17 お風呂とドレス
ミリアが一緒にお風呂に入ろうとラジェを誘うと、彼女は拒否をした。
「行かない」
「どうして? 髪もまだ濡れてるし、唇も真っ青だよ」
「大丈……くしゅん」
「ほら、風邪ひいちゃうよ! 行こう」
ミリアが急かすと、ラジェは観念して着いてきた。
メイドに案内されて浴室に入ると、ラジェはメイドを廊下に追いだした。メイドは戸惑っていたが、ラジェに譲る気がないとわかると石鹸と髪用の香油を渡して退出した。
「体洗ってもらわなくていいの?」
「自分でする」
「そっか。じゃあ私も自分で洗おうっと」
ミリアも特に着替えを手伝ってもらうほど複雑な服を着ていないので、スルリと脱いで一緒にお風呂へ向かった。浴室は湯気がすごくて前が見えないくらい立ちこめているので、あまりミリアの体型コンプレックスも刺激されなくて大変よい塩梅だった。
ボルドウィンはお風呂好きなのか、屋敷には風呂場が二つもあり、一つを女子用として貸しきることができた。風呂場には趣向を凝らしたバスタブが用意されており、その隣にシャワーがくっついている。
「このバスタブ大きい! ねえラジェ、ここなら二人で入れるよ」
「いい。先にミリアが使って」
ラジェのお言葉に甘えて、ミリアはお先にあったかいお風呂を堪能した。メイドにもらった石鹸をバスタブの縁に並べて、ワクワクしながら眺める。
「うわあ、この石鹸いい匂い! 使っていいってことだよね? 嬉しいー」
石鹸に感激しているミリアの隣で、ラジェは頭と体を簡単にシャワーのお湯で濡らしていた。ミリアはなかなか触らせてもらえないラジェの髪を触りたいがために、こんな提案をしてみた。
「ラジェお嬢様! 私が髪を洗ってさしあげますよ」
「いい」
「いい、じゃないよラジェ! なにその髪の洗い方、お湯を頭から被っただけじゃない! せっかくの長い髪なんだし、石鹸もあるんだから絶対これで洗った方がいいよ! ほらお嬢様、こちらにお座りくださいな」
ミリアは前からラジェの髪の扱い方が気になって仕方なかったので、この際強引に押してみることにした!
磨けば絶対に光る素材なのに、なんてもったいないのラジェ! 髪はレディにとって一番大事なんだから。今日こそは綺麗にするからね!
ミリアは人の髪こそ洗ったことはないが、自分の髪なら洗い慣れている。
ドレンセオの屋敷にも入浴を手伝うメイドはいたのだが、堅苦しいのが好きではなかったミリアは時々自分で洗って済ませていたからだ。特にこっそり海に遊びにいった日なんかは、バレないようにコソコソと、仲のいい使用人にお風呂を沸かしてもらったりしていた。
慣れた手つきでラジェの髪を泡だらけにしはじめたミリアに、ラジェはため息をひとつついて諦めたようで、大人しく洗わせてくれた。
柔らかい髪を丁寧に解して、お湯をかけてしっかり石鹸を流す。
「はい、できた。私は先に出るけど、ラジェはしっかり温まってきてね」
返事はなかったが、ラジェは浴槽の中に鼻の下辺りまで体を浸して、ミリアになにか言いたげな目を向けていた。
ミリアはお風呂から出て、着替えが五着ほど用意されていることに感動した。しかもそれらがとても素敵なドレスだったので、飛びあがって喜んでしまった。
「わあ! どれもかわいいっ、素敵!」
「失礼します、お嬢様。御召し物を整えますので、入室してもよろしいでしょうか?」
「いいよ、お願いするね」
肌着を身につけたミリアが許可するとメイドが着替え室に入ってきて、選んだドレスを着つけてくれた。ミリアは身軽な服装も好きだが、たまにオシャレをすると気分が上がるタイプなので、にこにこしながらドレスが仕上がっていくのを見ていた。
「御髪も整えますね」
「うん、よろしく!」
香油で艶々にしてもらってから綺麗に編みこみを入れてもらい、アップスタイルにしてもらう。軽く化粧もしてもらって鏡を見せてもらうと、そこには美しく装う貴族の少女がいた。薄紫のドレスがミリアのクリーム色の髪によく似合っている。
これならレイだって、私のことを平民の女の子と見間違えたりしないはず。うん、そばかすも増えてないし、バッチリだね!
ミリアはオシャレ心が満たされて大変満足した。メイドの腕前を褒め称えたところで、いつまでもラジェがお風呂から上がってこないことに気づく。
「あれ、ラジェは? あ、そうか。あなた達、退室してもらっていいかな?」
「ですが、もう一人のお嬢様の着付けはどうなさいますか?」
「私がなんとか説得してみるよ」
ミリアが思った通り、ラジェはメイドがいなくなるやいなや浴室から出てきた。肌がピンク色に染まりきっていて、だいぶ温まったようだ。
「ラジェ、ドレスが用意されてるよ。せっかくだし着てみようよ」
体を拭いていつもの服を亜空庫から取りだしたラジェは、ミリアの提案を聞いて露骨に嫌そうな顔をした。
「……」
「ラジェが着飾ったところ見てみたいなあ。一回見たら満足するんだけど、どうしてもダメかな?」
「わかってて言ってる?」
「え、なにが?」
なにをわかってるって? 問いかけの意味が本気でわからなかったミリアはきょとんと目を見開く。
「私はただ、ラジェって本当はすっごく綺麗なんだろうなって思うから、着飾った姿を見てみたいだけだよ」
「なぜ?」
「なぜって、ラジェに興味があるからかなあ? ラジェにはいろいろ助けてもらってて、とてもいい人なのに、なんだか私を……ううん。誰と関わるのも避けてるでしょう? それってすごくもったいない気がして。もったいないというか」
うーん、とミリアは考えこむ。そう、寂しいなって思うんだよね。ラジェとはいつも一緒にいるのに、心の距離が遠いままなんだ。
「ラジェが嫌じゃなかったら、もっと仲良くなりたいなって思う」
「……そう」
ラジェは少しの間考えこんでいたが、やがて顔を上げた。
「わかった。着る」
「いいの!? やった! もちろん髪も綺麗にしていいんだよね?」
「いい。ただし、今回だけ。メイドには任せない、全部ミリアがするならいい」
「うんうん、ドレスの着付け、やったことないけどやってみる!」
ミリアは鼻歌を歌いながら、メイドの真似をしてコルセットを結んでみた。これ、実はかなりの重労働なんだね。力が足りない……!
なんとかコルセットを締めあげた後、ミリアは上がった息を整えながらラジェの好みを聞いた。
「どのドレスがいい?」
「……これ」
ラジェが選んだのは控えめなデザインのネイビーのドレスだった。
「わかった。ええと、ここがこうなってて、袖のボタンは……これかな?」
悪戦苦闘しながらボタンを留めて、リボンを結びスカートの形を整える。
なんとか形になったので、次は髪だ。髪は自分で編んだ経験があるのでなんとかなる。というより得意分野だ。
ミリアは川や海に出かけては乱れた髪を自分で直していたので、気がついたら髪結いがすっかり上手くなっていた。
髪に香油を塗って櫛を入れると、白い髪は銀の艶を帯びて輝いた。
「うわあ、なんて綺麗……」
うっとりしながら結いあげていると、首の後ろに引きつれたような傷跡があるのに気づいた。真横に斬られたような切り傷は、見ていて痛々しい。
「これ、痛くないの?」
ミリアが指先で傷の側に触れると、ラジェが傷を覆うようにして手で隠した。
「やめて」
「あ、ごめん」
「……」
ラジェはしばらく黙った後、ミリアをチラリと窺うと小さな声で呟く。
「痛くない、けど……醜いから」
瞳を伏せてうつむくラジェは、化粧もしていないのにまるで妖精のように美しかった。
「醜くないよ、ラジェ。ほら、こんなに綺麗になったよ」
ミリアが鏡を見せると、ラジェは自嘲するかのように唇の端を歪めた。
「本当にそっくりで、嫌になる」
「ラジェ?」
「部屋に戻る。夕食はいらない」
ラジェはミリアに振り向いた。なぜか泣きそうな顔をしていた。
「ごめん」
そう言うと同時に、ミリアの目の前を一筋の風が通り過ぎて、ラジェの姿はかき消えていた。




