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20 焦るレイ

 ミリア達は道なき道を進んだ。道が無いといってもだだっ広い草原なので、特に悪路というわけでもない。時々林も見られた。

 生えている木々の葉が日に日に色づいていき、ハラハラと散りはじめる。


「もうすぐ冬が来るね」


 首元までしっかりマフラーを着こんだミリアは、通り過ぎた北風に体をギュッと縮こませた。


「そうだね。徒歩だとドレンセオからアーガルまで、遠回りルートで四ヶ月くらいはかかるのか」

「法術を使って飛び続けられたら、きっともっと早いのにね」

「そんなことしたら、三日目くらいで生命力が枯渇して餓死するよ。国宝級の法石でも使えば一瞬で飛べるだろうけどね、ただしそれも一人だけだ」

「そうだね、現実的に考えて難しいよね」


 ミリアは安定して予見が発動できるようになったので、少しは戦力になれそうな瞬間移動を練習していた。

 これは予見と違ってなかなか難しかった。まず、どんなに近距離でもまずは予見をして飛ぶ場所を見極める必要がある。

 予見した先に落ち葉などが舞ってきたら、それだけでその場所には飛べなくなる。


 もし飛んでしまったら……恐ろしいことになるらしい。死んでしまった人もいるので、絶対に予見して安全性を確認してから飛ぶことをアルトからもラジェからも言い含められた。


 瞬間的に予見し、瞬間移動できるだけの安全な空間を見極め、そして空間の隙間に時の糸を繋いで体を滑りこませ、想定した場所に間違えずに移動する。

 それだけのことを一瞬でやる必要があるので、予見とは比べものにならないくらい難易度が高い。

 ミリアは遅々として進展のない己の法術の腕前を憂い、ため息をついた。


 アルトもラジェも簡単にやっているように見えたけど、全然そんなことなかったんだなあ。私にもちゃんとできるようになるのかな?


 ミリアはチラリとレイの姿を横目で見る。レイは三週間かけてやっと一通り本を読み終えたようだが、まだ法術は視れていないらしい。


 全然文字が読めなかったのに、入門書とはいえこの短期間で本を一冊読んじゃうなんて、侮れないよね。

 うかうかしてレイに追い越されたりしたくないし、私もがんばらなきゃ。絶対できるようになるんだから!

 法術で大事なのは、まずは理論的にできると心から信じること。どんなに難しく思えても、ちゃんとできるようになる!


「アルト、今日も法術の練習つきあってくれる?」

「もちろんいいよ」


 アルトがミリアに快諾の返事をすると、チッとレイから舌打ちする音が聞こえた。


「レイ、君の方はどう? 本自体は読み終えたようだけど、意味のわからないところがあれば俺に聞いてくれていいからね」

「正直意味わかんねートコだらけだぜ。時の糸とか言われても想像つかねえし、目に見えねえもんをどう信じろって言うんだよ」


 フェルが隣で大きく頷いて、肯定の意を示している。


「そうだそうだ。目に見えない、よくわからないものを信じろと言うのは無理がある。だから法術というものは苦手なんだ。レイ、いっそのこと法術は諦めて、俺に剣を習うのはどうだ?」


 横から口を挟んだフェルに対して、レイは苦々しい表情で首を横に振った。


「いや、一度やると決めたからには、できるようになるまでやりてえんだ」

「お前、やはり根性があるな。もう少し体格がよければ騎士に推薦してやってもいいくらいだ」

「ハハッ、もしも法術がモノにならなかったら、兄さんに推薦してもらうのもいいな。孤児の俺が騎士様になれるなんて、すげぇ大出世だ」


 レイは明るく振る舞っていたが、どこか無理をしているようにミリアには感じられた。





 その日の夜。レイはフラリと林の中に姿を消した。また小動物を罠にかけにいったんだろうと思ったけれど、なんとなく彼のことが気になったミリアはレイを追いかけることにした。


「ラジェ、先に寝てて。私レイと話をしてくる」

「夜の森は危ない。話は明日した方がいい」

「うん、それはそうなんだけど。なんとなく今日の方がいい気がして」


 ラジェは大きな瞳を細めて、一つ瞬きをした。


「行った方がいいかもしれない。法術師の勘はよく当たる。例え法術を使っていない時でも」

「そうなんだ。感覚が鋭くなるのかな?」

「当たらない時もある」

「あはは、勘だもんね、外れることもそりゃあるよ。じゃあ、行ってくるね」

「気をつけて」


 ラジェは屋敷での一件から、ミリアに対して態度が柔らかくなり、前よりまともに話をしてくれるようになった。

 相変わらず無表情が標準装備なのは変わらないけれど、ラジェなりに歩み寄ってくれているのがわかって、ミリアはくすぐったくて嬉しい気分になった。


 レイとも、仲よくまではいかなくても、せめてギスギスしないでやっていけるといいんだけどなあ。レイは頑固そうだし無理かなあ。


 アルトとフェルは既にテントに引っこんでいたので、ミリアは声をかけるのを控えて一人林へ向かった。


 夜の林には月明かりがほとんど差しこまない。明かりを持ってくるべきだったと気づいたミリアが一度道を引き返そうとした時、しゃがみこむレイの姿が見えた。


「レイ、ここにいたんだ」

「なんだ、お前か。脅かすなよ。こんなところになんの用だ」

「用ってほどじゃないけど、法術の勉強で困ってるなら声かけた方がいいかなあと思ったの」

「テメェに聞くことはなんもねえよ」


 ハッと吐き捨てるように息を吐いたレイヤードは、前方に鋭い視線を向けるとスッと立ちあがった。


「チッ。ヤベェのに見つかった」

「えっ、なに?」

「どんくせぇな、来い」


 レイに手を引かれ、ミリアは林を背にして駆けだす。後ろからザザッと木々の間をなにかが走り抜ける音が聞こえた。

 ええっ!? 一体なにに追われているんだろう!?


 ミリアが後ろを振り向きたい衝動を堪えて走り続けていると、ギャイン! と甲高い鳴き声が夜の林の中から聞こえた。


「しめた! 一体引っかかったな。でもまだいる、トロトロすんな、走れ!!」

「きゃっ!!」

 焦ったレイヤードに無理に引っ張られたミリアは転けてしまった。獣の足音があっという間にミリア達の元に迫る。レイヤードは懐から短剣を取りだし構えた。


「ハッ、犬っころどもが、かかってこいよ!」


 レイが挑発すると、一匹の灰色狼がレイに飛びついた。短剣が振るわれると血飛沫が舞う。ミリアはそれを呆然と見ていたが、ハッとして立ちあがった。だが気がついた時には、狼に周囲を包囲されていた。


「レ、レイ……どうしよう、囲まれちゃった」

「邪魔にならねえようにジッとしてろ、俺がなんとか……くっそ、数が多いんだよ」


 怪我をした一匹は後ろに下がったが、まだ六匹の狼がミリア達を囲んで、威嚇しながらゆっくりと距離を詰めてきている。


 ああ、私に瞬間移動が使えたら、レイを連れて包囲網を抜け出せたんだけどな。とにかく予見を使って、少しでも安全な方を見極めて……


 ミリアが予見を使うより前に、一匹の狼がミリア目がけて横から飛びかかった。

 レイはすかさず短剣を突きだし、狼を撃退する。そこにもう一匹がレイに突進していき、短剣を持つ腕に噛みついた。


「いってぇ!!」

「レイ!」


 ミリアが悲鳴をあげる。その時、音もなくラジェが地に降り立ち、レイに噛みついた狼に刃を突き刺した。狼は悲鳴をあげてレイから離れる。


「ミリア、こっちだよ。レイも下がって」


 アルトも宙から現れ、杖を使って狼を牽制する。分が悪いと見たのか、狼は一声吠えると夜の林に駆けだし、去っていった。

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