはいねえんだが、実際に人が消えてるんだ。人攫いとか幽霊とかいろいろ呼ばれてるが、とにかく最近は盗賊すらサッパリ見当たらねえ。みーんなその幽霊に、頭からパクリ! と食われちまったのさ」
ナタリーが自分の体を抱きしめるようにして、ブルリと震える。
「ええーっ!? 怖い……」
「そうだ、怖いぞー? とっても怖いからナタリーは母さんと一緒にいるんだぞ? 間違えても王都の外に出るなよ」
ミリアはグレコーの話を聞いて、王都に自分が残ったらどうなるのかな……とさっと予見してみたが、王都の中のことはさっぱり予見できなかった。それにここに留まるのはよくない感じもした。
「グレコーの話はよくわかったよ。でも、それでも行きたい」
「いやいや、やめとけって」
なおも言い募るグレコーの目の前で、ミリアは亜空庫の口を逆さまに開いた。空中からコインがジャラジャラ出てくる様子に、親子三人が唖然と目を見開く。
ミリアはなるべく自信満々にみえるように、ニコリと微笑んだ。
「私、法術師なの。足は引っ張らないので、私に雇われてください、グレコー」
グレコーはミリアが話し終えた後も、顎をかっぴらいたまま固まっていた。




