28 お腹が空いて倒れちゃった
ミリアが飛んだ先はどこかの倉庫だった。試しに扉を開けようとしてみたが、鍵がかかっていて開かない。他に移動方法がないのでまた跳躍する。
瞬間移動を発動させることができるようになったばかりのミリアは、まだアルトのように塔の上から川の向こう側に飛ぶような長距離を稼ぐことはできなかった。
それに、効率的な場所に飛ぼうとしてもできないのだ。なぜかここには飛べなさそうと感じる場所が複数あって、どうやらそこには法石による結界かなにかが張られているようだった。
仕方なく、ちょこちょこと何度も飛ぶのを繰り返して、やっと王城から脱出できた。王城の側の王都は貴族が住む区画らしい。人の姿が少ないので、ミリアはこそこそと歩いて王城から離れる。
「うわあ、ここも通れないから飛ぶしかない、けど……なんだかすごくお腹が空いてきた。やだなあ」
貴族街と下町を隔てる門は真夜中ということもあって閉まっていた。空腹を堪えて飛ぶと、なんだかズシリと体が重くなったように感じた。
「うう……どうして私、ナッツとか食べ物を亜空庫に入れてこなかったんだろう」
ミリアはよろよろしながら町を彷徨い歩いた。ここも法石の結界で法術が使えない場所が点在しているようだった。
どのみちもうお腹が空きすぎて集中力を保つのが難しくなってきたから、歩くしかない。
「ああ、おなか空いた、辛い……お腹が空いてこんなに辛いのってはじめてだよ、はあ……」
ミリアはあまりの辛さに道端にしゃがみこんだ。体に力が入らない。
なんとか力をふり絞り予見すると、ここで倒れても危険なことは起こりそうにないことがわかった。それを確かめると同時に、ミリアは意識を手放した。
*
「お母さーん! 来て、人が倒れてるよ!」
「え? あらやだ、女の子じゃない。こんなところで、誰か悪い人にさらわれちゃったら大変。お家に運んであげましょうか」
ミリアが次に目を見開いた時には、どこか知らないベッドの上に寝かされていた。
「あ、お姉ちゃんが起きたよ! お母さーん」
ミリアのことを覗きこんでいた、茶色い髪と目の七、八歳くらいの少女が、母親を呼ぶために席を立った。
いくばくもしないうちに母親をらしき女性がやってくる。茶色い髪と目の優しげな顔立ちをしていて、娘とそっくりだ。
「起きたのね、おはよう。あなた、道に倒れていたのよ。覚えているかしら?」
「はい、あの、お腹が空きすぎて動けなくなってたんです。私、ミリアっていいます。助けてくれてありがとう」
女性はふわりと微笑んだ。見る者を安心させる、温かな微笑みだった。
「私はグレッチェンよ。この子は娘のナタリー。ミリア、お腹空いているんだったら、朝ご飯を用意したんだけど食べない?」
「食べます!!」
ミリアは即答した。ふらつく体を気力で起こして、食卓らしき場所に移動する。寝室のすぐ隣にご飯を食べる部屋があってよかった。どうやらここは庶民の民家らしい。
「ミリアお姉ちゃん、ふらふらしてるよ、大丈夫? ほら、ここに座って」
ナタリーが手を引いてくれて、席に案内してくれた。すぐに運ばれてきたホカホカのシチューに、ミリアの視線は釘づけだ。
「すごく美味しそう……! 食べていいの?」
「どうぞ、召しあがれ」
ミリアは普段からは考えられないくらいのスピードで、どんどんシチューを平らげた。舌を火傷しそうになりながらも皿を空けていくミリア。ナタリーは手を叩いて喜んだ。
「お姉ちゃん、すごいすごい! めちゃくちゃ食べるね、おかわりする?」
「いいの!? お願いします!」
グレッチェンは若干顔を引きつらせながらもおかわりを注いでくれた。ごめんなさいグレッチェン、なんだったら後でお金を払うから、今はどうか食べさせて!
「ごちそうさま! 美味しかったあ」
ポンポンに膨らんだお腹をさすっていると、グレッチェンは苦笑しながらお茶をいれてくれたので、それもありがたくいただく。
「ありがとうグレッチェン。私遠慮なく食べてしまったから、よかったらお金を払わせて」
ミリアが懐から取りだすフリをして、亜空庫から出したコインを渡すと、グレッチェンは首を横に首を振った。
「あら、気にしなくていいのに。でもくれるって言うならもらうわ」
「はい、シチューとっても美味しかったです」
「お母さんよかったねえ、今月お金足りないって言ってたもんねー」
「ちょっと、ナタリー!」
ナタリーの暴露話にグレッチェンが頬を染めている。
グレッチェンさんはお金に困っているのね。さっきは本当に助かったしと、お礼の気持ちでミリアはもう一枚コインを取りだした。
「よかったらこちらもどうぞ?」
「いえいえ、さっきの銀貨一枚でも多すぎるわ! お金はちゃんと大事にとっておきなさい、そんなんじゃ悪い人に利用されるわよ。ただでさえ最近は人攫いが多くて物騒なんだから」
そういえば、フェルから貴族が捕まった話はよく聞いたが、その時に庶民が消えるって話もチラッと聞いたかもしれない。
「あの、その話詳しく聞いてもいい?」
「え、あなた知らなかったの? いいわ、教えてあげる」
王都では最近人攫いが横行しているらしい。身寄りのない孤児やスラムに住む人、旅人等が主にいなくなっているが、ちらほらグレッチェンの周りでも消えた人がいるとの話だった。
「物騒な話でしょう? あなたも一人で町をふらついていると、攫われてしまうかもしれないし十分に気をつけるのよ?」
「そうだったんだ、教えてくれてありがとう」
「いいえ。ところで、あなたどうして家の前で倒れていたのか聞いてもいい?」
「えーと、仲間とはぐれて……悪い人に捕まってしまったけれど、なんとか逃げだしてきたんです」
ミリアがいろいろぼかしながらもざっくり真実を告げると、グレッチェンは大変同情してくれた。
「まあ、まあ! それは大変だったでしょう、お仲間は王都にいるの?」
「いえ、でも追いかけてきてくれると思います」
「それなら、お仲間が迎えにくるまでこの家にいるといいわ。外はさっきも言ったように危険だから」
「いいんですか? では、ちょっとの間ご厄介になります」
「そんなに堅苦しくしなくていいわ、もっと気楽にしてね」
わあ、いい人に拾われたみたいでよかったなあ。もし人攫いに拾われていたら、お腹が空きすぎたミリアでは抵抗できなかったかもしれない。
「お姉ちゃん、家にいるの? それならナタリーと一緒に遊ばない?」
「いいよ! ナタリー、なにして遊ぶ?」
レイの容態や、アルト達が無事に王都に来てくれるのか、それに父や兄のことも心配だったが、ミリアはとりあえず一宿一飯のお礼代わりにナタリーと全力で遊んだ。




