16 はじめての法術
その後も村に立ち寄ったり、道中のご飯がレイの獲った小動物のお陰でより豪華になったりしながら旅を続けた。
木々が色づきはじめたある日の朝、出発準備を整えたラジェがふと空を見上げる。ミリアがつられてラジェの顔を見ると、タンザナイトの瞳がぼおっと青紫に光るのが見えた。
「あ」
「なに」
「今、法術使ったの?」
「そう。今日は雨が降る」
ミリアは空を見上げた。秋の空は雲ひとつない快晴だ。
「私もやってみていい?」
ラジェは無言で頷いた。ラジェの法術発現の瞬間を見て、今なら法術が使えそうな気がしたミリアは、ラジェと同じように空を見上げた。ひとつ深呼吸をする。
……私には見える、この先の未来がどうなるのか。私にはわかる、それが心から信じられる……これは信頼できる理論に基づく事実だから。
世界の中に時間を司る糸が漂っている。たくさんの可能性があって、その中の一番大きな糸を手繰り寄せるイメージで……
ミリアが自己暗示をかけながら一心に空を見つめていると、やがて青い空に雲が重なって見えはじめた。
その雲は暗く重たくて、今にも空から降ってきそうだ。降りだした雨は強く冷たく、幻の雫を顔に受けたミリアは思わず顔を覆った。
「冷たっ……くなかった、本当に降ってきたかと思っちゃった」
「ミリア、見えた?」
「見えたよ、雨が降ってたね。かなりの土砂降りになりそう」
「おめでとうミリア。これで君も法術師だ」
後ろから様子を見ていたアルトが、ミリアの肩にポンと手を置いた。
「予見って、不思議な感覚だね。まるで目の前で起こったことみたい」
「これから実際に起こることを先に視ているわけだからね。この調子なら、コツを掴めば亜空庫や瞬間移動もすぐに使えるようになりそうだ。ミリアはとても筋がいいし、期待してるよ」
「ありがとうアルト。私、がんばるね」
レイの恨めしそうな視線がミリアの背中に突き刺さる。気づいたミリアは、ふふんと胸を張った。
「レイ、今からでもお姉様って呼んでくれるなら、教えてあげてもいいんだよ?」
「誰が呼ぶかバーカ」
レイはそっぽを向いて歩きはじめた。ミリア達もその後を追う形で歩きだす。
最近、法術に対して胡散臭そうな目を向けながらも、その便利さにすっかり慣れたフェルが、腕を組んで思案する。
「そうか、雨が降るか。ミリア嬢、土砂降りになると言っていたな?」
「そうだよ、歩けないくらいの大雨だから、どこか雨宿りができる場所を見つけなきゃね」
「だとすれば、この先にエルトポルダ家の別荘があるから寄っていかないか。今は兄夫婦が身を寄せているはずだが、一晩くらいは頼みこめば泊めてくれるだろう」
「どのくらい先にあるの?」
「徒歩だと正直読めんが、まあ昼近くには着くのではないか?」
曖昧なフェルの返答に、アルトが難しい顔をした。
「間にあうといいけどね」
ミリアとラジェが予見した通り、昼を過ぎてしばらくすると雨雲が暗く空に垂れこめてきた。
早足で進むが、湿度も上がってきていて今にも雨が降ってきそうだ。
丘の上に大きな屋敷があるのを見つけて、アルトが指さす。
「フェル、あそこに見える屋敷が君の言ってた別荘かな?」
「ああ、あれだ。っまずい、降りはじめたぞ」
ミリア達は駆けだすが雨足は思いの他強く、屋敷に着くまでの間にかなり雨に濡れてしまった。
「あーあ、びちゃびちゃだね……」
「寒そうだなミリア嬢、すぐに湯を用意させよう。誰かいるか!? フェリックス・エルトポルダだ。ここを開けてくれないか!」
フェルが声を張りあげながら玄関の扉を叩くと、中からメイドが顔を覗かせた。
「フェリックス・エルトポルダ様? 少々お待ちください、主人に確認して参ります」
すぐに扉は閉められ、メイドが去っていく足音がする。
「ミリア、これを使って。ラジェもいる?」
「ありがとうアルト」
「いらない。持ってる」
アルトがタオルをくれたので、ミリアはそれをありがたく受けとり髪を拭いた。
その間に、フェルがレイに貴族の屋敷での過ごし方について注意していた。
「いいか、屋敷の中ではくれぐれも大人しくしているんだぞ? 兄上はレイを使用人として扱うかもしれんが、黙って発言を許可されるまで話すな。守れなければ追いだされると思え」
「堅っ苦しいな。わかったよ、こんな雨の中放りだされたくないし、大人しくしてる」
しばらくすると、屋敷の主人らしき立派な風体の男性が現れた。金の髪に紫の瞳をしていて、フェリックスがもう少し歳をとればこういう感じになりそうと思えるくらいにとても似ている。
「おお、フェルではないか! さあ、入ってくれ。久しいな、確かお前は騎士を辞めてからエルトポルダに身を寄せたのではなかったか?」
「ボルドウィン兄上、ろくに便りもよこせずにすまなかった。兄上のおっしゃる通り、俺は一時期エルトポルダに帰郷していたが、今は訳あって旅をしているところだ」
「そうかそうか。このままでは体を冷やしてしまうな、湯を用意させるから温まっていくといい。おや、連れがいるのか?」
ボルドウィンはミリア達に視線を走らせる。アルトが手を胸に当ててアーガル貴族風のお辞儀をしたので、ミリアもそれに習ってカテーシーを披露する。久しぶりなので足がつりそうになった。
ラジェは突ったったまま平然としていて、レイヤードは見様見真似でアルトの真似をしようとして、バランスを崩してコケそうになっていた。
「今は訳あって平民のように振る舞っているが、高貴な身分の方もいる。皆俺の大切な旅の仲間だ、どうかご配慮いただきたい」
「この小汚い少年共もか? ふむ、お前がそう言うのならそのように手配しよう」
「ありがとう、兄上」
フェルの機転により全員お湯を分けてもらえることになった。使用人扱いならタオルで体を拭くように言われてお終いだっただろう。ミリアはほっと胸を撫でおろした。
レイヤードが小声でフェルに確認した。
「なあ。俺も湯を使っていいのか?」
「ああ。作法などわからんだろうから、全て俺の真似をしておけばいい。食事のマナーは流石に誤魔化しがきかんだろうから、部屋に運ばせるよう手配するから先に食べておけ」
「おう、そうさせてもらうぜ」
ミリアは達は客間に案内された。贅沢に個室を用意してくれたものの、知らない屋敷で一人はなんだか落ちつかない。
ミリアはメイドからお湯の用意ができたという知らせを聞いて、ラジェをお風呂に誘うことにした。
ここではじめてミリアちゃんが法術を使いました。
今後はバシバシ使っていきます。
ハッピーバレンタイン!(1日遅れ)




