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10 二人で町歩き

 話はまとまったが、では今日出立しましょうという訳にはいかない。

 なんだかんだやるべきことをやっていたらしいフェリックスは、仕事の引き継ぎに時間が必要ということだった。二日後の早朝にみんなで大門前で合流するという話になった。


「じゃあ、今日は町の中を見てまわれるね。私も買い物してみたい!」

「いいよ。俺の買い物は一通り済んでるし、つきあうよ」

「眠い……」


 ラジェはそんな二人を置いて、あくびをしながら宿の部屋へと戻っていった。


「ラジェは部屋で休むのかな?」

「みたいだね。俺達だけで行こうか」


 アルトとミリアは宿から出て、ざわつく大通りへ歩を進めた。


「もし櫛と髪用の油を見つけたらそれを買いたいの。あと、食糧は足りてる? これから寒くなるし、私の服も買わないとダメだよね」

「順番に見ていこうか。まずは服屋に行こう」


 ミリアは生まれてはじめて古着屋に足を踏み入れた。ちょっと裕福な庶民や商人の娘が着るようなデザインの服はとても動きやすそうで、ミリアは一目で気に入った。


 何着か秋冬に向けて購入する。たくさん買っても大丈夫、昨日のうちにラジェの亜空庫を使わせてもらえるか聞いて、了承をもらっているのだ。


「お待たせアルト、次行こう」

「いいのは買えた?」

「買えたよ!」


 服屋で会計を行い自信がついたミリアは、続いて日持ちしそうなナッツとドライフルーツを数袋買った。


「アルトはナッツ好き?」

「おいしいよね、好きだよ」

「じゃあこれ、一袋あげるね。いつも守ってもらえて助かってるから、そのお礼だよ」

「お礼だなんて。俺は俺の目的のためにミリアを助けているだけだよ?」

「それでも、すごく助かってるから」


 アルトにずいっと袋を差しだすと、アルトは嬉しそうに笑って受けとってくれた。


「それならいただくよ、ありがとう」


 人混みの中、背の高いアルトについていけばとても通りやすい。ミリアは今度こそはぐれないように服の端をつまんでついていった。


「わっ」

「ミリア?」

「なんでもない! ちょっと段差につまづきそうになっただけ」

「手を繋いだ方が安全そうだ、繋いでもいい?」

「えっ」


 それはちょっと、デートみたいで照れるというか……ミリアはアルトをチラリと見上げたが、彼は微笑んでミリアが手をとるのを待っている。


 手を繋ぐと、彼は笑みを深くしてミリアの歩調にあわせて歩きはじめた。

 ミリアは最初こそ緊張してカチコチに固まっていたが、手を繋いだ方が周りを存分に余所見できることに気がついた。

 思う存分余所見をさせてもらっていると、気になるものを見つけて思わず呟いていた。


「あ、綺麗」


 ミリアの呟きを聞いたアルトが足を止める。露店には色とりどりの天然石が並べられていた。

 ちゃんと磨かれてもいない屑石のようだが、身につけられるようアクセサリーに加工されている。


 あ、あの優しい黄緑色の石、アルトの瞳の色と似てる。あっちはラジェかなあ、いやラジェの目はもうちょっと青みが強いかも。


 ミリアが夢中になって見つめていると、アルトも気になったのか露店を覗きこんだ。


「なにか買う?」

「ううん。綺麗だとは思うけど、お金には限りがあるしやめておくね」

「さっきのお礼に買おうか」

「いいよ、ほら、私にはこれがあるから!」


 首元からペンダントを取りだしてアルトに見せる。

 黄色の花を模したペンダントはちょっと子どもっぽいデザインかもしれないが、母の形見ということもあり大事に身につけていた。


「ミリア、これ……どこで手に入れたんだ?」

「え? お母様がくれたの」

「ミリアのお母様は、今ドレンセオにいる?」

「いないよ、私が幼い時に亡くなってしまったから」

「そうか……」


 顎に手を当てて考え事をするアルトリオ。


「この石になにかあるの?」

「ミリア、これは法石だ」

「法石?」

「法術の力が(こも)った石のことだよ。法術師が何年も時間をかけて力を蓄えることで、法石はできあがる」

「なんの力が籠ってるかわかる?」

「それは……ちょっとわからないな。借りて実験していい?」

「駄目!」


 ミリアは手の中の石を大急ぎで服の中に戻した。その様子にアルトは苦笑する。


「ごめん、お母様の形見なら大事なものだよな。気にはなるけど、害のあるものじゃなさそうだからこのままにしておこう」

「害がないってどうしてわかるの?」

「だってこんなにも柔らかい光が漏れているしね。ミリアも法術を学べば見えるようになるよ」


 アルトのその一言を聞いて、がぜん法術について知りたくなったミリアは、急いで買い物を終えて宿へと戻った。


 ラジェからもらった難解な本を開いてみる。ページを開いて少し読み進めると、早速わからないところが出てきたので、寝ぼけ眼のラジェに尋ねた。


「ラジェ! この本の、仍貫(じょうかん)では既存(じゅ)適用不能って書いてあるところ、どういう意味か教えて!」


 その日、アルトの隣室では夜遅くまでミリアとラジェの声が響いていた。





「うう、途中で寝ちゃったから結局ほとんど読めなかったなあ」

「法術は一朝一夕で理解できるものじゃないからね。気長にいこう。道中俺も教えるしさ」

「ありがとうアルト」


 大門の手前でフェリックスの訪れを待つ間、ミリアは気になっていたことをアルトに質問した。


「ねえアルト、この石は法石だって昨日言ってたよね。お母様はもしかして法術師だったのかな?」

「どうだろうね? 君のお母様が誰か人からもらった可能性もあるし、一概にそうとは言えないな。実際に君の母が生きていたとして、法術を使っている様子を見れば確定できると思うけど」


 それはつまり、お母様が亡くなった今では判定不可能ってことだよね。


 ミリアは幼すぎてろくに母のことを覚えていないが、父や兄姉に言わせると母は変わった人だったらしい。

 知るはずのない未来のことを知っているかのように話したり、人の背後に回って急に話しかけて驚かせるのが趣味だったとか、そんな話を聞いたことがある。


 それって、予見や瞬間移動をしていたってことじゃないの?


 ペンダントを見つめたまま熱心に考えごとをするミリアの元に、音もなくラジェが近づく。


「それ。よく見せて」

「見たいの? 大事なものだから、見るだけでよければいいけど」

「見るだけ」


 ミリアは一瞬ためらったが、ラジェが存外真剣な目をしていたので首から外して手渡した。

 タンザナイトの瞳は、黄色の石を朝の光に透かして見ている。アルトも一緒に屈んでそれを覗きこんだ。


「あったかい。とてもいい力」

「そうだね」


 二人はなにかに納得したかのように頷いた。ラジェはひとしきり眺めた後、ミリアにペンダントを返した。


「それ、大事にして。きっとミリアを守ってくれる」

「そうなんだ……お母様の形見だから、いつも身につけてお守りにしてるよ」

「それでいい」


 ラジェは珍しく少しだけ口元を緩めて微笑んだ。ミリアがそれに驚いていると、背後からフェリックスの声が聞こえた。


「遅くなってすまない、待たせたか?」

「問題ないよ、有意義な話ができたからね」

「ならいいが。おはようミリア嬢、変わりないか?」

「おはようフェル。今日も私は元気だよ。じゃあみんな揃ったし、出発しよ!」


 城壁都市エルトポルダまでは北に向かって突き進んできたが、これ以上北上するとゼネルバ法国の領土に入ってしまう。

 エルトポルダ上流でモイラ川は二股に分かれ、北の方のユシ川はゼネルバとの国境線となっていた。


 「この先、王都にはどのルートで行くのがいいのかな?」


 迷いなく歩きはじめたフェリックスにミリアが尋ねると、彼は丁寧に教えてくれた。


「ミリアが女王に追われているのならば、主要路を使うのは最も悪手だ。その他の街道も見つかる可能性が高い。となると、ユシ川とモイラ川の間の土地を通るのが最もよさそうだな。少し問題もあるが」

「問題って?」

「治安が悪い。十年前に我が国の領土となった土地だが、いまだ貧困と混乱が続いている」


 ミリアの父が北側の治安が悪いと言っていたのは、この地域のことだったのかとミリアは納得した。

 アルトが杖を掲げ数秒思考し、また杖を掲げる。


「そうだなあ、街道と川の間、どっちにしてもある程度の危険性はあるけど、川の間を行く方がよさそうだね」

「なにがどの程度危険なの?」

「それは俺にもまだわからない。まあ、治安が悪いと盗賊とかスリが多いんじゃないか」

「そっか……私も足手まといにならないよう気をつけるね。アルト達と離れないようにする」

「うん、そうしてくれると助かる」


 すすす、と数歩アルトに寄りすぐ隣につくと、彼はミリアの態度がおもしろかったのか吹きだした。


「ふはっ、常にそんなに近くにいなくても大丈夫だよ?」

「そうだミリア嬢、そんな胡散臭いやつの隣はやめておけ、俺の隣にいる方がよほど安全だ」


 張りあうようにアルトの反対側に並んだフェリックスを見て、ラジェは彼に呆れたような眼差しを投げかけた。


「あ。ところでフェル、私ね、実はドランセオの娘なんだけど……」

「ああ、ミリアージュ・ドランセオだと、初対面の時に言っていたな」


 全然ごまかせてなかった! ミリアは顔を覆ったが、フェルは気の毒そうな顔をした。


「ドランセオ辺境伯も女王に捕らえられたらしいと聞いた。全く、嘆かわしいことだ。あのように品行方正なお方がなんの罪を犯したというのだ、女王の振る舞いには目が余る。彼のこともなんとしてでも助けださんといかんな」


 よかった、フェルはドランセオ家の潔白を信じているみたいだ。ミリアはフェルに捕らえられることがないと確信を得られて心底ホッとした。


「そうなんだ。私、お父様とお兄様を女王様に連れていかれてしまって、助けだすために旅をしているの」

「そうか。ミリア嬢、どうか俺のことも頼ってくれ。一緒に君の父上と兄上を助けだそうではないか」

「うん、ありがとうフェル!」


 頼もしい味方が増えて、ミリアは心強くなった。

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