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11 国境沿いの草原を行く

 ミリア達は見晴らしのよい草原をひたすら歩いた。モイラ川は少し川幅が狭くなったけれど、まだまだ船が通っていく程度には大きかった。


「あ、あの北側の山は俺の国からも見えるよ」

「あの一番高い山のこと?」

「そうそれ。あそこはすでにゼネルバ法国の領土だ」


 王都に数回出かけた程度の旅行経験しかないミリアは、未知の景色に目を輝かせた。


「綺麗な山、雪が積もったらもっと綺麗そうだね」

「秋の終わりになれば雪も降りはじめるんじゃないかな、ゼネルバはここより寒いからね」

「そうなんだ」


 アルトの故郷はどんなところなんだろう。今はミリアと同じような、ちょっと裕福なアーガルシア人の平民みたいな格好をしているアルトを見上げる。


 アルトも最初貴族っぽい凝った装飾の服を着ていたし、やっぱり貴族なんだろうな。私、アルトのことほとんど知らないや。聞いたら教えてくれるかな?


 その日の夜は野宿になった。意外な才能を発揮したフェルによって、晩御飯のスープは少し豪華になった。アルトの優しい味も美味しかったけど、調味料をふんだんに使ったフェルの味つけもかなり美味しい。


「へえ、こういう味つけもいいね」

「ふふん、そうだろう。遠征中でも美食を食べたくて研究したからな」


 グルメなフェルのおかげで美味しい夕食を食べられて、ミリアもお腹いっぱいになるまで食べてしまった。


 食事後に豪華なベッドを亜空庫から取りだしたラジェを見て、彼は度肝を抜かれていた。


「これはなんだ、どういう仕組みだ!」

「大声は嫌い」

「ああ、すまん。で、お前はこれをどこから取りだしたんだ?」

「亜空庫」

「つまり法術だな? くっ相変わらず珍妙な……これの仕組みはどうなっているんだ」

「別空間を構築する」

「なんだそれは、わからん!」


 律儀に声を抑えてラジェを質問責めにするフェルに対し、ラジェは意外とまともに返答を返している。

 彼らの様子を見守りながら、アルトとミリアは座って食後のお茶を飲んだ。


「アルトの目的は教えられないって聞いたけど、アルト自身のことは聞いてもいい?」

「俺のこと? なにが知りたいの?」

「えっと……」


 知りたいことはたくさんある。年は? 爵位は? 婚約者はいるの? もし婚約者がいるとしたら、こんなところで私と仲良くしてて大丈夫? いつかはやっぱり国に帰っちゃうの?


 なんだかどれを聞くのも恥ずかしい気がして、結局こんな質問をした。


「アルトはフェルと戦争の時に知りあったって聞いたけど、アルトも騎士なの?」

「俺はその時一三才だったから、正式な騎士だったわけじゃないんだ。法術を使って戦況を混乱させたことならあるよ。少し実力を試してみたくてさ」

「そ、そう」


 なかなかヤンチャな子どもだったようだ。


「この百年ほどは、ここの土地は取ったり取られたりの繰り返しだね。十年前はゼシア故国がクーデターで荒れている時に、アーガルシア王国がちょっかいをかけた感じで」

「へー……」


 なんだか真面目な話にシフトしてしまった。なにか思うところがあるのか、アルトは珍しく饒舌に話を続ける。


「アーガルシアからすると首都に程近いところにゼネルバ法国があるから、自分のところにしておきたいんだろうけど。俺達から言わせれば侵略者はアーガルシアなんだ」

「そうなんだ、私知らなかった……てっきり戦争をしかけてきたゼネルバが悪いと思いこんでたよ」

「ゼネルバ人はアーガルシアこそが自分達の領土を侵した悪だと思ってる。まあ、この話はやめよう、不毛だ」


 アルトが自分から言いだしたのに突然話をやめてしまう。彼は若草色の瞳を眩しそうにミリアに向けた。


「みんながミリアみたいにいい子だったら、戦争なんてしなくてすむんだけどね」

「アルト……」

「さあ、そろそろお開きにして、寝る準備をしよう」


 寝る前にも一悶着あった。ミリアがラジェと共に平然と同じベッドを使おうとするので、フェルが慌てて止めたからだ。


「待て! ミリア嬢、そいつは少年なのか、少女なのか、結局どっちなんだ!」


 ミリアが答える前に、ラジェはフェルの背後に回って彼を締めあげた。


「うっ!? いつの間に! なにをする!!」

「節穴。失礼な男」


 ラジェはフェルを解放すると、ミリアの手をとりさっさと寝床に入っていってしまう。


 寝台のかけ布の向こう側で、不満そうなフェルの声と、抑えきれなかった笑い声をもらすアルトの声が聞こえてきた。


「ラジェは女の子だよ、本気でわからなかったんだ?」

「あいつが女? 信じられん……女っていうのはもうちょっとこう、可愛げや色気があるものだろう」

「ラジェみたいな綺麗な人が、可愛げや色気を出していたら平穏無事に旅なんてできないからあの態度なんでしょ。それに……いや、いいか。さあ、くだらない話してないで、俺達も寝よう。君もテントくらい持ってきてるよね?」

「馬鹿にするな、もちろん用意してある」


 なんとなく二人の話を聞いていたミリアは、ラジェに耳打ちした。


「ラジェ、綺麗だって褒められてるよ」


 ラジェは怪訝な表情をした。


「どこが? ミリアの方がかわいい」

「えっ? そんなことないと思うけど……」


 今は髪に艶がなくボサボサで、真っ黒な格好でズボンを履いて、男の子みたいな格好をしているラジェだけれど。肌は綺麗だしなんといっても顔のパーツが整っている。磨けば絶対に光る素材だ。


「あっ、そういえば私、櫛と油を買ったの。ラジェの髪を梳かしてもいい?」


 ラジェは無言で布団を被ってしまった。……今は機嫌が悪そうだから、また今度声をかけてみようかな。


 ミリアも寝支度をして柔らかなシーツに顔を埋める。横になってザワザワと風に揺られる木々の音を聞いていると、さっきのアルトの話が頭の中に蘇ってくる。


 お父様とお兄様は、なにか悪いことをしたから捕らえられたんだろうか? 私にはそうは思えないけど、女王様にとっては、お父様達が悪だったってことなの?

 どうか無事でいて、お父様、キルフェスお兄様……


 祈りを捧げているうちに、ミリアはいつのまにか眠りに落ちていた。





 その頃王都アーガルにて、無骨な要塞ような外観の城の中、美しく優美に整えられた女王の一室で、椅子に腰かける女性が一人。


 彼女は豪奢に結い上げられた銀の髪に、血の様な赤い目をしている。同色に輝く石を手のひらの中で遊ばせていた。


 彼女こそがアーガルシアの女王、リリエルシア・ファルドゥ・アーガルシアその人だった。


「出てきなさい、ヴィヴィアンヌ」


 リリエルシアが虚空に呼びかけると、中空に女が現れた。黒髪に黒いドレス、瞳は黒い布で覆われていて見えない。優美だが全身黒づくめの姿だった。


 ヴィヴィアンヌは宙に浮いたまま女王の指示を待つ。風もないのに長い髪がユラユラと揺れていた。


「この前ガヴィーノにお願いしておいた小娘のことだけど。彼女王都に向かってきているそうよ。面白そうだからしばらく泳がせることにしたわ」


 ヴィヴィアンヌは無言のままその言葉を聞いていた。


「ゼネルバ人の貴族と、元王立騎士、それからラジェって名前の白髪の女も一緒だそうよ。ふふっ……愉快なことになりそうね。もうちょっとしたらちょっかいをかけてみようかしら? その時にはあなたに一番に会わせてあげるわ。気になるでしょう?」

「……はい」

「邪魔をするなら殺してしまってもいいわ。ああ、もちろん小娘は別よ? あの子には、私のお願いを聞いてもらうんだから」


 女王は機嫌がよさそうにクスクスと笑ったが、ヴィヴィアンヌは蝋のように白い顔をして、その場に所在なく浮かんでいた。


「あなた、少しくらい笑いなさいよ……いえ、やっぱりいいわ。あなたの顔を見ていると気分が悪くなるの、もう消えて」


 ヴィヴィアンヌは宙に溶ける様に消えた。リリエルシアは顎から首元を手で撫でると、痛みを堪えるように一度目を閉じて、またうっとりと笑った。


「うふふ……楽しみだわ、ミリアージュ。早くわたくしのお願いごとを叶えてね」


 リリエルシアの手の中の石は、彼女の言葉を受けて妖しく光を帯びていた。

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