19 雨上がり
晩餐会の終わりに、フェリックスは次の日の早朝に出立すること、見送りはいらないことと礼の言葉を述べて広間を退出した。ミリアとアルトもそれに倣い、お礼を告げて部屋を後にする。
フェルは道案内がいらないことをメイドに告げる。しばらく廊下を歩いてメイドの姿も見えなくなった頃、彼はジトリとアルトを睨んだ。
「お前、姉上に嘘は言っていないだろうな。シュゼフ家などという子爵家が台頭したという話は、俺も聞いたことがないぞ」
「嘘なんてついていないよ。俺が子爵なのも、サルダ辺境都市の近くに領地を持っているのも本当のことだ。まあ、近くといっても国境の向こう側に領地はあるし、ゼネルバ法国で戴いた爵位だけど」
「そうなの? でもアルトが最初に会った時に着ていたゼネルバ法国の衣装は、今思うと複雑な織模様で刺繍もたくさんされていたよね。子爵よりもっと上の爵位なんじゃないかなって思ったよ」
ミリアの一言に、アルトは片目を瞑ってみせて悪戯っぽく笑った。
「ミリア正解。子爵位は戦争での功績とか、法術師としての活躍でもらったもので、俺自身は公爵家の生まれだよ。今後公爵位を継ぐかどうかはわからないけどね」
「公爵家の!? どうしよう、今からでも敬語を使った方がいい?」
慌てるミリアに、アルトは手を振って否定した。
「やめてやめて、俺はそういう風に言われるのが嫌だから、聞かれるまで身分を明かさなかったんだ。今まで通り気軽に話してよ」
「本当にいいの? でも私も一応ほら、お年頃だし……アルトなんて愛称で呼んでいたら、誤解するような方もいるんじゃない?」
暗に婚約者はいないのかと仄めかしてみたら、アルトはキチンと意味を読みとり否定した。
「婚約者はいないよ。十年前のゴタゴタで話がたち消えて、それからは陛下の側近として仕えるのに忙しかったからね。だから今まで通りアルトって呼んでよ。ミリアにはそう呼ばれたいんだ」
ミリアはホッとした。そっか、アルトにも婚約者はいないんだ。私と一緒だ。
「俺も婚約者はいないぞ、だから俺もこれまで通り、気軽にフェルと呼び捨ててくれ」
フェルも張りあうように言葉を重ねてくる。
「二人ともありがとう、じゃあ遠慮なく呼ばせてもらうね、アルト、フェル」
ミリアが笑顔で笑いかけると、二人も笑い返してくれた。
*
「あー、貴族メシ美味かったなー。フェル兄さん、外でああいうメシを用意すんのって難しいよな?」
「そうだな、火の調整もしづらいし、食材の鮮度の問題もあるから難しいだろう」
「やっぱそうだよな。はあ、また食いてえな」
レイは旅の道中しきりにボルドウィンの屋敷で食べたご馳走を恋しがり、フェリックスを苦笑させた。
「まあ、そのうちまた機会はあるだろう」
「そうだな、兄さんといればまた美味いメシにありつけそうだ」
レイはすっかりフェルに餌づけされて懐いていた。ミリアを相手にする時の態度とはえらい違いだ。
「レイったら、よっぽどご飯が美味しかったんだね」
「うん? なにか言ったミリア?」
アルトに話しかけると、彼は珍しくミリアの話を聞いていなかったようでそう聞き返してきた。
「ううん、大したことじゃないの。アルトこそ考え事をしてたみたいだけど、どうしたの?」
「ああ、これから先のプランを考えていたんだ。フェル、ちょっといい?」
「なんだ」
アーガル近郊の地理に詳しいフェルと、予見を話の途中で挟みながらアルトは話しあった。
「駄目だな、王都に直接向かうのはどう考えても悪手だ。なにか他に裏道はない?」
「そうは言ってもな、王都は北側を山に囲まれた舌状台地に位置している。南側の都から入る以外となると、北の山を越えることになるが……正直薦められんな」
フェルは簡単に地面に略図を描いてみせた。上にゼネルバ法国、その下にユシ川とモイラ川が東西に走り、モイラ川から少し南下したところにアーガル山がある。
アーガル山は王都アーガルをぐるりと囲うようにして、西から東にかけて高く聳えていた。
「これからの時期は雪が降る。崖の多い急峻な山だから、山越えは鍛えられた騎士でも厳しいものとなるだろう」
「うん、それはわかるんだけど。けれどこのまま王都に向かうことは、猛獣の目の前で腹を晒すこととなんら変わりがないんだ。どう考えてもまずい」
「具体的になにがまずいの?」
ミリアが質問すると、アルトはわかりやすく教えてくれた。
「まず、王都側に俺たちが向かうとすると、確実にミリアは捕らえられるだろうね。王立騎士団は女王の手先だ」
「そこは俺がなんとかしてみせよう」
「その場合、よっぽど迅速に上手くやらないとフェルが反逆罪で捕らえられることになる。正直キツいよ、向こうは俺達が自由に法術を使えないように、既に守りを固めている。王都内で法術を使うことは難しいかもしれない」
「そうなの? そんなことができるんだね」
ラジェがミリアの後ろから、話の輪に入ってきた。
「アーガル王都内は法石で守られている。王城もそう」
「ほう、それは初耳だ」
「法術師にしかわからない情報だからね。アーガルシアは法術後進国だから、ここまで防衛をしっかりしているとは思ってもみなかったけど、女王が法術師なら納得だ。それも、理を越えているのなら尚更」
「ことわりを、越える?」
ミリアの疑問に対し、アルトは真剣な顔つきで頷く。
「法術でやってはいけないことがある。既にこの世と関わりのない時の糸を無理矢理繋げて、死者の魂を呼びおこすことだ」
「死者の魂……ボルドウィン様が言っていた、幽霊のこと?」
「そう。理を超えた法術師は瞳に罪の証を背負い、理性を失い欲望のままに振舞うことしかできなくなる。女王が圧政を敷いているのはこのせいだろうだね」
ミリアは本の一節を思いだした。
法術師は生と死の理を乗り越えてはいけない。もし越えれば、その代償に狂気に瞳を染め、理性を失い際限なく法術を使うこととなるだろう。結果的に生命力を枯渇させ、死に至る。
「それ、この前本で読んだよ。欲望のままに法術を使いすぎて死んじゃうって怖いな。でもだとしたら、一年前に即位した女王様はどうして今も無事に生きているんだろう?」
「さあ、それは俺にもわからない。誰か協力者がいるとか、辛うじて理性を残しているケースがあるとか?」
アルトも疑問に思ったのか、顎に手を当てて首を捻った。
「でもおかしいな。ゼシア故国時代にこの術は禁術指定されたから、死者を呼び戻す方法が書かれた書物は全て焼かれて、一冊も残っていないはずなんだ。女王はどこから知ったのか……」
ラジェもミリアの後ろで深刻な表情で考えこんでいた。しばらく悩んだ後、顔を上げて発言する。
「城の全てを法術使用不可にしているはずがない。女王も使えなくなるから。どこかに使用可能な場所がある」
「そうだね。法石の貴重さを考慮しても、王都王城含めて丸ごと使用不可能にしているはずがない。外から予見を使って視たり、瞬間移動で飛ぶことはできなくても、中では案外使えるかもね」
「だとしても王都は危険」
「俺もそう思うよ。山越えも安全とは言いきれないけど、直接王都に飛びこむよりは百倍マシだ」
ミリアはボルドウィンの屋敷で、王都の方を予見したくてもできなかったのを思いだしていた。法術使用禁止にできる法石があるなんて、どおりでなにも予見できなかったはずだ。
大人しく法術師同士の話を聞いていたフェルは、ここではじめて口を挟んだ。
「王都に向かわないとなると、このまま東へ進みアーガル山の北の麓に向かうしかあるまいな。確かここに小さな村があったはずだ」
フェルが山の北西側に小さく丸をつけ足した。
「なあ、話はまとまったのか? そろそろ行こうぜ」
レイヤードの一言で、ミリア達はフェルの言う村を目指して東へと歩みはじめた。




