25 ガヴィーノ襲来
冬の森をアルトと手を繋いで歩く。ザクザクと踏み締める落ち葉の音が耳に心地よかった。
ミリアはまだドキドキしていたが、アルトをちらりと見上げるともうミリアのことは見ていなかった。周りを見ながら何かを観察していたので、ミリアもそれに倣う。
「もしかして、昨日の視線について警戒してるの?」
「そう、ラジェの感じた視線はどこからきたのかなって考えていたんだ。でも、落ち葉のせいか痕跡とかはなにも残ってなさそうだね」
わずかに木に残っていた葉がまた風で散って、ミリアの目の前に落ちてくる。この調子で足跡なんかは落ち葉に覆い隠されてしまっているのだろう。
「山の方も見てみようか。登れるところはあるのかな?」
山の斜面は急だったが、登れないということは無さそうだった。アルトに手を引かれれば、ミリアもなんとか登ることができた。
「レイの怪我が治ったら、一緒に山登りするの?」
「どうかな、もうそろそろレイと約束をした日から一ヶ月経つけど……このままさよならはいくらなんでも可哀想だけど、だからといって病み上がりに登山はキツイよね。なにかいい案を考えてみるよ」
アルトはレイを見捨てるつもりはなさそうだ。苦手だなんだと言っていたけれど、面倒見がいい。そういうところ、素敵だなあとミリアは思った。
崖の上の高台から森と民家を見下ろしていたアルトは、通りすぎた北風を受けてマフラーを巻きなおした。
「流石に冷えるね、そろそろ戻ろうか」
「うん」
またアルトに手を引かれて麓へ降りる。
アルトって優しいし、頼りになるし、すごくいいなあ。それに、カッコいいし。
将来私の婚約者になる人も、アルトみたいな人だったらいいな。まあ、それもお父様とお兄様が無事に戻ってこれたらの話だよね。
ミリアは胸元のペンダントを握りしめる。それを見たアルトが、ミリアに話しかけた。
「そういえば、ペンダントの光は見えた?」
「見えたよ。すごく優しい黄色の光だった」
「ミリアの法術発現の色と似てるよね。法術発現色はまだ研究途上の分野だけど、親子だとある程度似通った色をしてるそうなんだ。ミリアの法術の色も、透き通ったような明るい黄色だよ」
「そうなの? 自分じゃ見えないからわからなかったよ。アルトは青色だったっけ」
「そう。この杖の法石も自作だから、すごく馴染んで使いやすいんだ」
アルトは杖を亜空庫から取りだした。大振りの杖の先端には、海の色のような青い石がはめられている。
「ミリアにも一本プレゼントしようか? ミリアの目の色とよく似た色だから、持つとしっくりきそうだ」
「ありがとう。でもいいよ、法石って作るのにすごく時間がかかるんでしょう?」
「そうだけど、ミリアにだったらもらってほしいな。旅の間も寝る前に力を注いでいたから、もう少しでできあがる石もあることだし。まあラジェには呆れられそうだけど、無駄なものに凝ってるって」
ミリアは首を傾げた。
「無駄って……でも、法術を使いやすくなるから無駄ってわけじゃないんじゃない?」
「法石を作る手間とコストを考えたら、杖より別のものに使った方がいいって彼女は言っていたよ。杖は所謂ロマンって言われた。ゼネルバ国立法学院の学生はみんな杖を持ってるって言い返したら、驚いていたけどね」
アルトってラジェとそんな話をするんだ、とミリアは驚いた。前から細々と話をしている時があったのは知っていたけど、そういう話をしていたんだね。なんか仲よさげでいいなあ、私も混ざりたい。
「アルトとラジェの話、私も興味あるなあ。今度は私も混ぜて? 法術のことも二人のことも、いろいろ知りたいから」
「もちろんいいよ。知りたいことがあるならなんでも聞いて」
「んー、じゃあ、アルトの好きな食べ物と嫌いな食べ物はなに?」
食べ物の話に急に話題転換したミリアに、アルトは吹きだした。
「法術の話じゃないんだ?」
「法術の話も知りたいけど、アルトのことも聞きたいの!」
「わかった、いいよ。ええと、好きな食べ物だっけ。食べられるものは割となんでも好きだよ、ヌルヌルしたやつ以外は」
「ぬるぬる?」
「ほら、海には足が八本とか十本とかある、ぬるぬるした生き物がいるんだろう? 俺はああいうの無理、口に入れられる気がしない。あとネバネバしているものも好きじゃない」
「タコやイカのこと? 確かにぬるぬるしてるけど、調理されたものはプリッとしてておいしいよ?」
「そうなんだ? 食べる時にぬるぬるしてないなら食べられそうだ」
「もし今度またドレンセオに来ることがあれば、お家で美味しい海鮮料理を作ってもらうから、一緒に食べようよ」
「いいね、楽しみにしておく」
「うん!」
ミリアとアルトが教会に戻った時には、ラジェがレイを看てくれていた。
「おかえり」
「ただいまラジェ、レイはどう?」
「熱が下がってきた」
レイは昨日よりも調子がよさそうだった。ただ眠っているだけにも見える。
「神父様はなんて?」
「問題ないって。昼も起きて、スープを少し食べたらしい」
「そうなんだ、回復してきてるみたいでホッとしたよ」
「うん」
ラジェも淡く微笑んでいる。自分のせいで熱が出ちゃったって心配してたのかな。
「アルト、私この後ラジェと行きたいところがあるの」
「そう? 俺も行こうか?」
「ううん、女の子同士じゃないと都合が悪いというか、その、お花を摘みに行きたいだけなの!」
アルトは意味を汲みとって少しだけ赤面した。
「ああ、うん、そう。わかった、気をつけてね。レイが起きたら知らせるから、行ってらっしゃい」
ミリアはラジェの手を引いて部屋を出た。もう、一人になれないってちょっと不便というか、恥ずかしいなあ。
「ラジェ、なにか用事あった?」
「ない。ミリアと一緒に行く」
ラジェがついてきてくれるというので、こんなに立派な建物なのになぜか屋外の小屋にしかないトイレに向かって、二人で連れだって歩いていった。
もう日暮れが近い。夕闇に沈みはじめた森の中を、ミリアは転ばないように気をつけて歩いた。
小屋のトイレで用を足して出てきたミリアは、ラジェの顔を見てドキリとした。とても張り詰めた表情をしている。
「ラジェ、なにかあった?」
「……嫌な予感がする、とても。早く戻ろう」
ラジェがミリアの手を取ろうとしたその時、暗がりから音もなく真っ黒な人影が現れ、ミリアとラジェの間を遮った。
「誰!? なに? ラジェ、大丈夫? ラジェ!?」
ラジェはミリアが声をかけても、ピクリとも動かなかった。驚愕を顔に貼りつけて、謎の人物の顔を凝視している。ミリアからは黒く長い髪しか見えない。
「ラジェ、しっかり……っきゃあ!」
「ミリア!」
「あれ? 思ったより簡単に捕まえられちゃったなー。ドッキリおとり作戦、大成功じゃん」
ミリアは、小柄だけれどラジェよりは大きい、レイくらいの背丈の青年に背後から両腕を捕らえられていた。
「離して!」
「嫌だよーっと。うわあ、お姉ちゃんそんな睨まないでよ、怖いなあ。じゃ、飛ぶよー」
黒髪に血の色の目をした青年は、ラジェにヘラヘラ笑いかけるとミリアと幽霊の女を連れて跳躍した。赤い不気味な光を纏った風が吹き荒れ、ラジェの伸ばした手は宙を掴む。
陽の沈んだ森には、ラジェの姿だけがとり残された。




