再会
『父ちゃん、母ちゃん、なんでっ、何でだよ。帰ってくるって言ってたじゃないかよ、なんでっ』
大きな二つの木箱へ向かい泣き叫ぶ。
そこには父と母はいない。遺体すらも帰ってきてはくれなかった。
『早く孫が見たいって、言ってくれたじゃんかよ。俺、ずっと、ずっと、父ちゃんと母ちゃんと一緒に居たいよ』
何度問いかけても返事をしてくれない父と母にそれでも繰り返し叫び続ける。
『俺、若くて仲の良い父ちゃんと母ちゃんが大好きだった、憧れてた、それなのに、どうして、どうして俺を置いていくんだよ』
行き場のない絶望を床へぶつけようと腕を上げた時だった。
『優ちゃん。遅くなってごめんね。1人にしてごめんね。私がいるから。これからは私がずっと付いているからね』
突然背後から抱きしめられた。
今はもう懐かしい、昔よくこうされていた。
振り返り先程より大量の涙が溢れ出る。
『咲夜姉...父ちゃんと母ちゃんが...』
『うん、辛いよね、優ちゃん。でも良く頑張ったよ。これからはお姉ちゃんが守るから』
咲夜の言葉を受け全身の力が抜けていく。そのまま涙が枯れるまで泣き尽くした。
ただただ未来が不安でたまらなかった。
『今でも見慣れないな。咲夜姉もう起きてるかな』
時計は目を向けると朝の6時半を示していた。
起き上がり部屋を見渡してみる。
8畳の部屋にベットと勉強机やテレビが置かれてはいるが全体的には物が少なく寂しい。俺の部屋だ。
『着替えて朝ごはん食べよう』
今日からは今までとは違う学校へ通う。
緊張してしまい目覚ましよりも早く目が覚めてしまったのだ。
『本当に幸恵さんと咲夜姉には感謝だよな。こんな部屋まで与えてくれて』
これから着ることになる新しい制服を視界に収め、改めて自分を引き取ってくれた2人へ感謝を口に出した。
制服に着替え鏡の前に立つ。するとそこには、冴えない男が間抜けズラを晒していた。
身長173cm。可もなく不可もない顔立ち。
前の学校では友達は沢山居たが目立つ方ではなかった。勉学、運動共に平均より少し上。
まあどこにでもいる平凡な男である。
『つまんねえ顔だな、ほんと』
鏡に映る自分に対して悪態を吐き部屋を出る。
すると、目の前には咲夜がいた。
いや、問題はそこではない。風呂上がりにTシャツだけを着ていてズボンを履いていない咲夜がいた。
顔が一気に熱くなったと自覚し、早口に捲し立てる。
『お、おい、咲夜姉。風呂上がりにそんな格好するなって昨日も言ったよな?』
幸い長めのTシャツなので下着が見えてはいない。
それでも思春期の男子には刺激が強すぎる。
『暑いんだから仕方ないでしょう?優ちゃん。今から朝ごはん用意するから少し待ってね』
そんな呑気な事を言いながらリビングへと向かう咲夜。その後ろ姿をただ見つめる事しか出来ずに何故こんな事になってしまっのか、改めて自分のこの1ヶ月を思い返してみることにした。
突然だが、父と母が死んだ。
18歳で俺を身篭り結婚。それからも大きな喧嘩もなく俺を育ててくれた自慢の両親だった。お陰で反抗期もなくこの年まで両親の事が大好きだった。
俺が10歳になった時のことだった。貯めていたお年玉を2人に渡し『これで旅行に行ってきなよ』伝えた。
ずっと俺のことを大切に育ててくれたが、早くに結婚した為自分達の幸せを蔑ろにしていた。と思う。
それが酷く悲しかったからだ。
お金は受け取ってくれなかったが、それから計6回父と母は毎年結婚記念日に必ず2人で旅行へ行っていた。帰ってきてから旅行の話をする2人を見るのが大好きだった。ずっとこんな日が続くと思っていたんだ。
そして、6回目の旅行、フランスへと行っていた。
また帰ってきて楽しい話を聞かせてくれるのだと信じて疑わなかった。
でも、帰国の際に両親が乗っていた飛行機が墜落し帰らぬ人となってしまった。
突然知らない人から電話が来た信じられなかった。
本当に大好きだった。毎日3人で母の作ったご飯を食べながら今日あった出来事を話すのが好きだった。俺が何をするにも笑顔で見守ってくれていた2人が好きだった。でも現実は残酷だ。
葬式と火葬(遺体すらもなかったから形式上)を終え集まる親戚が俺の今後について話し合っていた。
『うちは無理よ?年頃の女の子2人いるんだから』
『うちだってもう手一杯なんだよ』
『じゃーどうするんだよ』
怖かった。親戚の大人達にお前は邪魔だって言われていたのだ。
親戚たちの言葉も視線も怖かった。
父と母さえ居てくれればこんな事にならなかった。と何度も何度も歯を食いしばり耐えるしかなかった。
腰を悪くした婆ちゃんに背中をさすられながら、耳も塞げずに、ただただ『お前は要らないんだ』と言う親戚の冷たい言葉を聞いているしかなかった。
(やっぱり、俺なんて誰も引き取ってくれないんだ、邪魔なんだ。俺なんて...)
そう、絶望してしまった時だった。
『優ちゃんはうちで預かります』
声のした方へ皆が目を向ける。
それに倣い重たい顔を上げ目を向けた。
そこには母の昔からの知人であり生前は雇い主だった幸恵さんとその娘の咲夜姉が親戚たちを睨むように立っていた。
父親が出張の多い仕事をしていて、母が幸恵さんの下で働いていることもあり。昔から俺は咲夜に面倒を見てもらうことが多かった。本当の姉のように慕っていた。
やっと救われる。と思ったけどそんな簡単に物事は進まないのだ。
『申し訳ないがこれは身内の話だ。他人である貴方に優を預けることは出来ない』
やっと救われるとおもった。でも、母の兄である信之が幸恵さんの申し出を拒否した。もうダメなのかと思った。だが幸恵さんは折れずに再度強く信之を睨みつけていた。
『失礼ですが、優ちゃんにこんな話を聞かせるような貴方達に預けるよりも、うちに来た方が絶対に幸せです』
と、強く言い切る幸恵さん。
これには思うところがあったのだろう。
誰も言い返せずにいた。
『優ちゃんが良ければ私達の所へ来ない?』
とても優しい笑顔だった。
俺は力いっぱい頷いた。それしか出来なかった。
こうして幸恵さんと咲夜姉が俺を引き取ることに決まった。
『それじゃ優ちゃん、改めてこれからよろしくね。加奈の大切な貴方を私達がしっかりと守るからね』
『ありがとうございます。これからよろしくお願いします』
こうして俺は幸恵さんと幸恵さんの夫の康二さん。その娘の咲夜姉に受け入れてもらえた。
だが、問題はここからだった。
『優ちゃんの住む家なのだけどね、咲夜が1人暮らししてる家にしようと思うのよね』
『はい?』
突然の幸恵さんの発言に首を傾げてしまった。
咲夜姉が一人暮らしをしているのは知っているし、
何回か遊びに行ったこともある。
でも、一緒に住むのは絶対におかしいだろう。
『何で咲夜姉の家なの?』
『咲夜がどうしても一人暮らししたいって言うから認めたけどね、やっぱり心配なのよね』
苦笑いで話す幸恵さん。
咲夜姉も何故か笑顔で『うんうん』と頷いている。
確かに可愛い娘が一人暮らしをするのは親として心配にもなるだろう。ましてや咲夜姉はとんでもない美人なのだから。
でもこれは絶対におかしい。と思う。
もちろん助けてくれた幸恵さんと咲夜姉の望みは可能な限り叶えたいのだけど。
1人葛藤していた時再度幸恵さんがニッコリと微笑み口を開いた。
『それにね、優ちゃんの高校は近所で昔からの友達も多いわよね?今の優ちゃんが加奈たちのことを色んな子に聞かれると思うと心配で』
加奈とは優の母だ。葬式などで学校を休んでいるので絶対に聞かれるだろう。
考えただけでも嫌になってしてしまう。
『どうかな、優ちゃんさえ良ければだけど、誰も優ちゃんの事を知らない場所のが楽なのかと思うのだけれど』
と笑顔で付け加える幸恵さん。
恐らくだがこっちが本音だろう。
優は嬉しかった。自分の事をこんなにも考えてくれる人がまだ居る。という事実に胸が熱くなり、自然と涙が溢れてしまう。
『ありがとう、幸恵さん。咲夜姉さえ良ければ、これからよろしくお願いします』
『こちらこそだよ、優ちゃん。お姉ちゃんが付いているからね』
こうして2人の共同生活が始まった。。
『優ちゃん、パン焼けたわよ。コーヒーはホットだからね』
先程と同じ格好の咲夜姉が鼻歌混じりに朝食を運んできてくれる。
『うん、ありがとう。でもさ、ズボン履いてよ。咲夜姉は自分がどれだけの美人か、本当に分かってんのかよ』
と、改めて咲夜を見やり、不満を口にする。けれど全く気にせずトーストに噛み付いている。
そう、昨夜姉はとんでもない美人だ。
大学のミスコンは三連覇中だ。綺麗な黒髪ロングに整った目鼻立ち、さらにすらっと長い足。
モデルや女優と言われても納得してしまう容姿をしている。いやそれ以上かもしれない。
更に料理が得意で咲夜の作るご飯はどれも美味しい。
だが一つ。胸に関しては平均を下回る。
本人は非常に気にしているので、絶対に口には出さないが。
『咲夜姉聞いてる?』
『聞いてたよ。まぁ、優ちゃんも年頃ってことね。少し前までこーんな小さかったのに』
明らかに新生児以下のサイズを両手で表している。
『そんな事いいからズボン履いて来い』
少しムカついたので語尾を強めた。
こんな事を毎日繰り返している優は正直、いつ自分の理性が爆発するか気が気でなかったからだ。
そんな優の気持ちなど知らない咲夜は尚も続ける。
『でもね、優ちゃんだって凄いかっこいいわよ?昔は泣き虫で頼りなかったのにね。今は立派なお兄さんになっちゃって』
『もういいよ、冷めるし食べよう』
急に咲夜に褒められ、恥ずかしくなった優は諦めて朝食を摂ることにした。
優と咲夜の攻防はこれから先ずっと続くのだ。
『それじゃあ優ちゃん、学校行きましょうか』
訳の分からない事を言っている咲夜を見つめる。
『嫌だよ。何で咲夜姉まで付いてくるんだよ』
何故か咲夜も着替えを済まし、玄関で靴を履いている。
お節介にしては度が過ぎているし、ボケにしては適当すぎだ。なんて考えていたがどちらも違うようだ。
『だって優ちゃん昨日も迷ってたじゃない。そんなんじゃ学校遅刻しちゃうわよ?初日なのに目立っちゃうわよ?いいの?』
ただ優の事を心配していただけだった。
そう、昨日試しに咲夜姉と行ってみたが普通に迷ってしまったのだ。
『咲夜姉がついて来る方が目立つに決まってんだよ、大人しく家に居なよ』
それでも恥ずかしさのが強く拒否した。
『もう、そこまで言わなくても良いじゃない』
すると頬を膨らませ不貞腐れている咲夜姉。靴を脱ぎカバンを置いてくれた。
『じゃあ行ってくるね、咲夜姉』
『はーい、気を付けて行ってきてね』
無事に咲夜を家に留めることに成功し笑顔で送り出してもらえた。はずだった。
『本当に意味わからないよ。見送って一分後にダッシュで追いかけて来る人の気持ちが』
『ただ心配だった。それだけよ?』
笑顔で隣を歩く咲夜。本当に頭がおかしいと思う。
家を出て最初の信号を待ってる時、後ろから全速力で走ってくる人が居て驚いて振り返った。
そこには汗をかき肩で息をする咲夜がいた。
『学校近くなったらちゃんと帰ってくれよ』
『はーい』
咲夜へ釘を刺し2人並んで学校へと続く道を歩き始めた。
咲夜の家から優の通う学校までは徒歩で15分。
肩を並べこれからのことを話しながら歩くのは正直楽しかった。
もし咲夜みたいな彼女が出来たら、なんて事を考えてしまい、顔が赤くなってしまったりもした。
この時の優は知らなかった。
この後学校でとんでもない注目を集める事を。
これからの生活が騒がしくも非常に楽しいものになるという事を。
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